第540話 王都初のドラゴンセレクション

 翌日、王宮前の広場には人が集まっていた。

 しかし、そのほとんどは商人と賑やかしのために集められた兵士だった。

 ドラゴンが暴れていないとはいえ、その脅威を感じられる距離に近付きたいと思う者はいない。

 ドワーフとは違い「面白そうだから」と近付く者などいなかった。


 興味のある者達は、広場から少し離れた建物から見学している。

 パメラ達もそうだった。

 パメラとリサは、ブリジットやティファニーと共に広場の東側、ルシアやケンドラは西側にある庁舎で見学する事になっていた。


 元々ドラゴンの出現で仕事どころではなくなっていたので、広場周辺の庁舎で働いていた者達は緊急の仕事がある者以外は休みとなっている。

 貴族達にとって格好の見学スポットとなっていた。


 広場の様子が窺える場所の中で人気があったのは、ブリストル伯爵邸だった。

 それなりに距離はあるが、その距離が安心感を生み、遠くからでもいいのでドラゴンの姿を見たいという者達が押し寄せていた。


 この話を聞いて、アイザックは「ドラゴンを見たがっているのはパメラだけではなかった」と喜んだ。

 他にも見物したいという者がいるならば、それは一般的な興味の範疇である。

 パメラしか興味を持たないということはあり得ないとは思う。

 もし興味を持ったのが彼女だけだったならば、そんな事実は悲し過ぎる。

 アイザックにとって、恐れてはいるものの興味を持っている者が多いというのはいい知らせだった。


 だが、それもセレクションが無事に終わればの話だ。

 ドラゴンが暴れて家族が傷つけられては喜んでいられない。

 笑顔で家族と会えるように頑張らねばならなかった。


「それでは王都グレーターウィル開催、ドラゴンセレクション第一回を開催いたします!」


 周囲から盛大な拍手が巻き起こる。

 特に賑やかしとして呼ばれている兵士達は必死に手を叩いていた。

 ドラゴンが不機嫌になれば、真っ先に戦わねばならないのは彼らだ。

 とはいえ、目の前の圧倒的な脅威の前にして戦意など湧き出てこない。

 そのため、精一杯賑やかそうと頑張っていた。


 この拍手は、見学にきている要人達にも強制される。

 拍手をしていない者達を見て、ドラゴンの機嫌を損ねないためにだ。

 恐怖で体がすくむと思った者達は、城壁の影からこっそり見ていた。


「ドラゴンセレクションとは――」


 アイザックは、セレクションの開催理由と選考基準を説明する。

 その間にも、ドラゴンは台に並べられた品物を品定めしていく。

 一次選考突破作品を二次選考用の台に運ぶため、台の周辺に控えている者達は身を震わせた。

 この雑用には、宮廷魔術師達が任されている。

 かつて近衛騎士としてアイザックの護衛についていたため、ドラゴンを一度見ているからだった。


 だが、一度見ているからといって、そう簡単に慣れる相手ではない。

「これは自分達への罰なのだ」と思い、誰もが悲壮な表情で任務に就いていた。


 アイザックの説明が終わる頃には、ドラゴンの審査も終わっていた。

 表情はわからないが、なんとなく難しい顔をしている様子だった。

 なにより、一つとして選ばれていないのが、その証拠だろう。


「いかがでしょうか?」

「確かに昔よりかは腕が上がっている。だが物足りん」


(そりゃあそうだ。だから最高級品を避けたんだし)


 アイザックの目では、最高級品ならばあまり差が感じられない程度の差である。

 だが、ただの一級品ならば少し差があるかもしれないと感じる事もある。


 ――その差でドラゴンにガッカリさせて、人間の領域に来させないようにする。


 そのために最高級品は持ってこないように命じていたのだ。

 ここまでは目論見通りである。

 あとは怒りを鎮めて、ほどほどの気分で帰ってもらえるようにするだけだ。


「ドラゴン様を満足させる事ができませんでしたか……。不甲斐なさを痛感しております。ですが、いくつかはお目に留まるものもあったようでしたが、それらは評価するに値しませんか?」

「いくつか形はいいと思うものはあった。だが、それだけだ。ドワーフのものと比べると質が悪い」

「そういう事でしたか」


 アイザックは返事をしながら、ドラゴンが納得するであろう言葉を必死に考える。


「ドラゴン様は造形美と機能美の違いをご存知でしょうか?」

「……なんだ、それは?」


 一瞬「ものを知らぬ扱いするのか」と機嫌が悪くなったが、ドラゴンは怒りを抑えた。

 目の前の人間は、大きな利益をもたらしてくれる。

 踏み潰すにしても、話を聞いてからでもいいだろうと思ったからだ。

 ドラゴンが耳を傾けてくれたので、アイザックは近くにある剣を手に取る。


「ドワーフ製のものは一目見ればわかるほど切れ味が良いものです。それに比べ、人間が作った剣はドワーフのものより切れ味が悪い。剣という道具に求められる性能はドワーフ製のものの方が高い。この道具に求められる性能を追及したものから感じられる美しさを機能美と言います。第一回ドラゴンセレクションでも、ドラゴン様は見た目の美しさだけではなく、性能を極めたものを選んでおられました」

