第259話 友人達への協力要請

 翌日、謹慎していたアイザックのもとをレイモンド達が訪ねてきた。

 彼の他にはポールとカイという、いつものメンバー。

 その他にルーカスもいた。

 彼らを自室に招くと、人払いをした。


 レイモンドはルーカスの事を知っているが、ポールとカイはよく知らない。

「アイザックのクラスメイトで友達らしい」というだけだ。

 彼と話した事はあるし、自己紹介をした事もあるが何となくぎこちない関係。


 ――友達の友達。


 それがルーカスに持っている印象だ。

「これからティファニーの事に触れるのに、この場に同席させていいものだろうか?」と思っていた。


「先生にテストを渡してきてって頼まれたから、先に渡しておくよ」


 レイモンドが通学カバンの中から答案用紙を取り出して、アイザックに渡す。


「ありがとう。……でも、友達にテストの点を見られるのはなんだか恥ずかしいな」

「どうせ100点っていうのはわかっていたろ」


 ポールのつっこみに、他の者達も「そうだ、そうだ」と同意する。

 廊下に貼り出された点数は満点。

 今更、点数を見られるのを気にすることはないし、恥ずかしい点数でもない。

 アイザックが恥ずかしいのなら、自分達はどうなのだと責め立てる。


「わかった、悪かったよ。ところで聞きたい事があるんだけど、ティファニーの様子はどうだった?」


 アイザックは話を変えようとして、気になっていた事を尋ねる。

 この質問には同じクラスのレイモンドが答えた。


「今日は休んでいたよ。昨日の事があったばかりだし、気持ちはわかるけどね」


 レイモンドの答えは、ある程度予想していたとはいえ悲しいものだった。

 昨日のうちにハリファックス子爵家に早馬を送ったが、使者が帰ってくるまでには時間がかかる。

 電話どころか、電報すら送れないこの時代。

 どうしても遠距離と連絡を取るのにタイムラグが発生してしまう。

 前世のように電話やインターネットといった、遠方と連絡が取れる手段の早期開発が望まれる。


「あのさ。ティファニーさんの事を話すのなら、その……。まずいんじゃないか?」


 ポールがルーカスをチラリと見て言った。

 昨日の出来事は非常にデリケートな問題だ。

 ティファニーだけではなく、アイザックにとっても。

 だから、どこまで信用していいのかわからないルーカスに、余計な情報は与えない方がいいのではないかと思ったからだ。


「いや、彼は大丈夫だ。むしろ、みんなにルーカスとの話を聞かれる方がまずいくらいだ」

「な、なんだって!」


 三人が顔を見合わせる。

 特にレイモンドなどは「ルーカスもアイザックに会いに行きたい? 貴重なアイザックの男友達だからいいか」と思って連れてきただけだ。

 彼と重要な関係があるなどとは考えもしなかった。

「いったい何者だ?」という視線で三人はルーカスを見る。


「ルーカス、君のように動いてくれる者が僕にも必要だ。いい機会だから、彼らにも事情を話したい」

「そうですね……。手数は必要でしょうし、エンフィールド公が信頼されている方々なら大丈夫だと思います」


 ルーカスはアイザックの考えに同意した。

 エンフィールド公と呼んでいるのは、他の者達に重要な案件に関わる事になると知らせるためだ。

 アイザックは三人の顔を一人ずつ順番に見つめる。


「どうだろう? ここからの話は覚悟が必要だ。場合によっては僕と共に処罰される事にもなるかもしれない内容だ。ただし、上手くいった時には協力者として」


 そこまで話すと、アイザックは紙と筆記用具を用意する。

 かつてジークハルトから貰ったナイフと共に。


 まずはアイザックが紙に――


・アイザックが何をしようとしているのか理解したうえで、協力する事を誓います。

・内容に関して誰にも漏らしません。

・漏らした場合はいかなる処罰も受け入れます。


 ――というような内容の文章を書いた。


 それを三人の前に差し出す。


「非常に重要な話だ。関わる覚悟があるのなら名前を書いて、その隣に血判を押してくれ。内容はそのあとに話す」


 西洋風の世界だが、あくまでも西洋

