第182話 マットとの思わぬ関係
宿舎では、一人一部屋が与えられた。
子供達は大部屋にまとめられると思っていたので、少し意外だった。
荷物を置いて、とりあえずみんなが集まれる食堂に集合する。
「さて、村の見学……。といっても、どこを案内すればいいのやら。見て楽しいものなどありませんぞ」
そう言って、アロイスが大笑いする。
「村には本当に何もないぞ。ドワーフの街にでも行った方が良かったんじゃないか」
彼に続いてクロードも笑う。
「里帰りの時に一緒に村に来る」と聞いて歓迎はしたが、何を見たくて来たのかサッパリわからない。
エルフと交流したいだけなら、ウェルロッド領内で活動しているエルフを屋敷に呼んだりした方が楽だからだ。
(そんなの俺もわかってるよ)
モラーヌ村を訪れたのは、先に交流を再開したエルフの面子を守るため。
それ以上の目的はない。
観光気分で来ていたが、観光名所を求めているわけではなかったので、そこまで期待はしていない。
ただ、一つ気になるところがあったので、そこだけは質問しておく。
「そういえば、藁ぶき屋根とか瓦の木造住宅ってないんですか? 畳とかのあるような家だとなお良しです」
――なんとなく畳で寝転がりたい。
その程度の気持ちで尋ねた事だったが、エルフ達が渋い表情をする。
あのブリジットまでもだ。
事情を説明し始めたのは、村長のアロイスではなくクロードだった。
「俺の両親が住む家は瓦屋根の木造住宅だ。他にも何軒かある」
「やっぱりあるんですね」
(でも、この反応はなんだ? 聞かない方が良さそうな気もするけど、聞いておいた方がいいのか?)
どう反応すればいいのか困っているアイザックに、今度はアロイスが話し始める。
「昔ながらの家を案内してさしあげたいのですが……。そういう者達は保守的で、人間との交流再開をあまり喜んでおらず、お連れすれば嫌な思いをされるかもしれません」
「あー……、なるほど。無理に見学に行こうとせず、そっとしておいた方が良さそうなんですね」
「そういう事です」
(クロードの両親は消極的な反対派だって言ってたけど、人間を目の前にすると積極的に反対し始めたりするかもしれない。興味はあるけど、無理強いするのはやめておこう)
アイザックは、保守派との接触を避けた。
今回は完全にノープランだったからだ。
交易所での友好的な雰囲気しか知らなかったので、エルフ内部の反対派の対処方法など考えていない。
しかも、保守派にはクロードの両親も含まれる。
下手な行動をして恨みを残すような事をしたくはなかった。
「それでは、次は広場をご案内しましょう。昼食の用意もしておりますし、年の近い子供達も集めています。食事が出来上がるまで子供達との交流をお楽しみください」
「お気遣いありがとうございます。待たせるのも悪いので、早速案内していただきたいですね。みんなは体調とか大丈夫?」
アイザックは友人達の体調を気遣った。
馬車での長旅は王都行きで慣れているだろうが、遠足の前の日に眠れない子供もいると前世で聞いた覚えがある。
寝不足によって体調不良になっていないかを心配していた。
「大丈夫だよ!」
「早くエルフの友達を作りたいな」
心配をする必要はなかったようだ。
体調不良どころか元気が有り余っている。
エルフと話したくてうずうずとしていた。
子供達よりも同行の大人達、特に護衛の騎士達の方が顔色が悪いように見えた。
エルフとの接触が増えれば摩擦も増える。
しかも、子供同士の接触となれば何が起きるのか予測がつかない。
護衛として気の抜けない状況になるという事だ。
だが、アイザックは彼らを気にして控えめの接触にするつもりはなかった。
それが彼らの仕事であるし、彼らを気にして子供達と接触しないなど無意味である。
子供達と接触して友好的な雰囲気を作る方が、結果的に安全を確保できる。
(問題はアレの効果があるかどうかだな)
子供向けの手土産として持って来た新しいおもちゃ。
それが効果を発揮してくれる事を期待していた。
----------
