第486話 ウェルロッド侯爵軍、出撃!

 ウェルロッド侯爵軍では、皆の気分が浮き立っていた。

 それはアイザックの演説が原因だった。


「上手く言ったものだな。あれならば兵達の士気も高まっただろう」

「私は王国旗を高らかに掲げろのところがとくによかったと思う。あれで皆の気持ちが一つになったはずだ」


 モーガンとハリファックス子爵、二人の祖父がアイザックの言葉に感心していた。

 ハリファックス子爵がここにいるのは、その身を挺してアイザックを守るためだった。


 誰もが感動している中、反応に困っている者がアイザックの視界に入る。

 それは物言いたげな友人の姿だった。


「ポール、何か言いたい事がある?」

「いえ、その……」

「まだ戦闘は始まってないから、友達として発言するのを許可する。気になるから言ってくれ。こうしていられるのも今だけだからね」


 アイザックは遠慮せずに言ってくれという態度を取るが、そんな事は簡単にできるものではない。

 話しかけられた事で、皆の視線がポールに集中しているからだ。

 不用意な発言は「こいつ、戦場でそんな事を考えているのか」などと周囲に思われてしまう危険がある。

 だが、発言を求められた以上、黙っている事などできない。

 ポールは言葉をよく選んで発言する事にした。


「エンフィールド公は『エリアス陛下をお救いするため、命を賭して奮戦せよ!』という、目的と手段を組み合わせた発言が多い印象があります。『王国旗を掲げよ!』や『王国の興亡は、この一戦にあり!』といった、短い言葉で心を揺さぶるような演説は珍しいなと思っただけです」


 ――ポールの素朴な疑問。


 だが、それにアイザックは息が止まりそうな衝撃を受けた。


(こいつ、気付いているのか!? あの演説の締めがオリジナルではなく、パクリだという事を!)


 アイザックの演説は、前世の本で読んだ内容をアレンジしたものである。

 正確に言えばパクリだとはバレていないが、それをポールは「アイザックらしくない」と見破った。

 今の発言を聞いて「そういえばそうだな」と納得する者達も現れている。

 パクリとは思わなくても「誰かに原稿を作らせた」と思われかねない。

 それでは、自分の評価が上がらなくなってしまう。

 急いで取り繕う必要が出てきてしまった。


(くそっ、声をかけるんじゃなかった! 誤魔化さないと)


 アイザックは、フフフと笑って間を取った。


「あまり長く話していると、ジェイソンに邪魔をされる恐れがあったからね。エリアス陛下を支持するという演説を必要最小限にする必要があった。ジェイソンが反論する前にパッと切り上げるにはどうすればいいかを考えた結果がさっきのだよ」

「なるほど、状況に合わせた言葉を選ばれていたというわけですか」


 とっさに思いついた言い訳ではあったが、ポールは納得してくれたようだ。

 他の者達も「状況に合わせて考えた結果か」と評価してくれている。

 中でもハリファックス子爵は、アイザックが成人になってから初の大仕事を立派にやり遂げた姿に涙すら流していた。


「さぁ、これからが本番だ。ウェルロッド侯爵家は、王国軍に匹敵する戦力を持つ。この戦いで重要な働きを求められる事になるだろう。すべてが終わる時まで気を緩めるな!」

「はっ!」



 ----------



(とは言ったものの、ジェイソンが動くまで暇だなー)


 すでに戦争の用意は済んでいる。

 あとはジェイソンの行動待ちである。


(大人しく降伏だけはしてほしくないな。それは逆に迷惑だ。適度にあがいてほしいところなんだけど……)


 能動的に動くのではなく、ジッと待っているのは忍耐が必要だ。

 焦る気持ちばかりが先走る。


 それに、ジェイソンには暴れてもらいたい。

 もしもエリアスが生き残っていた場合、ジェイソンまで生きていれば困る事になる。

 どさくさ紛れに死んでもらわねばならないのだ。

 そのためにも、アイザックは混乱を望んでいた。


「王国軍、動き出しました!」


 焦れてきたところに一報が入る。

 

(降伏せずに動いてくれたか! ありがとう、ジェイソン!)


