第371話 そして、パメラに計画を打ち明ける

 パメラに会うとはいっても、すぐにというわけではない。

 彼女に話す内容は重要なもの。

 聞かせるのは、最低限の人数にしなくてはならない。

 パメラと会うにあたり、ルーカスとシャロンは一定の信頼がある。

 ハンカチの事を誰にも話さなかったからだ。


 その点、アイザックの友人達は心配だ。

 彼らは「王家のためになる」と思っているから黙って協力してくれているが「パメラとジェイソンの仲を壊す」ための行動に賛同してくれるかはわからない。

 ジュディスのように、思わぬ忠誠心を見せるかもしれないのだ。

 どの程度王家への忠誠心を持っているか確認するまでは、話に参加させる事ができなかった。

 そのため、彼ら抜きで話す必要があった。


 ポールとカイは問題ない。

 彼らは部活があるため、用事がない限り放課後は別行動である。

 部活がないのはレイモンドだが、彼は週に一度は放課後にアビゲイルとデートをするようにしていた。

 その日に合わせてパメラと会えば、同行者はルーカスのみとなる。

 友人達の予定を逆算し、アイザックは都合のいい日を選んで、パメラと会う約束をした。


 いつになく胸が高鳴る。

 だが、それは好ましいものではない。

 それはパメラと会えるというだけではなく、今回は前回よりも大きな一歩を踏み出すつもりだ。

 彼女に拒絶された時の事を考え、不安で動悸が激しくなっているだけである。

 しかし、必要な事である以上、避けられる事ではなかった。



 ----------



「今日は非常に重要な話があります。……できれば、パメラさんと二人きりで話したい」


 いつも密会に使っているお菓子屋の個室。

 到着するなり、アイザックはルーカスとシャロンの退室を求めた。

 これには二人も戸惑う。

 婚約者でもない年頃の男女を密室で二人きりにする事は避けねばならない。

 しかも、パメラはジェイソンの婚約者なのだ。

 これを口実に別れを切り出されたりするかもしれない。

「けど、パメラにとって、それはそれでいいのか?」という考えも浮かぶ。


「二人には聞かせたくない話だ。パメラさんが話しても大丈夫だと思ったのなら、あとで話してもいい。けれど、最初はパメラさんにだけ話したい。けど、二人が心配している事はわかるつもりだ。間違いは起こさない事を、エンフィールド公爵としての名誉に懸けて誓おう。頼む」


