第552話 秘密の告白 後編

 しばしの間、気まずい沈黙が続く。

 その沈黙を破ったのは、パメラのほうだった。


「もっと早く教えてほしかったなぁ……」

「それはこっちの台詞だ。そもそも、俺がド派手に動いていたんだからわかっただろ? エルフとかドワーフとかさ」


 ――これまでのアイザックの行動。


 それは原作の流れをぶち壊すものだった。

 プレイヤーであれば、違和感を覚えるだろう。

 アイザックはニコルの影響で気付けなかった。

 だが、影響を受けていないパメラなら気付く事も出来たはずだ。


「あぁ、それだったら『設定だけされてて、本編に登場しなかったエルフとかって、六人目の隠しシナリオで使われるんだ』って納得してたよ」

「いや、その前に怪しい動きをしてる奴がいるって思えよ。俺も生まれ変わっているかもしれないとかさ」


 アイザックは自分の事を棚に上げて、パメラを非難する。

 彼女は心外だという表情を見せた。


「神算鬼謀だとか采配の芸術だとか、よくわからないけど凄い二つ名が付けられてるアイザックが、お兄ちゃんだなんて思うわけないでしょ! 生まれ変わる前は平凡な人だったじゃない!」

「俺も頑張ったんだよ。ゲームで設定されてるせいかもしれないけど、これだけ強く特別なものを感じる相手は絶対手に入れたいってさ」


 それからアイザックは、パメラのために何をしてきたかを話す。

 家督争いに勝利するため、ネイサンとメリンダを殺した事から先の事を、どれだけ頑張ってきたかを説明する。


「あー……、だから子供の頃から有名になってたんだ。そういう設定盛り盛りのキャラだと思ってた」

「なんで知らないんだよ!」

「アイザックなんてキャラ、知らないよ! 出てこなかったんだもん。……クリアしたら出てくる隠しキャラかもとは思ってたけどね」

「あぁ、攻略サイトには書いてなかったな」


 アイザックの言葉を聞き、パメラは「えっ」という表情を見せた。


「そういえば、なんで攻略サイトなんて見てたの?」

「お前が略奪愛がテーマのゲームなんてやってたからだよ。兄として妹が道を踏み外さないか心配でさ、どんなゲームか調べようとしたんだよ」

「えー、なにそれキモッ。私だって現実とゲームの区別くらいつくわよ。ゲームの世界だと思って、軽い気持ちで腹違いの兄を殺したお兄ちゃんに言われたくないな」

「それは……」


 アイザックは「ぐぬぬ」と悔しがる。

 ゲームの世界だと思って、軽く考えていたのは自分のほうである。

 そこを突かれると、アイザックは言い返せなかった。

 しかし、パメラはそれ以上追撃してこない。

 彼女は、なぜか深い溜息を吐く。


「まぁ仕方ないか。アイザックだもんねー」

「……なんだ? それはどういう意味だ?」


 パメラの言葉に、アイザックは違和感を覚えた。

 彼女は「お兄ちゃんは、本当に何もわかってないなぁ」という表情を見せてから説明を始める。


「前世のお兄ちゃんは、目的のために誰かを殺すような人じゃなかったでしょ? 少なくとも兄弟を殺しそうなタイプじゃなかったし。そういうところは、アイザックの性格を引き継いでるんじゃない?」

「えっ、なんだって?」


 アイザックは聞き捨てならない事を聞いてしまった。

 パメラに聞き返す。


「兄殺しとかやってたから、お兄ちゃんだとは思えなかったんだよね。でも、アイザックの性格が強く出てたと考えたら納得できる気がする」


 だが彼女は一人で、ぶつぶつと呟いていた。

 そのせいで、アイザックも考える時間ができてしまう。


(今まで俺がやってきたのは、アイザック・・・・・というキャラの影響があったのか? いや、そんなはずがない。これは俺の人生だ。全部、俺が決断してきたんだ。俺にだって、周囲の反対を押し切ってオープンカーを買うくらいの決断力があったんだからな)


 考えれば考えるほど、アイザックは不穏な事を考えてしまう。


 ――今まで難しい問題でも決断してこれたのは、性酷薄なアイザックという他人の力のおかげ。


 そう思うと、自信を失ってしまいそうだった。

 そんなはずはないと、自分に言い聞かせようとする。


「私が侯爵令嬢らしい態度を取る事ができるのはパメラの影響だと思うし、お兄ちゃんもアイザックの影響を受けてるんだよ」

「いや、そこは努力のおかげだと思おうよ」

「あら、アイザックさん。どうされたのですか?」

「パメ――昌美。今はやめろよ、その演技!」


 パメラは今までのように、貴族令嬢のような表情と口調で話しかけてきた事にアイザック顔をしかめる。

 だがパメラは、これまで見てきた彼女のままだった。


「ほらね。私だって、お嬢様っぽい仕草とか雰囲気を出す事ができるんだよ。パメラのおかげじゃない」


 彼女はアイザックを騙した事に満足し、前世の妹を思い出させるような笑顔を見せる。

 しかし、すぐ真顔に戻った。


「でも、子供の頃から厳しく育てられたしね。全部がパメラの体のおかげとは言えないかも」


 今度はパメラの顔が曇った。


 ――先天的なものだけではなく、後天的なものに影響されていたら?