 血判状は文化として広まってはいないが、知識としてはある。

 アイザックは友人達に「覚悟を形に残せ」と要求した。

 口約束だけでは、ルーカスも不安だろう。

 アイザック自身「彼らをどこまで巻き込んでいいのだろうか?」という思いがある。

 本人の意思を聞き、本人の意志で同意してくれれば助かるところだった。


 ここで真っ先に動いたのは、意外な事にカイだった。

 とはいえ、彼には行動するだけの理由がある。

 ポールやレイモンドと違い、彼はアイザックと反目していた。

 戦争で手柄を立てたので仲直りできたが、それでもまだアイザックの信頼を得るには足りないと感じている。

 誰よりも早く行動する事で、アイザックの信頼を他の者達と同じくらいまで高めようと考えていた。

 カイは名前を書くと、ナイフを抜いて自分の指に押し当てる。


「お、おい」


 ポールが止めようとするが、カイはためらわずに指を傷つけた。

 そして、血を親指に塗り広げて書面に押す。

 こういう時にためらうかどうかの差は大きい。

 ためらいのない姿をアイザックに見せる事で、少しでも多くの信頼を得ようとしていた。


「ポール。話を聞いてからサインしたいんだろうが、話を聞く事自体が機密に関わる事になる場合もある。覚悟がないなら立ち去った方がいいぞ」


 カイが傷口を舐めながらポールに言った。

 アイザックから薬を受け取り、傷口に塗る。

 この薬はクロードが「お前は危なっかしいから持っておけ」と作ってくれた傷薬だ。

 塗るとすぐにカイの傷が塞がっていく。


「ち、違うよ。今、そのナイフ使っただろ。お前だってそのナイフの価値くらいわかるだろうにさ。こんなに立派な芸術品を使うなんてもったいない……」


 ポールがカイを止めようとしたのは、アイザックが持ち出したナイフがあまりにも立派だったからのようだ。

 しかし、もう使ってしまったものは仕方がない。

 ポールも名前を書き、血判を押した。

 自分の指を傷つける時にも「うわぁ、もったいねぇ……」と呟いていた。


 皆が血判を押す流れだった中で、レイモンドが血判を押すのをためらった。

 指にナイフを当てたまま、動きが止まっている。


「……なぁ、ポール。お前の血を使わせてくれよ」


 どうやら自分で傷つけるのが怖いようだ。

 すでに傷ついているポールの血を使わせてもらおうとしている。


「それくらいパパッとやれよ」

「あぁっ!」


 ポールがナイフを押すと、切っ先がレイモンドの指先に刺さる。

 指先からはジワリと血がにじみ出てきている。

 裁縫中に指を刺してしまった時のような極少量の出血。

 それでもレイモンドは泣きそうな顔になっていた。

 しかし、傷ついてしまったものはしょうがない。

 指先を揉みほぐして出血を促し、ある程度血が出たところで指に塗り広げて血判を押す。


「薬を、早く薬を!」

「それぐらいで死にはしないって」


 自分の指に薬を塗り終わったポールがレイモンドに容器を渡す。


「そちらにも周囲に広めてほしくない話があるようですので、誰にも言わないという意思表示のために僕も書かせていただきます」


 三人が血判を押して覚悟を示したので、ルーカスも「やる」と申し出た。

 これは今言った通りの理由もあるし「みんなと同じ事をした」という事で仲間意識を作ろうという考えでもあった。

 これからアイザックと付き合っていくのなら、レイモンド達と親しくなっておいた方がいい。

 その方がスムーズに物事が動くし、ルーカス自身の将来にも大きなプラスとなる。

 卒業後にウィンザー侯爵家で働く以上、人脈は広いだけではなく深い方がいい。

 アイザックの友人達と仲良くなるきっかけになるのなら、指を傷つけるくらいどうという事はなかった。


「ありがとう。そうしてくれるかい」


 アイザックはルーカスにも署名と血判をしてもらう。

 その方が後々のためにもなるからだ。

 彼が血判を押すのを確認すると、アイザックは話を進める。


「さて、まずはルーカスの事を話そうか。彼とはネトルホールズ女男爵の件で協力関係にある」

「ニコルさんの?」


 レイモンド達は顔を見合わせる。

