第452話 4Wの会談

「エンフィールド公のとりなしであの場は控えたが、やはりジェイソンの横暴は腹に据えかねる。何もせずに静観するというわけにはいかん」


 ウィンザー侯爵の話している内容もだが「ジェイソン」と呼び捨てにした事が、一部の者達以外を驚かせる。

 計画を聞いていないランドルフはもとより、ウォリック侯爵達も驚いていた。

 その時の反応を、ウィンザー侯爵は見逃さなかった。


(ウォリック侯爵は何かを期待するような視線をしている……か)


 彼に関しては、特別新鮮な反応というわけではない。

 今更わかったところで、計画になんの影響もない程度の反応でしかなかった。

 だが、ウィルメンテ侯爵は違う。


(本当に驚いているようだな……)


 彼の驚きは本物。

「ウィンザー侯がとんでもない事を言い出したぞ!」と叫びそうなくらいに目を大きく見開いていた。


(という事は、横の連携はまだ取れていないというわけか)


 ウィンザー侯爵は「アイザックが説得できていない」とは思わなかった。

 すでに証拠の品も見せてもらっており、彼と話がついているのはわかっている。

 ウィルメンテ侯爵の反応は「アイザック以外の者が、王家への反旗を匂わせてきた」という意味での驚きなのだろうと受け取っていた。

 個別に説得し、自分にだけ実情を教えたのなら、ウィルメンテ侯爵の反応も自然なもの。

 予想外の事態に遭遇して驚いているだけなら問題はない。


 ――しかし、ウィルメンテ侯爵の驚きは本物だった。


 ウィンザー侯爵への借りがある事を認めてすぐ、王家への反抗を匂わせるような事を言ってきたのだ。

「もちろん、お前は協力してくれるよな?」と言われているも同然。

 非常に困った状況に追い込まれてしまった。


「エンフィールド公はどう思われているのですか?」


 この状況で彼が真っ先に助けを求めたのは、盟友と呼べる相手だった。 

 ジェイソンの暴走は、議会設立にちょうどいい口実となる。

 そちらに怒りの矛先を向けてもらえれば、実力行使をしなくて済む。

 アイザックなら、ウィンザー侯爵を落ち着かせてくれるだろうと信じて話を振った。


「そうですね……。正直なところ、私も殿下のやり口はどうかと思いました」


 ――期待はあっさりと裏切られた。


 だが「パメラを助けた時のように、最初はウィンザー侯爵の意見を聞き入れて、味方のフリをしようとしているのでは?」という期待は残っている。

 ウィルメンテ侯爵は祈りながら、続きの言葉を待った。


「もし、この場にいる者が結託して反乱を起こせば、王家に勝てると思いますか?」


 しかし、望んでいた言葉ではなかった。

 むしろ、ウィンザー侯爵やウォリック侯爵を煽るような言葉である。


「できる! この面子ならば勝てる!」


 ウィルメンテ侯爵が危惧したように、ウォリック侯爵が乗ってきた。


「我らが力を合わせれば、王家にも勝てる。勝てるが……。大義名分なき戦は、そのあとの統治が難しい。勝てばいいというだけなら問題はないが、それでは我ら以外の諸侯が収まらず収拾がつかなくなる。厳しいものがあるだろう」


