第541話 公開処刑

 十月五日。


 百日の間、王族のために喪に服していた。

 だが、それも今日が最後だ。

 王族の葬儀を済ませ、一つの区切りとする。


 貴族か平民かは問わず、エリアスの死を知った時よりは皆も落ち着いていた。

 やはり百日という落ち着く時間を与えていたのがよかったのだろう。

 王族への哀悼の意は、もちろん持っている。

 しかしアイザックの治世で、自分達の生活を憂いて嘆く必要がないとわかったのも大きかったかもしれない。


 告別式は厳かな雰囲気の中、行われた。

 葬式というものに縁のなかったケンドラでも、悲しい雰囲気を感じ取ったのだろう。

 ルシアの手を不安そうに握っていた。

 アイザックは感受性の高い妹の事を微笑ましく見守りつつも、貴族社会では苦労するかもしれないと心配していた。


 当然、妻達のケアも忘れない。

 特にパメラは未来の義父母を一気に失っていたので、この本葬で悲しみがぶり返さないか心配していた。


 いつもはリサも手助けしてくれるところだったが、彼女は彼女で――


「エンフィールド公爵夫人。いえ、王妃殿下。今後ともよろしくお願いいたします」


 ――と葬儀前に言われて、ショックを受けていた。


 葬儀後ならばともかく、終わる前に言われるとは思っていなかったようだ。

 それも一人や二人ではない。

 リサも、アイザックとの婚約から、これまで多くの者達に媚びを売られてきた。

 だが「すでにエリアス達の時代は終わった」と言わんばかりの切り替えの早さには驚きを隠せなかった。

 彼女はリード王国に生きる者として真剣に悲しんでいたのだ。

 だからアイザックは、ケンドラの心配は親に任せて、二人を慰める事に専念していた。



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 十月六日。


 この日は、一つの節目を迎える日だ。

 

 ――反逆者達の処刑の日。


 エリアス達の喪に服している時にやらなかったのは、彼らを安らかに天国へと送り出すためだ。

 そして、アイザックが即位してからやらないのは、新王朝の始まりを血で汚さないためだった。

 縁起を重視する者も多い。

 だから葬儀が終わり、即位する前のタイミングを選んだのである。


 場所は王都西部にある大広場が選ばれた。

 王宮周辺の広場を血染めにはしたくないのと、王宮周辺にまで平民が近づきにくいという問題があったためだ。

 民衆に人気のあったエリアスを殺めた大罪人達を処刑するところを見せる事で、平民の溜飲を下げようという狙いがあった。


 まずはブランダー伯爵家の縁者や、傘下の貴族などから処刑が始まる。

 とはいえ、一族全員が公開処刑になるわけではない。

 公開処刑になるのは当主など責任の重いものだけであり、女子供を含む罪が軽いと思われた者達は牢にて毒での自害を許されていた。

 王族殺害に加担したという事もあり、幼児であろうとも見逃される事はなかった。


「それにしても、このような確認は気が滅入りますね」

「確かに積極的に見たいものではありませんが……。必要な事ですから」


 アイザックがこぼした言葉に、ランドルフが反応する。

 処刑の見届け人として、アイザックの他にランドルフとセオドア、ウォリック侯爵とウィルメンテ侯爵が同席していた。

 モーガンやウィンザー侯爵は己の職務に専念すると共に、次世代の顔を民衆に売ろうとしていた。


 ――豪槍のランドルフ。


 彼の名は、すでに広まっていたので問題ない。

 セオドアのほうも「ジェイソンの最後を見届けた男」として名が売れ始めている。

 あとは二人の侯爵と共に、顔を広く知ってもらうだけだった。


 他に参加している貴族は、法務大臣として進行役を任されたクーパー伯爵。

 そしてアダムス伯爵が、チャールズの最後を見届けようときていた。


 広場には多くの民衆が集まっていたが、そこに貴族の姿はない。

 公開処刑には「平民の娯楽」という側面がある。

 見届け人以外の貴族は、貸し切った建物の上階から、こっそりと見学している者がいるだけだった。

 ただ全員が楽しみにしているのを知られたくはないと思っているわけではなく、友人の最後を見届けようと思う者達も中にはいた。


「サンダース子爵にとってはそうかもしれん。だがな、私にとっては違うぞ。父の仇を取ってくれた者達だ。その最後はしっかりと見届けてやるつもりだ」


 ウォリック侯爵が「渋々見学にきたわけではない」と言った。

 だが、その声は小さい。

 内容が内容だけに、周囲に聞こえないようにしているのだろう。

 ならば言わなければいいだけなのだが、どうしても我慢できなかったのかもしれない。


「それにこれは歴史の転換点だ。リード王国は、エンフィールド王朝へと変わる。この処刑を契機にだ。かつての公爵達とは違って、強奪した王位ではない。皆に望まれてのものだぞ。エンフィールド王朝は長く続くだろう。父上が亡くなった時以上の驚きだ。ウィルメンテ侯もそうは思わんか?」

「私は……」


 いきなり話を振られたウィルメンテ侯爵は返答に詰まった。

「そうだな」と答えれば、まるで自分までエリアスに対して不満を持っていたかのように思われる。

 即答はできなかった。

 しっかりと考えてから答える。


「エンフィールド王朝になるのは、歴史の一大転換点となるだろう。ただエンフィールド公は、エリアス陛下の方針を踏襲するとおっしゃっている。一時的な驚きはあるだろうが、すぐにいつもの日常に戻ると信じている。それに私は何も知らなかったので、メリンダがネイサンを嫡男にしようと行動していた方が驚きだよ」