 アイザックが名誉に懸けるとまで言っているのだ。

 ルーカス達は否定する事ができない。

 彼らはパメラの反応を見る。


「わかりました。私も一度くらいは腹を割って話すべきだと考えていました。二人で話しましょう」


 彼女もルーカスやシャロン抜きで話したいと思っていたのか。

 それとも、アイザックの話す内容が気になったのか。

 多少の危険を冒してでも、二人きりで話したいという提案を落ち着いた様子で受けた。

 こうなると、ルーカス達も言う事はない。

 アイザックに「手を出すのはやめてくれ。信じているぞ」という視線を向けるだけである。

 彼らの視線に、アイザックは苦笑を浮かべる。


「心配無用だ。ルーカスは僕がティファニーと互角かちょっと強いくらいだって知っているだろ? ドリー流護身術を身に付けているパメラさんに素手じゃ勝てないよ」


 ――ドリー流護身術。


 ウィンザー侯爵家の初代侯爵夫人が編み出し、直系の娘だけに教えられる護身術である。

 ウィンザー侯爵家の人間は魔法を使えるほどではないが、わずかな魔力を持っていた。

 普通の護身術に魔力を加えた方法で戦うのではないかと話されているだけで、その全容は不明である。

 しかし、過去の事例から、その強さは確かなものであると伝えられている。

 ちなみに、パメラは未来の王太子妃として、非常時に身を守るため相応の訓練を積んでいる。

 格闘技術の練度が低いアイザックでは、パメラがドリー流護身術を使わずとも素手では勝てないだろう。

 パメラの強さをルーカスとシャロンはよくわかっているので、異論は述べなかった。


「それじゃあ、隣の部屋にいるから……。万が一なにかあったら、大きな声を出して呼んでね」

「ルーカス!」

「冗談だって」


 ルーカスの言葉に、パメラが目くじらを立てる。

 彼の言葉が自分にではなく、アイザックに向けられていたからだ。

 アイザックはハンカチの件で、冷静に立ち回っている。

「名誉に懸けてなにもしない」とも言っているので、アイザックが暴走する事はないだろうと思っていた。

 だから、場を和ませるために、部屋を出る際に軽い冗談を言ってのけただけだった。


「私がなにかをしたりはしませんから」

「ええ、わかっています」


 二人が出て行くと、パメラがルーカスの言葉を否定する。

 アイザックも本気にはしていないので、軽く受け流していた。

 ここからが本番である。

 しかし、この会話から、しばしの間沈黙が訪れる。

 本当に二人きりになったせいで、アイザックが尻込みしてしまったせいだった。


(うわぁ、本当に二人っきりになっちゃったよ。こんなにあっさり二人っきりになれるんなら、もっと前からやっときゃよかった。初めてだと緊張するから、また次回に……っていうのはダメだろうな。どうしよう、なにから話そう)


 パメラも似たような事を考えているのだろう。

 そわそわとしている。

 アイザックは「名誉に懸ける」と言っておいてよかったと思った。

 そうでなければ、手を握るくらいはしていたかもしれない。

 それほどまでに、感情が高ぶっていた。

 自分の感情がわかっているからこそ、その感情を振り切るように話を始める。


「そうですね……。まずはパメラさんの誤解を解きたいというところから話した方がいいでしょう」

「誤解……ですか?」

「ええ、誤解です。僕が他の女性とイチャイチャしている。恋多き男だと思われているから、度々失望されたような反応をされるのでしょう? もう、失望される事の繰り返しは終わりにしたい。だから、その事を説明しておきたいのです」


 恋多き男の子というのは、ニコルに言われていた事だ。

 パメラに蔑んだ目で見られるのも、女性が絡んだ事ばかりだった。

 だから、もう二度とあんな目で見られないようにしておきたかった。


「とはいえ、どこから説明すればいいのか……。なにを話すかは考えていたのですが、こうしてパメラさんと二人きりになると、緊張してなにから話せばいいのかわからなくなってしまいました」

「私もです。二人だけで話すのは初めてですから」


 二人の視線が交わり、やがて恥ずかしそうに二人とも視線を逸らした。


「最初から話しましょう。ウィンザー侯爵家の屋敷でパメラさんと初めて会った後、僕はこう思いました。あの人を手に入れたい。例え、相手が王子だろうと知ったものかと」


 アイザックの言葉に、パメラがギョッとする。

 とんでもない事をアイザックが言い出したからだ。


「まずは実績を作らないといけません。当時は兄が生きており、侯爵家の嫡男の座も危なかった。商人達から金を巻き上げたのは、父上を騙した商人を罰するという側面もありますが、軍資金を手に入れるためでもありますね。その過程で偶然にもエルフと出会い、さらなる実績の上積みができました」


 ランドルフがブラーク商会のデニスとの取引に失敗し、アイザックが損失を取り戻したというのは噂が広まっている。

 エルフと出会ったのも、ティリーヒルという街に出向いていた時の事。

 この辺りの事は、パメラも知っている事だった。


「父上を騙したブラーク商会のデニス。彼に格の違いを思い知らせ、僕の手駒としました。そして、メリンダ夫人を暴走させるのに利用したのです。兄を捕らえずに殺したのは、幽閉した兄を誰かが担ぎ出す事を恐れたからです。すべては、ウェルロッド侯爵家の跡継ぎの立場を確立するためでした。あなたを手に入れるためには、侯爵家の力が必要。廃嫡されては手が届かなくなる。そのために、手段は選びませんでした」