 喜びそうになるが、周囲の目があるので我慢する。


「方角は……、西です!」


 西はウォリック侯爵家とウィルメンテ侯爵家の二家がいるだけに、最も防備が固いところだ。

 簡単には突破できないだろう。

 

「西……、ジェイソンは最短距離を選んだか。それとも、フィッツジェラルド元帥の誘導に乗ったかな。どちらに向かうにせよ、対策済みだ。慌てる状況じゃない」


 万が一の状況も想定済みである。

 アイザックは、落ち着いて報告を聞いていた。


「サンダース子爵に前進していただき、残っている王国軍に圧力をかけるべきでしょう」


 ダッジの進言は、積極策だった。

 これにはアイザックもうなずく。

 そして、モーガンに視線を向けた。


「軍の規模が大きいから、西方の部隊を支援できる位置へ早めに移動する必要があります。王国軍に降伏を促すためにも必要だし、ダッジの進言通り動いてもらった方がいいかもしれません」


 ここにいるのは、ウェルロッド侯爵家・・・・・・・・・の軍だ。

 いくら総大将であろうが、未来の後継者であろうが、現当主であるモーガンの指示なしでは動かせない。

 そのため、指示を出してほしいと視線で語る。


「では軍を動かそう。ランドルフ、いってくれ」

「わかりました」


 まずはランドルフが出陣する。

 さすがに三万の兵を、一か所から統制するのは難しい。

 彼はウェルロッド侯爵家の半分。

 一万五千の部隊を率いて、前に出る事になっていた。

 一応、貴族連合軍の旗印であるアイザックと、老人のモーガンが前線で戦うわけにはいかない。

 そのため比較的若く、圧倒的強者だと思われているランドルフが前にでる事になっていた。


 周囲には「強い者が前に出るのは当然の事」と思われていた。

「闘将」の二つ名は、今も健在である。

 しかし、それは虚像に過ぎないとアイザックはよく知っている。

 そこで、出陣する父に一言釘を刺しておく事にした。


「父上、今回の戦いは敵を倒せばいいというものではありません。ジェイソン派とはいえ、相手はリード王国の国民です。降伏の呼びかけや、武器を捨てる時間を作ってあげる事も大切ですよ。ソーニクロフトでは『かかれ、かかれ』と言うばかりでしたからね。今回は『待て』と命じる事も大切だと覚えておいてください」