「そうだ」

「ですので、機能美が求められるもの。武具などはドラゴン様のお目にとまる事は難しいでしょう。では、装飾品はいかがでしょう?」


 今度は装飾品のエリアに向かい、近くにあったティアラを頭に載せる。


「こちらは着飾るための道具です。見た目が美しければいい。それが造形美です。剣のようによく切れるなど求められておりません。確かに装飾品もドワーフ製のほうがいいものも多いでしょう。ですが、造形美では人間も負けてはおりません。事実、先ほどドラゴン様が興味を持たれておられたのは装飾品ではありませんか。一度、形の美しさだけで選んではいただけないでしょうか? そうすれば、見えてくるものがあるかもしれません」

「見えてくるもの……か」


 ドラゴンが前足を動かす。

 アイザックの頭上を通り過ぎるだけだったが、それだけで腰が抜けてしまいそうになる。


「これだ。それと、これだな」


 ドラゴンがいくつかの品物を指定する。

 宮廷魔術師達の中には腰を抜かす者も現れる。

 命知らずなところがあるドワーフと違い、本能には逆らえなかったのだろう。

 なんとか恐怖に耐えられた者が、指定された品物を二次選考用の台へと運んでいく。

 それでもやはり、彼らの足取りはおぼつかなかった。


 選ばれたのはネックレスなどの装飾品が五点に彫像が二点だった。

 ドワーフ達の時とは違い、数が寂しく感じられる。

 だが、それでよかったのだ。

 アイザックの狙い通りなのだから。

 しかし気になるところもある。

 せっかくの機会なので、尋ねる事にした。


「ところで、絵画には見向きもされませんでしたが、絵には興味を惹かれないのでしょうか?」

「あれはすぐに腐り落ちるから好かん」

「なるほど、そのような理由がございましたか」


 ドラゴンの住処といえば、洞窟などだろう。

 湿度の管理などができないのなら絵画はダメになる。

 ドラゴンにとって、ただゴミが増えるだけに過ぎないのかもしれない。


「今後は絵画の出品は控えさせましょう。ドラゴン様の興味を惹かないものを出していても仕方ないですから。それでは、ただいま選ばれた中で、特に興味を惹かれるものはございましたでしょうか?」


 アイザックが尋ねると、ドラゴンはジッと品物を見つめる。

 二次選考に選ばれた品物の持ち主は固唾を飲んで見守っていた。

 ドラゴンは良いと思った物を順番に並べ替える。

 爪の先で器用に並べ替える姿は、図体の割りに可愛らしいものに見えた。


「こちらの三点でよろしいでしょうか?」

「あぁ」


 選ばれたのは、ネックレスが一点と女性を象った彫像が二体だった。


(人間の女でも美しいとか思うのかな? なら、ニコルを生け贄にすれば、手を汚さずに済むかも……。ダメだ、もしも魅了でもされたら危ない)


 ――人間の女の姿でも美しいと思うのなら?


 そこから「ニコルを生け贄に捧げればいいのではないか?」という考えに至ったが、すぐにその考えを振り払った。

 万が一にも、ドラゴンがニコルの言う事を聞いてしまうような事になったら大惨事だ。

 彼女の魅力がどこまで通用するかわからない以上、冒険をするべきではなかった。


「では、これらの品々を提供した商会の代表者は表彰台にくるように」


 余計な事を考えぬよう、アイザックはセレクションを先に進める。

 ドラゴンから少し離れたところにある表彰台へ向かった。

 三人の男達も、恐る恐ると必要もないのに忍び足で歩いてきた。

 見るからに怯えている。

 アイザックは、その中の一人に見覚えがあった。


(カーマイン商会のルイスか)


 かつての因縁がある相手である。

 王家ご用達だけあって、最高級品ではなくとも、ドラゴンに選ばれるだけのものを用意できたのだろう。

 アイザックは、この状況を利用しようと考えた。

 まずは予定していた通り、マットが賞状をアイザックのもとへ運んでくる。

 そこにカーマイン商会の名前を書き入れた。


「このたびドラゴンセレクションにて、カーマイン商会が一位に選ばれた事を表彰する。おめでとう」

「あ、ありありありあり……」


 ルイスは当然スタンド攻撃を仕掛けているわけではない。

 恐怖で舌が回らないだけだ。

 だが、誰も彼を笑ったりはしない。

 それが普通の反応だからだ。

 アイザックも笑ったり指摘したりせず、そのまま他の二人にも賞状を渡していく。

 そして、次の行動に移した。


「皆に覚えておいてほしい。もし私が選ぶのならば、一つくらいはレイドカラー商会など付き合いのあるところから選んだだろう。だがドラゴン様には関係ない。ただ公平に、公正な評価をしていただけるのだ。来年からは、ドワーフの街で開かれるドラゴンセレクションに自信のある品を持って参加するといい」


