第175話 スカウトの結果報告
「ハーッハッハッハッ」
アイザックがマットの件を報告すると、ジェイソンが腹を抱えて笑い出した。
今までの含み笑いとは違う。
本気の笑いだ。
「殿下、笑い過ぎじゃないですか?」
アイザックが文句を言っても、ジェイソンは笑っていた。
仕方がないので、ジェイソンが落ち着くまでの間、お茶を飲んで大人しく待つ。
その間、アイザックは「今年はなぜかよく笑われる年だな」と思っていた。
ランカスター伯爵と会った時も、祖父とのやり取りを話したら腹を抱えて笑われていた。
さすがにこれだけ笑われると、アイザックも不愉快となりぶすっとしていた。
「すまない、あまりにも予想外過ぎたんでね」
ジェイソンが口を開く。
その声には、まだ笑いが含まれていた。
「僕にも予想外だったんで笑われるのは仕方ないとは思いますけど……」
「まさか、狂人扱いされる原因が呪いだったとはな」
ジェイソンは、笑い過ぎて流れ出た涙を拭う。
彼にとって、それほど面白い話だったようだ。
「その呪いを解いたら、今までの反動かわかりませんが『人助けをしたい』と言い出しましたからね。ブレ幅が大き過ぎて想定外でしたよ」
アイザックが弱音を吐く。
「君にも想定外の出来事なんてものがあるんだね」
ジェイソンは一口お茶を飲んで、自分を落ち着かせる。
そして、話を続けた。
「でも、安心したよ。『呪いを解いてやったんだから、自分の家臣になれ』と強制したりしないとわかってね」
「さすがに『もう人を殺さなくてもいいんだ!』という者に強要はできませんよ」
「そうだね」
フフフッと、ジェイソンが含み笑いをする。
だが、面白いから笑うという笑い方ではなかった。
どこか安心した風に見える笑い方だった。
「少し安心したよ。君はフレッドが言うような極悪非道の人間じゃない。ちゃんと人の心を持っているんだとわかってね」
「殿下……」
(俺の事をどんな風に思っているんだよ)
世間にジュードと重ね合わせて見られているという事はわかっている。
しかし、ジェイソンは年齢的にジュードと会った事などないはずだ。
そうなると、アイザック自身の行動が判断材料として使われる比重が大きくなる。
「極悪非道の人間」と思われるほどの事には覚えは……、なくはない。
それでも、こうして面と向かって言われるのはいい気はしなかった。
「それに、意外と抜けているところもある」
「殿下!」
(こいつ、馬鹿にしてるのか!)
アイザックはそう思うが、ジェイソンは屈託のない笑みを浮かべている。
「ハハハ、すまない。でも、君が先代ウェルロッド侯とは違って人間味があるという事がわかったのは、僕にとって大きな収穫だったよ」
ジェイソンが口にした「収穫」という言葉に、アイザックは反応する。
(やっぱり、俺を試すためだったのか? そして、腹を抱えて笑っていたのは、俺の話が面白いからじゃない。失敗をした事を嘲笑っていやがったのか?)
今のところ、攻略サイトに書かれていたような馬鹿王子っぷりをジェイソンは見せていない。
だが、それでもやはり「他人に失敗させて大物ぶる馬鹿王子」という先入観は拭い去れていなかった。
アイザックは疑心暗鬼に陥る。
自分が腹に一物を抱えているだけに、他の人間にも裏があると考えてしまうせいだ。
「父上から先代ウェルロッド侯の話は聞いている。正直なところ、君がそのようになってしまうんじゃないかと心配していたんだ。同い年という事は、これから先もずっと一緒だという事だからね」
ジェイソンは正直な気持ちをアイザックに伝えた。
もし、アイザックが十歳、二十歳年上なら「先に死ぬから」と思って耐えられただろう。
だが、同い年という事は、自分が先に老衰で死ぬかもしれない。
自分が戴冠してから、ずっと家臣からのプレッシャーでストレスが貯まる人生になるかもしれなかった。
アイザックがジュードとは違い、人間味があるとわかった事はジェイソンにとって嬉しい出来事だった。
これから先の長い人生で、常に緊張を強いられる相手ではないとわかったからだ。
しかし、アイザックは違う。
――自分は試されていた。
しかも、失敗してしまっている。
それによってジェイソンに「こいつはジュードとは違って、たいした事のない奴だ」と見下されたと受け取ってしまった。
怒りがふつふつと湧き上がる。
(そうか、そんなに俺の失敗が嬉しいか。やっぱりジェイソンはジェイソンのままだな)
「では、今回の件は僕を試されるために持ち出されたのですか?」
腸が煮えくり返っているが、そのような事を表に出さず、笑顔のままで質問する。
これは確認しておかなければならない事だ。
「そうだ」と言ってくれれば、心置きなくジェイソンを奈落の底に突き落とす事ができる。
だが、ジェイソンの返事はアイザックの想定していなかったものだった。
「いや、マットの件はパメラから持ち込まれたんだ」
「パメラさんから?」
アイザックは困惑する。
予想外の名前が出たためだ。
「そうだ。ウィンザー侯爵家でもマットをスカウトしようという話があったらしい。だが、ウィルメンテ侯爵家やウォリック侯爵家がダメだったので断念したそうだ。パメラと話をしていた時に、アイザックなら何とかなるんじゃないかという流れになったんだ。ウェルロッド侯爵家は軍を拡張中だから人材も必要だしね。だから、この前会った時に話題に出したんだよ」
「そういう事だったんですか」
アイザックの中から怒りが消えた。
その代わりに、心の中が暖かい気持ちになっていく。
(そうか、パメラはウェルロッド侯爵家の事を心配してくれてたのか)
パメラ本人はアイザックと接触できないので、ジェイソン経由で教えてくれたのだろう。
彼女の優しさが温かく心に染み渡る。
だが、それはすぐに冷や水を浴びせかけられたように冷めたくなってしまった。
マットのスカウトに失敗したからだ。
(俺なら何とかなるって思ってくれていたのに、俺は失敗した。パメラにガッカリされたりするんじゃあ……)
そう思うと、もっと強引な手段を使ってでもスカウトしておけば良かったと後悔してしまう。
ジェイソンに笑われる事よりも、パメラを失望させたかもしれないという事の方が辛かった。
そんなアイザックの心境を知ってか知らずにか、ジェイソンが話を続ける。
「君は悩んでいるようだけど、僕は失敗して良かったと思っているよ」
「なぜでしょう?」
(笑えるからか?)
