第364話 パメラとリサの邂逅

 リサと共にケンドラを連れ歩くアイザックの姿は、ランドルフとルシアに未来の二人の姿を想像させていた。

 自分達が祖父母となる日が、そう遠くない事を実感させるものだった。

 彼らにとっては心を和ませる姿だったが、そうでない者達もいる。


 ――アイザックに気がある者達だ。


 一般生徒の中にも「なにかの拍子に自分を選んでくれないかな」と奇跡を期待している者もいる。

 そういった者達は最初見た時に「すでに子供が!?」と驚く事になった。

 これはケンドラの髪の色のせいだった。

 ケンドラの髪は、ルシア同様に暗い赤色をしている。

 リサは明るい赤紫の髪。

 色の方向性が似ているので、リサの子供だと勘違いしてしまうからだ。


 だが、すぐに誤解だと気付く。

 アイザック達の後ろを歩くルシアを見て「あれは妹のケンドラだ」と思い出せたからだ。

 十歳を迎えていないので、ケンドラを直接知る者は限られている。

 どこかで両親と共にいる姿を見た事があったとしても、戦争の英雄であるランドルフに注目が集まるため、彼女自身の印象は薄い。

 そのせいで、アイザックとリサの子供と勘違いしてしまうものが出てきてしまう。


 ――パメラもそうだった。


 彼女は生徒会副会長として文化祭の見回りをしていた。

 廊下を曲がった時に、ケンドラを連れ歩くアイザックと遭遇してしまった。

 視界に入った瞬間、体が固まり、呼吸を忘れる。


「パメラ?」


 シャロンが突然固まったパメラに声をかける。

 彼女は「生徒会の役割ばかりで退屈だろう」と思って、パメラと行動を共にしていたのだ。


「えぇ……、大丈夫。ケンドラさんですね。はじめまして、ウィンザー侯爵家セオドアの娘パメラです」


 パメラは、すぐに立ち直った。

 アイザック達三人だけならともかく、ルシアもいたからだ。

 そのおかげで、すぐにケンドラの存在に思い至る事ができた。

 驚いた事を誤魔化すように、努めて優しい笑顔を浮かべる。


「はじめまして、ウェルロッド侯爵家ランドルフの娘ケンドラです」


 リサはパーティー会場などで顔を合わせた事があるので、お互いに見知っている。

 だが、ケンドラはまだパメラと挨拶を交わした事がなかった。

 二人は初めて挨拶を交わす。


(うおぉぉぉ! よくできた! 偉いぞ!)


 アイザックは、ちゃんと挨拶ができたケンドラに頬ずりをしてやりたいという気持ちを抑えるのに必死だった。

 しかし、相手はパメラである。

 しこりが残る相手なだけに、本人ではなく他の者に気を取られている姿は見せたくない。

「無視される程度の存在だったのか」と思われたくないからだ。

 その分、家に帰ってから可愛がってやろうと考える。


「可愛らしい妹さんですわね」

「ええ、自慢の妹です。まだ七歳なので、社交界に出るのはまだ先ですけど」


 パメラが話しかけてきたので、アイザックも答える。

 表向きは普段通りだ。

 パーティー会場で見せた冷たい表情ではない。

 彼女は次にランドルフとルシアにも挨拶をし始める。


(突然の顔合わせ。どうしよう、なにを話すかなにも考えてないぞ……)


