第十二章 王立学院二年生前編
第298話 屋敷への招待
リード王国にまでやってきたソーニクロフト侯爵をウェルロッド侯爵家の屋敷に招待した。
ちょっとしたお茶会で友好を深めようというものだ。
その際、一緒にロレッタ達も招待する。
家族の集まりだけで済まさないのには理由があった。
「本来なら義兄上とニコラスに呼ばせればいいだけなのだがな。他の子達も異国の地で心細いと思っているところだろう。皆が慣れるまでの間は、他の者も同じように扱う。自分だけ特別扱いをしてもらえるとは思わぬように」
「はい、遊びに来たわけではないとわかっております。僕達は殿下の学内での護衛も兼ねているので、気を抜くつもりはありません」
モーガンの言葉を、ニコラスは真剣な表情で受け止めた。
いや、実は彼の――彼らの表情は最初から固いものだった。
この時、ホスト側はウェルロッド侯爵家の面々だけではなかったからだ。
ランカスター伯爵も呼ばれている。
マットやトミーはもちろん、カイまでいた。
――アイザックの友人達以外は、ファーティル王国救援軍で名を上げた主だった者達だ。
救国の英雄が勢揃いしている。
その緊張と興奮で、若い彼らは表情が固くなってしまっていた。
彼らの保護者として同行している大人達もいるが、彼らは別室で秘書官達と顔合わせをしている。
この場で余裕があるのは、ソーニクロフト侯爵くらいだ。
ちょっとしたサービスのつもりで呼び集めたが、過剰なサービスになってしまったようだ。
「エンフィールド公だけではなく、他の方々にも会えるとは……。国に帰ったらちょっと自慢できますね」
「ちょっとじゃないよ!」
ニコラスの言葉を、他の少年が真っ向から否定する。
彼のほとばしる思いは、否定だけでは止まらなかった。
「かつてはエンフィールド公と反目していたものの、実力と結果にて信頼を取り戻したカイ・マクスウェル・ルメイ男爵!」
自分の過去をファーティル王国の人にまで知られていると知って、カイが驚愕の表情を見せる。
「あのフォード元帥を討ち取り、トムと互角の戦いを見せたマット・カービー男爵!」
マットはモーズリー男爵家の家名を名乗っていたが、爵位を授かってからはカービー男爵とだけ名乗るようになっていた。
これはモーズリー男爵家を継いでいる者への配慮もあったが、過去の自分と決別し、アイザックの配下として生きていこうとする決意の表れでもあった。
「カービー男爵をサポートし、自らもシャーリーン・フォードを討ち取る活躍を果たしたトミー・オルコット・ヘンリー男爵!」
任務は主にマットが実行していたので、トミーはあまりサポートした気はしていなかった。
しかし、周囲が任務を果たした自分の姿を求めるので謙遜したりはせず、堂々とその評価を受け入れるようになっていた。
「テスラ将軍を的確な作戦遂行能力で打ち破り、エンフィールド公の作戦を成功に導き、戦場にいるのはウェルロッド侯爵家だけではないと世界に証明したサミュエル・ランカスター伯!」
さすがに伯爵を男爵と呼ぶような事は無礼である。
彼も男爵位を授かったが、元の爵位の方が高いので伯爵と呼ばれた。
「あのトムを一突きで討ち取り、最前線で槍を振るい続けた血に飢えた猛獣。剛勇無双のランドルフ・ウェルロッド・サンダース子爵!」
「いや、それは誰の事だい?」
思わずランドルフがツッコミを入れるが、彼の言葉は止まらなかった。
大トリがまだ残っているからだ。
「そして、長年ファーティル王国を苦しめてきたフォード元帥を超える知略を見せた古今無双のアイザック・ウェルロッド・エンフィールド公!」
皆の注目が集まり、恥ずかしくなったアイザックは顔をポリポリと掻く。
さすがに面と向かって「古今無双」と言われると恥ずかしかった。
――だが、恥ずかしいのはアイザックだけではなかった。
「皆様方とこうして会えた事は、ちょっと自慢するどころではないよ。これから先、ずっと堂々と自慢できるさ!」
「おい、落ち着けって。その恩人を前に取り乱してどうすんだよ」
「……あっ」
他の少年に注意され、熱く語っていた少年は興奮によって赤らめていた顔を青ざめさせる。
今までの饒舌はどうなったのかと思うほど口は堅く閉ざされ、ジッと下を見てうつむく。
そんな彼をフォローするためにカイが動いた。
「いやー、驚いたな。ファーティル王国の人に僕の事まで知られているなんて」
「昨年の間に広まっていったわ。ルメイ男爵はエンフィールド公と同じく、成人前で大手柄を挙げられたんですもの。注目されるのも当然です」
彼が場の空気を換えようとしてくれている事に気付いたロレッタが反応する。
「レオ将軍を討ち取ったのは狙ってやったのではなく、夜襲の応戦をしている時に偶然討ち取っただけです。すべてを見抜いたエンフィールド公とは違って幸運に恵まれただけですよ」
「それでも立派なものですわ」
「そうですよ。僕達と変わらぬ年で戦場に出て、実際に戦ったというだけでも凄い事なんですから」
「王都に攻め込まれた時、これからどうなるのか不安に感じて怯えるばかりでしたよ」
ロレッタの言葉に、他の者達も賛同する。
彼らにはアイザックよりも、カイの方が英雄に思えていた。
これには訳がある。
フォード元帥の作戦は画期的なものだった。
ファーティル王国の軍人ですら「投機的な面もあるが、まず間違いなく成功していただろう」と負けを認めているほどだ。
だが、その作戦を見破ったアイザックの思考は誰にも理解できなかった。
――国境に到着した時点で作戦を知っていて、その対処法を思いついていなければならない。
前者はスパイ活動などで気付いていたとしても、後者は説明がつかない。
ロックウェル王国軍の作戦に対応するには、迅速な対応が必要であるところまではわかっていた。
しかし、ソーニクロフトを攻めていたのはフォード元帥率いる部隊。
彼らを素早く打ち破る方法が、ファーティル王国の軍人には思いつかなかった。
――それをアイザックはやり遂げた。
――たった一日で。
戦い方を聞けば討ち取れた理由に納得はできたが、普通はその場で思いつけるような事ではない。
アイザックは多くの人々にとって、
だからというか、アイザックの活躍は想像しにくいものとなっている。
そのため、若者にはカイの方がわかりやすい英雄として受け入れられていた。
これはレイモンドやポールといったアイザックの友人と同じ反応だった。
想像を超える働きをしたからこそ「アイザックはそういう存在だから」と、自分とはまったく別物の存在として認識してしまう。
アイザックの事を
「本当、戦いの音が王宮にまで聞こえていたもの。あの音を聞くだけで身が震える思いでした」
「ロックウェル王国軍に攻め落とされていたらどうなっていたか……」
「考えるのも怖い事です」
ロレッタの言葉に、女の子達が同調する。
敗戦国の娘がどのように扱われるかは知っているようだ。
誰もが顔に恐怖の色を見せている。
だからこそ、ロレッタは一度姿勢を正してアイザック達に顔を向ける。
すると、他の同行者も同じように姿勢を正す。
「ファーティル王国を代表し、今一度皆様にお礼を申し上げます。救援、誠にありがとうございました」
「ありがとうございました!」
感謝の言葉を皆で唱和する。
「どういたしまして。こちらとしても同盟国を助ける事ができてよかったと思っています。祖先が築きあげてきた友好をより深め、僕達の世代だけではなく、次の世代。また次の世代へと良い関係を続けていけるようにお互い頑張りましょう」
「はい」
公爵であるアイザックが代表して答えると、ロレッタが良い笑顔を浮かべて返事をする。
彼女の頭の中にある
――留学を通じてアイザックと親しくなり、自分の婿として迎え入れる。
それが自分にとって一番良い結末であり、アイザックにも、そして他の皆にとっても良い結末であると彼女は信じていた。
誰もが羨む王位に就けるというだけではない。
その才能を一国の王として自由に振るう事ができれば、より多くの者達を救う事にもなるはずだ。
アイザックもリード王国の一家臣で終わるよりは、その方がいいだろうと思われる。