 こう言っておけば、カーマイン商会の株が上がる。

 そうすれば、アイザックに対する態度も軟化するかもしれない。

 そして何よりも、ドワーフの街にドラゴンセレクションを押し付ける事ができる。


「ドラゴン様。ドワーフの街で開かれるドラゴンセレクションに、これからは人間も参加させていただきます。人間には遠い場所なので、評価に値しない有象無象の品が持ち込まれる数は減るでしょう。お見せするにふさわしいと思うものだけ持ち込まれるはずです」

「ふむ……。ならば次を楽しみにしておいてやろう」

「ありがとうございます。では、すぐにお荷物をまとめさせていただきます」


 アイザックが指示を出すと、ドラゴンの選んだ物が木箱に詰め込まれていく。

 数が少ないので、おがくずが大量に詰め込まれた。

 木箱の蓋が釘で打ち付けられると、ドラゴンは前足で掴む。

 その時、何かを思い出したような素振りを見せた。


「道案内のドワーフはどうした?」

「あの者には、ドラゴン様と共に空を飛んだ栄誉を皆に話してもらうつもりです。ドラゴンセレクションを開いている街にいるドワーフに、人間の街においてきたので、そのうち戻るとお伝えいただければ助かるのですが……」

「まぁいいだろう」


 あのドワーフは、ジークハルトの部下だった。

 ドラゴンセレクションの準備を手伝っていたところ、目をつけられたという話だ。

 またドラゴンの口の中に入って移動して、誤って飲み込まれては寝覚めが悪いという事もあり、陸路で帰ってもらう事になっていた。


「亡き王エリアスに哀悼の意を捧げる。そして、新王アイザックの即位を祝おう」


 ドラゴンは、アイザックの頼みを忘れていなかった。

 約束の言葉を言い放つと翼を大きく広げる。


(まずい!)


 アイザックは、すぐさま地面に伏せた。

 騎士や兵士は同じように動けたが、文官などは大きな翼に驚いて身動きが取れなかった。

 広場に突風が吹き荒れ、立っていた者達を地面に転がす。

 ドラゴンが飛び去ったあとは、正気を取り戻した商人が、地面に転がった商品を拾い集めていた。


 アイザックは服についた埃を払いながら立ち上がる。

 脅威が去った事で、大きく溜息を吐く。


「ん?」


 遠くでドラゴンの声が聞こえる。

 北から西へ、そして南へと王都上空を一周しながら「亡き王エリアスに哀悼の意を捧げる。そして、新王アイザックの即位を祝おう」と叫んでくれているようだ。

 サービス精神旺盛なドラゴンに、アイザックは感謝した。


「ドラゴンに選ばれた商品の代金は、ウェルロッド侯爵家に請求するように」


 そう言い残して、広場の片付けは部下に任せる。

 アイザックは、要人達のところへ向かう。


「無事に終わらせる事ができたようです」

「あのような方法でドラゴンが大人しくなるとは……」

「我が国では、時折ドラゴンの被害が出ています。どうやって交渉まで話を持っていくのか教えていただきたい」

「かまいませんよ。特別なものではありませんので」


 ――ドラゴン相手に話は通じない。


 それが共通の認識だった。

 まさかあんな風にドラゴンと会話し、大人しくさせるなど想像もできなかった。

 しかも、ドラゴンが人間の死を悼むなどまったくの想像の埒外だ。

 誰もが「ドラゴンに認められるだけある」と受け取っていた。


 王宮からロレッタが走ってくる。

 彼女の目は、遠めにもうっとりとしているように見えた。


「エンフィールド公! まさかドラゴンにまで王と認められるほどのお方だったとは! これからは竜王様とお呼びしたほうがいいのでしょうか?」

「いえ、竜王はやめてください」


 どこか悪役なイメージがある言葉なので、アイザックは断った。

 だが、ロレッタは止まらなかった。


「エンフィールド公は普通の王様ではありませんもの」

「いえいえ、まだ王になると決まったわけではありませんし」

「いや、昨日のうちに決まった」


 ヘクターが二人の会話に割って入る。


「ベッドフォード侯とアクセルの二人では心許ない。昨日のうちにエンフィールド公を王と認めようと決まった。エリアス陛下の喪が明ければ、即位されるといい」

「そうだったのですか! ありがとうございます。リード王家の名を汚さぬよう精一杯頑張ります!」


 ――順風満帆。


 アイザックにとって、そうとしか言いようがない状況だった。

 あとはニコル達を処刑し、王位に就くだけとなった。

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