 ルーカスに助けてほしいところだが、彼はシャロンと話していた。

 アイザックもリサと一緒に歩いているので咎められないのだが、肝心なところで助けにならないと思ってしまう。

 とはいえ、アイザックが心配するような事にはならなかった。

 パメラにも立場がある。

 人前でアイザックになにかを言うつもりなどない。

 下衆の勘繰りから、どこにたどり着くかわかったものではないからだ。

 表向きは、なにも気にしていないフリをしていた。


「頼り甲斐のある息子さんに、利発な娘さん。なにか子育ての秘訣のようなものがあるのですか?」

「いえ、私は普通に育てているつもりです。秘訣などありませんよ」


 パメラがルシアに子育てに関しての話題を振る。

 これは彼女の耳にも、ルシアに関する噂が入ってきているからだった。

 しかし、聞いてみたものの望んだ答えは返ってこない。

 パメラは「言うわけないか」と、わかりきった反応として受け取っていた。

 子育ての秘訣は重要である。

 今まで無能と思われていたランドルフですら、戦場では英雄になるのだ。

 ウェルロッド侯爵家のものなら、外部に漏らせるはずがない。

 聞いたのは、あくまでも世間話の一環でしかなかった。


「アイザックは勝手に育ちましたし、ケンドラはリサが面倒をよく見てくれたおかげでしょうね」

「そういえば、リサさんはケンドラさんの乳母役をされていたのでしたそうですね」


 ここで、パメラに一つの可能性が頭に浮かぶ。


 ――「リサこそ、本物の知恵者ではないか?」というものだった。


 乳母の娘だったので、子供の頃からアイザックのそばにいた。

 その立場を利用し、ウェルロッド侯爵家の内部に入り込み、ケンドラの傅役となる。

 そして数々の縁談を蹴るという不可解な行動をしておきながら、結局はアイザックの婚約者の地位までこぎ着けた。

 見事なまでのシンデレラストーリーである。


 となれば、リサも只者ではないはず。

 もしも企んでいたのであれば、アイザックが見抜くはずだ。

 アイザックにも気付かれず、自然な振る舞いで今の立場を手に入れたのなら、とんでもない知恵者である。

 ルシア以上に油断ならない相手だ。


(もしかすると、アイザックを鍛え上げたのは……)


 そんな事すら考えてしまう。

 どこの世界にも天才児というものはいる。

 アイザックも天才の類だが、五歳年上のリサもそうだったのなら?

 五歳年上の分だけ、年下に教える事もできるだろう。

 そうなると、アイザックが兄を殺すように間接的に仕向けたのもリサだという事になる。

 優しそうな顔をしてはいるが、彼女の今の立場を考えれば、優しいだけの人間ではないと考えた方が自然だった。


「私は子守りくらいしかしていません。……自分の子供を育てているつもりで、頑張っていただけです」


「自分の子供」というところで、リサが頬を赤らめる。

 これは「このまま結婚できなければ、ケンドラが最初で最後の子育てか……」と考えていた事を思い出して、恥ずかしかったからだ。

 だが、パメラは違う。

 リサが「自分がウェルロッド侯爵家に嫁入りした時の事を考えて、ウェルロッド流の子育てを実践していた」というように聞こえていた。

 一度疑ってしまえば、その考えから抜け出す事は難しい。

 パメラも思考の泥沼にハマってしまっていた。

 しかし、いつまでもこんな事を考えている暇はない。

 彼女には役割があるのだ。


「そろそろ戦技部の出し物が始まる頃です。私達の代はウィルメンテ侯爵家のフレッドさんがおられますので、見ていて楽しめるかもしれません。サンダース子爵には物足りないかもしれませんけれど」


 これ以上話していれば、アイザックとも話さなくてはならなくなってしまう。

 ボロが出てはいけないので、戦技部の事を持ち出して、会話を切り上げようとする。


「去年見たけど、フレッドくんはかなり強かった。物足りないなんて事ないよ」


 ランドルフは思った事を素直に言葉にする。

 しかし、その言葉は「自分ほどではないけどね」という強者の余裕があるように周囲の者達に見られていた。

 結果を出した者は、どうしても言葉通りの意味にとってはもらえないのだ。

 別れの挨拶をし、パメラとシャロンを見送る。


 アイザックは――


(セーフ! とりあえず、この場はセーフ! あとでちゃんとルーカス経由で話し合いの場を設けよう)


 ――と、この場で問題が起きなかった事を安心するばかりだった。


 しかし、不安な事はまだ続く。


「パメラさんって、なんだかお兄ちゃんみたいな感じがする人だったね」


 ――ケンドラがとんでもない事を言ってしまったからだ。


「二人は似ていないぞ。パメラは綺麗で優しそうなお姉さんだっただろ?」

「そうよ。女の人に男の人と似ているなんて言ってはいけませんよ」


 本人を前に言わないだけ分別がついているのはいいが、穏やかな内容ではない。

 慌ててランドルフ達が否定する。

 それはそれで、アイザックの心を傷つける。


「それでは僕がブサイクで優しくないという事になるんですが……」

「お前は格好良いとかだ。男の格好良さと女性の美しさは別物だろう? そこが違うと言っているだけだ」

「まぁ、そういう事なら……」


 ランドルフがすぐさま訂正する。

 アイザックも引っ掛かる部分はあったものの、そこは多少自覚している部分もあるので言わなかった。

 それよりも、気になるところがあったからだ。


(パメラが俺に雰囲気が似ている? そうは思わなかったけど……。実は相性ピッタリとかかな? 子供は直感が鋭いとかいうし、そうだといいな)



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 戦技部の模擬戦を見ようと校庭に出たところで、エルフの一団と出くわした。


「あっ、アイザックじゃない。あんた達も模擬戦を見にいくの?」


 ブリジットが話しかけてくる。

 彼女はクロードと共にエルフの大使達と行動していた。


「そうですよ」


 アイザックが答えるが、ブリジットは目をアイザックと合わせない。

 ケンドラと繋いでいる手とリサを交互に見ている。

 リサが微笑み、小さくうなずく。

 すると、ブリジットがアイザックの空いている手を取った。


「ブリジットさん!?」

「いいじゃない。手が空いてるんだから」


 先ほどの行動は、リサを気遣っていたものだ。


 だが、二人はアイコンタクトで――


「リサは直接手を繋いでないし、今は遠慮しておくね」

「いいんですよ。ケンドラを通して手を繋いでいるようなものですから」


 ――と語っていたのだった。


 リサから許可が出たので、ブリジットはアイザックの手を握るという行動に出る。

 これにはアイザックだけではなく、ランドルフ達も驚いた。


「ブリジットさん、そういう行動は控えた方が……。エドモンド様達の前ですよ」

「いやいや、お気になさらず。子供同士・・・・の仲が良いのは喜ぶべき事。問題はありません」


 ルシアが咎めると、大使のエドモンドが気にするなと答える。

 しかも、子供同士の付き合いだと強調して。

 そう言われてしまえば、反論し辛い。

 例え、子供同士と言うには大きすぎる年齢でもだ。

 その事をアイザックは疑問に思った。


(エルフが人間と必要以上に親しくするのを認めている? なんでだ?)


 先ほどのエドモンドの返答で、アイザックは過去の会話を思い出す。


(もしかして、あの時「ブリジットの事をよろしく頼む」とか言ってたのは、妻として娶ってくれとかの意味が含まれていたのか? だとしたら、ブリジット個人の行動じゃなくて、エルフ全体の考えなのか? という事は、家族公認?)


 ブリジットに想いを打ち明けられた時は混乱していたが、落ち着けば大した問題ではないとアイザックは考えていた。

 ロレッタやアマンダに比べれば、ブリジットの想いは個人の問題。

 家が絡んだとしても、ブリジットの実家は普通の家だ。

 種族の問題があるので一概には言えないが、実家の影響力は平民程度。

 そこを理由に回避すればいいと思っていた。


 ――だが、種族・・が絡んでくると別問題である。


 エルフ全体の代表として、ブリジットを送り込んでこられれば大問題だ。

「種族間の友好のため」と言われれば断りにくい。

 しかも、ブリジットは家族ぐるみの仲である。

 無下に扱う事もできない。


(いや、年の取り方の違いを主張すればいけるか。俺が年老いて死ぬ年になっても、ブリジットは若いままだ。伴侶と死別する辛さはクロードが知っている。その点を突けばどうにかなるだろう)


 アイザックは、この窮地に活路を見出した。

 他の女の子達と違って、種族の違うエルフなら断りやすい。

 異性の好意を跳ね除けるのは心が痛むが、これは彼女のためでもある。

 後日、改めて話をしておこうと胸に刻み込んだ。


「子供同士、仲良くするだけなら問題はないですね」

「ええ、その通りです」


 アイザックも年頃の男の子だ。

 美女を嫌うはずがない。

 エドモンドは、アイザックがブリジットを受け入れてくれたと笑みを見せる。

 しかし、その笑みはすぐに凍り付く事になる。


「ケンドラ、ブリジットお姉ちゃんと手を繋いであげてくれ」

「うん、いいよ」


 アイザックは泣く泣くケンドラから手を放し、自分の手を取っていたブリジットの手をケンドラに渡す。

 エドモンドの思い通りにいくのは面白くないという思いから、子供同士仲良く・・・・・・・という言葉通り、ケンドラと手を繋がせようとしたのだ。

 この行動は、エルフ達に「やはりアイザックは一筋縄ではいかない」と思わせるのに十分だった。


「えっ、ちょっと」

「四人が並んで歩くと通行の邪魔ですからね。今だけケンドラの隣は譲りますよ」


 ブリジットが抗議しようとするが、アイザックが軽くいなした。

 だが、ケンドラとも長くいたため、彼女と手を繋ぎたくないという事は言葉にできない。

 リサほどではないが、十分に慕ってくれているのだから。


「では、模擬戦を見に行きましょうか。僕の友達のポールやカイも出場するんですよ。彼らを応援してあげたいので、見逃したくないですしね」


 アイザックがブリジットの事から離れようと、模擬戦の事を話題に出す。

 最初にブリジットが「あんた達も模擬戦を見にいくの?」と言っていたので、これは自然な流れだ。

 エドモンドも異論はない。

 アイザックやランドルフと並んで歩きながら、世間話を始める。


 アイザックはブリジットの事に気を取られて気付かなかった。

 髪を下したジュディスが校舎の窓からジッと見守っていた事に。

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