第425話 ※登場人物の年齢は~~

 パーティーが終わるまで、アイザックは気まずい思いをしていた。

 出席していたマットやトミーからは「別にいいんじゃないか?」という反応をされるし、他の者達にはエリアスと同じように「エルフまで惚れさせるとは」と羨ましがられた。

 アイザックの心中を知るカイだけは「大変だなぁ」と同情していた。


 渋い表情をしていたのは、ウォリック侯爵やランカスター伯爵である。

 彼らはブリジットの存在を脅威に感じていた。

 ブリジットに比べれば、自慢の娘も見劣りするのを認めざるを得ない。

 あれだけの美女を第一夫人に選ばれれば、自分達の娘を側室として迎えようとは思われなくなるかもしれない。

「娘を見捨てないでくれ」と、すがるような目でアイザックを見ていた。


 一番気になるのがニコルの動きだったが、彼女は不思議なほどアイザックに興味を持っていなかった。

 こういう状況になれば話しかけてきそうなはずなのに、何故か話しかけてこなかったのだ。


 ――まるでアイザックに興味をなくしたかのように。


 あのニコルが簡単に男を諦めるはずがないので、アイザックは不気味さを感じさせられた。

 アイザックにとって「やっぱり出席するんじゃなかった」と後悔ばかりするパーティーとなった。



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 翌日、ウェルロッド侯爵家の屋敷で話し合いの場が設けられた。

 モーガンは仕事があったが堂々と仕事を休んだ。

 いや、正確には「エルフとの重要な外交交渉になるので」と言い、外務大臣として話し合いに出席している。


 残してきた仕事。

 特に早く責任者のサインを必要とする書類などは、すべてエリアスに任せてきた。

 彼は国家の最高責任者国王である。

 仕事納めをしなくてはならない時期に、余計な問題を増やしてくれた意趣返しとして、モーガンが書類の決裁を任せたのだった。


 ウェルロッド侯爵家側は、一家及びリサが出席する。

 エルフ側はエドモンドの他にマチアス、クロードとその家族。

 当然、ブリジットと彼女の家族も出席していた。


 ドワーフも「結果を知りたい」というので、ジークハルトと彼の付き人が出席している。

 だが、大使館関係者はいない。

「エルフの妻を娶るなら、ドワーフからも娶ってほしい」と言ってくるのではないかと思われたので、大使館員がいない理由が気になるところだった。

 彼らの狙いを聞かねばならないだろう。


「ブリジットさんの気持ちには応えられない。そういう話をしましたよね? なんでまたあんな形で話を持ち出したんですか?」


 だが、まずはブリジットからだ。 

 アイザックは、彼女の真意を問いただそうとする。

 彼女は顔を真っ赤にして涙目になっていた。

 それはアイザックに理由を問われる前からだった。


(自分の行動を恥じているのかな?)


 アイザックは、そう思っていた。


「だって……、ずるいじゃない」

「ずるい?」


 しかし、予想外の答えが返ってきた。


「そうよ、ずるいわよ。アイザックはリサと一緒にいたいからって婚約したじゃない。私だってアイザックと一緒にいたい! だから、私だって婚約してほしい!」

「一緒にいたいって……」


 そう言ってくれるのは正直なところ嬉しく思う。

 思うが、それとこれとは別である。

 一緒にいたいというだけで婚約するわけにはいかない。


「それだけで婚約まではちょっと……。一緒にいたいなら、今まで通りでもいいではないですか」

「今まで通りなんて無理よ! だって、アイザックとリサは婚約しているし、もうじき結婚するでしょ? それをお互いに意識しているからか、二人の話に入り辛くなってきているもの。二人が結婚したらきっと……。私もみんなと家族みたいな関係のままでいたい……」

「話をするだけなら、別に結婚しなくても……」

「そういう事じゃないわよ。鈍感!」


(えぇ……)