政略結婚であっても、結果的には誰もが幸せになれる結婚になると、ロレッタは思っていた。
「そういえば、隣国にまでカイの事を知られているって事は、やっぱり僕の事も知られているんですか?」
「もちろんです。後継者争いの結果が出た時点でお名前は耳に入っておりました。大人達が『先代ウェルロッド侯の後継者が早くも頭角を現した』と戦々恐々としていたのを覚えています」
その言葉に反応して、ソーニクロフト侯爵が含み笑いをしながらアイザックから視線を逸らす。
おそらく、彼も恐れおののいていた一人なのだろう。
だが、アイザックもその事を追及したりはしなかった。
せっかく友好的な関係になってきているのだ。わざわざ追及をして不快な思いをさせる必要などないからだ。
「そんな風に噂されていたんですね」
「ウェルロッド侯爵家の方々は個性的な方が多いですから。ウェルロッド侯も……」
モーガンの事に触れそうになって、ロレッタは口を閉ざした。
これにはモーガンも気になるが、口を閉ざす理由があるという事は察していた。
普通に聞いても教えてくれないだろうという事はわかっている。
そこで、彼はソーニクロフト侯爵に尋ねる事にした。
「義兄上、どんな風に言われているのか気になるのだが……」
先ほどはニコラスに「みんなの手前、甘えるな」と言った口で、身内としての尋ね方をする。
ただ、これは公の発言ではなく、身内の発言という事にする事によって、ファーティル王国側の人間が話しやすくするという意図もあった。
息子や孫がべた褒めされた後であるだけに「自分がどう言われているのだろう?」と気になっていたというのもある。
尋ねられたソーニクロフト侯爵は困った顔をしてロレッタを一度見る。
彼女の方もどうしようかという顔をしていた。
やがて諦めたかのように一度溜息を吐くと、ソーニクロフト侯爵が話し始めた。
「まぁ、大体は先代ウェルロッド侯のような評判が立っているな」
「極悪非道というわけか……。そのような事をした覚えはないが?」
モーガンは実の父に対して容赦がなかった。
しかし、その言葉を否定する者もいないというのが、ジュードに対する印象がどれほど悪いものかを物語っていた。
「ただでさえ経済的に追い込まれていたロックウェル王国に、自分達にも鉄を安く売れと言っていただろう? それだけではなく、装備品までまとめて取り上げていた。先任のランカスター伯とは違い、容赦なく奪えるものを奪う姿は、先代ウェルロッド侯の姿を思い出させるものだった」
ランカスター伯爵が会話をしたりして和やかな雰囲気で話をまとめるタイプなら、モーガンは必要な内容を理詰めでまとめるタイプ。
二人のタイプが違うせいで、モーガンの行動がより一層際立つものに見えたらしい。
モーガンはソーニクロフト侯爵の説明に「心外な」という表情を見せる。
「ロックウェル王国に安く売れと要求したのは、使った戦費を少しでも回収するためだ。大体、自分の孫を傷つけられたりしたのだぞ。それくらいは要求して当然だ。それに、装備品を置いていけと要求したのはアイザックだ。その事は知っているのではないか?」
モーガンはさりげなくアイザックに責任を押し付けた。
それは事実であるし、ファーティル国王のヘクターも同席していたので、ファーティル王国の者も知っているはずだった。
だが、ソーニクロフト侯爵は首を横に振る。
「一人で考えた事を、講和会議の場で勝手に発言する事はできんだろう。お前が許可を与えたんだろうから、決定を下した責任者として、そういう評価を受けるのは仕方ない事だ」
「むぅ……」
モーガンはアイザックを見る。
装備品を奪うという話は、アイザックの思い付きだ。
しかし「アイザックが勝手に考えて要求した」と言えば、代表者として話を取り纏める責任を果たさなかったという事になる。
肯定はしたくないが、否定もできないという困った状況になってしまった。
アイザックは祖父の視線に、心の中で「ごめんね」と思うだけだった。
「あの、お金のない相手に装備品を要求したのがなんで悪い事なんですか? 山賊みたいに思われるとかでしょうか?」
