第188話 ドワーフの食事
食事は焼いたソーセージ、マッシュポテト、サラダ。
あとはパンにチーズというシンプルなものだった。
これにはアイザックだけではなく、他の者達も少し拍子抜けしていた。
ドワーフなら、もっと凝った料理を出してくると思ったからだ。
(物作りが好きだって言ってたから、料理は二の次だったんだろうなぁ……。腹が膨れたらいいか)
あっさりとした料理の理由をアイザックは考えた。
そう考えないと、アイザック達を出迎える料理として出すには簡単過ぎた。
まずはマスタードなどを付けないままソーセージにかぶりつく。
「うまっ」
思わず声が漏れてしまう。
マスタードなど付けなくても、ソーセージに練り込まれたスパイスとハーブだけで十分に美味しい。
「気に入ってくれたかい?」
ジークハルトに感想を聞かれ、アイザックはうなずき返した。
「ソーセージは作った人の特色が出るからね。特に力が入っているんだ。まぁ、他のは見た目通りの味だけど。皆さんも食べてみてください」
「本当だ、美味しい」
ジークハルトに勧められるまま他の子供達もソーセージを食べた。
皆が口々に「美味しい」と褒め称えた。
アイザックはマッシュポテトにも手を付ける。
(うん、ただのマッシュポテトだ)
――何の変哲もないマッシュポテト。
だが、それが良かった。
平凡な味わいで、個性の強いソーセージの添え物としてちゃんと仕事している。
全ての料理が強い個性を発揮しているよりも、これくらいの方がちょうど良い。
食べていてホッとする。
(そうか、料理だって
彼らは食事を「ただ栄養を取るための手段」として割り切っているわけではない。
「食べ慣れた食材をどう美味しくできるか」と、向上心を持って取り組んでいるのだろう。
ただの焼いたソーセージが、この上なく美味しく感じる。
凝った食事もいいが、こういうシンプルな料理も悪くない。
アイザックもおかわりを頼むほど気に入っていた。
「シェフを呼んでくれませんか?」
思わず、そんな事を口にしてしまう。
いつかは言ってみたい言葉の一つだったので、この機会に使う事にした。
ちょっとした冒険だと知らないウェイトレスが、すぐに料理人を呼んできてくれた。
「何か問題でも?」
「いえ、問題はありませんよ。とても美味しかったです。本当ならチップを渡したいところですが、まだこちらに来たばかりでゴートを持っていません。ですので、一つプレゼントをさせていただこうかと思います。ノーマン、カバンをこちらに」
「はい!」
ノーマンが大きなカバンをガチャガチャと鳴らしながらアイザックのもとへやってきた。
そのカバンの中から、長い物と短い物を一本ずつ取り出した。
同時にジークハルトが大きく身を乗り出す。
「まぁ、チップの代わりにこういうのを渡すのもどうかとは思うんですけどね」
アイザックは手に持った物「U」字形をした物をカチャカチャと鳴らす。
――それはトングだった。
ゴミバサミを短くしただけの形状の物。
それをシェフに渡すと、彼も手に持ってカチャカチャと動かす。
「トングという道具で、それでサラダを取り分けたりすると便利ですよ」
「なるほど、悪くない」
トングの用途は一目でわかる。
「何かを挟む物です」と、見た目で主張しているからだ。
シェフも便利な道具が手に入ったと喜んでいるようだった。
「えっ、何? そんな物をドワーフにプレゼントするの?」
「さすがにそれはないんじゃない?」
「やめときなよ」
「恥ずかしいよ」
だが、ポール達が口々にトングを否定する。
今使ったばかりの食器に比べ、アイザックが渡したトングは品質で明らかに見劣りする。
ドワーフ相手に渡すような物だとは、到底思えなかった。
「アイザックくん、あるよね? 僕の分はあるよね?」
しかし、その考えをジークハルトが否定した。
アイザックが持ち込んだトングに食いついた。
「もちろんだよ」
アイザックはカバンから一つ取り出してジークハルトに渡す。
ついでに友人達にも渡してトングを見てもらった。
彼らの反応は微妙なものだった。
貴族の子弟なので、トングの価値がわからないのも致し方ない。
だが、
「さすがだよ。アイザックはよくわかっている」