 しかし、この話は知らなかった。

 パメラは、ただのお家騒動だと思っていた。

 それが自分のためだというのは、予想外の話だった。

 ポカンと口を開く。


「戦争に出向いたのも、手柄が欲しかったからです。ウィンザー侯を間近で見ておられるからわかっていただけるでしょうが、政治的な成功よりも、戦争で勝った方が評価されやすい。誰にでもわかりやすい『敵に勝った』という結果があるからです。ドワーフ関連なども、すべて僕の立場を確固たるものにするため。僕の今までの行動は、すべてあなたを手に入れるためのものでした」


 ――すべてパメラを手に入れるための行動。 


 そう言われて、パメラも悪い気はしなかった。

 いや、悪い気どころか顔が紅潮するのが自分でもわかるくらいの熱を感じていた。

 しかし、アイザックの話にはどうしても気になるところがある。


「ならば、ハンカチの件を持ち出してでも――」


 ――よかったのではないか? 


 そう言おうとしたが、言葉にはならなかった。

 一つの可能性に気付いたからだ。


 アイザックは、バレンタインデーの故事に倣ってパメラを手に入れる事を諦めた。

 多少の問題は起きるだろうが、アイザックなら解決できる程度の問題でしかない。

 王太子の婚約者を奪うのだ。

 平和裏に手に入れるには、他に良い方法などないだろう。

 だが、それは常識的な範囲・・・・・・に限ってのもの。

 常識に囚われなければ、違う方法も取れる。


「幼い頃から私を奪おうと考えていた……。侯爵家の力が必要……。ウィルメンテ侯爵家とは縁戚になった……。ウォリック侯爵家はドワーフという新しい市場開拓で深く感謝している……」


 パメラは、いくつかの要素を呟き、考えをまとめようとしている。

 そして、このままでは自分がどうなるかを考え、ウィンザー侯爵家もアイザックに協力する可能性にたどり着くと、一つの答えにたどり着いた。


「実力行使!? それも、反乱に近いもの!」


 アイザックは、答えにたどり着いたパメラに優しく微笑む。

 まだこの答えをパメラが許容するか拒絶するかわからないので、明言は避けたのだ。


「もし、仮にそうだったとしたら、パメラさんはどう思われますか?」

「そんな事は、ありえません!」


 パメラの言葉に、アイザックは悲しそうな表情を見せた。

 しかし、それは早すぎる反応だった。


「だって、そんな事をしたらハンカチを持ち出して婚約を申し込むより大事になるではありませんか。王家に忠誠を誓う者も多く、混乱が長引くのは必至。そのような方法は悪手です」


 パメラは「反乱など悪い事」ではなく「反乱による結果が悪いもの」という事を心配していたのだった。

 それがわかり、アイザックは少し気分が楽になる。

 だが、これから話さねばならない事を考えると、気分が重くなった。


「その通りです。普通であれば、後悔するような事になるでしょう。では、普通でなければ? 古今東西、たった一人の美女が国を傾けるというのはよく聞く話です。たとえば、とある国の王太子が美女に入れ込み、婚約者に別れを切り出すなどの暴走をすれば王家の信用は失墜するでしょう」

「それは!」


 パメラが目を見開き、両手で口元を覆う。

 驚きのあまり、大きく開いた口を隠すためだ。


「僕がその美女の立場だった場合、有力貴族の孫娘である元婚約者の存在を脅威に思うでしょう。どんな仕返しをされるかわかりませんからね。僕が兄の存在を脅威に感じた時のように、後腐れなくするために。そんな行動を王太子が認めるような事があれば……。どうなるでしょう?」