「それくらい言われずともわかっている。お前は私をなんだと思っているんだ……」


 まるで戦争狂のような扱いに、ランドルフは苦笑を返す。


「念のためですよ。かかれと命じる時に、頭をよぎってくれればいいんです。父上が敵を皆殺しにするまで止まらないなんて思っていませんよ」


 アイザックは笑いながら返す。

 ただ、目の前の事に夢中になって、視野狭窄に陥る事さえ避けてくれればよかった。

 ランドルフも、その事をわかっていた。

 深く追及する事なく「またあとで」と、去っていった。


 ランドルフにはダッジの参謀達が同行する。

 助言するというのもあるが、それだけではない。

 彼の戦いぶりを見学するためでもあった。

 ロックウェル王国からきた者達にとって、ランドルフがどんな戦い方をするのかは注目の的である。

 ダッジの頼みにより、特別に同行が許されていた。


「私も見てみたかった。サンダース子爵の戦い方だけではなく、擲弾兵の働きを」


 ダッジが部下を見ながら羨ましそうに呟く。

 特別に許可・・・・・を与えられたのは、擲弾兵も実戦に初参加するからだった。

 いつかは国に帰るよそ者に情報をすべて与える必要はない。

 しかし実戦での評価をできるのは、やはり実戦経験者でないとできないとアイザックは考えたので、今回は許可を与えたのだ。


 だが、さすがにダッジまでは許されなかった。

 アイザックの傍らで、助言をする役目があったからだ。

 誰でも気楽に見学できるというものではないと彼もわかっているので、見学させてほしいとアイザックには強くは言わなかった。

 羨ましいと思う気持ちから気を逸らすため、彼はフェリクスに話しかける。


「ソーニクロフトでのサンダース子爵の戦い方をどう思った?」


 戦闘の勝敗はわかっている。

 だから、どう戦ったかではなく、フェリクスの感想だけを求めていた。


「そうですね……。次々に味方が敗走しているという報告が入ってきました。態勢を立て直す暇もないほど早い攻撃に、先手を打たれる恐怖というものを感じさせられました」

「先ほどのエンフィールド公の話と合わせると、退く事を知らず、防御態勢を取る暇も与えない疾風怒濤の猛攻撃が持ち味の猛将というわけか。普段の物腰の柔らかさに騙されがちだが、心の内では誰にも負けない熱いものが燃え盛っているのだろう。ウェルロッド侯爵家の人間らしく、心を隠すのが上手いのだな」


 ダッジは、ランドルフを高く評価した。

 フォード元帥の率いる部隊は精鋭揃い。

 彼らを打ち破った以上、ただ者ではないはずだからだ。


(……誰の事を話しているんだろう?)


 二人の会話は、アイザックにも聞こえていた。

 まったくの見当外れな会話に、父の事を話しているとは思えなかった。


(強いと思われているのはいいけど、ずっとこのままだと親父が苦労しそうだな。どこかで誤解を解いてやらないと。今回の戦いで、あまり強くないと証明……されると困るから、またその内にわかってもらえるといいな)


 参謀達が「あれっ、大した事ないぞ」と判断してくれれば、ダッジ達への説明が省ける。

 しかし、そのような状況になるという事は、ランドルフが率いる部隊が大きな被害を受けているという事でもある。

 今回はそんな状況になってもらっては困るので「またの機会に証明できればいいな」と思う程度にとどめていた。



 ----------



 ランドルフの部隊が動き始め、王国軍に接近し始める。

 その時、ウィルメンテ侯爵軍やランカスター伯爵軍やブリストル伯爵軍も前進し始めるのが見えた。

 誰もが包囲網の輪を狭めるために動いていた。

 皆、大貴族の当主だけあって、最適解を自ら考えて行動している。

「これだけ動けるのに、なぜ戦争に弱いんだろう」と、アイザックは疑問に思っていた。


 ランドルフの部隊が動き始め、しばらくした時。

 アイザックのもとに使者がやってきた。


「あれ、アーサー先……。アーサーさん、どうされたんですか?」


 かつての生徒会長が血相を変えてやってきた。

 しかも、カニンガム男爵やウォリック侯爵の側近まで引き連れている。

 嫌な予感をしかしない。


「実は……、ブランダー伯が裏切りました!」

「なんだって!」


 アイザックだけではなく、モーガン達も目を丸くして驚いた。


「この状況で? ありえないでしょう!」

「王国軍の部隊が前線に到着するはずがないタイミングで、激しい戦闘の音が聞こえてきました」


 ウォリック侯爵の側近も、アーサーの言葉を肯定する内容の説明をした。

 アイザックは周囲を見回し、モーガン達と視線を合わせる。


「そんな馬鹿な、本当に?」

「本当です」


 それからアーサーは、父との会話やウォリック侯爵との会話を説明しだした。

 非常に危険な状態ではあるが、すでに対応をしてくれているとわかり、アイザック達は少し落ち着きを取り戻す。


「えぇ……」


 ブランダー伯爵が裏切った理由はわからないが、アイザックはドン引きしていた。

 勝利が確定している、この状況からの裏切りである。

 アイザックには、まったく理解できなかった。


「事前に立てた対策のおかげで、なんとかなりそうだな」

「対策?」


 モーガンの言葉に、アーサーが反応する。


「そう、対策だ。ブランダー伯が裏切ってもウォリック侯爵軍やウィルメンテ侯爵軍が混乱させられないようにする。西側諸侯の宿営地を我らが準備していたのは、こういう時のためだ」