 ウィルメンテ侯爵は、ウォリック侯爵のように突っ込んだ事は言わない。

 無難な事を答えるだけだった。

 ウォリック侯爵は何か言いたそうだったが、セオドアが割って入る。


「ウォリック侯。エンフィールド公がエリアス陛下の忠臣だった事をお忘れではあるまいな?」


 セオドアは、アイザックが世間で言われているような無欲な忠臣・・・・・ではないと知っている。

 だが、今後の国家運営を考えれば、ウォリック侯爵の力も必要となる。

 不穏の種は取り除いておかねばならなかった。

 そのため、アイザックの名前を出し、堂々と不満を漏らすウォリック侯爵を牽制しようとしていた。


「無論わかっているとも。だが、エンフィールド公なら私の立場をわかってくれるはずだ」


 そう答えながらも、ウォリック侯爵はチラチラとアイザックを見る。

「葬儀が終わったからと、気が緩んでしまったかもしれない」と心配していた。


 アイザックとしても、ウォリック侯爵の力を必要としていた。

 義理の父にしたくない相手であっても。

 ここで突き放す事はできないと思い、少しだけ甘い対応を行おうと考える。


「ウォリック侯爵領に出された命令に関しては、エリアス陛下の失策と言わざるを得ないでしょう」

「おおっ、わかっていただけますか!」

「先代のウォリック侯が亡くなったのです。あとを継ぐ準備期間も設けず、いきなり減税せよと申し付けるのはあまりにも酷というもの。私であれば命令の拒否権を発動させていたでしょう。恨むのも無理はありません」


 ウォリック侯爵が嬉しそうな笑顔を見せる。

 他の者達は「そこまで言っていいのか?」と複雑な顔をしていた。


「それに恨んでいるとは言いつつも、最後の一線を越えなかった。それは忠義によるものと言えるかもしれません。態度に表すのはよろしくありませんが……。私はエリアス陛下によくしていただいていたので、私にはウォリック侯が忠義に欠ける不忠者だと断じる事はできませんね」

「さすがはエンフィールド公!」


 ウォリック侯爵は処刑が始まる前だとは思えないほど喜んでいた。


「そこまでおわかりいただけるのは、エンフィールド公だけです! 娘を託せるのは――」

「護送車が着いたようですね」


 クーパー伯爵が空気を読んで、ウォリック侯爵の言葉を遮った。

 車列を守るのは、法務副大臣のウリッジ伯爵である。

 彼の性格上、罪人をこっそり逃したりはしない。

 信頼のできる人物として、罪人の護送を任せていた。


 ジェイソン派の貴族達が、護送車から五人降ろされる。

 その中には、アイザックが金を貸した者もいた。

 彼らは怯えながらも、アイザック達の姿を確認すると、恨み言を言い放つ。


「サンダース子爵! エンフィールド公の実父として、口利きをしてくれるのではなかったのですか!」

「エンフィールド公に口利きはしたが『王族に手をかけた共犯者を許す事はできない』と言われては反論できなかった。すまない」


 ランドルフは「アイザックがダメだって言ったから」と反論する。


「セオドア殿! あなたも義父として話をしてくれるとおっしゃったではないですか! なぜ助けてくださらないのです!」

「大人しく降伏して協力的だったとは伝えた。だがな、エンフィールド公やクーパー伯が大人しく降った事を考慮して、今の判決を下された。法に基づいたものである以上、私もこれ以上なにも言えんよ」


 セオドアも「二人に法律を破る事はできないと言われた」と泣き言を跳ね除ける。


「ウィルメンテ侯! 大人しく降れば、家名に賭けて助命を願い出るとおっしゃったではありませぬか! あの言葉は偽りだったのですか! 助けてください」

「そうだったかな? だがまぁ、エンフィールド公がエリアス陛下の弑逆に加担した者を許さぬとおっしゃっている。私も王国貴族として、次期国王陛下に従うという事しか頭にないのでな。諦めてくれ」


 ウィルメンテ侯爵も、アイザックを口実に命乞いを聞き流した。


(なんでみんな俺のせいにするんだよ! 俺はクーパー伯に任せたぞ!)


 責任を押し付けられる流れにアイザックは不満だった。

 しかし、前世で政治家が「秘書がやった事です」という姿がみっともないものに見えていたので、ギリギリのところでクーパー伯爵に責任を押し付けるのを我慢した。


 ――最上位者が責任からは逃れてはならない。


 そう自分に言い聞かせる事で不満を飲み込む。

 ジェイソン派の征圧に向かっていた者の中で、唯一ウォリック侯爵だけが非難されなかった。

 これは降伏した者達に、彼が「いつかお前を殺してやる」と脅し続けていたからだ。

 不満はすでに吐き出していた。

 そのおかげか「ウォリック侯は俺に責任を押し付けなかった」と、少しだけアイザックの好感度が上がる。


「お前達はジェイソンに従い、エリアス陛下に逆らった反逆者なのだ! この決定は覆る事はない! せめて最後くらい、貴族らしい姿を見せよ!」


 アイザックが罪人達に一喝する。

 すると民衆が「そうだ、そうだ」と叫び出し、貴族達の声がかき消される。

 兵士達が貴族を処刑台に連れていく。


 ――処刑人の持つ斬首用の斧。


 それを見て、怯えて足が動かなくなる者、怯えながらも虚勢を張って堂々とした態度を見せる者、気を失って崩れ落ちる者などが現れた。

 彼らは小者だ。

 場を温める前座でしかない。

 本命の登場は最後である。


 アイザックは、グロいものが苦手だ。

 前世でも、〇ロ画像というリンクをクリックして、グロ画像だったという目に遭った事が数え切れぬほどある。

 あまり好んで見るものではないが、これも仕事だと割り切って乗り切ろうと覚悟を決めた。


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金曜日は同僚の女の子が「クリスマスの予定空いてますか?」と聞いてくるかもしれないのでお休みです。

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