(いいぞ、カイ! 俺もそこが気になっていたんだ)
大人達は知っているようだが、アイザックには理由が見当もつかない。
ロックウェル王国の事は知っているが「混乱が起きて困っている」という事くらいだ。
もしかしたら、そこに関わっているのかもしれないと思うと、知っておきたい事である。
でも、自分で聞くと「えっ、知らないの?」と失望されかねない。
カイが聞いてくれたおかげで、アイザックは助かっていた。
「あぁ、学生は知らぬかもしれんな。ロックウェル王国はフォード元帥と四天王を失うという歴史に残る惨敗を喫した。フォード元帥達を失ったせいで、ロックウェル王国の平民は『これから先もずっと苦しいままだ』と絶望した。希望を失った平民は暴動を起こすなどをして暴れたりしたのだが、取り押さえる衛兵にはロクな装備が残されていない。農具や工具で致命傷を負わされ、暴動を鎮圧する事すら困難な状況になっている」
カイがゴクリと唾を飲みこむ。
彼も農具くらいは見た事がある。
剣や槍に比べれば、武器とは言い難いものばかり。
鎧なしで鈍器のようなもので殴られる事を想像するのは恐ろしいものだった。
「こうなる事がわかっていて装備を要求したのだとすると、なかなかの鬼畜っぷりだ。先代ウェルロッド侯のようなやり方だと噂されるのも当然といえるだろう」
「そういう事だったんですか。ありがとうございます」
――混乱が起きるとわかっていて装備を要求したのなら、それは鬼畜の所業。
そう言われて、カイは提案したアイザックと許可を与えたモーガンを見る。
今は普通に接しているが「やはり、ウェルロッド侯爵家の人間は怖い」と改めて思い知らされた気分だった。
モーガンにとっては、とばっちりもいいところだ。
しかし、それ以上にとばっちりを受けたと思っているのはアイザックだった。
(えぇ……。ドワーフに売るための鉄を確保とか思ってただけなんだけど……)
カイの視線に気付いて、アイザックはなんとも言えない笑みを浮かべて誤魔化そうとする。
だが、その笑みが周囲の者には、暗い感情を込めた怪しげな笑みに見えていた。
人の印象というものは、本当に大切であると感じさせられる。
「でも、そのおかげでロックウェル王国が数年は動けなくなったとも聞いております。戦争で土地が荒れたファーティル王国が立ち直るまでの時間は稼げるでしょう。エンフィールド公の深謀遠慮のおかげで助かっております。本当にどのように感謝をすればいいのかわからないほどです」
ロレッタがアイザックにウットリとした視線を送る。
彼女にしてみれば、アイザックの行動は
残酷な決定もしなくてはいけない時もある王にふさわしい資質を持っているように見えていた。
話をすればするほど、彼女のアイザックへの想いは募っていく。
「やはり、自分が結婚するのに最適な人だ」と。
「いいんですよ。リード王国は同盟国がいる恩恵を十分に受けています。それよりも、殿下は学院の事だけをお考えください。学院内で困った事があったら相談できるよう、明日はカイ以外の友人とも顔合わせの用意をしております。従姉妹のティファニーやウォリック侯爵家のアマンダ嬢なども呼んでいますので、女性の方々も気楽に相談できるかと思います」
「ありがとうございます。エンフィールド公のお友達とお会いするのが楽しみですわ」
ロレッタにとって、これは本当に楽しみな事だった。
アイザックの友人と親しくなる事によって、周りを埋めていくつもりだからだ。
だから、アイザックの家族が揃っているこの場で婚約の話を持ち出したりしなかったのだ。
ロレッタは長い間婚約者がいなかった。
だから、すぐに結果を求めるような行動が自分にはできないと理解していた。
本人に気付かれないように裏で動くのは、アイザックの専売特許ではない。
誰もが考える行動である。
彼女もまた、地道に積み重ねていこうと考える一人だった。
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