第277話 研究所の案内
ジークハルトが王都にまで来たのは「なんだか面白そうだ」と思っただけではない。
ちゃんと他にも理由があった。
その理由とは「アイザックにプレゼントを渡したい」というものであった。
ついでに、褒美用にと頼まれていたマットとトミー用の鎧も持ってきてくれていた。
ドワーフ達が細かい調整をしながら、皆に鎧を着せている。
「気に入ってくれたかな?」
「ありがとう。
彼のプレゼントとは、アイザック用の重厚な鎧だった。
だが、アイザックがイマイチ喜んでいないのには理由があった。
「でも、僕には扱いきれないかな。この鎧はドワーフ用に調整しているんじゃないの?」
そう言うアイザックの足は、プルプルと震えている。
みんながどんどんと着せていくから言い出せなかったが、途中から膝の骨が砕けそうな気分になるくらい立っているのが辛かった。
あまりにも重くて、一歩も動きだせそうにない。
マットとトミーの鎧一式は動きやすそうなので、アイザックがひ弱過ぎるというだけではなさそうだった。
「そりゃあ、アイザックのためだよ。戦争に行って、死にかけたんだよね? だったら、それくらい頑丈な鎧を着てなきゃダメだよ! 自分の価値をちゃんと考えなきゃ。君が死んだら人間の――いや、世界の損失だよ!」
「そんな大袈裟な……」
世界レベルの話というのは、アイザックには信じられなかった。
だが、ジークハルトにとっては違う。
「大袈裟なんかじゃないよ! 君の発想力は停滞した技術に革新をもたらしている。その頭脳は世界の宝と言っても過言じゃない! その事を自覚した方がいいよ!」
アイザックは、ネジやバネなどの小物から蒸気機関まで、幅広く新しいものを作り出している。
今まで誰かが思いついていそうで、思いついていなかったものだ。
そこに気付き、完成形にたどり着くまでに、どれだけの時間と費用がかかるのかわからない。
あっさりと答えにたどり着くアイザックの存在は、ジークハルトにとって何よりも代えがたいものとなっていた。
「その通り。エルフと人間、ドワーフと人間の友好の懸け橋になっているんだ。自分の身を大切にしてくれないと困る」
彼の言葉に、クロードも賛同する。
彼は目の前でアイザックが真っ二つになったところを見ているので、さらなる用心をしてほしかった。
「わかっていますよ。でも、この鎧じゃあ、戦うどころか逃げる事すらできませんよ」
「戦う」と言ったのは、ささやかな見栄だ。
アイザックも命を無駄にしているつもりなどなかった。
むしろ、大切に思っている。
だからこそ、こんな逃げる事もできない鎧など着ていたくはなかった。
「でもさ、その鎧だったら人間の武器なら全部跳ね返すよ。ドワーフ製の剣や槍も跳ね返すくらい頑丈だしね」
「身動き取れなかったら、兜を脱がされたりして防げないまま殺されちゃうよ。それに、魔剣で切られたから怪我をしたんだ。心配してくれるのは嬉しいんだけど、僕もマット達みたいに動きやすそうな鎧の方がいいな」
「えっ、魔剣? まだそんなの残ってたんだ」
アイザックが普通の剣や槍で怪我をしたのではなく、魔剣によって負傷したと聞き、ジークハルトの様子が変わる。
「なら、この鎧でも無理だね。動きやすい鎧で躱した方がいいかもしれない……。また新しい鎧を用意しておくよ」
「ありがとう。そうしてくれると助かるよ」
アイザックはホッとした表情を見せる。
これは「やっと鎧を脱げる」と思った事が大きい。
今にも倒れてしまいそうなほど辛い。
倒れ込んで、皆にみっともない姿を見せたくはなかった。
「この鎧もあげるから、着こなせるように慣れてくれると僕も安心できるかな」
「……善処するよ」
この重い鎧を着こなせるようになる頃には、さぞかしムキムキになっているはずだ。
