第424話 突然の婚約話

 マチアスに連れて行かれた先は、エリアスの元だった。

 そこにはエルフやドワーフだけではなく、政府の要人も集まっていた。

 モーガン達もいて「何事だろうか?」と不思議そうな顔をしていたので嫌な予感が走る。

 皆の注目が集まる中、マチアスが口を開く。


「この場にいる者に改めて言う必要はないかもしれん。だが、あえて言わせてもらおう。休戦協定が結ばれただけの日を、本当の記念日にした立役者は誰か? それはここにおられるウェルロッド侯とサンダース子爵。そしてエンフィールド公だ!」

「もちろん、エリアス陛下の決断が大きな影響を与えています。ですが、今は交流を再開するきっかけについて話しているところです」


 マチアスがエリアスの事に触れなかったので、エドモンドが補足する。

 彼に話を任せるという流れに不安を感じていたため、すぐさまフォローする事ができた。

 しかし、マチアスがいつ致命的な失言をしないか、肝が冷えるような思いをしてこの場に立っていた。


「きっかけは、このブリジットとの出会いだ」


 マチアスは隣に立つブリジットを指し示す。

 彼女はドワーフの支援を受けてか、今までにないほど宝石で着飾っていた。

 見た目だけなら、エルフの王女様と言っても通用しそうなほどだ。

 貴族達は男女問わず、彼女に見惚れるほどである。


 ただ一人、ギルモア子爵だけは気まずそうに視線を逸らした。

 ブリジットに関して、忘れようのない嫌な思い出があるからだ。

 しかし、それでも人に膝蹴りを食らわせるような少女には見えないとは思っていた。


 マチアスは、アイザックとブリジットの出会いから、最初の交渉までの事を語る。

 もっとも「ブリジットが不用意に人間に近付いた」ではなく「ブリジットが森の探索にきていたアイザックと偶然出会った」という形にされてはいたが、それは仕方がない。

「エルフの娘は警戒心がない」と思われて、悪い考えを実行する者が出てきては困るからだ。

 隠すべきところは隠すしかない。

 それに、多少はロマンを感じられる出会いの方が受けがいいという考えもある。


「交渉の際、どこまで本気かを試すためにブリジットを娶ってほしいと提案した。しかし、彼らは迷う事なく断った。奴隷扱いされるのを嫌いながら、友好のためと騙って若い娘を差し出すような者達とは交渉できないと非難すらしてきた。だから、我々は彼らを信用した。共に未来を語るに値する相手だと思ったのだ」


 当時のアイザックは幼かったとはいえ、大人のモーガンやランドルフはブリジットの美しさを理解していたはずである。

 そんな彼女を差し出すという申し出を、あっさり断った。

 アイザックの妻にせずとも、モーガンやランドルフの妻に迎えるという申し出もできたはず。

 だが、大義を見失わずに断ったのだ。

 色香に惑わされなかったモーガン達の評価が自然と高まる。


「そして、それが見せかけのものではないというのも彼らは証明してくれた。それはこれまでのエルフに対する扱いで皆もわかってもらえているだろう」


 この言葉には、エルフやドワーフを中心に反応した。


 ドラゴンを大人しくさせるためにアイザックが派遣されたと聞いた時――


「何としてでも守らねばならない」


 ――と思って、志願者を募って護衛に向かったくらいだ。


 アイザックの重要性は、彼らの方がよく理解している。

 特にドワーフの国元では「なぜ今まで人間との交流を断絶していたのだ」と嘆く者もいるくらいである。

 アイザックの存在は、かけがえのないものとなっていた。


「ブリジットが彼に惹かれるのも当然の成り行きである。それだけ魅力的な人物だからだ」


 マチアスがエリアスに向き直る。

 そこでアイザックの嫌な予感は、最高潮に達していた。


「ブリジットはエンフィールド公の人柄に惚れこみ、彼との婚姻を望んでいる。両種族の友好のためにもいかがかな?」

「ほう、素晴らしい申し出だ。いい話ではないか」

「お……」


 アイザックは「おい!」と言ってしまいそうになったが、ギリギリ何とか堪える事ができた。

 まだエリアスにそんな言葉をぶつけられる立場ではないからだ。

 しかし、その表情までは抑えられない。

 エリアスに対して不満に満ちた表情を見せる。


 エリアスはアイザックの表情を見て「しまった!」と思った。

 エルフの方から若い娘を差し出すというのだ。

 ブリジットは美しく、アイザックにも不満はないだろうという思いがあった。

 これはエリアスに「公爵だから側室を持っても普通だ」という考えがあるからであり、それはアイザック以外の者達にとっても共通の認識である。

 彼の反応は間違ったものではなかった。

 