 ブリジットがプイッとそっぽを向く。

 常識的に考えて普通の答えを言ったはずなのに、この反応。

 アイザックには、ブリジットの考えがわからなかった。

 せめてもう少し詳しく説明してほしいところだった。


「でも以前話したように、ブリジットさんと結婚すると、バランスを取るためにドワーフからも嫁を取らねばならなくなります。今まで会った事もないような人と政略結婚して、家庭内を乱すような真似はしたくありません。ですから――」

「それは大丈夫だよ」


 アイザックがドワーフを持ち出して説得しようとすると、ジークハルトが口を挟んできた。

「大丈夫」という言葉とは裏腹に、嫌な予感しかしない。


「僕は――というよりも、ノイアイゼンの考えだね。こちらは婚姻による関係強化を考えていない。人間の寿命は数十年、ドワーフの寿命は数百年。でも、技術は永遠だ。僕達は血縁なんてものよりも、技術による関係を重視している。これまでの技術の交流だけでも友好関係を継続するのに十分なものだと考えている。それにほら、ウェルロッド侯爵家の事を調べたけど……。血縁関係なんて、ほとんど意味ないよね?」


(曽爺さんっ!)


 ジュードを含め、ウェルロッド侯爵家の祖先の行いは――


「ウェルロッド侯爵家との婚姻関係を、そこまで信用してもいいのか?」


 ――と不安がらせるのに十二分の効果があった。


 何と言っても、我が子すら謀殺の道具に使うのだ。

 信用などないに等しい。

 そのため、ドワーフ側は娘を送り込むのを諦めてしまったらしい。

 もちろん、技術交流の方を重要視するというのも本当だろう。

 それはそれでありがたいが、今は違った。

 ドワーフを口実にして、ブリジットに諦めさせる事ができなくなるからだ。


「だから『エルフの娘と結婚するなら、ドワーフの娘も』なんて言わないよ。駐在大使のヴィリーさんが、この場に来ていないのがその証拠だよ。僕はアイザックの友人として、エルフとの関係がどうなるかを見届けにきているだけだ。余計な口出しはしないよ」


(今はしてほしいんだけど……)


 今回はドワーフに期待できそうにない。

 残念ながら、アイザックの願いは叶わなかったようだ。


「でも、エルフが婚姻関係を結ぶのは歓迎かな。アイザックはにいく人間だ。ブリジットさんと結婚して、人間至上主義者ではないと立場を明確にするのは、今後を考えると双方にとって良い事だと思うよ」 


 ――期待できないどころか、ジークハルトが背後から刺してきた。


 彼もアイザックの味方ではないらしい。

 言っている事は間違いではないが、今のアイザックは正論を求めているわけではない。

 話が進むたびに厄介な事になっていく状況に気が遠くなりそうだった。

 しかし、簡単に諦めるわけにはいかない。

 これはアイザックだけではなく、リサにも関係ある事だからだ。


「で、でもね、ブリジットさん。僕はいつか公爵夫人にふさわしい相手と結婚する。そのあと、ブリジットさんと結婚したとするよね? そうすると貴族ではないものの、エルフとの関係を考えてリサよりも前にしないといけなくなる。第三夫人とかにするわけにはいかないんだ。それでね、跡継ぎの問題とかを考えると……。第一夫人から順番に子供作りをしないといけなくなる。ブリジットさんと結婚すると、リサが後回しになるんだ。そこのところどう思います?」


 ただでさえ、リサはこの世界では行き遅れの部類になる。

 さらに子供を産むのが遅れてしまうのは、彼女の立場を考えるとあまりよろしくないだろう。

 アイザックとしては、パメラが一番、リサが二番という形にしておきたいところだった。

 だが、その考えをエドモンドやマチアス達が笑う。


「エンフィールド公も人の子。人間としての考えの範疇に囚われておられるようですな。我々エルフは『王立学院を卒業したら結婚』という考えに囚われておりません。誰かは知りませんが正室候補と子を作り、その次にリサ殿と子作りに励まれればよろしい。ブリジットとは婚約だけしておいて、数年後に結婚という形でもかまいませんよ」