 アイザックがニコルの事に関わっている事もだが、ルーカスと協力関係にある・・・・・・・というところが気になったからだ。

 もし、アイザックがニコルに接近したいのなら、ルーカスに頼むような真似をしなくてもいい。

 普通に話しかければ笑顔で対応してくれるはずだ。

 なのに、協力関係にあると言う。

 彼らは何やらややこしい事に関わってしまった気がしていた。

 アイザックは彼らの反応を気にせず話を続ける。


「ニコルさんの魅力は広い範囲に影響を及ぼしているのは気付いているよね?」

「確かに俺のクラスメイトにも取り巻きみたいになっているのがいるな」

「中には婚約者持ちもいるぞ」


 カイとポールが答える。

 特にポールの方は「婚約者がいるのに何やってるんだ」という思いを表情で語っている。


「そう、婚約者持ちにも影響を与えている。もちろん、それを危惧している人もいる。僕はその人に協力をしているんだ」

「婚約者持ちで、ニコルさんを危惧している人って……。あっ!」


 レイモンドが最初に反応すると、続けてポールとカイも気付いたようだ。


 ――ルーカスはウィンザー侯爵家傘下の人間。


 それだけで、誰がアイザックに協力を依頼したのかを察した。

 大勢の男子生徒がニコルに興味を持っているのは周知の事実だ。

 その中にジェイソンも含まれているという事も噂されている。

 ならば、導き出される答えは一つ。


 ――パメラ・ウィンザーによる協力依頼だ。


 ジェイソンまでも魅了する絶世の美女ニコル。

 彼女の存在を脅威に感じてもおかしくない立場である。

 万が一にもジェイソンがニコルに傾倒してしまっても、婚約を解消したりはしないだろう。

 ニコルを側室にしておしまいだ。

 だが、レイモンド達は、全員がルシアとメリンダの時の事を思い出してしまった。


 前もって婚約しているかどうかの差はあるが――


 一番に愛する爵位の低い家出身の妻と、次に愛する爵位の高い家出身の妻。


 ――この組み合わせはまずいという事を考えてしまう。


 アイザックという前例が身近にいる以上、今度は国家ぐるみで混乱が起きるのではないかと心配になる。

 それは彼らにもよくわかった。

 パメラがアイザックに助けを求めたという事からも、彼女がニコルの存在をかなり危険視しているという事が窺える。


「その顔だと誰が僕に協力を頼んだのか察したようだね。おそらく予想は合っていると思うよ。僕はニコルさんの魅力に危険を感じたとある人物に頼まれて協力している」


 アイザックは、パメラの名前をあえて出さなかった。

 明言しなければ、誰かが裏切った時に彼女にまで類は及ばない。

 存在を匂わせただけで、アイザックが独断でやった事にもできるからだ。

 ティファニー以上にパメラは大切な相手。

 万が一に備えておくことは必要な事だった。


「協力ってどんな事をしているんだ?」

「例えば、ニコルさんの興味を他の男の子に逸らそうとしたりするとかだね」


 実際はフレッドの事もニコルが勝手に動いただけで、アイザックは情報収集を中心とした活動しかしていなかった。

 だが「事態を注視していた」というだけでは格好がつかない。

 少しだけ格好をつけようと思って、そのように言った。

 しかし、それは間違いだった。


 ――興味を逸らす・・・・・・


 その部分が余計だったのだ。


「ま、まさか。チャールズをニコルさんに差し出して、目的を達成しようとしたんじゃ……」


 レイモンドが信じられないものを見る目でアイザックを見る。

 もし、チャールズをニコルへの生け贄に捧げたのであれば、アイザックは二つの目的を達成した事になる。


 ――ジェイソンからニコルを遠ざける。

 ――そして、チャールズをティファニーから引き離す。


 一度の行動で複数の目的を達成している。

 実にアイザックらしいやり方だ。

 昨日の出来事も計算尽くだったというのであれば、アイザックを見る目も変わってしまう。


「違うよ! 僕が考えていた相手はフレッドだ。フレッドなら婚約者もいないし、容姿や家柄も問題ない。きっと気に入ってくれると思って、興味を持たせようとしていたんだよ」


 アイザックも「チャールズをティファニーと別れさせた原因」と思われている事に気付いた。

 そのため、即座に否定する。

 彼らの考えがティファニーに知られてしまうと軽蔑されてしまう。

 自分がやった事ならともかく、やってもいない事で嫌われてしまうのは絶対に避けたかった。


「フレッドくんか……。確かにニコルさんといるところを見かけるな」


 カイがフレッドを思い浮かべながら呟く。

 アイザックの言う通り、彼も所属している戦技部でニコルと一緒に練習している姿を見かける。

「同じ部活動に入ったから、きっと勝負だって絡んでくるんだろうな」と思っていただけに、ニコルが相手をしてくれて助かっていた。

 フレッドがニコルに興味を持っているように見えるのは事実。

 それはカイの目からみても確かなものだった。


「良い選択だったと思うよ。フレッドくんなら、ニコルさんと婚約しても嫉妬による嫌がらせはないだろうしね」


 それは同じく戦技部に入っているポールも同感だった。

 彼はニコルがフレッドの婚約者になった場合の事を考えての賛同である。

 もし、力のない男爵家や子爵家の男の子がニコルと婚約した場合、嫉妬で周囲からイジメに遭う可能性が高い。

 だが、フレッドは違う。

 侯爵家の嫡男であり、学年では戦闘技術も高い方だ。

 誰もフレッドをイジメようとはしない――というよりも、できないだろう。

 ニコルと婚約させるには最適な相手だった。


「でも、それはアイザックでもよかったんじゃないか? ニコルさんみたいに可愛い子なら公爵になったアイザックでも釣り合うと思うけど」


 レイモンドがアイザックに質問する。

 これには「誰だってニコルのような可愛い女の子と結婚したいという気持ちがある」という考えがあったからだ。

 アイザックは嫌そうな顔をした。


「僕はニコルさんが好みじゃないから……」

「あぁ、そういえばそうだった」


 あまりにも衝撃的な話をしていたのでレイモンドは忘れてしまっていた。


 ――アイザックの美的感覚がおかしいという事を。


(そういえばそうだよな)

(ティファニーさんみたいな地味な女の子が好きだったら……)

(正反対のニコルさんが好みじゃないというのも理解できる)


 三人はアイコンタクトで会話をした。

「ニコルに興味がないのは、ティファニーの事が心に強く焼き付いていたから」と、アイザックがニコルに興味がないのも納得できた。

 ただのブス専というわけではなかった。

 彼らはアイザックの美的感覚が少しはマシだったのだと思い直す。


(なんだろう。なんだか馬鹿にされているような気がする……)


 なんとなく気に食わないが、何かを言われたわけではないので何も言えなかった。


「それでだ。僕はルーカスルートで一組の情報を教えてもらっている。今日、彼もここに来ているという事は、チャールズとニコルさんの事を教えてくれるはずだ」

「なるほど。ルーカスが来たのはアイザックの事を心配してってだけじゃなかったんだね」


 レイモンドが納得したように何度かうなずく。


「その通りです。色々とお伝えしようと思っていたんですが、皆さんもいらっしゃるのでどうしようかと思っていたところです」

「もう大丈夫だよ、ルーカス。すでに彼らは僕らの仲間になった。これからはニコルさんの問題に力を貸してくれる。そうだろ?」


 アイザックが尋ねると「そうだ」と三人が答えてくれた。

 これで学院内でアイザックが取れる行動の範囲が広まった。

 これからは手だけではなく、耳も増える事になるだろう。


「じゃあ、ルーカス。昨日、一組で起きた事を教えてくれないか?」

「はい」


 ルーカスはお茶を一口飲み、話しやすいように口を湿らせた。


「まず、気になっておられるであろうチャールズくんの事をお話しさせていただきます。昨日の騒ぎのあと、教室に戻ってくるとニコルさんのところへ一直線に向かい『ティファニーと別れてきた。これは君への誠意だ。どうか僕と婚約してほしい』と告白したようです」

「あの馬鹿! 最悪のタイミングと手段で告白しやがった!」


 アイザックは天を仰ぐ。

 人前でそんな告白をしたら、アイザックがティファニーのためにやった事のほとんどが無駄になる。

 公文書に残らないというだけで、ティファニーを振ったという事は皆が知るところとなるだろう。

 学院中に噂が広まってしまえばティファニーが学校に行き辛くなるだけではない。

 社交界にも顔を出し辛くなる。

 彼女にとって悪夢のような状況だ。

 ニコルに攻略されそうだったチャールズをわかっていて見捨てたのは自分だが、ここまで周囲を巻き込む自爆をするとは思わなかった。


 アイザックは怒りの感情を見せる。

 それを見た友人達がチャールズのこれからの人生を考え、そっと視線をアイザックから逸らす。

 さぞかし苛烈な報復手段を取ると予想されたからだ。


「それで、ニコルさんの反応は?」

「一言一句そのままというわけではありませんが『気持ちは嬉しい。けれど、今すぐにその気持ちには応えられないの。お互いに知り合う時間を持つために、もう少しお友達でいてほしいな』という内容の事を答えていたそうです」

「うわぁ……」


 ポールが――いや、他の二人も同様にドン引きする。

 チャールズが「ティファニーを捨てる」という行動に出たのだ。

 きっとニコルと話がついているものだと、みんな思っていた。

 しかし、ニコルはチャールズとすぐに婚約したいと思っていない。

 という事は、チャールズが暴走したという事。

 愚かな行為だったという印象が、今まで以上に強いものとなった。


 だが、アイザックは違う。

 自分自身もニコルにキープされた。

 おそらく、チャールズも卒業式くらいまでキープされた状態のままで過ごす事になる。


(やっぱり、ニコルは逆ハーレムを狙ってるのか。頼もしいけど……)


 ジェイソンは大歓迎だが、マイケルやダミアンは違う。

 巨乳のジュディスと婚約しているマイケルや、長身でモデル体型のジャネットを婚約者に持つダミアンを「ちょっと羨ましいな」と思っているだけだ。

 二人に対しては負の感情は持ち合わせていない。

 彼らが不幸になる事に、少しは罪悪感を覚えていた。


「ですが、休み時間にジェイソン殿下がチャールズくんに『ティファニーさんと仲直りしろ!』と一喝してくださったようです」

「おぉっ、さすが殿下だ」


 婚約は家同士の問題だ。

 チャールズ本人が婚約の解消を告げたからといって、それで婚約がなかった事になるわけではない。

 両家の当主が「結婚しろ」と言えば、結婚せざるを得ない状況になる。

 その時に備えて、関係を修復しておいた方がいいのは事実である。

 王太子という立場もあるのだろうが、ジェイソンはニコルへの愛に燃え上がるチャールズに対して即座に対応してくれた。

 彼の頼もしさに、レイモンド達が感心する。


 ――だが、アイザックは違った。


(ジェイソンの本領発揮ってところかな。ニコルへの好感度が高いキャラに無茶振りをして、失敗させようという行動の一つだろう。となると、ジェイソンは結構本気でニコルの事を好きになってきているって事だ)


 アイザックだけは、ジェイソンがどのような考えでチャールズに注意をしたのかを理解していた。

 もちろん、前世の知識そのままが使えるというわけではない。

 しかし、性格を参考にするくらいはできるはずだ。

 前世の知識を使って考えると、ジェイソンのダメなところが表に出ている事になる。

 だが、そう断言してしまうのは危険だとも感じていた。


 この世界で実際に会って話したジェイソンは聡明な若者だった。

 攻略サイトで見た人物評とは違う。

「もしかすると、チャールズを止めたのは正常な判断ができるジェイソンだったからでは?」とも考えてしまう。


(いや、近くにニコルもいるから、その可能性は低いかな?)