アイザックは頭の中で「人類を抹殺するためにカリフォルニア州知事にまでなった未来の殺人マシーン」のような体になった自分の姿を想像する。
(この世界には、絶望的なまでに似合わない……)
逞しい体になってみたいが、この世界には似合わないアンバランスな体付きになってしまう。
心の中で「この鎧は大切に保管しておこう」と固く決意する。
「ところで気になっていたんだけどさ。ジークハルトって人間の女の子にも興味あるの? ニコルさんに興味を持っていたみたいだけど……」
アイザックは鎧を脱がせてもらいながら、この機会に一歩踏み込んだ質問をする。
ジークハルトの答え次第で、今後の行動に修正が必要になるかもしれない。
どのような答えが返ってくるにせよ、早めに聞いておかねばならなかった。
ジークハルトはニコルの事を思い出したのだろう。
ウットリとした表情を見せる。
「そりゃあ、綺麗な人は嫌いじゃないよ。彼女の美しさは、種族の壁を超えた美しさだしね。剥製にして持って帰りたいよ」
「はぁ!?」
とんでもない事を口にしたジークハルトに、アイザックは顔を大きく歪めて驚く。
驚いたのはアイザックだけではなかった。
ドワーフ以外の者達が、それぞれ違った反応を見せて驚いていた。
その反応を見て、失言だったと気付いたジークハルトが、慌てて言い訳をする。
「違うよ。猟奇的な趣味があるってわけじゃない。ただ、あの美しさをいつまでも残しておきたいなって思っただけだよ」
「それは十分ヤバイと思うけど……」
――ドン引きである。
だが、同時にアイザックは安心もしていた。
(一人の女としてじゃなくて、絵画とか彫刻とかと同じ。芸術品としての美しさに見惚れていたって事か。……それはそれで怖いけど)
対象がニコルとはいえ、さすがにジークハルトの考えに同意はできない。
言葉が通じる相手だったとしても、やはり種族の違いというものを嫌でも思い知らされる。
(こういうのが積み重なって、二百年前の戦争になったりしたのかもしれないな……)
言葉が通じるし、考え方も基本的には似ている。
だが、だからこそ「根本的なところが違う」と感じた時に「相容れない存在だ」と嫌悪感を抱いてしまうのかもしれない。
ここまで酷いのはジークハルトだけなのかもしれないが、今後はこういうところを含めて、常識をすり合わせていかなくてはならないだろう。
今はそこまで手が回らないので、大使と接する外交官に任せる事にするしかなかった。
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ウェルロッド侯爵家の屋敷に彼らが集まっていたのには訳がある。
みんな一緒にグレイ商会の研究所に行くためだ。
ドワーフだけではなく、エルフ達も研究に興味を持ったので、揃って見学に行く事になった。
これも人間の文化を知ってもらう機会だと思えば、良い機会である。
(問題は、会わせる相手がピストってところかな)
先ほどのジークハルトの発言ほどではないが、ピストも方向性が違うヤバイ男だ。
研究成果を見せるのはいいが、できればピストとは会わせたくない。
だが「開発者に会いたい」と、誰だって思うはず。
会わせない理由を説明しても、きっと納得してくれないだろう。
仕方がないので、全力でフォローするつもりだった。
グレイ商会に到着すると、商会員一同の出迎えを受ける。
前回同様、手が空いている者総出のようだ。
アイザックは馬車から降りると、支店長に微笑みかける。
「お疲れ様。用意はしておいてくれた?」
「もちろんですとも。ゼンマイのおもちゃの完成品やパーツを用意しております。どうぞ、皆様こちらへ」
アイザックの言う用意とは、ゼンマイを使ったおもちゃを人数分用意する事だった。
支店長の案内により、食堂へと案内される。
会議室でも二十人くらいは入れるが、おもちゃのパーツを広げられるほど机が大きくない。
さすがに客人を地べたに座らせる事はできないので、広くてテーブルも確保できる食堂が選ばれたのだった。
食堂に着くと、ピストが皆の前に出る。
これから説明を始めるのだろう。
こういう時には、一応教師だったという過去が窺える。
――だが、ピストが説明する前に、ジークハルト達が動いた。
「これがゼンマイバネか!」
分解されているおもちゃを見て、一つだけ見慣れない部品を見つけると、すぐにその部品にドワーフ達が群がった。
ゼンマイバネを引っ張ったり、振ったりするなど、思い思いのやり方で動きを確認する。
「なるほど! バネはこういう巻き方でも動くのか!」
「引っ張る事で押す力を蓄えているのか?」
「長さや太さ、素材を変える事で色々と工夫ができそうだな」
ドワーフ達は技術的な仕組みに興味を惹かれているようだった。
だが、エルフは違った。
「確か、こうやって車輪を押し付けながら引っ張るんだったな。おっ、動いた」
「魔法を使わずに動くって凄いわね」
「お土産に持って帰りたいな」
彼らはどんな原理で動くかよりも、できあがったものに興味があるようだ。
生産者側と消費者側という立場の違いが、興味の持ち方として現れているのだろう。
彼らが満足するまで、アイザックはしばらく様子を見る事にした。
(護衛の騎士達も興味を持っているようだし、おもちゃを売り出したらヒットするかもな)
アイザックは、前世で遊んだ事のある小さな自動車のおもちゃを思い出した。
あれもかなり売れていたはず。
前世のおもちゃと違い、耐久性に不安があるので、乱暴な扱いをする子供向けとは言えないのが残念なところだ。
おもちゃやパーツを一通り見て楽しんだあと、ドワーフ達がピストに群がる。
「作ったのは君かぁ。こういう発想ができるのは素晴らしいぞ」
「あ、ありがとうございます」
ピストも、さすがに初めて見るドワーフ達に取り囲まれて戸惑っている様子だった。
根本的には似たような者でも、やる側に回るのとやられる側に回るのとでは勝手が違うようだ。
ジークハルトがアイザックに駆け寄る。
「凄いよ! バネの形を変えただけで、新しいものができあがるなんて。これなら、あの人が作った蒸気機関も期待できるね!」
「えっ、あぁそうだね……」
(しまった! 見せる順番を間違えた!)
蒸気機関の方は、前回アイザックが見た時と同じものしかない。
おそらく、ドワーフも似たようなものを開発しているだろう。
ゼンマイバネの目新しさのあとで見せるようなものではなかった。
先に与えたインパクトが強い分、失望も大きくなると思われる。
(楽しみにしていたからって、先に見せるんじゃなかったな……)
サービス精神だけではいけない。
アピールしたいものは、より良い印象を与えられるようにするべきだったと、アイザックは後悔する。
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「ふむ。まぁ、人間の技術だとこんなものか」
蒸気機関を見せると、大人のドワーフが見てわかるほど露骨にガッカリする。
ゼンマイバネの時とは大違いだ。
「わしらは煙突部分を伸ばして蒸気を受ける羽根の部分を増やしたり、蒸気が勢いよく噴き出すようにパイプの太さを変えて試したりしておる。人間はまだこの段階なのか……」
「人間のアイデア自体は素晴らしいものだ。しかし、それを実現する能力には不足しているようだな」
ドワーフ達は、蒸気を無駄にしないように工夫をしているらしい。
まだ基本的な部分しかできていない蒸気機関を見て、人間の技術から学ぶ事がない事に失望している。
だが、それは間違っていた。
ピストの作った蒸気機関は、彼らとは違う方向性で進化を遂げている。
「それでは、こちらもご覧ください」