村の中心付近にある広場には、多くのバーベキューセットが用意されていた。
その周囲を大勢のエルフがせわしなく動いている。
(昼飯はバーベキューかよ! 俺は焼き魚と味噌汁の方がいいんだけど……)
みんなでワイワイ楽しみながら食べるのに、バーベキューは確かにいい。
その事は認めているものの、醤油や味噌があるとわかっているだけに、そちらの方に意識が向いていた。
「おーい、みんなー。お客様が来たぞー」
アロイスが子供達に声を掛けると、二十人ほどの男女が駆け寄ってきた。
エルフなので正確な年齢はわからないが、大体五歳前後年上か年下の子供達だった。
もっと大きい子供や、小さい子供は遠巻きにこちらを見ている。
いや、大人達もアイザック達を見ていた。
「なんだか、みんなに見られてない?」
レイモンドが不安そうにつぶやく。
村に来た時は歓迎として迎えられていたからわかるが、まだ見られている理由がわからない。
それはアイザックも同じ事。
少し居心地の悪さを感じていた。
彼の疑問にクロードが答える。
「そりゃあそうさ。人間の中のエルフ、エルフの中の人間。珍しい存在は注目されるものさ」
大使として駐在していた時に体験した事なのだろう。
クロードの言葉には実感が籠っていた。
「みんなに見られるっていうのは緊張するけど悪い事じゃない。エルフの子供と仲良くやれているところを見せる事ができたら、大人達はきっと安心してくれるよ」
アイザックは前向きな発言をして落ち着かせようとする。
しかし、それは余計に緊張させる事になってしまった。
「失敗したらどうしよう」と、上手くいかなかった時の事を考えてしまったからだ。
「何を緊張してるのよ。いいのよ、そんな風に緊張しなくても。あんた達と違って村の子供なんてクソガキばっかりなんだから適当でいいの」
「ブリジット姉ちゃんには言われたくないかなぁ」
「何よ、アンドレ。私はね、大使なのよ。もう立派な大人なのよ」
「肩書きが人格を保証するわけじゃ――」
ブリジットがアンドレと呼んだ少年の両頬を引っ張る。
実力行使によって黙らせようとしているようだ。
「子供達は大丈夫そうですな。食事ができるまでお茶でも飲んで一服してください」
「えぇっ! これで大丈夫ですか?」
アロイスの言葉にノーマンは驚き、不安そうな顔でアイザックをチラリと見る。
「ブリジットさんを参考にして考えると、こういうやり取りも普段通りなんだと思う。荷物を置いて休憩しておいてよ」
「アイザック様がそう言われるのなら……。何かあったらお呼びください」
わかったと答えるものの、ノーマンは不安そうにしている。
「エルフの子供と喧嘩にならないか」という心配もあったが「アイザックが何かしでかさないか」という心配も大きかった。
しかし、持ってきた子供用のおもちゃで問題は起きないだろうと思い直した。
この場をアイザックに任せて、アロイスとクロードと一緒に去っていった。
とはいえ、目の届く範囲のテーブルなので、非常時には駆け付けられるようにしていた。
「ねぇねぇ、アンドレくんってカカオの見回りをしてくれてた子だよね?」
まだブリジットに頬を引っ張られているアンドレを助けるため、アイザックは彼に話しかけた。
その狙いは成功。
アイザックが話しかけたため、ブリジットは渋々と手を放した。
「いてて」とアンドレは頬をさする。
「そうだよ。……あぁ、そうか。アイザックって、クロードおじさんといた奴か。へー、やっぱり人間って大きくなるの早いな」
「うん、僕も成長早いなぁって驚いてるよ」
以前、アンドレと会った時は同じくらいの身長だった。
しかし、今は違う。
大人と子供くらいの身長差になっていた。
これはアイザックの成長が早い事が影響している。
エルフの成長の遅さにより、ここまでの差が出ているのだろう。
「ところでさ。ブリジットさんに聞いたんだけど、エルフのみんなも基本的に人間と同じ遊び方をするんだってね。だから、きっとみんなも楽しめるんじゃないかなと思って、これを持ってきたんだ」