 アイザックは、ジェイソンとニコルのクラスメイトという距離の近さが気になった。

 それだけ近ければニコルの影響を受けるはず。

 そうなると、やはりジェイソンの本性による言葉だと思うほうが自然のように思えた。


「チャールズくんは殿下に叱責されたのが効いたのか、今日は休んでいたそうです。その事をニコルさんが『もうちょっと優しい言葉をかけてあげたほうがよかったかな?』と気に病んでいたと聞いています」

「あぁ、チャールズが休んでいるのは心当たりがあるよ」


 アイザックが心当たりがあると言うと、皆の視線が集まった。


「昨日、家に帰ってからお爺様に使者を送ったんだ。その時は停学になった事だけ伝えたんだけど、お爺様が早退する時にアダムス伯爵も一緒に連れて帰ってきたんだ」


 皆が憐れむような表情をした。

 アダムス伯爵がウェルロッド侯爵家を訪れたと聞き、チャールズが休んだ理由は一発で判明した。


 ――父親による軟禁。


 これ以上、ティファニーを傷つけさせないためにも、チャールズが反省するまで休ませるつもりなのだろう。

 普段であれば大問題だが、もう少しで夏休みになる。

 風邪を引いて休ませたとでも言っておけば、一応は対外的に面目が保てる。


「どんな話をしたんだ?」


 怖いもの聞きたさで、ポールがアイザックに尋ねた。

 想像するのも怖いが、アイザックに協力するのならどういう話をして、アダムス伯爵がどういう判断をしたのか聞いておかねばならなかったからだ。


「昨日あった事をそのままさ。チャールズがティファニーに婚約の解消を告げ、僕がチャールズを止めようとして殴ったと話したよ。あとはハリファックス子爵家を交えて話そうとも話したね」

「あー……。アダムス伯も可哀想に……」


 この話を聞いた皆がアダムス伯爵の心情を察した。

 アイザックと喧嘩しただけなら「子供同士で喧嘩する事もあるよね」で終わる話だ。

 だが、アイザックはチャールズの暴走を止めようとして殴って停学になった。

 これではアダムス伯爵家がアイザックを敵に回したようなもの。

 アダムス伯爵の立場で考えれば最悪の結果だ。


 しかも、それだけではない。

 ティファニーはランドルフが愛する妻の姪っ子。

 可愛がっているという話も聞いているので、もしかしたら「よくもティファニーを泣かせてくれたな!」と怒り、アダムス伯爵に決闘を申し込んだりするかもしれない。

 文官のアダムス伯爵が『闘将』ランドルフを相手に勝てるはずがない。

 貴族として死ぬどころか、物理的に殺されてしまう危険性がある。

 ハリファックス子爵家との話が終わるまでの間、チャールズを自宅に閉じ込めて落ち着かせておこうと考えるのも無理はない。


「そういう事だったんですね。チャールズくんがニコルさんに告白した事から大体の事情は察していましたが、エンフィールド公の停学の理由までは伺っておりませんでしたので……。ちょっと驚きです」


 ルーカスが呟く。

 昨日起こった事に、ただ驚くばかりだった。


「ここまで色々起こると何がなんだかわからないよね。これから僕らが協力関係になるのなら、まずは情報の共有を始めて、少し状況を整理した方がいいかもしれない」

「そうですね。僕もそう思います」


 レイモンドの言葉にルーカスが同意する。

 この言葉にはチャールズの事だけではない。

 協力関係になるのなら、ニコルの事を含めて多くの事を話し合う必要があると感じていた。


「ポールとカイには、フレッドがニコルさんとどこまで進んでいるかを戦技部とかで確かめてもらいたい」

「わかった」

「同じクラスだから、教室での様子とかもさりげなく見ておくよ。いや、まぁあっちから絡んでくるんだけど」


 二人は快く了承してくれた。

 特にカイはフレッドと同じクラス。

 それを活かして、部活動中以外でも気を付けてくれるそうだ。


「みんな、ありがとう。ルーカス、学校の外でもこのメンバーでいる時はアイザックでいい。僕らは共犯者・・・なんだから、気楽にいこう」

「わかった、アイザックくん。でも、共犯者って言い方はどうかなって思うよ。協力者って言った方がいいと思う」

「そうだった。まぁ、ちょっとした言い間違いさ」


 アイザックは、ハハハと笑って誤魔化した。

 だが、共犯者という言葉は間違っていなかった。

 これから・・・・事実になっていくのだから。

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