ピストが合図をすると、商会員達がシートを取り外して、もう一つの蒸気機関を動かせるようにする。
パッと見は同じようなものだったので、ゼンマイバネの時のような興奮は起きなかった。
何とも言えない沈黙が訪れる。
――気まずい沈黙の中、最初に違いに気付いたのはブリジットだった。
「こっちは全然湯気が出てこないわね」
「あっ、本当だ」
二つ目の蒸気機関は、一つ目のものと違って、もうもうと蒸気が吹き上がったりはしなかった。
なのに、風車の羽根のようなものが回って風を送り届けている。
彼らの反応を見て、ピストが「やった!」とほくそ笑む。
「蒸気機関というものは、その性質上大量の水を必要とします。その欠点をなんとかできないかと、蒸気となった水を再利用できないか試したものがこちらになります。蒸気が通るパイプ部分を水槽に通し、蒸気を水に戻す事によって水の消費量を減らそうとしております」
実験の目的を話すピストの姿は、元教師らしいものだった。
彼の背後でプシューと蒸気が噴き出す音が聞こえた。
「あちらは蒸気の逃げ場となっている安全弁と呼んでいる部品です。原理はわかりませんが、水よりも蒸気の方が広い場所を必要とするようです。蒸気の逃げ場がないと、内側からの力によってパイプに亀裂が入ったりしてしまい、蒸気機関自体が壊れてしまいます。そのため、蒸気が一定量を超えると外に逃がす安全弁を考案しました」
「ほほう」
ドワーフ達が興味深そうに安全弁を見つめる。
さすがに蒸気が噴き出すので近づいて見たりはしないが、その動作に興味を惹かれたようだ。
これを予期していたのか、ピストは安全弁に使っているパーツを商会員に配らせる。
「なるほど、バネを使っているのか。確かにこれなら材質を変えて一定の力で動くように調整ができる」
「人間は効率的な蒸気の力の使い方ではなく、効率的な運用の方に力を注いでいるのか」
「その通りです」
ドワーフ達にどのような評価を受けるのか、ピストも不安だったようだ。
ある程度研究の方向性を理解してもらえて安心したようだ。
一方、エルフ達はあまり興味がなさそうだ。
それもそのはず、風を起こすのなら魔法を使えばいいだけ。
蒸気機関の価値を感じられなかったせいだ。
ブリジットなど、近くにいたエルフの大人をバネでペチペチと叩いて「痛いだろ」と本気で怒られているくらいだ。
アイザックはエルフ達を見て「便利な魔法が使えるから、科学に興味がないんだろう」と、改めて思い知らされた。
「安全弁に使っているバネは、結構固いものです。ここで私は考えました。この固いバネを押し上げるだけの力が蒸気にはある。この力を何かに使えないかと」
ピストの話にドワーフ達が耳を傾ける。
どうやら、安全弁を採用した蒸気機関のおかげで、彼の言葉を一聞の価値ありと思ってくれるようになったらしい。
ドワーフ達が興味を持ってくれているとわかって、ピストが喜ぶかと思われた。
しかし、彼はなぜか悲しそうな顔をする。
「ですが、残念な事にそれはできませんでした。エンフィールド公は十分な支援をしてくださっておりますが、大きな力を得ようとすれば、どうしても避けられない壁があります。それが、鉄の品質です」
――アイデアがあっても、それを実現できる技術力がない。
これはピストでは解決できない分野だ。
だからこそ、彼はドワーフに訴え出る事で問題を解決しようとしていた。
「蒸気機関は、ほんのわずかの隙間があっても成り立ちません。ですが、大きな力を得ようとすれば、パイプや接合部が蒸気の圧力に負けて破損してしまいます。これ以上の発展は、頑丈な部品がないと望めません。ドワーフの方々が使っている鉄があれば、また違ってくるのでしょうが……」
ピストはチラリとドワーフ達を見る。
彼の姿を見て、アイザックは気付いた。
(あっ、こいつ。また芝居してやがるな!)