 エドモンドの答えはわかりやすいものだった。


 ――卒業後すぐの結婚にこだわらない。


 これは卒業式に焦点を置くアイザックにとって、盲点ともいえる考え方だった。

 寿命の違いや文化の違いのせいだろう。

 先にいる婚約者を押しのけてまで優先しろとは言わない。

 時間に余裕のあるエルフだからこそ、焦らないのだろう。


 この提案に、モーガン達は異論を述べる事ができなかった。

 むしろ、賛同したいという気持ちの方が勝っている。

「なぜアイザックは、ここまで嫌がるのか?」と不思議でしかなかったくらいだ。

 パメラを狙っているとはいえ、第二夫人、第三夫人としてならば申し分のない相手である。


「アイザック、お前が心配している事はわかっているつもりだ。私が序列に気を使わなかったばかりに、お前には苦労をかけた。でも、子供を作る順番に過敏になる必要はない。誰を第一夫人にするのかわからないが、序列に合った家柄であれば、その人との間に生まれた子を跡継ぎにすると決めておけば問題はないだろう」


「ブリジットを第一夫人にしろ」と言われているわけではないので、拒否する理由がないように思えた。

 そう考えたランドルフが、援護・・という形でアイザックの背中を切りつける。


「そうね、リサとの間に生まれた子をウェルロッド侯爵家の跡継ぎにすると決めれば問題は起きるでしょうけど……。別にリサとの子作りを後回しにするとか考えなくてもいいのよ。子供がいつできるかは神様次第ですもの。第一夫人との間に子供ができるのを待っていたら、いつ子作りができるかわからないわよ」


 ルシアまでもが、アイザックの背中を押して崖から突き落とすような真似をしてきた。


 だが、彼らは――


「リサとは婚約しているし、ティファニーの事が好きで彼女が落ち着くのを待っている状態。だったら、幼い頃から一緒にいたブリジットとも本当は結婚したいのでは?」


 ――と思って応援しているだけだ。


 しかし、アイザックには彼らを非難する事ができない。

 まだパメラの事を話していないため、アイザックが何を考えているのか知らないのだ。

 現段階で知っている情報で判断する事しかできなかった。

 そのため、アイザックの望まぬ方向であっても、知らずにそちらへ誘導してしまっていた。

 両親が隠し事の苦手そうなタイプだからといって、説明をギリギリまで引き延ばそうとしていたツケが回ってきただけだ。

 これはアイザックのミスである。

 そのミスが、アイザックを苦しめていた。


「でも……」


 渋るアイザックの頭に、この状況を打開できる案がひらめいた。


「でも、大きな問題があります。ブリジットさんは確か150歳くらいですよね?」

「……ええ、そうよ」


「年の差で攻めてこられるのか?」と思い、ブリジットの表情が陰る。

 その直感は正しく、また間違っていた。

「150歳のおばあさんとは結婚したくない」と言うつもりなど、アイザックにはなかったからだ。


「エルフの寿命は人間のおよそ十倍。人間の年齢にすると15歳前後。これは婚姻可能な年齢に達していないという事ではありませんか?」


 これは「十八禁行為に厳しい」という世界の常識を逆手に取った考えである。

 15歳前後の相手とエッチな行為を行う事は、前世でも許されない行為だった。

 より制限が厳しい現世では、あり得ない行為だろう。

 これを盾にして婚約を断る。

 三十年後にはアイザックもおっさんとなっており、ブリジットも興味をなくすはずだ。

 アイザックは「勝った」と安心していた。


「……それは本気で言っているのか?」


 クロードが呆れたような表情で問いかけてくる。

 大方「若くて可愛い子と結婚できるのに、どんな不満があるんだ?」とでも言いたいのだろう。


 当然、アイザックもブリジットの事を美人だと思っている。

 だが、この世界基準ではパッとしないと言われるリサでも、アイザックには「婚約してくれてありがとうございます」と土下座して感謝したくなるほどの美女である。

 100点中90点の美女を選ぶか、95点の美女を選ぶかなど誤差でしかない。

 それに、アイザック個人の基準で言えば、総合的にはリサの勝ちである。

 美人だからといって、結婚する有力な理由にはならなかった。


 だが、クロードが呆れたのには違うわけがあった。

 それは、アイザックだけが知らなかったものである。


「18歳以上なんだから問題ないに決まってるだろうに」

「えっ!」


 予想外の返答に、アイザックは声をあげて驚く。

 しかも、驚いたのが自分だけだという事に気付く、再び驚いた。


「子供が産めないくらい体が成長していなければともかく、子供が産める体つきになれば結婚しても問題のない年齢だぞ」

「そ、それは……」


(人間とエルフは成長速度が違うのに、そこも18歳が基準でいいのか?)


 確かに前世では一部ゲームに「登場人物は全員18歳以上です」と注意書きされているものもあった。

 見た目は幼く見えていてもだ。

 その建前がこの世界でも適用されているのかもしれないと、アイザックは考える。


(いや、もしかしてゲームには登場しないから考えていなかっただけか?)


 ニコルへのプレゼントなどで「ドワーフ製」という名目で高級品感を出したかっただけなのかもしれない。

 だから、エルフやドワーフの設定が甘いのだろう。

 だがまさか、年齢制限にまで適用されるとは思わなかった。

 この世界の住人は、エルフにも「結婚は18歳から」という決まり事が適用される事を不思議に思わなかったのだろうか。

 少なくとも子作りができる年齢までは自主規制をしているようなので、多少は考えているのかもしれない。


 だが、今はそこが問題ではない。

 せっかくひらめいたお断りの方法が完全に無駄だった事が問題だった。

 どっと疲れが押し寄せてくる。


「もしかして知らなかったのか? 様々な本を読んで知識を得ていたのに?」


 モーガンも「エルフでも18歳以上ならOK」という常識をアイザックが知らなかったのは意外だったようだ。

 さすがに常識知らずのアイザックといえども、これには呆れてしまう。

 いや、彼とクロードだけではなかった。

 他の者達もアイザックの無知に呆れていた。

 ただ一人、ブリジットだけが喜色満面の笑みを浮かべていた。


「なーんだ、年齢で勘違いしてたのね。だったら、もう問題はないわよね!」

「ブリジットはもう子供が作れる体になっているので安心してください」

「もう、お父さん。そんな生々しい事言わないでよ」

「散々子作りの話をしたあとなんだから今更だろう」


 ブリジットが父のユーグとキャッキャとはしゃいでいるが、アイザックははしゃぐ気分になどなれなかった。

 切り札だと思われた年齢制限が無駄になってしまったからだ。


(そういえば、ギルモア子爵が痴漢した時にも、年齢は問題にならなかったっけ……)


 初めてエルフが王都に来た時、ギルモア子爵がブリジットの尻を触って膝蹴りを食らった。

 騒動の原因を作ったギルモア子爵は、審議官の役職を解かれた。

 だが、あの時に問題になったのは交渉が決裂するかもしれないという事であって「未成年者に痴漢したロリコン」だという事が問題になったわけではない。

 あの騒動のあとも、そんな噂は聞かなかったので年齢上は問題なかったのだろう。


 これは大きな誤算だった。

 ヒントはあったのに気付けなかったのだ。

 クロードがブリジットを子ども扱いしていたのは、年齢差があったからだろう。

 ブリジットと年が近ければ、彼女をレディ扱いしていたかもしれない。

 それならば、アイザックももっと早い段階で年齢の件について気付けたかもしれない。


(まずいぞ。俺が『エルフでも18歳以上なら大丈夫』だと知らなかったから避けていただけと思われたかもしれない。障害が一つ減ったと勢い込んで攻めてくるかもしれないぞ……)


 アイザックは墓穴を掘ってしまったと後悔する。


(仕方ない。あのカードを切るか)


 だが、アイザックも簡単には諦めなかった。

 最終手段を使う決心をする。

 人として使ってはいけない切り札だが、やむを得ない。

 愛のない男と無理に結婚しても不幸になるだけだ。

 アイザックは心を鬼にして、彼女を突き放す事を決めた。


 ――これも彼女のためである。


 アイザックは、そう自分に言い聞かせた。

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