 だが、ウォリック侯爵は乗り気なだけではなかった。

 彼なりに「もし反乱を起こしたら?」というシミュレーションをしていたのだろう。

 勢いに任せて軍を動かしても、あとが続かない。

 他の貴族も「奴らに従う必要はない」と、反乱を起こす可能性は高い。

「彼らに従おう」と思える大義名分を用意してやらなくてはならない。

 その事をよくわかっていた。


「でしょうね。王家に不満があるからといって、簡単に軍を動かす事ができません」


 アイザックは「我が意を得たり」とうなずく。

 ここで「よし、反乱しよう」という流れになるのはまずい。

 比較的乗り気なウォリック侯爵はともかく、ウィルメンテ侯爵が反対するだろう。

 反対されると、ウィンザー侯爵に「お前、嘘を吐いていたのか!」とバレてしまう。

 不満の解消をさせつつ、そこそこの期待を持たせて解散したいところだった。


「軍を動かすとすれば、もうしばらく待つべきでしょう。きっと殿下がネトルホールズ女男爵関連で騒動を起こすでしょう。王家の権威が損なわれてからでも遅くはありません」


 ――ジェイソンのミスを待て。


 今は待つべき時だと語る。

 アイザックの発言には、モーガンやウィンザー侯爵、セオドア以外の皆が驚いた。


「アイザッ――エンフィールド公、その発言は危ういものです。おやめください」


 ランドルフが動揺しながらも、アイザックの発言をたしなめる。


「サンダース子爵の言う通りです。いくらなんでも挙兵するなど行き過ぎた発言です」

「えぇ……」


 ウィンザー侯爵までもが、アイザックの発言を「行き過ぎだ」と非難する。

「不満がある」と煽っておいて、自分はサッと引き上げた。

 これにはアイザックもドン引きである。


「私は静観するわけにはいかないと言っただけです。まさかそこまでお考えだとは……」


 アイザックは、ウィンザー侯爵にはしごを外されてしまった。

「騙されたか」と焦る。

 だが、これはウィンザー侯爵なりの配慮だった。

 今の流れでは、反乱の首謀者がウィンザー侯爵になってしまう。

 しかし、ウィンザー侯爵には王に成り代わろうという気などない。

 首謀者の座をアイザックに譲るため「その気はなかった」と言ったのだ。


 これは責任逃れのためではない。

 アイザックはパメラと結婚したのだ。

 どうせ共謀で疑われて、ウィンザー侯爵家まで連座で処分されるだろう。

 ならば、アイザックを王に担ぎ上げて、パメラを王妃にするという方向で動く方が、ウィンザー侯爵家にとってメリットとなる。

 そう考えたから、あえてアイザックを突き放したのだった。


 ウィンザー侯爵家が首謀者となり、ロイを王にして、アイザックを後見人にするという選択も考えた事はある。

 だが、それでは結局アイザックという不安要素を臣下に残したままになってしまう。

 それならば、アイザックに王になってもらった方が寝首をかかれる心配がない分マシだという答えを出していた。


 とはいえ、アイザックとしては突然裏切られたようなもの。

「あれ……、なんで?」と混乱していた。


「とりあえず、当家としては不当な言い掛かりに対するものと、一方的な婚約の破棄に対する賠償を陛下に要求するつもりだ。返答次第では宰相も辞する覚悟をしている」

「それは必要でしょう」

「それもやむを得ない事だとは思いますが……」


 モーガンが相槌を打ち、ウィルメンテ侯爵がそれも仕方ないと理解を示す。


 ――貴族は王家の奴隷ではない。


 不当な扱いを受けてまで、盲目的に従う必要はない。

 宰相が突然辞職すれば、リード王国の政治は混乱する。

 だが、その責任は王家――ジェイソンにある。

 ジェイソンの代わりとして「アイザックならば」と認めはしたが、それは婚約を一方的に破棄された穴埋めに過ぎない。

 パメラやウィンザー侯爵家の面子を保ったのはアイザックだ。

 王家ではない。

 賠償はしっかりとしてもらわなければならなかった。


 この事に異論を挟む者はいない。

 誰もが必要だとわかっていたからだ。

 ウィルメンテ侯爵が渋ったのは、今ウィンザー侯爵に辞められては困るからだ。


 卒業式には各国の大使や使節団も出席していた。

 これから先、外交問題が多発する可能性が高い。

 特にロックウェル王国が「リード王国は国内問題で援軍に出られる状況ではない」と見て、また軍を動かすかもしれない。

 こんな大事な時に宰相が辞任すれば、ファーティル王国への援軍が遅れてしまう。

 それだけならともかく、大規模な難民が発生してリード王国の国政にも大きな影響を与える可能性だってある。

 そうなった時にも、ウィンザー侯爵の力がほしいところだった。

 だから、リード王国の安定のためにも、辞めないでほしかったのだ。


 このように大きな話になってしまっては、ランドルフやセオドアは口を挟めなかった。

 次期当主ではあるが、現段階では当主という立場にはないせいだ。

 ウィルメンテ侯爵やウォリック侯爵とは年齢が近いが、彼らは侯爵家の当主としての責任を背負って発言している。