アイザックは忘れていない。
――入学初日、さり気なくアイザックを科学部に入部させようとしていた事を。
あの時も申し訳なさそうな顔をして「わかった」と、つい言ってしまいそうな雰囲気を作り上げていた。
ドワーフの協力が欲しいから、また芝居をしているのだろうとアイザックは感じ取った。
そして、その考えは正しかった。
これはピストが教師生活で身に付けた技術だった。
科学研究は金がかかる。
だが、その価値は公には認められていない。
「そういう知識もあったらいいね」くらいで、予算は最低限に抑えられていた。
そんな状況だったからこそ、予算を少しでも多く得るために身に付けたのが、この技術である。
彼も彼なりに必死だったのだ。
そんな悲しい技術も、アイザックには「やりやがったな、こいつ」としか受け取られなかった。
日頃の行いというのは大切である。
しかし、普段のピストを知らないドワーフ達には効果的だったようだ。
ジークハルトがアイザックに尋ねる。
「ねぇ、前に製鉄に関する技術を教えていたよね? あれはどうなったの? 鉄を回してあげられないの?」
「あれはまだ実験段階にすらなってないよ。石炭を加工する工房を作って、そろそろ作り始めるかというところだったと思う。本格稼働するには、まだ時間がかかると思うよ」
「そうなんだ……」
スピード優先ならすでに稼働していただろうが、せっかくドワーフから技術供与してもらったのだ。
他の国に盗まれないように、最大限の注意を払いながら工事をしている。
工房で働く者も、家族と共に周囲から隔離されて新しい住居に引っ越しをさせられていた。
情報が漏れにくくするために、外部との接触を最低限にするためだ。
そのため、どうしても稼働するまでに時間がかかってしまっている。
目先の一日よりも、今後の十年先を考えての行動だった。
これにはアイザックの目論見も関係している。
炭鉱やコークス作りの工房作りが長引けば長引くほど、王家の経済に負担をかけられる。
王家の財力を減らす事ができれば、その分だけ自分が有利になる。
逆に早く完成してしまえば、財政が潤って王家の力も増すかもしれない。
情報漏洩の防止だけではなく、三年後を見据えての嫌がらせでもあった。
「じゃあ、予算も用意するし、素材や職人もこちらで用意するから、共同研究っていうのはどう?」
ジークハルトが目を輝かせて、アイザックに提案する。
これは本来なら、いつか
ちょうどウェルロッド侯爵領は、ノイアイゼンと国境を接している。
国境付近の街に共同研究所を置いて、アイザックのアイデアを実現していくのが彼の夢だった。
とはいえ、今のアイザックは立場がある。
なので、研究員として人生を過ごす事ができないという現実を突きつけられ、夢を諦めかけていた。
だが、良い代役を見つける事ができたので、ジークハルトは共同研究の提案をした。
リード王国の要人にピストの名前はなかったはず。
「彼ならば」と思うのも無理はなかった。
「うーん……」
しかし、アイザックは悩む。
ピストが目で「絶対にやりたい!」とアピールしてくるのが鬱陶しいが、アイザックにはアイザックなりの考えがあった。
「ダメかな?」
「いや、良い話だから引き受けたい。引き受けたいところだけど……。あと半年ほど待ってくれないかな?」
「半年? 何か理由でもあるの?」
「うん、まぁちょっとね」
アイザックが渋ったのは、クランの事だ。
彼女はピストに好意を持っている様子だった。
今から離れ離れになってしまっては悲しむだろう。
それに、遠距離交際で年の差婚というのも上手くはいきそうにない。
卒業時に近くにいて、クランの両親と顔を合わせられる状況にしておいた方が結婚の話は上手く進められるはずだ。
だが、アイザックもクランの事ばかり考えているわけではなかった。
一番大きな問題は、ニコルの存在である。
ピストがニコルと会って、惚れられてしまっては将来の妨げになるかもしれない。
独身のままだと「嫁探しに」と王都に来る可能性もある。
クランと結婚し、ノイアイゼンに近いアルスター辺りに引きこもっておいてくれた方が、アイザックも安心できるという理由があった。
