第510話 王都からの知らせ
六月二十三日。
「宰相閣下から、危急の知らせです」
王都へ向かうウィンザー侯爵のもとへ、伝令が届いた。
彼はウィンザー侯爵が乗る馬車と並走し、手紙を見せる。
秘書官が手紙を受け取るために窓を開ける。
「この手紙は、ウィンザー侯のみに見せるようにと厳命されております。読んだ内容を誰に話すかは一任するものの、むやみに広めないでいただきたいとの事です」
伝令が窓に向かって叫ぶ。
そして、手紙を手渡した。
「読まない方がいい予感がするな……」
「奇遇ですね、私もです」
ウィンザー侯爵の呟きに秘書官が反応するが、クーパー伯爵からの知らせを読まないわけにはいかない。
渋々ながらも、中身を確認する。
その内容に驚き――
「なんだと! いたっ!」
――勢いよく立ち上がって、馬車の天井に頭をぶつける。
「閣下、大丈夫ですか!?」
秘書官が、二重の意味で心配する。
一つは言うまでもなく、ぶつけた頭の心配であり、もう一つは手紙の内容に関してだった。
「大丈夫ではない! セオドアを呼べ!」
ウィンザー侯爵は頭をさすりながら指示を出す。
彼がここまで取り乱すのは珍しい。
秘書官は不安を覚えながらも、すぐに近くの騎士に命令を出した。
「なんですと!」
呼び出されたセオドアも、驚きのあまり立ち上がって馬車の天井に頭をぶつけた。
本来ならば「義理とはいえ親子だな」と思える微笑ましい光景かもしれないが、今の秘書官には到底そうは思えなかった。
――王族全滅。
この知らせには、秘書官も取り乱している。
彼は驚きのあまり、足がすくんでいただけだ。
一歩間違えれば、頭を打った者の仲間入りをしていただろう。
「まさか、王都でこのような事になっているとは……」
ウィンザー侯爵は、セオドアと視線を交わす。
血の繋がりはないが、二人の気持ちは同じだった。
――「あいつ、やりやがった!」というものである。
セオドアも、ウィンザー侯爵から「エリアスの身に何かが起こるだろう」と聞かされていた。
だから、この事態を引き起こした犯人もすぐに思い浮かんだ。
「エンフィールド公と相談なさいますか?」
「ダメだ。今から合流すれば、王都に着くまでにお前達と合流できないだろう。このまま進む」
「軍を停止させてもいいのではありませんか?」
「それもダメだ。いいか? エンフィールド公の妻はパメラなのだ。王都での会議を前に、エンフィールド公と相談したと思われる。そのような事態は避けねばならない」
セオドアは秘書官と顔を見合わせる。
ウィンザー侯爵の言葉の意味がわかりかねたからだ。
「縁戚である事は否定しようのない事実なので、相談しても問題はないはずでは?」
「だから、それではダメなのだ。おそらく、エンフィールド公は……。いや、まだ憶測なので言うべきではないな。とにかく、この状況でウィンザー侯爵家とウェルロッド侯爵家が結託していると思われるのは避けなければならない。でなければ、エンフィールド公の邪魔になってしまうだろうからな」
「邪魔になる、ですか……」
残念な事に、セオドアには義父が何を考えているのかがわからなかった。
だが、王族が全滅したのだ。
かなり深刻な事態には違いない。
この状況を打開する策があるのだろうと思っていた。
しかし、彼が思っている以上に、深刻な事をウィンザー侯爵は考えていた。
(もしや、この状況を作ったのは私の責任なのではないか?)
その理由は一つ。
――アイザックは有言実行の男だったというものだった。
卒業式。
ウィンザー侯爵は、アイザックに「公爵の第一夫人とはいえ、王太子妃には劣る」と言っていた。
それは打ち合わせ通りとはいえ、ウィンザー侯爵にとって本心でもあった。
――もしも、あの言葉を、心のどこかでアイザックが本気にしていたら?
――もしも「本当にパメラを王妃にして、ウィンザー侯爵を満足させよう」と思ってしまったのならば?
――もしも、ジェイソンをそそのかして、簒奪するように仕向けていたら?
――もしも、王になるためにエリアスだけではなく、ミルズ一家まで手をかけたのなら?
手紙を読んで動揺していても、数々の仮定が頭に浮かんでくる。
あの時の何気ない一言が、このような状況を本当に引き起こしてしまったとすれば、ウィンザー侯爵も無関係ではない。
王族を皆殺しにするなど、常人には理解できるものではない。
下手に口出しすれば、大やけどを負いかねなかった。
だから、計画を立てた者の邪魔をせぬよう、すべてアイザックに委ねたのだった。
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六月二十四日。
ウェルロッド侯爵家もエメラルドレイクを離れ、王都へ向かっていた。
道中、モーガンのもとに一通の手紙が届く。
すぐにアイザックとランドルフが呼ばれる。
「読め」
馬車に呼び出された二人は、いきなり手紙を突きだされた。
ランドルフが受け取り、アイザックは横から覗き込む。
「なんて事だ!」
手紙を読んだランドルフが叫ぶ!