ジークハルトは感嘆の溜息を吐く。
「くん」を付けるのを忘れるほどに、ウットリとした目でトングを見つめていた。
「えっと、どういう事ですか?」
なぜトングが喜ばれるのかわからないので、レイモンドがジークハルトに理由を尋ねた。
ジークハルトは「よく聞いてくれた」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべる。
「これ自体は大した技術は使われていないよ。けど、アイザックが凄いのはその発想だよ」
ジークハルトはトングの持ち手部分。
カーブを描いている部分に指を這わせる。
「僕が作ろうとするなら、二枚の板にバネをつけて作るだろうね。そうなると、バネを作る手間が掛かる。バネを取り付ける場所を作らないといけないし、二枚の板を固定する金具も必要になるだろう。けど、アイザックが作ってきたのは違う。バネに使う素材を使い、細長い板を折り曲げるだけで求められる機能を発揮した。余分な工数を省いた最終進化形ともいえるこの形状の物を持ってくるのが凄いんだ」
「そ、そうなんだ……」
早口でまくし立てるジークハルトに、レイモンドは引き気味だった。
その反応に、ジークハルトは満足しなかった。
「あれば便利とはいえ、ただ物を挟むだけ。そんな物に誰が高い金を出す? 工数を減らす事によって職人の手間を省く。手間が省ける事によって価格を下げる。アイザックは機能性を保ちつつ、量産性を最大限に引き出し、低価格で普及しやすくしている。新しい物というだけじゃない。極限にまで考え抜かれたこの道具は、すでに一種の芸術品とも言えるほどの機能美を持っているんだよ」
ジークハルトはトングに頬ずりをする。
これにはアイザックも引いていた。
「アイザックはどうしてこれを思いついたんだい?」
「サラダを取り分けたりするのに、大きなスプーンを二つ使うのは面倒だと思ってたんだ。エルフの村に行った時、箸を見てこういう食材を掴みやすい道具があればなーって思ったら思いつきました」
「箸かぁ」
頬ずりをやめ、トングを動かしながら見つめる。
彼も箸の事は知っている。
根本が繋がっている事を除けば、確かに箸と似たような動きをする。
違いは簡単に扱えて、多くの物を掴めるようになっているかどうかくらいだろう。
「何十回と試作品を作って、試行錯誤の末にたどり着く答え。それをあっさり教えてくれるアイザックは本当に太っ腹だね。今回は鉄道もあるし、どうお礼をすればいいのかわからないよ」
「ああ、それだったらお願いがあるんです」
アイザックはジークハルトに、エリアスから頼まれた剣と盾の話をした。
気を損ねないよう言葉に気を付けて、ジークハルトの反応を探りながら。
「いいよ」
「いいの!」
彼の答えは料理同様にあっさりしたものだった。
「武器を売りたくないというのは、槍や剣を百本や千本単位で売りたくないって事だよ。贈答品として少量を売る分には問題ない」
「そうだったんだ」
ドワーフ側は「戦争に使われるほどの量でなければいい」と考えているらしい。
贈り物でご機嫌を取ってから交渉しようと気合を入れてきたというのに拍子抜けだ。
これならば切り札を使わずとも、火薬の要求も意外とすんなり認めてもらえるかもしれない。
だが、アイザックはその前にちょっとしたおねだりをしようと思った。
「僕達もお土産に剣を買って帰りたいんですけど、何本か買ってもいいですか?」
「もちろんいいよ。友好の証としてプレゼントさせてもらうよ」
ジークハルトの返事を聞き「やった」とアイザックの友人達が喜ぶ。
やはり年頃の男の子。
ドワーフ製の剣を持てる事が嬉しい。
観光だけではなく、いいお土産を持って帰る事ができて良かったと思っていた。
「そもそも、アイザックくんに支払わないといけないアイデアの使用料もある。資料が手元にないからわからないけど、二億ゴートくらいだったかな」
「二億!」
ポール達が大きな声を出して驚いた。
アイザックが洗濯バサミなどを売り込んだ事を聞いていたが、それがそこまでの利益を出しているとは思っていなかったからだ。
しかし、アイザックは驚いていなかった。