アイザックはノーマン達が置いていった荷物に手を掛ける。
これにはエルフだけではなく、アイザックの友人達も注目する。
アイザックが荷物を開いた時、落胆の溜息がこぼれた。
「木の皿かよ……」
「違うよ。これはフライングディスクっていうおもちゃだよ」
「これが?」
アンドレがフライングディスクを一つ手に取った。
薄くて底の浅い皿のようにしか見えない。
だが、ブリジットだけが違う反応を示した。
「あぁ、これっていつもパトリックと遊んでるやつ? わざわざこんなの作ってきたんだ」
「パトリックと遊んでいるのは、ただの木皿です。でも、これは違います。頑丈な木を選んで、薄く軽くして、なおかつ少しでも長い滞空時間を稼げるようにした別物ですよ」
「でも、木の皿にしか見えないわよ」
「うん、木の皿だね」
「これで何するの?」
アイザックは反論するが、おもちゃだとは周囲にわかってもらえない。
「だったら、実践あるのみ。ポール、受け取ってくれ」
アイザックは十メートルほど離れると、ポールの方に向き直る。
「いくよー」
「いくよって、ちょっと」
何が来るのかわからず、ポールは混乱している。
そんな彼に向かって、アイザックはフライングディスクを軽く投げた。
「おっと」
比較的ゆっくり飛んできたため、ポールは一発で掴んだ。
その姿を、アイザックは満足そうに見ていた。
「いつもはパトリックっていう犬に投げているんだけど、キャッチボールみたいにして人間同士でも遊べるんじゃないかって思ったんだ。誰が遠くまで飛ばせるかとか、的に当てて競い合ったりするのも面白いと思うよ」
「うーん、そういうのは弓でもいいんじゃない?」
ブリジットの鋭い指摘。
だが、アイザックにはわざわざこんなものを作ってきた理由があった。
「弓だと、矢尻を取り外した矢でもあたると怪我をしたりするでしょ? こっちならせいぜい痛い思いをするだけで済むよ。それに、整備もしなくていいしね」
アイザックも弓を習い始めたからわかったのだが、弦を使い終わると取り外す。
弦を張ったままだと、危ないかららしい。
使う時に弦を張り直さないといけない手間がある。
それに対し、フライングディスクはそれ単体で完結している。
汚れた時に水洗いでもすればいい。
「子供のおもちゃ」としての手軽さが最大の武器だった。
「とりあえずさ、みんなも投げてみてよ。手首のスナップがコツだよ」
アイザックが元の場所に戻り、フライングディスクを渡していく。
ブリジットも一つ受け取り、何度か素振りをして納得したようにうなずく。
「確かにこれは投げやすくなってるみたいね」
彼女も木皿を投げてパトリックと遊んでいた。
その経験から、フライングディスクがただの木皿ではない事を感じ取る。
「こうね」
ブリジットは四十度くらいの角度で投げると、フライングディスクは大きく弧を描いて手元に戻ってきた。
彼女の投擲にどよめきが起きる。
これにはアイザックも驚いていた。
まさか彼女がそこまで使いこなせるとは思っていなかったからだ。
「形と投げ方の変わったブーメランみたいなものよ。慣れたら簡単よ」
その言葉をきっかけに、他のエルフの子供達も人のいない方向に投げ始める。
ブーメランを使った事があるのか、ほとんどの子供達が綺麗に飛ばす。
ここで戸惑っていたのがアイザックの友人達だ。
彼らにはボールを投げた経験はあっても、皿を投げた経験などない。
まごまごとしていた彼らを見かねたブリジットが、まずはポールの手を取った。
「ブ、ブリジットさん!?」
「簡単よ。手首をこうして投げるの。腕の力はいらないわよ」
「はい、こうですか」
「そう、そんな感じよ」
「僕にも教えてください!」
「僕も!」
――ブリジットに密着されて、手取り足取りの指導。
他の子供達も「是非、自分にも!」とブリジットのもとに集まる。
「僕が教えようか?」
「アイザックはいいよ」
「えっ、なんで?」
その時、視線を感じたのでそちらを見るとブリジットが勝ち誇った顔をしていた。
(くっ! なんだ、この敗北感は?)
