第385話 マットとジャネットの見合い

 まずフレッドの相手は、ウェルロッド侯爵家の屋敷でさせる事にした。

 最近はニコルが訪ねてくる事がないので、ウェルロッド侯爵家で手合わせさせた方が安全だと思ったからだ。

 今はまだ攻略されていないので、ウィルメンテ侯爵家の屋敷をニコルが訪ねる可能性が高いかもしれない。

 部活に指導員として派遣するのも当然やめた。

 ニコルが戦技部に所属しているので、絶対に会うハメになってしまう。

 学院に派遣するのは論外だった。


 とはいえ、マットは男爵で、フレッドは侯爵家の嫡男。


 この格差でフレッドを呼び出すのはマズイと思われたが――


「僕が最も信頼する騎士を護衛から離れさせるわけにはいかない」


 ――というアイザックの一言で押し通した。


 ここは公爵家の当主という肩書きの使いどころである。

「当主と後継者だと、どちらを優先するべきか?」という点をアピールし、フレッドを出向かせる事に成功した。

 これでマットが非難される事はないはずだ。

 もっとも、フレッド本人は「マットとやり合えるのなら」と気にしていなかったので、ウィルメンテ侯爵くらいにしかアピールの意味はなかった。

 だが、やらないよりかはマシだ。


 アイザックは、フレッドの手合わせを見学していたが、やはり「くそっ、くそっ、くそっ! ウィルメンテ侯爵家の後継者たるこの俺が負けるなんて!」と言って、心底悔しがっていた。

 あんなに露骨なアピールをされては、普通の者が勝とうと思えるはずがない。

「わざと負けろ」と、はっきり要求したのなら本人も理解しているが、無意識に要求している分だけ厄介な癖だった。

 アイザックという後ろ盾があるマットですら、フレッドの相手はやりにくそうにしていた。


(ウィルメンテ侯は頭が良さそうなタイプなのに、なんでフレッドはこうなったんだ? せめて表向きだけは取り繕わせておけばいいのに)


 どうしても、そう考えざるを得ない。

 侯爵家の息子だから無礼な振る舞いも許されるとはいえ、下級貴族の息子でもいないレベルだ。

 しかも、手合わせをしていない騎士達の評価は悪くない。


(人柄? それとも、馬鹿だとわかっているから優しくなれる? まったくわからん)


 アイザックにわかる事は、ただ一つ。

 被害を受けない者達には、フレッドの性格が意外と受けいれられているという事だけだ。

 話しているだけなら、あまり不快感を与えないというところがいいのかもしれない。

 好き放題やっているのに、一定の好感を持たれるフレッドに、アイザックは少し嫉妬を覚えていた。



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 さらに一週間後の週末。

 今度は、マットの見合いを行う。

 見合い会場は、ウォリック侯爵邸だった。

 ウォリック侯爵家も巻き込まれているので、ジャネットの婚約相手を見極めようとしているのが透けて見える。


 ジャネットの側の出席者は四名。

 ブライアン・ウェリントン子爵に、妻のアンと当事者のジャネット。

 ジャネットの両親だけあって、二人とも大柄だった。

 そして、ウォリック侯爵の代理でアマンダが同席する。

 侯爵自身は領地運営のために戻っているので、彼女が代わりなのだろう。

 ウォリック侯爵の秘書官が背後に控えているので、こちらが本命のお目付け役なのだと思われる。


 今回は息子の見合いではなく、マットを紹介するだけなので、フォスベリー子爵は妻を連れずに一人できていた。

 アマンダが同席する事を聞いていたので、格で負けないようアイザックも出席している。


(やっぱり、やめとけばよかったかな……)


 当然、ウェリントン子爵側は、アイザックの出席を喜んでいない。

 というよりも、マットが見合い相手だという事を喜んでいなかった。


 ――マットの実績は十分なもの。


 フォスベリー子爵やウェリントン子爵は、ギリギリ二十年前の戦争に行けなかった年代である。

 戦場で大将首を取ったマットの実績に文句など付けられない。

 付けようがない大戦果である。

 パーティーでは高位貴族が取り囲んでいたので話せなかったが、彼らも「フォード元帥はどんな人物だった? 強かったか?」と聞きたかったくらいだ。

 だが、それと婚約に関する話は別物だった。


 ――三十手前まで独身で、今も結婚する様子がない。


 この世界では、十八歳から二十歳までの間に結婚する者がほとんどだ。

 元傭兵だとはいえ、男爵位を賜ったマットに娘を売り込む貴族も多かったはず。

 なのに、マットは独身を続けていた。

 婚約が成立しないような問題があるに違いない。

 政略結婚の相手としては申し分ないが、娘を喜んで差し出したい相手だとは思えなかった。

 ダミアンに酷い別れを告げられた今は特に。


 しかも、マットがエンフィールド公爵家の騎士団長というのが気に入らない。

 どんな問題があろうが、公爵という肩書きを盾にして強引に話を進められてしまう。

 ジェイソンの不用意な発言のせいで「ジャネットの方にも責任があったのでは?」と、社交界では噂されるようになっているところだ。

 断れば「こんなに素晴らしい相手を紹介したのに、拒絶されるのでは謝意を示す事ができない」と、フォスベリー子爵に開き直られる。

 さらに「ジャネットの方にこそ問題があった」と反撃する口実を与えてしまう。

 彼に同情も集まるだろう。


「追い詰める側だったはずなのに、逆に追い詰められてしまった」と、ウェリントン子爵は不満を持っていた。

 今回の話を良縁だと喜べるはずがない。

 上手く断る口実を必死に探し出そうとしていた。


「まず聞きたいのだが、どうしてカービー男爵を紹介しようと思ったのだ?」


 ウェリントン子爵は、最も重要だと思えるところを突く。

 アイザックが用意したのなら「ならば、エンフィールド公に感謝しよう」と言って、フォスベリー子爵の詫びではないと突っぱねる事だってできる。

お前は・・・ジャネットに新しい婚約者を用意できなかった」として、後日責任を追及する事も考慮に入れていた。


「フレッド様がカービー男爵と手合わせをしたという話をダミアンから聞いた。その時、彼こそ最適な相手だと思ったのだ。実績や将来性は十分。歳こそ離れているものの、ダミアンよりも優れているという点で補える。そう思ったから、使える伝手をすべて使ってカービー男爵に話を持ち掛けた。それに、お前も召し抱えようとしていたしな」


 この問いかけはアイザックも予想していたもの。

 あくまでもフォスベリー子爵が思いついたという事にしておかねばならない。

 そのため前もって相談し、どう返答するかを決めていた。


「ほう、フレッド様がいまだにダミアンと交友関係を持ってくださっていると? 随分とお優しいものだな」


 彼の言葉を、ウェリントン子爵は信じなかった。

 せめてアイザックが同席していなければ、いくらかは信じられたかもしれない。


 ――だが、アイザックがこの場にいる。


 どうしても、アイザックの関与を疑ってしまう。

 そのため、フォスベリー子爵にきつく当たってしまっていた。


「フレッドは良くも悪くもおおらかな性格です。フレッドはダミアンに対して、今までと変わらぬ態度で接していますよ。それはアマンダさんも確認しているはずです」


 すぐさまアイザックが庇う。

 これは事実なので、堂々と言える内容だった。

 フレッドは、ジャネットに対する行動を「あれはダメだぞ。騎士道に反する」と、軽くたしなめただけ。

 あとは普段通りの対応を取っている。

 今のダミアンにとって、唯一の友人とも呼べる存在がフレッドだった。

 それはアマンダも確認し、フレッドへの憎しみをより一層強いものにしていた。


「……そうですね。フレッドはダミアンの友達のままです」


 アマンダはウォリック侯爵の代理として出席している。

 だから、いつものくだけた口調ではなく、今日はアイザックを公爵として接するようにしていた。


「そうですか。では、本当にその通りなのかもしれませんね」


 ウェリントン子爵は、アマンダが認めたので渋々ながらも認めざるを得なかった。

 しかし、一度疑いを持った者の常として「ちゃんとした理由があっても裏があるのではないか?」と疑ってしまう。


「それでは、フォスベリー子爵の誘いに乗り、本人の意思で・・・・・・ジャネットと婚約しようと思ったと?」

「はい、その通りです」


 ウェリントン子爵が厳しい目を向けながら質問すると、マットはすぐに返答した。

 返事をしたあと、マットはアイザックをチラチラと見る。


(戦場では頼りになっても、腹芸は下手だな。誰が返答の指示を出しているのかバレバレだぞ)


 マットの行動を見て、ウェリントン子爵の中で「すべてはアイザックが裏で糸を引いている」という疑いが確信へと変わった。

 だが、すぐさまアイザックが誤解を解く行動に移る。


「カービー男爵。婚約に関して話しておく必要のある内容は、先に話しておかねばならない。話が進んでから打ち明けたら困るだろうからね。誤解を招かないよう、はっきりと話しておくといい」

「しかし……、本当によろしいので?」

「かまわない」


 アイザックが「言っていい」と断言した。

 すると、マットがアイザックを見るのをやめて、ジャネットを見据える。


「まずあなたに最も重要な事を伝えておこう。もし婚約するという事になれば、家族を第一に考えてもらえるようになるだろうと思っているかもしれない。だが、私に家庭人として期待してもらっては困る」

「はい……」


 これはジャネットも、相手がマットだと聞いてから覚悟していた事だった。

 マットもアイザックに命じられて、嫌々ながら好みではない相手と婚約するのだ。

 そんな相手を大切にできるはずがないだろう。

 自分との結婚を望んでいるわけではない。

 わかっていた事なのに、面と向かって言われると悲しくなり、また泣いてしまいそうになってしまう。

 だが、マットの言葉は終わりではなかった。


「私にとって一番大切なのは、エンフィールド公だ。これは今後変わる事はない。結婚しようが、子供ができようが、二番止まりとなるだろう。これはウェリントン子爵が王家に対して持つ忠誠と変わらぬものなので、当然受け入れてもらう事になる。妻を第一に考え、妻に尽くす夫を期待しているのなら、他の者をあたってもらいたい」


 マットのあまりにも酷い言葉。

 これにはジャネットも呆気に――取られなかった。


 ウェリントン子爵の反応も――


「なるほど。それはそれで正しい事だな」


 ――という、まさかの肯定だった。


 彼らにとって、マットの言う事は理解できない事ではなかった。

 主君への忠誠はあって当然のもの。

「妻が病気なので、大事な日ですが休みます」では困るのだ。

 だが、無条件に好意的に受け取ったわけではない。


「主君を優先させるというのは当たり前の事だ。しかし、気になるところもある。私の場合は陛下が一番で、次にウォリック侯という順番になるだろう。陛下への忠誠はないのか?」

「ありません」


 先ほどジャネット達が焦らなかった分、今回はアイザックが焦る。


「カービー男爵! 僕に忠誠を誓ってくれるのは嬉しいけど、もうちょっとぼかしてくれないかな」

「ですが、はっきり言えと言われたではありませんか」

「それは婚約に関する事で、陛下に関しての事ではないよ……」


(しまった! もっと細かく打ち合わせをしておくべきだったか!)


 アイザックは、マットの融通の利かなさを侮っていた。

 主君としては融通の利かない忠誠はありがたいものだが、こういう状況ではありがたくない。

 もう少しアドリブを利かせてほしいところだった。


「今のは、陛下から男爵位を賜った者として問題のある発言では?」


 当然、ウェリントン子爵が、マットの発言を咎める。


「いえ、そうは思いません。手柄を立てる事ができたのは、恩義があるエンフィールド公のために戦ったからです。結果的にリード王国のためになったというだけでしかありません」


 ウェリントン子爵は口元を手で覆った。

「信じられない!」という仕草だろう。

 アイザックも額に手を当て「あちゃー」と言ってしまいたい気分だった。


「そこまでエンフィールド公に忠誠を誓う理由というものがあるのかね?」

「無論あります。……私の事をどこまでご存知ですか?」

「孤児院の件以降の事なら」

「そうですか」


 孤児院の一件は、当初の間は噂が広まっていなかった。

 だが、マットが戦場で活躍したため、当時の事を知る教会関係者が、つい噂を広めてしまった。

 おかげで孤児院の一件から、ロックウェル王国との戦争までは広く知られる話となっている。

 しかし、それ以前の話は知られていない。


 ウェリントン子爵も同様に「孤児院以降の事しか知らないのなら、傭兵時代の話もしておくべきだ」とマットは考える。

 アイザックとの出会いは、忠誠を誓うほど衝撃的なものだったのだから。


「私がエルフの呪いにかかっていたという話はご存知でしょうか?」

「呪い! それは初耳だ」

「では、エンフィールド公との出会いを……。いえ、私の幼少期から話しましょうか。私の苦悩を理解していただければ、エンフィールド公に絶対の忠誠を誓う理由をわかっていただけるでしょう」


 マットが過去を話そうとするのを、アイザックは止めなかった。

「呪いを解く」というのは、エリアスにはできない事だった。


 ――他の者にはできない事をやったから、アイザックにだけ忠誠を誓っている。


 その事をわかってくれれば、不忠者だと非難されたりはしないだろう。


(婚約の話をしにきたのに、なんで王家への忠誠に関して弁解する事になってるんだろう? マットが俺に忠誠を誓っているというのと、家庭的な人がいいって言うだけだったはずなのに……)


 アイザックは「やっぱり、マットなんか推薦するんじゃなかった」と後悔し始めていた。

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