第251話 一学期の中間テスト結果

 やらねばならない事が山積みになっていても、時間は無情にも過ぎていく。

 ニコルの事で頭が一杯になっていたら、気が付けば中間テストが終わっていた。

 これはテストの難易度が低いというのが関係している。

 入学試験が小学生レベルの問題だった事もあり、一年生の一学期から難しい問題が出されないとわかっていたからだ。

 回答欄を間違えたりするなどの簡単なミスさえしなければ、なんとか乗り切る自信があった。

 これは前世の記憶がある大きなメリットである。


 しかし、それはアイザックだからだ。

 他の者達は必死になって勉強していた。

 その理由は至って簡単。


 ――テストの点数が貼り出されるからだ。


 点数の出るテストは国語、数学、歴史、地理の四教科で400点満点。

 これらの合計点が廊下に貼り出されるので、学年全体に知られてしまう。

 酷い点数を取ってしまったら公開処刑といった状態になる。

 今後「あんな馬鹿とは付き合わない方がいい」と思われる可能性だってあるのだ。

 多くの生徒にとって、テストの点数は今後の貴族としての人生を決める一大事。

 アイザックのように他の事を考えている暇などなかった。


 校舎に着くと、廊下に人だかりができていた。

 そこでようやく、アイザックはテスト結果が貼り出されるという事を思い出した。


(やべぇ、何も考えてなかった。なんだよ、テストの総合点数を貼り出すって。新手のいじめか?)


 生徒に危機感を持たせるとかの目的もあるのだろうが、アイザックには学校側の嫌がらせにしか思えなかった。


(あぁ、そうか。これもゲームの設定か。現実になったら、こんなにウザイもんだとは思わなかったな……)


 成績を貼り出すのはジェイソンやチャールズのように、攻略するのに学力が必要なキャラに頭の良さをアピールするためだろう。

 好成績を取って、彼らに頭の良さを知ってもらわねばならない。

「そのためだけに成績を公表するという形になっているのだ」とアイザックは思った。

 自分の名前を探そうと、アイザックも周囲に合わせて貼り出された結果を見始める。


「ちょっと、アイザック何してるんだ!」


 ポールがアイザックの袖を引っ張ってきた。

 アイザックは不思議そうな顔をする。


「何って、自分の成績を探してるんだけど……」

「だったら、もっと奥の方だろ。成績が悪い順に入口付近から貼り出されるんだ。アイザックがこの辺りの名前を見ていても嫌みにしか思われないぞ」

「そうなんだ」


 確かにポールの言う通り、成績の悪い順に名前が並んでいる。

 結果に自信のあるアイザックは、上位から見ていった方が早いだろう。


「そうだよ、早く行こう。ポールは、またあとで結果を教えてくれよ。アイザックには順位を知っておいてもらった方がいいだろう?」


 今度はレイモンドがアイザックに移動するよう急かす。

「アイザックが成績の悪い者の名前を憶えて、何かしようと考えている」と噂される事を恐れたからだ。


「お、おう……」


 ポールはそっと目を逸らした。

 彼はテスト前に「勉強してないからヤバイ」と予防線を張っていたくらいだ。

 アイザックに見せられるような自信がないのだろう。

 それでも中央付近に向かっていったので、それなりの出来だと思われる。


 アイザックはレイモンドと共に廊下を歩く。

 その途中で結果が良くて喜ぶ者や、悪くて落胆する者の姿を数多く見かけるうちに、アイザックもだんだんと不安になっていった。


(これで上位に名前がなかったらどうなるんだ? 周囲の評価が高い分、がっかりする気持ちも大きくなるだろう。これからは学業に力を入れるのも必要になるな)