アイザックが敗北感に打ちのめされてはいたが、他の子供達は和気あいあいとした雰囲気でフライングディスクを投げて遊んでいた。
大人達が「皿を投げて何しているんだ?」と思っている事を除けば、おもちゃとして受け入れてくれる第一段階は上手くいったようだった。
----------
「みんなー、ご飯よー」
普通に遊ぶのに飽き、エルフの子供達が魔法でフライングディスクを飛ばし始めた頃。
昼食ができたと声が掛けられた。
ここでみんなの動きが止まったので、アイザックは一応注意しておく。
「楽しんでくれて嬉しいですけど、魔法を使って飛ばすと思わぬ怪我をするかもしれないからやめてくださいね」
(この世界にOL法だかBL法とかいう法律はないけど、怪我をされないのが一番だからな)
前世とは違い、この世界では
だが、法律がないからといって何をしてもいいわけでもない。
「嫌な思いをした」という記憶は残るものだ。
注意喚起をしておいて損はない。
しかし、アイザックの心配は、ブリジットの女友達に笑い飛ばされる。
「これくらい大丈夫だって。昼ご飯が終わったら風のベッドに寝かせてあげるわよ。今度は私達が魔法でもてなしてあげるわ」
「あっ、はい。お願いします」
反射的にそう答えてしまったものの、アイザックの心の中は不安で押し潰されそうだった。
ブリジットの友人というだけで「何か失敗されるんじゃないか?」と考えてしまうからだ。
これがクロードの友人なら、まだ信頼できたのにと思ってしまう。
アイザック達のテーブルは、アロイスやマチアス達と一緒だった。
なぜか、マチアスの手の甲が真っ赤に腫れ上がっている。
その他に、クロードとブリジットが同席する。
「皿を投げていたようだが、なんだあれは?」
「元々は木の皿を投げて犬に取らせていたんです。でも、ちょっと手を加えれば人間でも遊べるんじゃないかと思って改良したものですよ。ところで、その手はどうされたんですか?」
マチアスの質問に答えたあと、アイザックは質問し返した。
彼は恥ずかしそうに両手をテーブルの下に隠す。
「少しはしゃぎすぎた代償……、とでも言っておこう」
「爺様、何をやってるんだ……」
クロードが頭を抱える。
いい年をして落ち着きのない祖父に悩まされるのは何度目だろうか。
だが、今回ばかりはマチアスにも言い分があった。
「仕方ないじゃないか。今までミシェルが恨めしそうな顔で時折夢に現れていたんだが、一度笑顔に変わってから現れていないんだ。成仏したんだと思うと、少しくらいはしゃぎたくなる」
「ミシェルさんとはどなたですか?」
ミシェルというのは、初めて聞いた名前だった。
気になったアイザックがマチアスに尋ねる。
「ワシの妻だ。二百年前の戦争で亡くなっていてな。それ以来、助けられなかったワシを憎んでいるかのように、ずっと恨みがましい目で見てきたんだ。ある日、スッキリしたような笑顔で夢に現れて以来、もう夢に現れなくなった。三月の半ばくらいだったかな」
「えっ」
アイザックはクロードを見る。
彼もアイザックを見ていたので、二人の視線が交わる。
(もしかして、マットの呪いか?)
マットの事がなければ「過去の事がトラウマになって悪夢を見ていたんだな」で終わっていた。
だが「三月の半ばくらい」と、時期が一致している。
ひょっとすると、マットの先祖に呪いをかけたのがマチアスの妻ミシェルかもしれない。
そう思うと、黙ってはいられなかった。
「あの――」
「爺様。もしかすると、俺が関係しているかもしれない」
アイザックが話し出すよりも先に、クロードがマットの事を話し出した。
話を聞いているうちに、マチアスは片手で両目を覆い隠した。
「そうか。ミシェルはワシを恨んでいたわけではなかったのか……」
マチアスは震える声で言葉を絞り出す。
「ずっと助けられなかったワシの事を恨んでいるものだと思っていた。だが、それは違う。ミシェルの魂は人を憎み続ける事に苦しんでいたのだろう。気付いてやれなかった自分が情けない」
「爺様……」
「孫のお前に呪いを解かれて嬉しかったのだろうな。よくやってくれた」
マチアスはクロードの肩を掴む。
だが、クロードは悲しそうだった。
「いえ、あの呪いの元が婆様だとはわかりませんでした。自分の祖母なのにお恥ずかしい限りです。呪いを解くきっかけになったアイザックを褒めてやってください」
「あ、いえ。僕の事はお気遣いなく」
(どうしてこうなった……)
嬉しい誤算ではあるが、アイザックはマットを部下にする事しか考えていなかった。
さすがに自分の手柄のように勝ち誇るのが恥ずかしく感じられ、アイザックは両手を振って否定する。
その姿が謙虚だと好意的に受け取られる。
「何か手伝える事があったら何でも言ってくれ。ワシは元々ノーランの頃からウェルロッドとは関係があった事だしな」
「ありがとうございます」
アイザックは頭を軽く下げる。
その表情は、何とも言えない複雑なものだった。
しかし、次に顔を上げた時には普段通りの笑顔に戻っていた。
「これで心残りは一つだけだ」
「何ですか?」
「曾孫の顔が早く見たぁい」
「あぁ、もう鬱陶しい。早く婆様のもとへ行けばいいのに」
マチアスはいつものようにおどけた口調でクロードに絡む。
だが、その頬にはいつもとは違って一筋の涙が流れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます