第293話 僕にとって大事な人
先触れを送っていたおかげで、王宮に着いてからはスムーズに面会する事ができた。
しかし、問題もあった。
先客がいて、エリアスはその客人と話しているそうだ。
「いつでも来ていいよ」と言われていても、アイザックが会いに行かなかったのは、こういう事が起きる事を考えていたからだ。
だが、今回ばかりは早めに行動しておく必要があった。
「突然押し掛けてしまい、申し訳ございません。ティファニーの件で、どうしてもお話ししておかなくてはいけない事がありましたので」
「ハリファックス子爵と話したあとにやってきたからな。そうだろうと思った。かまわんよ」
だが、エリアスは気にしていない。
――そして、エリアスと話していた客人も気にしていなかった。
「これは親族の問題でもあります。是非とも話に参加させていただきたい」
エリアスと話していたのは、ウィルメンテ侯爵だった。
彼はエリアスからティファニーの話を聞いていたようだ。
ローランドがケンドラと婚約しているので、ルシアからの繋がりによってティファニーも親族だと言い張っている。
「僕もかまいませんよ。一緒に話しておいた方がいいかもしれませんから」
厚かましい考えではあるが、他の者よりはやりやすいので、アイザックは彼が同席する事を認めた。
話を聞かれてしまった以上、一緒に説明する方が楽だという思いもあった。
アイザックは、話を始める前にエリアスに確認する。
「ティファニーに関する陛下のお考えを知っている者は他にいますか?」
「ハリファックス子爵夫妻とウィルメンテ侯爵。あとは、この場にいる者達くらいだな」
エリアスが部屋の中を見回した。
つまり、使用人達である。
アイザックも彼らを見てから、エリアスの目を真っすぐに見つめる。
「それはよかった。実はティファニーの件を考え直していただきたいと思い、参上した次第であります」
「ほう、どういう理由か聞きたいものだな」
エリアスは興味深そうな表情でアイザックの目を見つめ返した。
アイザックを見る限り、賛成という様子ではない。
従姉妹が「王太子の側室になる」という機会に恵まれたというのにである。
ハリファックス子爵家が王室と縁を持てば、ウェルロッド侯爵家の権勢も高まる。
しかも、婚約者に捨てられているところからの大逆転。
エリアスの頭の中には、断る理由などさっぱり思い浮かばなかった。
だからこそ、アイザックが何を言うのか楽しみにしていた。
「立ち話で済ませる内容ではないだろう。とりあえず、座るがよい」
「はっ、失礼いたします」
エリアスがウィルメンテ侯爵の隣の席を勧める。
アイザックが座ると、お茶が注がれたカップを出された。
一口お茶を飲み、一度深呼吸してからアイザックが口を開いた。
「僕はティファニーが母と同じような立場になるのではないかと心配しております」
「サンダース子爵夫人と?」
エリアスはウィルメンテ侯爵と顔を見合わせた。
アイザックが言った事は、それだけ予想外のものであり、心外なものでもあった。
「さすがにそれはない。正室にはパメラがなる。子供もパメラの子が王位継承権で優先される。ウェルロッド侯爵家で起きた混乱は、歪な序列によるものだ。ちゃんと家格に見合った序列を決めている以上、同じような事は起きないはずだ」
――ウェルロッド侯爵家で起きた混乱は、子爵家出身のルシアが第一夫人だったせいだ。
それはこの場にいる者の共通の認識のはずだった。
その事はアイザックもよく理解しているはず。
なぜ、わかりきった事を心配しているのかが、エリアス達には理解できなかった。
だが、アイザックにはちゃんと言い分がある。
もっとも、王宮に来るまでに内容を考えた、それっぽい理由ではあったが。
「誤解を招く言い方をしてしまい、申し訳ございません。僕が心配しているのは後継者争いではありません。ティファニーの事なのです」
「んっ? それが後継者争いに巻き込まれるという事ではないのか?」
「そうではございません」
ここはキッパリと断言した。
主張したいのは、そこではない。
違うところを主張したかった。
アイザックは、ウィルメンテ侯爵を見る。
「ダミアン・フォスベリーの事はご存知ですよね?」
「ああ、もちろんだ。フレッドの友人だからな」