 だが、本人は乗り気ではないらしい。

「余計な事を言ってしまった。もしかしたら、アイザックに嫌われてしまうかも?」と思うと、エリアスは気が気ではなかった。

 すぐさま自分の言葉を否定しようとする。


「だがやはり、本人の考えが一番大事だと思うな」

「もちろん、これは本人が望んでの事。強要などしておりませんし、家族の同意も得ています」


 だが、エリアスの言葉は、エドモンドによって否定される。


 ――エリアスはアイザックの事を言っているのだが、エドモンドはブリジットの事を話している。


「そうではない」と否定しようとするが、その前にブリジットの父親のユーグが先に動いた。


「娘がエンフィールド公との婚約を望む理由。そして、親である私がそれを認めた理由は皆様にも関係があります」


 そう言って、ブリジットがアイザックとの婚約を望む理由を話す。


 ――人間の男はエルフの娘を性的な目で見ていた。

 ――会食中に痴漢行為を働くほどに。

 ――だが、アイザックだけは違った。

 ――成長した今でもブリジットを性的な目で見ず、良き友人として丁重な扱いをしてくれている。

 ――その誠実さを高く評価しており、親としては種族の違いに不安を感じるものの、娘を預けるに値する男だと思っている。


 ウェルロッド侯爵家やハリファックス子爵家の者達は、以前聞いていた内容なので驚きはしなかった。

 だが、二人の関係をよく知る者の中には「丁重?」と首をかしげる者もいた。


 初耳の貴族達は「さすがはエンフィールド公だ」と感心していた。

 若い男なら性欲に負けてしまってもおかしくない。

 それなのに、強靭な意思で友人として扱っていた。

 ほとんどの男達は、アイザックのようには振舞う自信がないため、ユーグの主張を「一理ある」と受け入れていた。


 ――アイザック以外は。


「いやいや、ブリジットさん。あなたの想いを受け入れられない理由を、以前説明しましたよね? どうしてまたこのような形で話を持ち出すんですか?」


 アイザックはブリジットに問いかけるが、彼女なりにこういうやり方は悪い事だとわかっているのだろう。

 母のコレットの影にそっと隠れてしまった。

 コレットは「このままではブリジットは誰とも結婚できない」と焦っているので、娘のために取りなそうとする。


「いいではありませんか。娘のために親が背中を押してあげているだけです。うちの娘は本当に良い子なんですよ」

「背中を押すというよりも、退路を断とうとしているようにしか思えませんが……」


 アイザックが不満に感じているのは、ブリジットが諦めていない事ではない。

 大勢の前で公表された事だ。

 こんな事をされると世間体を考えて断り辛くなってしまう。


 人前でプロポーズをして――


「ここまでやっている相手を振るのか?」


 ――と、悪役になりたくなければ受けるしかない状況を作る。


 そういうやり口は卑怯だと思えて仕方がないのだ。

 だから「娘さんを幸せにします」などという言葉は、まったく浮かんでこなかった。


「まぁまぁ、エルフの方々がそれだけエンフィールド公の事を気に入っているという事だろう。突然の申し出……、というわけではなさそうだが……。まずは家族を交えて話をするといいだろう。いやぁ、エルフの娘まで魅了するとは、さすがはエンフィールド公だ」


 エリアスはエルフとの関係を大切に思っているが、それ以上にアイザックの事を重要視している。

「とりあえず交渉の場を用意すれば、アイザックなら自分でなんとかしてくれるはずだ」と信じ、この場だけで話が進ませないために口を挟んだ。

 アイザックに見限られないよう、せめて自分の失言分を少しでもカバーしようと躍起になっていた。

 しかし、その気持ちはアイザックには伝わらなかった。


(話を詰めろってか? 何してくれてんだ、このおっさん!)


 アイザックにとって、エリアスの行動は窮地に追い込むためのものにしか思えなかった。

 せめて「友好のためにはいいが、種族の違いを考えれば婚姻は難しい」というくらいは言ってほしいところだった。

 だが、マーガレットが、エリアスの案に賛同する。


「では、また後日ゆっくり話しましょう。ブリジットさんのお気持ちは伺っておりましたが、ご家族がどう思われているかは存じておりません。どういう結果になるにせよ、ちゃんと納得できるまで話し合ったほうがいいでしょう。家族を交えて話し合うのだから、どういう結果になっても今度は受け入れてくださいね」

「……はい」


 これはエリアスに気を使ったわけではない。

 どういう結果になろうとも、後腐れを残さないためにも、納得いくまで話し合うのが一番である。


 それに、この状況は彼女にとってはどちらに転んでもよかった。

 公式の場で、エルフの代表がアイザックを支持したのだ。


 ――それも建国の混迷期を支えた功労者が!


 この事実は大きい。

 貴族達にアイザックの存在を、さらに強く印象付ける事ができた。

 行動を起こす時、彼らの心証に影響を与える事ができるだろう。

 マチアスに会った時「さり気なく吹き込んでおいてよかった」と、心の中でほくそ笑んでいた。


 ウィンザー侯爵がアイザックに近付く。

 この状況なら、ブリジットとの婚約は避けられないはず。

 体面を考えれば、エルフの娘を側室にするわけにはいかないだろう。

 それは、パメラを正室にするわけにはいかなくなるという事だ。


 別にアマンダに固執する必要はない。

 アイザックがパメラを正室にできない状況になればいい。

 その相手が、エルフの娘・・・・・という王族にも負けない価値を持つ者なら大歓迎だ。

 親子二代続けて妻同士の争いが起こるのを避けるために、パメラを諦めてくれる可能性が高くなる。


「エンフィールド公、おめでとうございます」


 彼はブリジットとの婚約が上手くいく事を願い、そっとアイザックの耳元で祝いの言葉を呟いた。

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