それに対して、アイザックは冷静だった。
「偽報の可能性は?」
アイザックが、モーガンに尋ねる。
王族が全滅したという知らせを疑う方が正しい。
それはモーガンも同じだった。
「当然身元は真っ先に確認した。王都に派遣した騎士だ。奴が虚偽の知らせを持ってくる理由がない。クーパー伯にもないはずだ」
「そうですか……」
アイザックは残念そうな表情を見せる。
だが、モーガンはアイザックの仕業だと勘付いていた。
「この知らせが事実だとすれば、この国はどうなるのです!? 王がいなければ、国としての形を保てません!」
ランドルフが取り乱し始める。
彼は「王がいてこその国」という固定観念を持っていた。
それは一般的な貴族と同じである。
だからこそ、王族がいなくなった状態に強い不安を感じていた。
動揺する父の肩に、アイザックが優しく手を置いた。
「大丈夫ですよ。国内にはウィルメンテ侯がいますし、国外にも傍系の王族がいます」
「だが、ウィルメンテ侯はウォリック侯爵家に恨まれている。国内がまとまらなくなる。それに国外の王族も信用できない。もし、またジェイソン陛下のようなお方が王になれば、国が割れるぞ」
ランドルフは、一般的な貴族と似た意識を持っている。
そんな彼が持った不安は、他の貴族も同じだと考えていいだろう。
アイザックは「予想通りだ」と内心ほくそ笑む。
「ある程度、性格がわかっていて、貴族の支持を集める王位継承権を持つ者。そういう人がいればいいのですけどねぇ」
「だけどいない。それがどういう事を引き起こすかは、私にだってわかるぞ。今まで同盟を結んでいた国も信用できなくなる。弱った国は他国に食い荒らされるのが世の常だ。リード王国は、ロックウェル王国のようになるかもしれん……」
「私もそう思う」
ランドルフの声が弱々しいものへと変わっていく。
モーガンも似たような感想を持っていた。
だがモーガンには、ランドルフとは大きな違いがあった。
――アイザックが仕組んでいると知っている事だ。
現に、アイザックは落ち着いている。
不気味なほどに。
しかし、モーガンにも、ここから先の事が読めなかった。
「アイザック、我らはどうするべきだと思う?」
「王都へ急ぎましょう。詳しい事情を聞かねばなりません」
(あとは自分にすべて任せろという事か?)
モーガンは、そう考えた。
だが、この状況を打開する方法が思い浮かばない。
モーガンには――
ウィルメンテ侯爵を王に立て、ケンドラを王太子妃にする。
そして、宰相となったアイザックが政治の実権を握る。
――という道筋しか見えなかった。
とはいえ、それでいいのなら、ミルズ一家まで殺す必要はない。
アイザックは、それ以上の立場を狙っているようにしか思えなかった。
(だが、アイザックは王にはなれんだろう。いくら王家の血と無縁ではないとはいえな)
ウェルロッド侯爵家に王女が降嫁されたのは四代前。
モーガンの曾祖父の時代である。
王族として見られたのは、先代のジュードまでである。
王国の歴史上、長い目で見ればほぼすべての貴族に王家の血が入っている。
どこまでも遡ってしまえば、誰でも王家の血が入っていると言えてしまう。
だから、親族として見られるのは三代までという暗黙の了解があるのだ。
それを破るには、ウィルメンテ侯爵の血が濃過ぎる。
せめて国内に、傍系の王族として見られる者がいなければチャンスがあったかもしれない。
(まさか、ウィルメンテ侯の命まで!? ……いや、さすがにそれはないか。こうなってしまっては、ウィルメンテ侯の警備は厳重なものになっているだろう。暗殺はできん。ならどうする?)
さすがにミルズ一家の死には驚いたが、エリアスの死は可能性として十分にありえると考えていたので、必要以上に動揺はしていない。
モーガンは、アイザックがどのような手を取るのかを考え始める。
「アイザック、この状況を収拾する手立てはあるのか?」
「いくつかは思い浮かびますが……。エリアス陛下のご遺体を確認するまでは言葉にはできません」
「ならば、この知らせが事実だった場合、私達にどうしてほしい?」
「静観していただければ、と思っています。これは非常に繊細な問題です。今後の事を考えれば、お爺様達が主導するよりも、他の誰かに主導権を握ってもらいたいと思っています」
「ほう、わざわざ主導権を渡すというのか」
モーガンは驚いていた。
有利な立場に立ちたければ、当然主導権は握るべきだ。
なのに、アイザックはわざわざ手放すという。
定石から外れた計画があるようだ。
「お爺様達には、自然な反応をしてほしいのです。だから、詳しくは説明できません。でも信じてください。リード王国を悪いようにはしません」
「いいだろう。その手並みを見せてもらおう」
本当は詳しく計画を聞きたかったが、モーガンは我慢した。
ここまできて、アイザックの計画を邪魔するわけにはいかない。
気にはなるが、静観する事にしたのだ。
(エリアス陛下だけではなく、ミルズ殿下まで亡くなっているというのに、なぜこのように話せるのか……。これが侯爵家の人間に必要な素質というのであれば、私は一生、二人のようにはなれない……)
まるで事前にわかっていたかのような落ち着き様である。
これは異常な事だと、ランドルフはよくわかっていた。
二人の会話に割って入れるような気が、まったくしなかった。
話を聞いていたランドルフは、自信を失って深く落ち込んでいた。
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