ウィルメンテ侯爵は、自分に話を振られた事に戸惑う。
直感的に嫌なものを感じていた。
「実は、ダミアンは僕の友人になるはずだったのです」
「だった?」
アイザックが話している最中に、エリアスが思わず口を挟む。
今までに聞いた事のない話だったからだ。
「そうです。幼少の頃、僕には男友達がいませんでした。兄のネイサンの地盤を固めるために、メリンダ夫人が同世代の男子を独占させていたからです。そこで、母は学生時代の友人であるフォスベリー子爵夫人に連絡をとりました。過去の縁を伝って、僕に友達を作ろうとしたからです。でも、そうはなりませんでした」
アイザックはテーブルに視線を落とし、悲しそうな表情をする。
「フォスベリー子爵家は王党派の貴族。メリンダ夫人が派閥の力を使ったのでしょう。気が付けば、ダミアンは僕から離れ、兄の友達になっていました。そして、フォスベリー子爵夫人もメリンダ夫人に会うようになり、母とは会わなくなっていきました」
ウィルメンテ侯爵が唾を飲み込む。
その音は、隣に座るアイザックにもかすかに聞こえるほど大きなものだった。
彼はフレッドから「ネイサンのところで知り合ったダミアンっていうんだ」と紹介されていただけだ。
そんな事情があったなんて知る由もない。
ダミアンを奪ったのはメリンダとネイサンだが、フレッドがそのままダミアンを引き継いだようなもの。
恨みの矛先が自分達に向けられないか戦々恐々としていた。
「フォスベリー子爵夫人が母に会わなくなった理由はわかっています。家の都合によるものです。王党派に属しているし、侯爵家出身のメリンダ夫人と仲良くする方がフォスベリー子爵家にとって有益。子爵夫人の意思に関係なく、メリンダ夫人のご機嫌伺いをせねばならなくなっていたからです」
「しかし、パメラはウィンザー侯の孫娘。同じ貴族派同士だから問題は起きないだろう」
「かもしれません。ですが、幼い頃から婚約が決まっていた二人の間に割って入るのです。それに、実家も侯爵家と子爵家と差があります。みんながパメラ嬢を気遣ってご機嫌を取り、ティファニーとは距離を置くでしょう。表面上は愛想がいいのに、心の距離があるというのは辛いと思いませんか?」
アイザックは、辛い結婚生活を危惧していると伝える。
だが、その気持ちはエリアスには伝わらなかった。
「政略結婚とはそういうものだろう」
これは言葉通りだ。
ティファニーは、王家とアイザックとの関係を深める道具。
婚約者に捨てられた女を、王太子の側室として拾い上げるのだ。
むしろ、温情に満ちた判断だとすらエリアスは思っていた。
「確かにその通りかもしれません。しかし、そこに僕の事も含めて考えてみてください」
「エンフィールド公の?」
「そうです。ティファニーは、僕が辛い時期に友人として支えてくれていました。寂しい思いをさせたくはないので、僕はティファニーに付く事になるでしょう。おそらく、父も。そうなった場合、周囲がどう判断するか……」
アイザックの言葉を聞き、エリアスは何かに気付いたような表情を浮かべる。
それはウィルメンテ侯爵も同じだった。
「ティファニーにエンフィールド公とサンダース子爵という二人の実力者が付く。そうなれば、ウィンザー侯爵家との力関係が逆転しかねない」
「貴族派が二つに割れますな。いや、二つではありますが、圧倒的多数派と少数派という形となって分かれるでしょう」
ウィルメンテ侯爵の言う多数派とは、もちろんティファニーの側だ。
文官の家系でありながら、実戦で実績を残した者達の存在感は大きい。
ウィンザー侯爵は宰相ではあるが、年齢を考えればいつ引退してもおかしくない。
日和見主義者達は、若くて実力のある者達の側に流れるだろう。
その流れは腰の重い者達にも波及し、ティファニー派が圧倒的になる。
すると「側室のティファニーが産んだ子の方を次期王太子にするべきでは?」という声も出てくるだろう。
リード王国は混乱するかもしれない。
「パメラ嬢とは学院で話をしたりして仲良くさせていただいています。僕個人としては不要な混乱を起こして、彼女を困らせたくはありません。ですが、ティファニーを守りたいという気持ちがあるのも事実。きっと、僕はティファニーの友達が彼女から離れていかないように、引き止めようとするでしょう。すると、周囲には本心が伝わらず、誤解を招いてしまう可能性があります。でも、行動はやめられないでしょう。ティファニーが悲しむような状況にはしたくありませんので」