「それは……。では、ニコルさんは……。アイザックさんの手駒だったのですか?」


 パメラの質問に、アイザックは一度フフフッと含み笑いをして答える。


「手駒ではありませんよ。彼女は制御不能です。ただ、彼女の野心を利用させていただきました。彼女の存在に心を痛めていたのを知っていて、今まで黙っていた事を謝罪いたします。申し訳ありませんでした。でも、それが結果的に一番の方法だったのです」


 パメラは、ふぅっと息を吐いて椅子の背もたれに身を預ける。

 アイザックの話を聞いて、今までのアイザックの行動が納得できたからだ。


「ハンカチの件では不満を持つ貴族が出てくる。強引に反乱を起こしても国内は割れる。殿下に落ち度を作って、周囲に理解を得られるための下地を作るため……ですか」

「その通りです」


 アイザックは「ニコルがパメラの処刑を求めたりする可能性」について、パメラが疑問に思っていない事を疑問に感じた。


(それほどまでに、ジェイソンの様子がおかしいって事か? ジェイソンと二人っきりの時の様子なんて知らないしなぁ……。ニコルは馬鹿っぽいけど、陰湿な感じはしないのに。でも、学校の成績はいいから、馬鹿っぽく見せているだけだとか? まぁ、理解が早い分には助かるけど)


「彼はそんな事をする人ではありません!」と全力で否定されてしまえば、卒業式まで気まずい雰囲気のままになっていただろう。

 パメラの理解が早いのなら、それはそれでいい。

 アイザックには、得でしかないのだから。 


「なるほど……。ずっと不思議でした。ニコルさんの対策をしたといっても、本気でやっている気配がなかったので、不安だったのです。ニコルさんに「君を守る」と言ったのも、殿下に押し付けるため、マイケルさんに奪われては困るからだったのですね……」


 パメラは両手をこめかみの辺りに当て、今までのアイザックの行動に先ほどの理由を当てはめて考え始める。

 アイザックには不可解な行動が多かった。

 その理由がニコルを後押しして、というのは納得できるものだった。

 しかし、納得はできても受け入れられるかは別である。


「今まで、ほぼすべての面で騙してらしたのね?」

「もし、今も殿下と仲睦まじい姿を見せられていれば、なにもしなかったでしょう。行動を取りやめる可能性を考えれば、早い段階で打ち明けるわけにはいきませんでした。ただ、言い訳をさせていただくのなら、ニコルさんを殿下に仕向けたりはしていません。多少の手助けをしましたが、すべてニコルさんが自分で考えて行動しているだけです。また、殿下も自分の意思で行動しております」

「それはそれで最低な事実ですわね……」


 ――ジェイソンがニコルの色香に負けた。


 という事は、パメラはニコルよりも美貌で劣るという事である。

 一人の女として、完敗させられたという事実は、パメラにとって苦いものであった。


「ニコルさんの手助けとは、いったいどんな事をされたのですか?」


 だから、アイザックに尋ねる言葉も少し棘のあるものになる。

「お前のせいか!」という感情も含まれているのだろう。

 アイザックは、パメラの視線にたじろぎつつも答える。


「資金援助ですね。ですが、恩師の孫娘だからとはいっても、無償での援助はしていません。チョコレートの製造法を買い取って、借金の返済に必要な金銭と、継続的なライセンス料を支払っていました。他にもエッセンシャルオイルやブラジャーなどもそうですね」

「チョコレートをニコルさんが!? ……昔、チョコレートを作った人を尋ねた時にはそんな事を仰らなかったではありませんか」

「あの時は僕が作ったのか聞かれただけだったはずです。誰が作ったのかまでは聞かれていません」

「そうだったかもしれませんけど……」 


 パメラは恨みがましい目でアイザックを見る。

 その理由に十二分に心当たりがあるアイザックは、パメラから視線を逸らす。


「ニコルさんが入学前から学年トップの学力を身に付けていたのは、アイザックさんからの資金援助があったからですのね?」

「いや、チョコレートはニコルさん自身が作ったものですし……。他の貴族に製造法を奪われないよう、ウェルロッド侯爵家経由で販売していただけですから……。支援はしていましたが、彼女自身の功績です」