 戦争の説明に行った時に「誤解だ」と今更告白する事ができない段階まで勘違いされているのにアイザックは気付いた。

 将来に大きなメリットがあるので目的を達成するまではそのままでいいが、いつかは誤解を解く必要がある。

 誤解させ続けるのは大変だからだ。

 だが、今は誤解させておいた方がいい。

 そのためにも、学校では好成績を残しておかねばならないだろう。

 ニコルにばかり専念してはいられなかった。


 アイザックの名前はすぐにわかるところにあった。


・一位 ジェイソン・リード 400点

・一位 アイザック・ウェルロッド・エンフィールド 400点

・一位 パメラ・ウィンザー 400点

・一位 ニコル・ネトルホールズ 400点


 同点の一位が四人。

 その二人目に名前が書いてあったからだ。

 簡単な試験だったとはいえ、回答欄の書き間違いや見落としミスなどをせずに済んだ事に安堵する。

 だが、それだけだ。

 必要以上に喜んだりはしなかった。

 アイザックは、前世の人生分の上積みがある。

 自分一人ズルをしているような気がして、素直に喜べなかった。


「よかった。なんとか一桁だ」


 レイモンドは胸をなで下ろして安心していた。

 アイザックが順番に成績表を見てみると「九位」のところにレイモンドの名前が書いてあった。

 前世の自分だったなら、彼を羨んでいた順位だ。

 確かにこの順位なら文句はないだろう。 


「とりあえず、アイザックの友人として恥ずかしくない結果を残せた」

「友達に成績は関係ないとは思うけどね」


 アイザックもそのように返すが、彼らはただの友人ではない。

 将来的にアイザックの側近になるので「ただの縁故採用」と見くびられないように頑張らないといけないのだ。

 騎士などの武官として働こうとしているポールと違い、文官を目指しているレイモンドには学校の成績が重要だった。

 しかも、アイザックが公爵になってしまったので、ハードルは上がる一方である。

 ハードルの高さに苦しみを感じているのはアイザックだけではなかった。


「おはよう、アイザック」

「おはよう、ティファニー。モニカさんもおはよう。二人の名前もそこにあったよ」


 アイザックが貼り出された順位表を指し示す。

 ティファニーは七位。

 満点のアイザック達がいなければ、学年でベストスリーに入る良い成績だ。

 チャールズに好かれるためとはいえ、なかなかの頑張りようだ。

 順位表を見ると、ティファニーはアイザックに視線を向ける。


「やっぱりアイザックには勝てなかったかぁ……。というより、満点なんて取られたら良くて引き分けしかないよね」

「別に僕と競う必要はないと思うけど。チャールズには勝ってるし、いいんじゃないの?」


 チャールズの順位は十五位。

 

『人と獣の違いは知性を有しているか否か。フフフッ、君はどちら側かな』


 とか言ったりしている割には物足りない。


(これがこの世界だけの事ならともかく、原作ゲームでもこんな感じだったらしいんだよなぁ)


 正直なところ「モブキャラに負ける頭脳派設定のネームドキャラというのは、いかがなものか?」と考えてしまう。

 この世界の範囲内ならともかくとして、原作ゲームの時点でそういう設定にされているのが可哀想に思える。

 だが、チャールズに同情するつもりはない。


 ニコルが良い例だ。

 主人公補正があるのかもしれないが、環境が変わった事で入試で満点の成績を残すほどの学力を身に着けた。

 原作ゲームの設定に負けず、この世界の情勢に合わせて進化し続けてきた。

 チャールズだって設定に負けないよう、もっといい点数を取る努力ができたはずだ。

 頭脳派を気取りたければ、そのための努力をし続けるべきだった。


「そうだね、チャールズに勝ってるんだし……。喜んでくれるかな?」


 しかし、ティファニーはチャールズの順位に思うところはなさそうだ。

 彼よりも上位になった事を素直に喜んでいる。

 チャールズが言った「賢い女性が好き」という言葉を信じているのだろう

 だが、そればかりではない。

 マーガレットに言われた通り、手抜きをしないで身綺麗にしている。

 ヘアオイルでも使っているのか、艶やかな髪になっていた。

 ちゃんと本人なりに良くしようと努力しているらしい。


「さて、どうだろうね」


 この世界は乙女ゲームを基にした世界観とはいえ、男性上位の風潮がある。

「賢い女性が好き」と言っても「自分よりも賢くないけど、馬鹿すぎない相手が好き」という意味かもしれない。

 相手の言葉通りに受け取るのは危険だった。

 アイザックがそんな事を考えていると、入り口付近が騒がしくなった。

 そちらに視線を向けると、ニコルが男子生徒を引き連れて歩いているのが見えた。


(〇〇先生の総回診です! とかドラマでありそうな場面だな……)


 ニコルの姿が目に入ると、砂場で磁石にくっつく砂鉄のように男子生徒がニコルのあとを付いていく。

 金魚の糞のような男子が段々と多くなり、その集団を見ているだけで得体の知れない恐怖を覚えてしまう。


(攻略キャラ以外にもこれだけの効果とか……。学年のアイドルってレベルじゃ収まらないな)


 時代が時代なら、ニコルはミスユニバースにでもなっていただろう。

 リード王国という枠に収まる器ではないので、ジェイソンと共にさっさとどこかに行ってほしいところだ。

 ニコルは自分の成績を確認すると、それが当たり前であるかのように特に喜ぶ素振りを見せなかった。

 その代わりに「獲物を見つけた」と言わんばかりにアイザックに話しかけてくる。


「おはよう。やっぱりアイザックくんって凄いよね」

「いえ、ニコルさんもなかなか凄いと思いますよ」

「そうです。ニコルさんは美しさだけではなく、知性も兼ね備えた素晴らしい女性です!」


 いつの間にか取り巻きの一人と化していたチャールズがニコルを持ち上げる。

 もうティファニーの事が目に入ってないように見える。


「チャールズ。私も七位だったんだよ」


 だが、ティファニーは挫けずに自分の存在をアピールする。


「そうだね。凄いと思うよ。頑張ったね」

「うん……」


 ティファニーへの態度には、明らかにニコルとの温度差が感じられる。

 アイザックもイラッとしたが、今は何も言わずにいた。

 婚約者であるティファニーがグッと堪えて黙っているからだ。

 チャールズにこんな態度を取られて一番辛い彼女が黙っているのに、アイザックが横から口出しをするわけにはいかない。

 ニコルの影響下にあるとはいえ、アイザックの中でチャールズの評価がどんどん下がっていく。


(結構辛いな、これ)


 ニコルという爆弾をジェイソンに押し付ける事は覚悟していたが、他の人間がこうして変わっていくところを見るのは、精神的に来るものがある。

 半端に関係を持ってしまっているせいで、余計にダメージを受けてしまっている。

 顔も知らない赤の他人のままだったなら遠慮せずに済んだのに。


(せめてティファニーのフォローだけでも何か考えておいてやらないといけないな)


 自分の野心のためにニコルを野放しにしているのだ。

 その責任を多少はアイザックも感じている。

 ティファニーを始め、ニコルに婚約者を奪われる女の子達のメンタルケアの必要性について考え始めていた。

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