「半年だけ待ってよ。それに、アルスターかザルツシュタットに研究所を作るにしても時間はかかるだろう? 今すぐにと急ぐ必要もない。結論を急ぐ必要はないよ」
「それはそうだけど……」
ジークハルトは、理解をしているものの納得ができないという様子だった。
ピストと共に、どんどん新しいものを開発していきたいと思っていたからだ。
代わりに、アイザックに何かを求めるような目をする。
「そういえば、アイザックは今回何かアイデアはないの? あったら、それで我慢できると思うんだけど」
ジークハルトの言葉に反応して、他のドワーフ達とピストが目を輝かせてアイザックを見る。
面白い発想をするだろうという期待の目だ。
(あっ、やべぇ。何も考えてなかった……)
最近は勉強会など、学校関連にかかりっきりで、ドワーフ向けのアイデアを考える余裕などなかった。
だが、ここで「何もないよ」と答えるとガッカリされそうで怖い。
「面白い事やってよ」と無茶振りをされた芸人のような心境になっていた。
「ファーガス、紙とペンを」
アイザックは傍に控えていたファーガスに声をかけると、彼はすぐに紙とペンをアイザックに差し出した。
心の中で「ゆっくり出してくれたらよかったのに」と、素早い行動をした彼を呪う。
(そうか、紙か)
アイザックは紙を見て、一つアイデアを思い付いた。
「背中を貸して」
「はっ、かしこまりました」
意味の分からない命令にも、ファーガスは二つ返事で応える。
アイザックは、彼の背中を借りて紙を折り始めた。
作っているのは紙飛行機だ。
さすがにこれくらいは、いちいち思い出さなくてもすぐに思い出せる。
できあがると、右手に持ってジークハルトに語り掛ける。
「鳥はなぜ飛べるのか? 人はなぜ飛べないのか? そう疑問に思った事がある。君はないかい?」
「翼がないから飛べないんだよね」
「そう翼がないからだ」
よく考えながら話しているので、アイザックはたどたどしい言葉になってしまう。
それでもめげずに頑張って言葉を絞り出す。
「なら、翼を作ればいいんじゃないか? 風に乗る事ができれば、人間だって飛べる。僕はそう思った」
アイザックは紙飛行機を飛ばす。
そう、アイザックは
距離は三メートルほどだったが、誰が見ても
「翼があれば飛べる。でも、それは難しい事だ。だから、僕はどうすればいいのかを考えている」
必死に言葉を絞り出しているだけだが、周囲の者にはアイザックの言葉が詩を朗読でもしているかのように聞こえていた。
これもイケメンボイスのおかげである。
ジークハルトが、アイザックの投げた紙飛行機に駆け寄った。
「なるほど……。確かに、時間がかかりそうな事だね」
アイザックがやったように、ジークハルトも紙飛行機を飛ばす。
人が空を飛べないというのはわかりきった事だ。
だが、アイザックはその常識を打ち破ろうとしている。
「やはり、アイザックは面白い事を考えるな」と、ジークハルトは思っていた。
「ある程度の形になれば教えられるかもしれない。だから、もう少し待っていてくれるかな?」
「わかったよ。でも、これの作り方だけでも教えてくれない? みんなも興味があるみたいだしね」
アイザックが周囲を見回すと、紙飛行機にドワーフだけではなくエルフも興味を持ってくれたようだ。
紙飛行機に視線が釘付けになっている。
空を飛ぶというのは魔法でもできない事。
新しい体験に、興味が湧いたのだろう。
「わかった。紙は……、あるみたいだし、みんなで作ってみようか」
アイザックにしてみれば、前世で作り慣れた紙飛行機などよりも蒸気機関の方が興味深い。
しかし、他の者は紙飛行機の方が興味を惹くらしい。
その場しのぎで作った物だったが、意外と好評だったので、世の中何がウケるのかわからない。
(暇な時にでも、子供向けのおもちゃを何か思い出してみるか)
意外なものが、意外な物理法則で動いていて、それがピストのインスピレーションを刺激してくれるかもしれない。
「とりあえず、くだらないと思うものでも紙に書き留めておこう」と、アイザックは思っていた。
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