「むむむ……」
エリアスが唸る。
――アイザックとの関係を深めるための一手のせいで、王家に余計な混乱を招いてしまう。
それは考えていなかった事態だ。
実家の実力差を考えれば、ティファニーが側室になっても何も問題はおきない。
彼女を通じてアイザックと縁戚になれば、リード王国は安定すると思っていた。
――しかし、そのアイザックの力が問題になってくる。
エリアスは「ジュードほどではないにしても、アイザックも冷徹な判断をしてくれるだろう」と思っていた。
だが、辛い子供時代を支えてくれた相手の恩義に報いようとする情に厚いところを持っている。
それは評価するべきところだが、今回ばかりはよろしくない。
アイザックやランドルフがティファニーに手を貸すと、パメラとの力関係が逆転してしまう。
多少、形は違えども、ウェルロッド侯爵家で起きた混乱が王家を舞台にして起きる危険性がある。
「ハリファックス子爵達は特に何も言わなかったが……」
「それはそうでしょう。ハリファックス子爵夫妻は忠義心溢れる者達です。陛下に命じられたら、従う事しか頭にないはずです。それに、混乱が起きるとしたら僕の行動によるもの。ですから、話を聞いた僕がこうして陛下に意見を申し上げているのです」
「この話に不満があったのに何も言わなかった。もしかすると、混乱を望んでいたのか?」とエリアスに思われると、ハリファックス子爵家は貴族として少々肩身が狭いものになる。
だから「エリアスの考えに全力で従おうとしていた。王家で混乱が起きるとしたら自分の行動によるものだ」と、アイザックは祖父母を庇った。
ティファニーに関係ないところでも、まったくもってその通りである。
「忠義心溢れる者が黙すというのなら、そなたはどうなのだ? 私はそなたの事を忠臣だと思っていたのだが……」
「忠義の形が違うだけです。僕は陛下と接する機会が多く、陛下が家臣の意見に耳を傾ける器量のあるお方だと存じております。ですので、こうして異議を申し上げる事ができています。それに、今回の話には避けた方がいい事情が他にもあります」
「ほう、どんなものだ?」
「アダムズ伯爵家との約束です。ティファニーはチャールズの事を忘れられておりません。そのため、婚約を解消する話し合いの時に『卒業までは様子を見る』という事で決着しております。あちらがどうこう言える立場ではありませんが、話し合いを無視してティファニーを殿下の側室に差し出せば不快には思うでしょう。余計な火種は消しておいた方がいいと思います。側室にするにしても、そのお考えを表明するのは卒業するまでお待ちいただけませんか?」
「アダムズ伯爵家か……」
エリアスは、机を指でトントンと軽く叩きながら考え込む。
アダムズ伯爵家など些細な問題だが、まだ復縁の可能性を残している状態のティファニーを奪い取れば、貴族達の間で王家に対する悪い噂が広まるかもしれない。
強引に奪い取る価値はあったが、それも先ほどのアイザックの話でなくなった。
王家に混乱を招く可能性があるのなら、無理にティファニーを側室にしなくてもいい。
今までのアイザックの事を考えると、何もしない方が忠実な家臣として働いてくれそうな気がするくらいだった。
ここでエリアスは決断する。
「ならば、ティファニーをジェイソンの側室にするのはやめにしよう。側室にするにしても、卒業した時の状況を見てからにしよう。いやぁ、
――ティファニーをジェイソンの側室にする事を諦める。
普通にそう言うだけでは、周囲に「馬鹿な奴だ」と思われるかもしれない。
だから、あくまでも
決定であれば、決定した判断を咎められるところだ。
だが、案であれば問題点を洗い出すのは普通の事。
――自分が提案した内容の問題を早期に発見できてよかった。
そういう形で終わらせる事で、エリアスは被害を最小限に抑えようとしていた。
保身に関しては手慣れたものである。
アイザックもティファニーとジェイソンの婚約を延期させられたので、そこを突いたりはしなかった。
「いえ、ハリファックス子爵には僕から伝えようと思います。こうして反対しに来たのは僕の独断です。貴族にとって光栄な申し出を潰してしまった責任として、自分の口からちゃんと伝えたいのです」
「そうか、わかった。だが、こちらからも伝えておかねばならない。使者を出すのは明日にしよう」
「ありがとうございます。突然の来訪、申し訳ございませんでした。ウィルメンテ侯にも大変失礼な事を致しました」
「ローランドとケンドラが婚約している以上、我らは身内です。気にしないでいただきたい」
ウィルメンテ侯爵は「ローランドとケンドラの婚約」を持ち出すが、それが却ってアイザックの神経を逆撫でしているという事には気付いていなかった。
「私もかまわんよ。こうして来てくれたおかげで間違いを犯さずに済んだ。この話を知っている者達には余計な事を言わないよう言い含めておこう」
「ご配慮いただきありがとうございます。申し訳ないのですが、さっそくハリファックス子爵家に説明へ向かいたいと思います」
「行くがよい。だが、気にせずまた来るようにな」
エリアスは用件だけを言って帰るアイザックを引き止めようとはしなかった。
ハリファックス子爵に話をしておくのも重要であるし、しつこい男だと思われて嫌われるような事はしたくはなかったからだ。
アイザックを快く見送ると、エリアスは深い溜息を吐いた。
「決定として伝えていなくてよかった……というところだな」
「エンフィールド公のティファニーを心配する気持ちが予想以上に強かったですな」
「もしや、チャールズと別れたのを機に自分のものにしようとしているのではないのか? 確か乳姉弟のリサという娘も婚約者が決まっていない。幼い頃を支えてくれた者を、これからもそばに置いておきたいという気持ちがあるかのように思えてくる」
「いえ、それはないでしょう。少なくとも、リサ・バートンは違います」
エリアスの予想を、ウィルメンテ侯爵が即座に否定する。
「何か知っているのか?」
「はい。リサにはウェルロッド侯爵夫人が自ら婚約者候補を選んでいました」
「ほう、あの侯爵夫人がか」
マーガレットの事はエリアスもよく知っている。
彼女は人当たりは良いが、気前が良いとは言えないタイプだ。
ウェルロッド侯爵家に利益があるかどうかで判断するところがある。
そんな彼女が、アイザックの乳姉弟という以外の特徴がないリサのために婚約者を選んでいた。
その事実は、エリアスにとって興味深いものだった。
「私が調べた範囲では、エンフィールド公に頼まれていたらしいですね。候補者の中には私が目にかけている者もいました。将来、フレッドの片腕になってくれそうな若者です」
「しかし、結婚をしていないのだろう? リサの方に何か問題があったのか?」
「ありました。婚約者候補達を『頼りない』と言って断ったのです」
ウィルメンテ侯爵の言葉に、エリアスは首をかしげる。
「ウィルメンテ侯が目にかけるほどの者もいたのだろう?」
「ええ。ですが、それ以上の者が身近にいたせいで目が肥えてしまっていたのでしょう」
「エンフィールド公か……。その気持ちはわからんでもない」
エリアス自身、感じている事だ。
学校の成績では、オール十のジェイソンの方が総合的に上。
だが、アイザックはジェイソンとは比べ物にならないほどの実績を挙げている。
戦略の授業など、教師が「自分には評価できない」と悲鳴をあげているくらいだ。
成績を十段階で評価しているからジェイソンがいい勝負をしているように見えるだけで、上限がなければアイザックの方が上になるだろうと思っていた。
乳姉弟として一緒に育ってきたのなら、他の男を頼りなく感じてしまうのも無理はないと感じていた。
「ですので、リサが独り身なのは本人の責任。エンフィールド公は手助けをしていたくらいです。ティファニーの件も彼女の栄達ではなく平穏を望んでいるだけで、自分のものにしようとは思っておられないのではないでしょうか」
「そうかもしれんな。先代ウェルロッド侯と比べて身内に甘いというのが吉と出るか凶と出るか……」
ウィルメンテ侯爵とリサのおかげで、アイザックはエリアスにいらぬ誤解をされずに済んだ。
しかし、それはそれでエリアスに心配の種を植え付けた。
ジュードは容赦のない性格だったが、アイザックは身内に甘いところがある。
――それが、成人した時にどんな影響を及ぼすのか?