 ジェイソンがニコルに一目惚れしたのは、アイザックが支援していたおかげだ。

 当然、それを知られればパメラに恨まれるのもわかっていた。

 だが、それでも伝えておかねばならない事でもあった。

 しかし、前もって考えていた事ではあるが、パメラを前にしてアイザックは日和ってしまう。


「ニコルさんに惚れて暴走し始めたのは殿下個人の責任です。恩師の孫娘を支援する事自体は責められるものではないですし、資金に余裕のある者なら不自然なものでもありません」


 ――アイザックは責任をジェイソンになすりつけた。


 この話をする上で、パメラに不満を持たれるのは覚悟の上。

 だが、パメラは欲しいが、嫌われてまで手に入れても意味がない。

 アイザックは途中でビビってしまい、責任逃れをしようとしてしまう。


「ニコルさんがチャールズさんに手をつけようとしたため、ティファニーさんは可哀想な目に遭ってしまいました。それでも、自分には責任がないと?」


 しかし、パメラはアイザックを逃がそうとしない。

 厳しい追撃を浴びせる。


「あれは……、反省しています。入学前に四人が呼び出された時。あの時の反応でニコルさんは殿下を狙いそうだと思ったんです。まさか、他の男にも手を出すとは思いもしませんでした。普通なら殿下だけに狙いを絞ると思うでしょう? 彼女がチャールズやマイケルにまで手を出すなんて完全に予想外でした」


 アイザックは、やれやれと首を振る。


「殿下を狙うというだけでも、一介の女男爵には高望みなのですから。とばっちりを受けたジュディスさんにも悪い事をしたと思っています。だから、全力で助けに行ったんですよ」


 アイザックは「知らなかった」「予想外だった」で押し通そうとする。

 反省はしているので、その分、助けるために全力を尽くした。

 そう言う事で、いくらか印象を和らげようとしていた。


「そうですわね。男爵家のニコルさんが、あそこまで手を広げるなんて思いませんもの。普通に考えればありえない事ですものね」


(えっ、まじか)


 パメラの物分かりの良さに、逆にアイザックが驚かされる。

 まだまだ説明不十分なところもあるのに、ニコルの異常さをあっさりと理解してしまった。

 アイザックにとっては助かるが、それでいいのかと思ってしまう。


(そうか、パメラも前世の記憶がないのに学年首位を取るほどの実力者。頭の回転が早いんだ。本物の天才って凄いな)


 その理由を、アイザックは才能によるものだと判断した。

 ジュディスの占いのように、原作の設定が再現されているものもある。

 パメラの物分かりの良さも、頭が良いという設定のおかげなのだろうと思ったからだ。


(でも、それならそれでいい)


「ええ……。ですが、責任は感じています。なので、彼女らを助けようとしていました。その結果、彼女達に好かれるようになってしまったのです。自分から好かれようとして、彼女達をたぶらかしたりはしていません。その事だけでも、今日わかっていただきたかったのです。そのために、この事を打ち明けました。あなたに疑われるような事をしていたのは事実。でも、それが誰のためだったのかだけはわかっていただきたい」


 ――こんなに頭の良いパメラなら、きっと信じてくれるはずだ。


 そう信じて、アイザックは今日の目的を話す。

 彼女に疑われるのは、もうこりごりだ。

 だから、今日からは女をたぶらかしている男版ニコルのような評価は取り下げてほしい。

 そのために、危険を冒して秘密を打ち明けたのだった。


 パメラはせわしなく視線を動かしている。

 その姿は、どう答えようか迷っているようだった。

 アイザックは、パメラが答えるのをじっと待ち続ける。

 やがて、パメラが口を開いた。


「ごめんなさい、私……。アイザックさんが女好きで、私もその一人に過ぎないのかと思っていました。王家を敵に回してでも望んでくださっているなんて考えもしませんでした。本当にごめんなさい。私……、男の人にそこまで好かれるだなんて考えた事もなくて……」


 パメラが薄っすらと涙を浮かべ、体を震わせる。

 アイザックには「喜び」か「悲しみ」か「恥じらい」かなどはわからなかった。

 だが「本当はお前がニコルを裏で操っているんだろう!」と殴りかかられる事態にならない事はわかった。

 反乱を実行するにあたり、パメラに拒絶される事はないだろうと安心する。

 しかし、ここでアイザックに大きな障害が待ち受けていた。


(しまった! ここまでスムーズに話が進むなんて思っていなかったせいで、このあとの事を考えていないぞ……)


 本当なら、ここで「あなたは美しい。すべてを投げ打ってでも手に入れたいと思う魅力的な人です」とでも言えればよかった。

 だが、アイザックは、この場で気の利いた言葉が頭に浮かばなかった。

 パメラに愛を告げる絶好の機会をこのまま失ってしまいそうで、アイザックは焦る。

 そんな彼の脳裏に、一つの言葉が思い浮かんだ。


「パメラさん。もし、あなたが望むのなら、この世界の果てまでを君に贈ろう。あなたはそれだけの価値がある人です」


 アイザックは「この世界の果てまでを君に贈ろう」という言葉が思い浮かんだ。

 それがこの世界の女性に効く言葉だと思った。

 馬鹿げた話だが、そう思った時には言葉として出てしまっていた。

 言ってから、すぐに後悔する。


(しまったぁぁぁ! これでOKされたら大変な事になる。しかも、ニコルと似た者同士って事になるじゃないか。これでOKするパメラとか見たくないぞ……)


 パメラは「信じられない」という表情を浮かべ、少し悲しそうな顔になる。

 だが、それは一瞬の事。

 すぐに嬉しそうであるものの、戸惑いが混じった顔になった。


「ありがとうございます。そこまで言っていただけるのは女冥利に尽きるのでしょう。ですが、私は好きな人と結婚して、子供を産み、平穏な家庭を築ければそれで満足なのです。それ以上は望んでおりません」

「そうですか。それならそれでかまいません。ただ、どれだけ愛しているのかをわかっていただければいいのですから」


 愚かな告白は拒絶されたものの、アイザックは安心する。

 ニコルのように、世界のすべてを欲する女ではないとわかったからだ。


「パメラさん、卑怯な手段を使ってでもあなたを手に入れたい。そう思う男で良ければ、今しばらく待っていてくれませんか? 必ず、あなたを殿下から引き離します」

「ええ、待ちますわ。今までは婚約者だからと殿下の事を愛そうとしていました。ですが、今の殿下はとても愛せる人ではありません。それならば……、アイザックさんと結ばれる可能性に賭けます。……殿下の性格を考えると、卒業式のように人が集まっている時に別れを告げてきそうな気がします。それまでに準備は整えられますか?」


 パメラが期限を区切ってくる。

 その理由は、ジェイソンの人となりを知っているからというものだった。

 アイザックにとっても、都合の良いタイミングである。


「卒業すれば結婚する事になる。ですので、卒業前に行動を起こせるように準備をしていましたので大丈夫でしょう」

「やっぱり……」

「やっぱり?」

「いえ、さすがウェルロッド侯爵家の当たり年。すべて抜かりなく進めておられるのだと思っただけです」


 パメラがウフフと笑って誤魔化す。


(やっぱり曽爺さんみたいな人っぽいとか思われただけかな? まぁいい、今日は大収穫だ。笑って終わろう)


 ――自分が好きなのはパメラだ。


 その事を理解してもらえるだけでなく、ジェイソンから奪い取っても許容するという返事をもらえた。

 勇気を振り絞って、彼女に企みを打ち明けて正解だった。

 あとは時間をかけてウィンザー侯爵達を味方にして待てばいい。


 ニコルにたぶらかされて、ジェイソンが暴走するその時まで。

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