第428話 未来の家族との話し合い

 マチアスの責任にするという考えは上手くいった。

 特に武官には、すんなりと受け入れられた。

 彼は王国史に名を残すほどではないが、戦史には時々名前が残っている。


「ウェルロッド侯爵家のマチアスが魔導騎兵を率いて敵部隊を撃破」


 ――というものがあるだけではなく――


「ウェルロッド侯爵家のマチアスが、軍議中に元帥の前で失言」


 という記録も多々あったからだ。


 ――活躍するが、ポカもやらかす。


 過去の戦史を学んでいる者なら「失言さえなければ……、もったいない」という印象が残っている男。

 それがマチアスだった。


 おかげで今回の一件も――


「酔ってテンションが上がった時にやらかしてしまったんだな」


 ――と、優しく受け入れてもらえた。




「ブリジットとの婚約は成らなかった」という知らせを聞いた者達、中でもウォリック侯爵などは「おっしゃー」と、右手を高く掲げて喜んだらしい。

 エリアスも、ロレッタから「応援してくださると仰っていたのに……」と悲しまれていたので、マチアスの暴走という形で収まって喜んでいた。

 種族間の友好は大事だが、アイザックを王家に引き入れる方が重要だ。

 エリアスにとって「エドモンドが協力的だった」という事を追及するのは損しかない事だった。

 彼が話を蒸し返したりしなかったので、他の者達も公には話題にしなくなった。


 ブリジットとの婚約話は、マチアスの暴走という事で無事に収まった。

 マチアスの尊い犠牲は無駄ではなかったのだ。




 しかし新学期が始まると、アマンダ、ロレッタ、ジュディスの三名から再確認をされた。

 ブリジットは第一夫人になってもおかしくない立場なので、心配だったのだろう。


 ティファニーからは「マチアス様の暴走だったとしても断るなんて……。ブリジットさんに不満があったの?」と質問された。

 そこでアイザックは「ああいう形での婚約はダメだと思ったから断った」と事情を説明した。

 彼女は「そう、ブリジットさんの事が嫌いじゃなかったんならいい」と納得したが、彼女には彼女で問題がある。

 いつか「好きな人は他にいる」と言わねばならないという事実は、アイザックを苦しめていた。



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 十歳式はブリジットの事があったので子供やその親から注目を浴びたが、これくらいは想定の範囲内である。

 むしろ「まだ公式行事に出られないジェイソンよりも先に顔を売るチャンスだ」と思い、我慢して愛想を振りまいていた。

 この程度は問題ではない。

 問題は、このあとにあった。

 各家からの招待状である。


 ――各家で個別に開かれる子供達を祝うパーティー。


 いつもなら問題ではなかったが、今回はウィンザー侯爵家に問題があった。

 先日の一件を考えれば、セオドアやアリスが歓迎してくれないだろう。

 未来のお義父さんとお義母さんの誤解は、パーティーまでには解いておきたい。


 もちろんパーティーで気まずいからというだけではない。

 相手の両親に「娘さんをください」というのは、なかなか難易度が高いものらしい。

 機嫌を損ねて、難易度インフェルノの状態では言いたくなかった。

 パメラとの結婚を快く認めてもらうためにも、関係は改善しておくべきである。


 そこで、パーティーの前日に話し合う事にした。

 名目は「パーティーの打ち合わせ」である。

 おかしな名目で会うよりも、できるだけ自然な形で会いたい。


 ――だが、自然体での出迎えとはいかなかった。


(うわぁ、滅茶苦茶睨んでる……)


 歓迎は期待していなかったが、正面に座るセオドアは敵意のある目でアイザックを睨みつけている。

 そこまで敵意を持たれていてはやり辛い。

 アイザックは、ウィンザー侯爵を見る。


「簡単に事情の説明とかは……」

「エンフィールド公が説明をしてくださると仰っておいでだったので、何もしておりませんよ」


 アイザックを歓迎していないのは、セオドアだけではない。

 ウィンザー侯爵も「自分で言えば?」と、ツンツンしている。

 これがパメラであれば可愛いのだが、自分の祖父と年の近い老人がやっているのだから始末が悪い。


 次にアイザックはパメラに視線を向ける。

 目の保養を求めての行動だったが、彼女は焦りを見せた。


「私は両親に説明しましたわ。でも、どこまで話していいか判断できませんでしたので、アイザックさんが敵ではない。味方だとしか言えませんでしたの」

「責めているわけではありませんよ。この一件で責められるべき者がいるとすれば、すぐに説明をしなかった僕と、拗ねて説明をしなかったウィンザー侯です。あなたではありません」


 慌てて弁明をする彼女に、アイザックは安心させるように笑顔を見せる。

 この言い様に、ウィンザー侯爵は顔をしかめる。

 しかし、わざと説明しなかったのは事実。

 特に反論はしなかった。

 だが、黙っていられない者がいた。


「なぜ黙っているのですか?」


 セオドアが、ウィンザー侯爵の反応をいぶかしんだ。

 ニコルを暗殺するかもしれないと疑われた時もだったが、どう考えても義父の反応がおかしい。

 自分が憤る前に、当事者である彼が真っ先に怒るべきだからだ。

 例え相手がアイザックだったとしてもだ。


「話を聞けばわかる」


 だが、ウィンザー侯爵は娘婿に対して、静かにそう答えるだけだった。

 そんな態度を見せられて、セオドアとアリスの混乱は増すばかりである。


「では、話をさせていただきましょうか。でも、その前に……」


 アイザックが雰囲気を読み、本題に入ろうとする。

 しかし、その前にセオドアの敵意を少しでも和らげておきたいところだった。

 本題の前に、ワンクッションを置く事にした。


「セオドアさん、なぜ僕に決闘を申し込もうとしたんですか? ウィンザー侯も特に動きを見せなかったのに」

「意地……ですね」


 ――ウィンザー侯爵家が舐められたから、意地でやり返した。


 そう言いたいのだろうとアイザックは思ったが、彼の話には続きがあった。


「義父上は宰相としての立場上、時には涙を呑んで耐えねばならない時もある。だから行動しないのだと思った。ならば、行動できる者がやるしかない」


 セオドアは、アリスを見る。


「義父上には息子が生まれなかった。そのため、アリスの婚約相手は家格の見合った家だけではなく、ウィンザー侯爵家の未来を託せる者を選ぶ必要があったのだ。候補者の中から選ばれたのは私だった。義父上は私に家を託す事ができると思ってくださった。ならば、その信頼には答えねばならない」

「だから意地を見せたと?」

「そうだ」


 セオドアは力強くうなずいた。

 アイザックが「公爵は王家に関する罪以外は許されるはずだったんだけど……」とは言い辛い雰囲気である。

 しかし、彼の勢いを削いで説得しやすくしなければならない。


「その意地、王家には向けられないのですか? 殿下はパメラさんを軽んじていましたよ」

「いや、さすがに殿下相手には……」 


 さすがにジェイソン相手に歯向かおうとは考えもしなかったのだろう。

 セオドアは口籠ってしまう。

 彼の反応を見て、アイザックは勢いを殺す方法を一つ思いついた。


「パメラさんはウィンザー侯よりも大切ではないと言われるのですか?」

「違う! パメラも義父上同様に大切だ!」


 セオドアは強く否定した。

 アイザックは、彼の強い否定を利用するつもりだった。


「では、殿下にも憤り自体は感じていると?」

「そうだ!」

「家族として、二人とも同じように大切ですか?」

「そうだ!」

「パメラさんを愛していますよね?」

「そうだ!」

「一人の女性としてですか?」

「そうだ! ……いやっ、ちがっ、違う! 違うぞ! 何を言う!」


 彼はアイザックの罠にはまってしまう。

 勢いよく肯定し続けてしまったために、否定すべき質問にまで肯定してしまったのだ。

 セオドアは慌てふためく。

 アイザックは苦笑いを浮かべた。


「そんなに慌てずとも皆さんわかっておいでです。……まさか、本当にパメラさんの事を?」

「不当な言い掛かりだ! そんな事を言うな! これから先、パメラを抱きしめようとした時に気持ち悪がられて避けられたらどうしてくれる! やめろ!」


 本気で怒り始めたので、アイザックも潮時だと判断する。


「ただの冗談ですよ。あまりにもセオドアさんが敵意を持っておられたので、場を和ませようとしただけです」

「それは失敗だったな。私はいまだかつてないほどの憤りを覚えているからな!」


 セオドアは口をへの字に曲げて「不満だ」という感情を表した。

 そして再びハメられないよう、アイザックの言葉に警戒する素振りを見せる。

 その反応こそ、アイザックが求めていたものだった。


 感情的になられると、どんな話をしても否定してくるだろう。

 だが、警戒していれば違う。

 警戒していれば、アイザックがどんな話をしてくるのかと耳を傾けるようになる。

 頭ごなしに否定せず、まずは聞いてから判断するようになるだろう。


 一時的とはいえ、未来のお義父さんから嫌われるのは避けたいところだったが、まずは未来ではなく今・・・・・・・をなんとかしなければならない。

 そのためにも、アイザックは彼に警戒させるという手段を選んだ。

 アイザックに誤算があったとすれば、思っていたより本気で怒っているところだろうか。


 それでもセオドアの方は何とかなりそうだが――アリスの方がわからない。


 彼女はジッとアイザックの様子を窺っている。

 動揺を見せない腹の据わった態度を見せているため、彼女の考えが読めなかった。

 だが、何か嫌な予感がするので「彼女の反応を見よう」と仕掛けるような気にはなれなかった。


「さて、それでは順番に話しましょうか。ウィンザー侯が、なぜネトルホールズ女男爵を殺そうとすると思ったのか。そして、僕がなぜネトルホールズ女男爵を守ろうとするのかなどを」


 アリスの態度は気になるが、下手に手出しをして反撃を食らいたくはない。

 せっかく話のペースを掴めたのだから、わざわざ乱す必要はない。

 アイザックは、このまま説明と説得を始めようとしていた。

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