「ブランダー伯の裏切りを読んでおられたのですか!?」

「エンフィールド公が読んでいた。だから、ダッジ殿に図上演習をさせて、不測の事態の炙り出しを命じておられたのだ」

「裏切りを読んでいた……」


 アーサー達は、信じられないものを見る目でアイザックを見た。

 その目には畏怖というよりも、ただの恐怖の色が濃い。

 だが、アーサーは怯えるだけではなかった。


「しかし、エンフィールド公は本気で驚かれていたようですが……」


 ――先ほどのアイザックの驚き。


 それは本物にしか見えなかった。

 読んでいたのなら、驚きはしなかっただろう。

 このような事をしている場合ではないのだが、その事が気になって仕方がなかった。


 指摘されたアイザックは困っていた。

「偶然だよ、偶然」と言っても、嫌みな謙遜に取られてしまうかもしれない。

 それに「知っていたなら言えよ」と責任を追及されてしまう可能性だってあった。

 今後の事を考えると、言い訳をしておく必要を感じていた。


「そりゃあ驚きますよ。この状況で、普通は裏切らないでしょう。あくまでも誰かが裏切るなら、ブランダー伯の可能性が高いと考えただけです。だから、裏切った場合にどうなるか想定しておいてくれと命じただけですよ。まさか本当に裏切るとは思いませんでした」


(これならどうだ?)


 ――自分の功を誇らず、かといって謙遜し過ぎない程度に言い繕う。


 アイザックは、上手くやれたと自画自賛していた。


「もちろん、被害を受けるウリッジ伯爵家には申し訳ない事をしたと思っています。ですが、エリアス陛下救出のためにはジェイソンを逃がすわけにはいきません。ウォリック・ウィルメンテ両侯爵家には行動の自由を用意する必要がありました。けっして無駄な犠牲にはなりません」

「父も時間を稼ぐ事が勝利への道だと言っておりましたので、私もわかっているつもりです。ブランダーとも兵数は同程度なので、すぐにはやられないはずですから」

「本当に念のためだったんですけどね。まさかこんな事になるとは……。西へ向かった部隊をフィッツジェラルド元帥が率いているのならば、きっと支援してくださるでしょう。もしもジェイソンが率いているのなら、背後から元帥が襲い掛かってくれるはずです」

「そうであってほしいところです」


(俺もな)


 もしこれでウリッジ伯爵が戦死すれば、アーサーに「捨て駒にされたせいだ」と思われてしまう。

 だが、上手くいけば「やり遂げると信頼していた」という流れに持っていける。

 アイザックもアーサーに負けないくらい、動いた部隊にフィッツジェラルド元帥がいて、ブランダー伯爵家に襲い掛かってくれる事を強く願っていた。


「ところで、カニンガム男爵はなぜここへ? 使者で済む話だっただろう」


 モーガンが不思議そうな顔で尋ねた。

 聞かれたカニンガム男爵は「聞かれてしまった」と、顔色を青ざめさせる。


「はい、実はですね……。はい……」


 彼はもごもごと口籠るばかりで、中々本題に入ろうとしなかった。

 まだ言い訳が思いついていないからだ。

 そもそも、言い訳が通用するのかがわからない。

 このような状況を任された事を恨む余裕すら、今の彼にはなかった。


「状況が状況だ。すでに戦闘も始まっている。連絡事項があるのならば、早くしてくれんか」


 しかし、急かされてしまったら言うしかない。

 相手はモーガンなのだ。

 アイザックの祖父というだけならともかく、現ウェルロッド侯爵家当主である。

 男爵風情が抗える相手ではないのだ。

 カニンガム男爵は馬から降りて片膝をつく。


「ウィルメンテ侯は心よりお詫びを申し上げたいと言っておりました。ですが、今は王国軍を止めるために指揮を執るのが最優先。私が代理として謝罪の使者を任されました」


(謝罪の使者って、なんの事なんだろう?)


 アイザックにも、カニンガム男爵の顔色から、よほどの問題が起きたのだという事はわかった。

 しかし、その謝罪の内容は、さっぱりわからなかった。

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