 それはアイザックではなく、修という人間が人を陥れてきたという事を意味する。

 前世の兄をよく知るパメラにとって、それはそれで認めたくはない事実であった。


「……確かに影響を受けているかもしれない」


 だがアイザックは、あっさりと認める。

 しかし、大人しく認めるわけがなかった。


「だけど、これまでの努力は俺のものだ。アイザックだからできたわけじゃない! そこは譲れない!」


 前世では考えられないほど頑張り続けてきた。

 そのすべてが、アイザックという体のおかげだとは認めたくはなかったからだ。


「うん、そうだね。お兄ちゃんの頑張りもあると思うよ。私なんて、パメラのスペックがあっても何もできなかったもん。せいぜい、ニコルを蹴り落とすくらいだったしね」

「は?」


 パメラの告白に、アイザックは間の抜けた声が出てしまった。


「ちょっと待て。お前、あの時本当に蹴り落としていたのか?」

「そうだよ。だってさ、ニコルを放っておいたら私が殺されちゃうんだよ? 怖かったけど、チャンスだと思って……」

「なにやってんだよ! あれ誤魔化すの大変だったんだぞ! 嫌な思いをするかもしれないけど、俺に任せろって言ったじゃないか!」


 アイザックは頭を抱える。

 妹がここまで短絡的な行動を取るとは思わなかったからだ。


「なんなんだよ、もう……」

「自分達の意思でも行動していたっていう例を出してあげてるだけじゃない」

「わからないよ。わかりたくないんだよ!」


 そう答えながらも、アイザックはわかっていた。


 ――本当に触れたくない話から避けようとしているだけだと。

 ――だから、こうして意思の有無について語り合い、現実逃避をしているのだという事を。


 だが、いつまでもこうしてはいられない。

 重要な話題に触れねばならなかった。


「なぁ、俺はお前に特別なものを感じていた。あれは前世の繋がりを感じていたんだろう。でも、ニコルにも少し感じていたんだ。お前はどうだった?」


 ――しかし、いきなり本題に入る事を避けた。


 あまりにも恐ろしい事なので、ニコルの話題へと切り替える。


「実は私もちょっと感じていたけど、あれはライバル関係の因縁だと思ってたから深く考えなかったかなぁ。お兄ちゃんは?」


 パメラもあまり乗り気ではないのだろう。

 この話題に乗ってきた。


「俺も攻略する側とされる側の関係だったのかなと思ってたくらいで、それ以上は考えなかった。初めて会ったのは七歳の時だったかな。今思えば、あの時あっちも俺に何かを感じてるように見えた。子供のくせに、もう狙いをつけてきやがったと怖かった覚えがある」

「じゃあ、ニコルも私達みたいに生まれ変わった誰かだったりするのかな?」

「どうだろう? ゲームではチョコやブラジャー、エッセンシャルオイルとかを開発していたのか?」

「そんなイベントはなかったよ」

「そうか。じゃあ、わからないな。俺の行動が、ニコルにも影響を与えていた可能性もあるし……」


 ニコルの正体は不明である。

 ゲームの主人公として、アイザックの行動の影響を受けて、行動が変わっていたのかもしれない。

 可能性は、いくらでもあった。

 しかし、パメラには思い当たる事もある。


「私達のように同じところにいた人とは限らないけど、歩行者とかが巻き込まれていたとか?」

「それもわからないな。あの時、歩行者がいたかは――」


 話ながらも、アイザックは事故の瞬間が思い出す。


「そういえばあの時……、トレーラーにバイクが撥ねられていたような……」

「きっとその人よ! 同じ日、同じ時に死んだんなら、一緒に生まれ変わっていてもおかしくない!」

「いや、そもそもこうしてゲームの世界に生まれ変わってる事自体がおかしいからな! でも、それなら日本人っぽいところが見え隠れしていたのも納得できるか」


 きっとニコルは、兄を持つ誰かの生まれ変わりなのだろう。


「誰だかハッキリとわからないとモヤモヤするけど、お前が助かっていて……。よかったのか?」


 アイザックは「いっその事ニコルが昌美だとよかったのに」と考えなくもなかった。

 妹が助かっていた事は嬉しい。


 ――だが、それは昌美がパメラでなかった場合に限る。


 前世の妹が妻だったなどという状況は受け入れ難い。

 いっその事、ニコルが昌美で、そのまま死んでくれていたほうがよかったかもしれない。

 それならば、悲しむだけで済むからだ。


 だが、パメラだと大きく状況が変わる。

 これからの人生、ずっと彼女と一緒にいる事になるからである。


 アイザックが困っているのがわかったのだろう。

 パメラが先に動く。


「なによ、そこはよかったって言ってよ。ほら、そんな事言われて、お腹の子が悲しがってる」

「やめろぉぉぉぉぉぉ!」


 アイザックは、またしても耳を塞いだ。

 この話題は絶対にしたくなかったからだ。


 しかし、パメラがそれを許さなかった。

 極端な話、アイザックは逃げればいいだけである。

 だが、彼女は違う。

 自分の体である以上、お腹の子を意識するなというほうが無理なのだ。

 これは兄妹共通の問題として考えてもらわねば困る。

 だから及び腰のアイザックに先制して、子供の話題を持ち出したのだった。


「やめないよ。お兄ちゃんにもちゃんと考えてもらわないと困るからね。確かにアイザックがお兄ちゃんだったっていうのはショックだったけど、血も繋がってないし、そもそも兄妹って知らない時の事だったんだからさ。結婚の経緯を考えたら、離婚なんてできないでしょ? だったら割り切らないと。顔だけはいいんだからさ」

「割り切れないよ! なに、その割り切りのよさ! 今まで会ってきた誰よりも、今のお前のほうが怖いんだけど! 俺にどうしろっていうんだよ!」


 これが昌美の性格なのか、パメラの個性なのかは、アイザックにはわからない。

 だが目の前にいる妹が、思っていた以上のメンタルお化けの化け物だという事だけが、唯一わかる事だった。

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