 責任のない立場にある者が、軽々しく発言できる雰囲気ではない。

 重苦しい空気に圧し潰されそうになりながらも、逃げたいとは考えなかった。

 ここでもっと積極的に発言していけない未熟さを悔やみながら、自分ならばどうするかと彼らなりに打開策を考えていた。


「王家の力が強ければ強いほどいい……というわけではなさそうですね」


 ランドルフがポツリと呟く。

 その言い方は危険ではあるが、貴族派の意見に近いものではあったので咎められなかった。

 ウィルメンテ侯爵が「その通り!」と言いそうになるが、王党派筆頭という立場を思い出して言葉にする事はしなかった。


「今回、殿下がなされたような行動を止める事ができる制度を作る。そういった制度を成立させるために、ウィンザー侯は宰相を続けられてもいいのではないでしょうか」


 ランドルフもウィンザー侯爵の重要性をわかっている。

 だから、彼が職を辞する事のないよう、やり甲斐のある目標を提示してみせたのだった。


「なるほど、議会か!」


 これに食いついたのはウィンザー侯爵ではなく、ウィルメンテ侯爵だった。

 議会の設立に関してはアイザックと話がついているので、ランドルフから話を持ち出してくれるのはありがたい。

 そのままの流れで、ウィンザー侯爵の辞職の話を流してほしいと思っていた。


「ファラガット共和国のような平民の集まりではなく、王を戴きながら貴族が議会という形で補佐する国もあると聞いている。そういった形も一つの選択肢かもしれないな」


 議会の設立は以前からアイザックと話していたもの。

 ウィルメンテ侯爵は心の中ではあるが、アイザックに負けないほど派手なガッツポーズをしていた。


「王家の力を削ぐような真似に積極的に賛同はできないが……。いつ殿下の矛先が王党派に向けられるかがわからん。そういう選択もありえるとは思う」


 必死に「渋々ではあるが賛同する」という演技しながら、ウィルメンテ侯爵もランドルフの案を認めた。


「王家に尽くそうが、その時の気分で奈落に突き落とされるのだ。リード王家の力を制限する方向で動くのには賛成だ」


 エリアスの被害者であるウォリック侯爵は、強く賛同の意を示す。

 彼は「議会を作るのなら、王家の力を徹底的に制限して飾り物にしてやる」とまで思っていた。

 そこに王党派だった頃のウォリック侯爵家の面影は欠片も残っていなかった。

 ランドルフが引き起こしたこの状況に、アイザックは焦っていた。


(なんで議会の話になってるんだ……)


 アイザックにとって、議会はウィルメンテ侯爵を騙すための口実に過ぎない。

 なぜそこまでみんなが熱くなっているのかがわからなかった。


「まぁまぁ、皆さん。確かに衝撃的な事件ではありましたが、熱くなりすぎではありませんか? まだ王家が賠償をしないと返答したわけではありません。仮定の話から飛躍し過ぎでしょう。少し落ち着きませんか?」


 アイザックの言葉で、冷静さを欠いていたと気付いたウィルメンテ侯爵達が恥じるような仕草をしながら静かになった。

 これにはウィンザー侯爵も安堵する。

 結婚相手がジェイソンでなくとも、パメラを王妃にできる可能性があるのだ。

 わざわざ手に入れられそうな権力を弱める必要はない。

 ウィンザー侯爵も、どちらかと言えば議会に否定的な考えを持っていたためだ。


「エンフィールド公は議会に乗り気ではなさそうですね。何か理由でもあるのですか?」


 しかし、議会の話に及び腰なアイザックの様子を、ウィルメンテ侯爵がいぶかしむ。


「殿下の様子を見る限り、そう遠くないうちにまた騒動を起こされるでしょう。議会の設立までには年単位で時間がかかります。それまでに間に合わないかもしれません」

「では、どうされるつもりですか?」


 アイザックも、こう返されるとわかっていたので覚悟を決める。


「もちろん、そうならないように努力するという前提の上ですが……。私は陛下より『リード王国に仇なす者を討て』という命と共に剣を授かっております。もしも殿下が限度を超えた行動を取るようであれば手段を選ばずに止めるでしょう。それだけの覚悟はあります」


 アイザックの決意を聞き、事情を知っている者達以外が息を呑んだ。


 ――エリアスの寵臣であり、ジェイソンの友人。


 王家と近い位置にいるアイザックが「場合によってはジェイソンを討つ」とまで言い切ったのだ。

 その衝撃は計り知れない。


 そして、ランドルフは今にも気を失いそうになっていた。

 アイザックが言い切る理由――それは「そうなる可能性もあり得るからだ」と経験上知っていたからだった。

 先ほどアイザックが挙兵に関する話をしたのも、やはりジェイソンの行動を危ぶんだからだろう。

 アイザックでも避けられない最悪の事態が目の前に迫っているのだと思うと、到底心穏やかではいられなかった。

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