以前に洗濯バサミは売れるという話は聞いていたし、前世で主婦が考えた小物が大ヒットしたという話も聞いた事がある。
見かけが立派な物でなくとも、数が売れればそれだけ儲けも増える。
――今回はアイデア商品で一儲けした。
アイザックにとって、稼いだとはいってもその程度の感想だった。
前世で誰かが作った他人のアイデアをパクっただけだったので、素直に喜べなかったというのもある。
「それはルドルフ商会だけの金額ですか?」
「いや、他の商会から集金した分も含めてだよ。でも、未収金もあるし、集めている間にも商品は売れる。少なくとも、ノイアイゼンに移り住んだら今後は何もしなくても暮らしていけるだろうね。アイデアが湧き出るその頭が羨ましいよ」
「偶然ですよ、偶然」
アイザックは謙遜するが、アイデアは元々身近にあった物だ。
自力で本当に生み出した物ではないので、どこか虚しさすら感じていた。
その虚しさを吹き飛ばすため、話題を大きく変える事にした。
もちろん、そちらに興味があった事も影響している。
「食後は武具を取り扱うお店に行くのもいいですけど、ちょっと塩の鉱山を見に行ったりできませんか? 火薬でどんな採掘をしているのかなど気になってしょうがないんです」
「いいけど、大人の同行者がいないと危ないから明日にしようよ。それと火薬は売らないよ」
「…………」
アイザックは笑顔のまま固まった。
まさか、ここまで直球で断られるとは思わなかった。
先ほどまでとは違い、ジークハルトの態度が硬化したように見える。
ジークハルトは、腰に下げていた小さな袋をテーブルの上に置く。
「以前アイザックくんが火薬に興味を示してたからね。僕達も採掘以外の用途がないのか調べたんだ。戦争に使えないかと調べているうちに、このくらいの大きさの袋に入れた火薬で重装甲の鎧の腕が吹き飛ぶっていう事がわかった。ドワーフとの戦争に備えておきたいのかもしれないけど、僕達は君と争う気はないから心配いらない。だから、火薬もいらないよね」
ジークハルトは微笑み、アイザックを安心させようと落ち着いた声で話す。
だが、アイザックは「そうじゃない」と思っていた。
(ドワーフ相手に使うつもりなんてない。けど、そう思われるのも仕方ないか……)
――ドワーフの重装甲に対抗する手段。
それは、魔法かドワーフ製の武器だけだと思われていた。
火薬が新たな攻撃手段になると気付かれたせいで、今まで以上に入手が困難になるだろう。
興味を示したというだけで、そこまで考えられるとは思わなかった。
(いや、興味か……。興味を示すっていう事は、重要だって事だよな。それがヒントになる)
当たり前の事だが、アイザックはその事をここで再確認した。
そして、一つの事に気付いた。
(ジークハルトは俺に興味を持っている。さっきも
アイザックはジークハルトに笑顔を向ける。
突破口になるかもしれない事に気付いたからだ。
「ジークハルトさん。みんなにデザートを食べてもらっている間、二人で話せないかな?」
アイザックの申し出に、ジークハルトはニヤリとする。
彼も望んでいた事なのかもしれない。
「そこの個室でどうかな?」
「かまいませんよ。ノーマン、例の設計図を」
アイザックは切り札をノーマンから受け取った。
これだけではどうなるかわからないが、話の持っていき方次第では欲しい物が手に入るかもしれない。
少なくとも、ドワーフと戦うような量はいらない。
決戦で勝敗を決定付ける一局面で使えればいいからだ。
アイザック達は食堂に隣接する個室に入ろうとする。
ノーマンも一緒に入ろうとしていたので、アイザックが彼を止める。
「なぜでしょうか?」
「これは子供同士の話し合い。ノーマンはみんなと一緒にデザートでも食べておいてよ」
「しかし……」
「いいから、いいから」
アイザックはノーマンを個室から締め出した。
(ここからは子供同士の話し合い。けど、一歩踏み込んだ重要な話し合いだ)
ノーマンはアイザックの行動をモーガンに報告したりするなど、イマイチ信用ならない。
ジークハルトとの話し合いに同席させるわけにはいかなかった。
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