第196話 貴族達の浮ついた心

 この世界において、パーティーは基本的に大人が集まって開かれる。

 大人が集まるという事は、当然酒も出るので子供が出席する事はない。

 それでも、子供が出席する場合がある。

 十歳式が終わり、ウェルロッド侯爵家の庭で子供達を祝うパーティーが開かれる日だ。


 この日、アイザックは「パーティーに出席するように」と言われていた。

 ここ数年は子供達が怖がっていたから出席を控えるようにしていたからだ。

 だが、アイザックがブリストル伯爵に対して優しさを見せた。

 それで「アイザックは変わった」と判断したモーガンが出席させた。

 いつまでも欠席させるわけにはいかないからだ。


 年の違う子供との交流も、後々重要になってくる。

 年下の子供と友達になる事も大切だ。


 ――今は十四歳と十歳。


 この年頃の四歳差は非常に大きい。

 気楽に話しかけられない年齢差である。

 しかし、三十四歳と三十歳になれば四歳差など誤差に過ぎない。

 友人として付き合うには問題のない年齢差だ。

 すぐに仲良くなる必要はないが、顔見せくらいはしておいた方がいい。

 その方が将来のためになる。


(っていう事だったんだけどなぁ……)


 アイザックは横眼で十歳になったばかりの子供達を見る。

 男の子はブリジット、女の子はクロードのところに集まっていた。

 挨拶が終わってから彼らのところに一直線だった。

 これにはちゃんと理由がある。


「いやー、アイザック様も立派に成長なされました」

「ジュード様の厳しさと、ランドルフ様の優しさを兼ね備えた素晴らしい若者です」

「これでウェルロッド侯爵家も安泰ですな」


 子供の父親達のせいだ。

 彼らがアイザックを囲んでいるせいで、子供達が近付けなかった。

 そのため、興味のあるエルフ達のもとに集まってしまっていた。

 これでは本来の「子供と仲良くなる」という目的が達成できない。

 何とかしてほしいなと思って家族に助けを求めようとするが、役に立ちそうにはなかった。


 ランドルフとモーガンは、アイザックと同じく貴族の対応をしている。

 だが、貴族達のお世辞に喜んでいるので、止めてくれそうにない。

 ルシアとマーガレットは、子供の母親達と話している。

 こちらも助けてはくれそうになかった。


(いや、まぁ貴族と交流できるのも嬉しいんだけどさぁ。子供よりも親とばっかり話すって本末転倒な気がする)


 とはいえ、こういう状況になってしまったものは仕方がない。

 このまま話を続けるしかなかった。


「ウェルロッド侯爵家だけではないぞ。貴族派も安泰だ」

「おかげ様で、親戚がいい役職に就けました」


 貴族派の隆盛は、所属する貴族に利益をもたらした。

 所属する派閥が優勢になれば、人事異動で空いた席に人をねじ込みやすくなる。

 領地を持たない貴族にとって、今は派閥に尽くしてきた報酬を受け取れる美味しい時期だった。

 しかし、アイザックは浮ついている彼らに少しイラついた。


「今はウィルメンテ侯爵家とウォリック侯爵家は代替わりしたばかりなので、お爺様とウィンザー候がいる我々が優位というだけです。お爺様達が年を取って引退された時、新人当主の父上達が経験を積んだ彼らと対峙する事になります。その時、状況はひっくり返る事になりますよ」


 彼らに一言注意しておく。

「この状況がいつまでも続く」と思われているのはよろしくない。

 多少は危機感を持っておいてくれなければ、リード王国に剣を向けるのをよしとしないだろう。

 満足するのは、アイザックが王となって褒美を与えた時にしてほしい。

 今はまだ現状で満足されてしまっては困るのだ。


「しかし、アイザック様がおられる限り大丈夫なのではありませんか?」


 一人の貴族がそんな言葉を口にする。

 他の貴族達も彼の言葉に同意した。


「いいえ、違います。今の状況はお爺様達が作られたものです。僕には宮中での力関係をコントロールする事なんてまだできませんよ。そういった経験は父上の方があるでしょう。王党派に負けないよう、皆さんも父上を盛り立てていってください。もちろん、僕もできる限り父上を支えます」

「確かにその通りかもしれませんな」


 貴族達は顔を見合わせる。

 アイザックは誰よりも王の信任を得ている。

 だが、実務経験という点ではまだまだ未熟。

 何か案を出す事ができても、それを考え通りに実行できるかはわからない。

 交流範囲の広いランドルフの方が根回しなどが上手くできそうではあった。


 しかし、貴族達の間ではとある噂が広がっている。

 その噂通りであれば、アイザックの宮中での影響力も飛躍的に増大するものだと思われた。

 一人の貴族が、その噂を確認する。


「あの、アイザック様……。ウォリック侯爵家のアマンダ嬢とは婚約なさらないのですか? 彼女との婚約が決まれば、多大な影響力を得られます。多少の経験不足など気にならなくなると思いますが」


 この質問を受け、アイザックは「ついに来たか」と思った。

 ウォリック侯爵から熱烈なラブコールを送られているので、いつかは誰かに聞かれる事だとわかっていた。

 心の準備をしていたおかげで、アイザックは落ち着いて答える事ができる。


「可能性はあります」

「おおっ」


 貴族達から驚きの声が漏れる。

 可能性・・・だとしても、ゼロではないのだ。

 希望が持てる言葉だった。

 だが、その思いはすぐに打ち砕かれる。


「ですが、誰と婚約するかはまだ決めません。これはお爺様と話して決めた事で、僕一人で決めた事ではありません。しばらくは様子を見ていただく事になります」

「なるほど」

「そういう事ですか」


 貴族達はアイザックが少し驚くほど、アイザックの言葉をすんなりと受け入れた。

 これはジュードの影響だった。

 ジュードも良いか悪いかは別にして、婚約というものを上手く扱っていた。

 ランドルフも学生になるまで婚約者が決まっていなかったのは「ジュード様がより良い婚約を探していた」と考えられていた。

 アイザックも「自分の立場を理解し、きっと自分の婚約話までも政治に利用しようとしているのだろう」と受け取られていた。


 この場にいる貴族達は、アイザックの説得脅迫に応じた経験があった。

「きっと何か深い考えがあるのだろう。悪いようにはならない」と、ほとんどの者達が思っていた。

 ランドルフを盛り立てようと言われた時も「その通りだな」と思ったが、真剣には受け取っていない。

「アイザックが裏で何かやってくれるだろう」という安心感から、さほど心配していない。

 今までのアイザックが取ってきた行動は、彼らにも影響していた。


 本人も知らぬ間に――


「とりあえず、アイザック様に任せておけばいいだろう」


 ――という信頼感を勝ち取っていた。


 そのきっかけが人を陥れるものでなければ、感動的な話だったかもしれない。


「ところでアイザック様。我が家には今年で十七歳になる姪がいるのですが、妾にいかがですか? そろそろ異性に興味を持ち始めるお年頃でしょう?」

「えっ」

「それなら我が家の娘を是非!」

「いやいや、お前のところの娘は器量が悪い。我が家の孫娘などいかがでしょう?」

「あなたの孫はまだ五歳ではないですか」

「愛があれば大丈夫だ」


 アマンダの話をしてから、何やらおかしな方向へ話が逸れていった。

 これにはアイザックも戸惑う。


(妾は嬉しいけど……。結局、愛情を持って正式に結婚とかしそうだ。泥沼になりそうだから遠慮した方が無難かな。もったいないけど)


 本当は「ありがとうございます!」と言って受け取りたいところだが、貴族一人一人の性格をよく理解できていない。

 安易に女性を受け取って、外戚とするには不安があった。

「一時の欲望のために、延々と足を引っ張られるような事は避けるべきだ」と思い、ギリギリのところで耐えきった。


「皆さん、婚約者じゃなくて妾ならいいってものじゃありませんよ。結婚前に妾持ちとなれば、婚約者となった人がどう思うかを考えてください」


 前世で経験できなかった女性の温もりを感じる絶好の機会。

 それをアイザックは、断腸の思いで断った。

 この世界の女の子とはいえ、一人の人間である以上はパメラも妾の存在を嫌がるかもしれない。

 せめて「結婚後に王となったアイザックの血を残すため」といった理由は欲しかった。

 よほどの理由がない限り、結婚前から他の女にうつつを抜かすような事はしたくないと、アイザックは考えていた。


 だが、そういった倫理感と本心は別。

 本当は侯爵家の嫡男という立場を活かして、酒池肉林の放蕩三昧をしたかった。

 しかし、それをしてしまうと人心が離れるという事はわかっている。

 大きな欲望のために、今は小さな欲望を我慢するしかなかった。


 アイザックももう十四歳。

 そろそろ精神的に立派な大人になるべきだろうと、本人も意識し始めていた。

 ランドルフの事を「お父様」から「父上」と呼び方を変えたのも、その意思表示の一つだった。

 


 ----------



 パーティーが終わると、アイザックはケンドラの部屋に向かう。

 婚約者の話題をするにはちょうどいい相手がそこにいるからだ。


「いや、そんな話を振られても困るんだけど……」


 リサは他にケンドラしかいないので、昔のままの話し方をした。


「年末のパーティーとかどうだったのかなぁって思ってさ」

「上手くいってたら代わりの乳母を探すようにお願いしてるわよ……。あぁ、せめて、せめてウェルロッドのお屋敷のパーティーだったら誰か見つかったかも」


 リサが頭を抱える。

 そんな彼女を心配そうにケンドラが見ていた。


「でも、学生の間は王都の屋敷に住んでたから、こっちにも知っている人がいたんじゃ……」

「良さそうな人は私が卒業する前に結婚しちゃってたわよ」


 アイザックの疑問に、リサは溜息混じりで答えた。


「ところで、ウィルメンテ侯爵家のローランドってどんな子か知ってる?」


 話を逸らすように、リサはローランドの事を持ち出した。

 一応ケンドラの乳母だから関係はあるのだが「現実から目を逸らそうとしている」とアイザックは思ってしまった。

 しかし、深く追求はしない。

 前世でモテなかった経験から、あまりイジるのは可哀想に思えたからだ。


「少し知ってるよ。文官の家系であるウェルロッド侯爵家に合わせた思慮深い子に育てようとしてるんだって」

「へー、結構気を使ってるのね」


 リサはウィルメンテ侯爵の気遣いに感心した。

 まだローランドも四歳。

 なのに、自分の家ではなく相手の家に合わせた教育を施すという。

 本腰を入れて婿養子に出そうという姿勢が見える。


「しりょぶかいってなに?」


 ケンドラがわからない言葉の意味をリサに尋ねる。


「えっとね。アイザ……、お爺様みたいに頭が良くて落ち着いている人の事よ」

「ちょっと待って、そこはお兄ちゃんみたいな人っていうところじゃないの?」

「アイザックは、結構軽率なところもあるからね。頭は良いけれど、思慮深いっていうのは違うかなって」


 リサの視点でアイザックを見れば「頭が良い馬鹿」という感想しか出てこない。

 ネイサン達を排除する計画を立てる事ができても、最初に考えるべき家族への対応を何も考えていなかった。

 アイザックには抜けているところが多い。

「思慮深い」というドッシリしたイメージの言葉よりも「即断即決」のような言葉が似合うと思っていた。

 学生になって以来、距離が離れていた。

 そのおかげで、アイザックの事を考える時間が増えたから気付けた事だった。

 

「えー、酷くない?」

「婚約者の話が出たからって、私のところにからかいにくる人の方が酷いと思うけど?」


 二人は苦笑する。

 どっちも酷い。

 いや、どちらかといえばアイザックの方が酷いだろう。

 こうして笑って流してくれているのは、長い付き合いがあるおかげだった。


「おにーちゃんみたいなこじゃないの?」

「そうだよ」

「おにーちゃんみたいなひとのほうがいいなぁ」

「ケンドラ……」


 アイザックは可愛らしい事を言う妹を抱き上げて頬ずりする。


「別にローランドなんかと結婚しなくてもいいんだよ」

「ほんと!」

「ダメです!」


 とんでもない事を言うアイザックから、リサがケンドラを引き離す。


「ウィルメンテ侯爵家が気を使ってくれているのに、こっちが話をぶち壊すような事をしてどうするの。そういう事をするから思慮深くないのよ。妹が好きなんだったら、ちゃんとケンドラのためになる事を言ってあげなさいよ」

「うっ……」


 リサの言い分に、アイザックは反論できなかった。

「ローランドと結婚してほしくない」というのは自分のわがままだ。

 ケンドラのためになるとも思っているが、それはウィルメンテ侯爵家への偏見が混じっている。

 100%ケンドラのためを考えての行動ではない。

 とはいえ、リサに言われっぱなしも癪だった。


「リサお姉ちゃんは、そんな思慮深くない男に結婚を迫ってたよね?」

「それは若気の至りよ。……今も若いんだからね!」

「年齢に関しては何も言ってないよ!?」


 このあともアイザックは、ケンドラを交えてリサとの会話を楽しむ。

 おっさん連中に囲まれて娘を押し付けられそうになったあとだけに、この時間はアイザックにとって憩いの一時となっていた。

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