大きな失敗に繋がらなければよいのだがと、どうしても考えてしまった。
ハッキリと意見を言ってくれる忠臣には、自分だけではなくジェイソンも支えていってほしかったからだ。
「ところで、フレッドから聞いたのですが、殿下はネトルホールズ女男爵が気になっておられるそうですな」
側室の話題だったので、ウィルメンテ侯爵がニコルの事を話題に出す。
「うむ。まぁ、気持ちはわからんでもない。私もあと十歳若ければ熱を上げていたかもしれんくらいの美しさだ。ジェイソンが望むのであれば、側室として迎え入れてもいいと思っている。ティファニーほどの背後関係はないし、問題は起こさないだろうからな」
「そのようにお考えでしたら、ティファニーの話がなかった事になってよかったですな。チャールズが熱を上げたのはネトルホールズ女男爵です。パメラとティファニーの間ではなく、ティファニーとネトルホールズ女男爵との間で軋轢が生じていたところでしょう」
「むっ……」
エリアスは自分の考えが危ういものだった事に気付く。
しかし、すぐに鼻で笑い飛ばした。
「ただの一案に過ぎん。それに、エンフィールド公のおかげで延期になったから問題はない。卒業までの間に何か考えておけばよかろう」
口では強がりを言うが、エリアスは心の中でアイザックに救われたように感じていた。
----------
「――というわけで、今回の話はあくまでも陛下のお考え。決定ではなかったので、話は見送りとなりました」
王宮から直接ハリファックス子爵家に向かったアイザックは、一家にエリアスと話した事を説明する。
この話を聞いて、ティファニーと彼女の両親は驚いていた。
「側室の話は良い話ではあったけど、悪い話でもあった……。でも、考える暇もなくすぐになくなるなんて……」
アンディが「ちょっともったいない」という表情で頭を抱える。
アイザックが言った王家に混乱を招く事を考えなければ、最高の縁談だったからだ。
「
――王太子であるジェイソンの側室に選ばれた。
宝くじに当たったような感覚なのだろう。
それが即日消えてなくなったので、良い事か悪い事かを考える暇がなかった。
そのせいで、もったいないという思いが全面に出てしまっている。
「最初からなかったものだと考えましょう。ティファニーが王室で上手く立ち回っている姿なんて想像できないもの。話がなくなってよかったわ」
アンディと違って、カレンは冷静だった。
おいしい話ではあるが、ティファニーには荷が重い。
チャールズの事を引きずっているくらいだ。
政争に深く関係しないところに嫁ぐ方が、娘にとって幸せだろうと感じていた。
「ティファニー、ごめんね。殿下は格好いいし、頭もいいお方だ。王族という事を除いても、女の子から見れば魅力的な男性だっただろう。良い話を潰してしまった」
「ううん、いいの。チャールズの事もまだ忘れられていないし……。それに、卒業まで時間を稼いでくれたんだよね? いきなり側室になれって言われるのは困るから、時間を稼いでくれた事が嬉しいよ。ありがとう」
正直、ティファニーとしては複雑なところだった。
もちろん、ジェイソンの側室を延期させられた事ではない。
アイザックがどうしてそういう行動を取ったのか心当たりがあったせいだ。
「陛下に直談判とかして心証を悪くされたんじゃない?」
「これくらいたいした事はないさ。ティファニーは僕にとって大事な人だしね。こういう言い方をすると問題かもしれないけど、王室に入る事だけが幸せじゃない。ティファニーに合った生活を用意してくれる人がきっと現れるはずだ。きっとその方が幸せになれるかもしれない。それに、どうせ結婚するのは卒業後なんだから、そこまで待ってほしいというのは簡単な事だったよ」
アイザックは事も無げに言い切った。
だが、その態度が余計にティファニーに誤解させる。
「マイクもごめんな。もしかしたら、殿下をお兄ちゃんって言えるようになっていたかもしれないのに、どうなるかわからなくなっちゃった。代わりになるかわからないけど、僕の事をお兄ちゃんって呼んでいいよ。これでも公爵だからね。殿下にも負けていないよ」
「今までもアイザックお兄ちゃんって呼んでたよ」
「なに言ってるの」という感じにマイクが笑う。
アイザックも「そういえばそうだった」と、馬鹿な事を言ったと明るく笑う。
二人が笑っているので、他の者達の表情もだんだんと和らいでいく。
そんな中、ティファニーだけがなぜか緊張で顔をこわばらせ、真っ赤に染めていた。
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