アイザックは失敗した事を悔やんでいるので、ジェイソンの発言を邪推する。
「もしも、マットのスカウトに成功していたら、ウィルメンテ侯爵達は面白く思わなかったはずだ。あちらは武官の家だからね。なんでウェルロッド侯爵家に、と思っただろう。それに、フレッドがまた騒ぎ出すかもしれない。狂人同士気が合ったんだ、とかね」
「そう考えると、失敗しても悪くはなかったですね」
「そうだね」
ジェイソンがニコリと笑う。
どう見ても、アイザックを嘲り笑っているようには見えなかった。
屈託のない純粋な笑みだ。
その笑みを見て「攻略サイトの情報は書いたプレイヤーの主観が強すぎるだけだったのでは?」と思い始める。
「自分で人となりを見て、どういう人物かを判断しなくてはいけないな」と考えさせられてしまう。
黙り込んだアイザックを見て、ジェイソンがフォローを入れてくれる。
「少なくとも、スカウトに失敗した事は恥ではないよ。フィッツジェラルド元帥だって断られているくらいだからね。それよりも、彼への対応を評価されると思うよ」
「呪いを解いたり、無理に家臣にしなかった事ですね」
「うん、その通り。
ジェイソンは、尊敬の眼差しでアイザックを見つめる。
それに対し、アイザックは曖昧な笑みを浮かべる事しかできなかった。
解呪は答えを知っていてやった事。
カンニングをした後ろめたさが「俺の手柄だ」と胸を張って自慢しようという気にさせてくれなかった。
「それに、恩を着せて無理やり手駒にしようとしなかったのは良い事だと思う。多分、この事を知った者達の君を見る目が少し変わるだろう」
「ちなみに、殿下は今まで僕の事をどう思われていたんですか?」
「フフフ、どうだろうね」
ジェイソンは動揺を表す事なく、含み笑いをしてアイザックの質問を受け流した。
(やっぱりこういうところが王子か。感情を表に出さずに答えにくい質問は受け流すんだな。……あれ、爺ちゃんヤバくねぇか? 政治家としてやっていけてる?)
ジェイソンは熟練の政治家のように、感情を出さずしらばっくれる事ができる。
それに対し、モーガンはアイザック相手に露骨な動揺を見せる場面が多かった。
ジェイソンと話している時ではあるが、祖父の事を「外務大臣として大丈夫か?」と、つい心配してしまう。
「でも、これだけは信じてほしい。今日、僕は君の事を堂々と友と呼べる人物だと確信した。これからもよろしく頼む」
ジェイソンが右手を差し出してきた。
アイザックは笑顔でその手を握り返す。
「
「それでは、今まではどうだったんだ?」という意味を込めて尋ねる。
これにはジェイソンも失言だったと、含み笑いをする。
「すまなかった。いじめないでくれ」
「いやー、いじめられているのはこちらの方ですよ。思いっきり笑われましたし」
「あれは、君の事を笑ったんじゃない。まさかあんな結末を迎えるだなんて思わなかったからだよ」
ジェイソンは口元を手で覆い隠す。
また笑い出しそうになったからだ。
「どうぞ、笑ってください。何でしたら、乳姉弟に突然婚約を迫られた話でもしましょうか?」
半ばやけくそになったアイザックが、リサの話を持ち出した。
「どんな話なんだ、それは?」
ジェイソンがテーブルに片肘をつき、興味津々ですと言わんばかりに食いついてきた。
アイザックが話し出すと、ジェイソンがまた腹を抱えて笑い出す。
「笑ってはいけない。笑ってはいけない事だ」と呟きながら我慢しようとするが、フヒッという変な笑い声が漏れてしまっている。
ジェイソンの姿を見て、アイザックは「ランカスター伯爵といい、この世界の人間は笑い殺す方が簡単かもしれないな」と考えていた。
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ジェイソンが笑い疲れたところで、面会はお開きとなった。
アイザックは別れの挨拶をし、年配の女官に先導されて廊下を歩いていた。
その時、女官がチラチラとアイザックを見てくるので、その理由を尋ねてみる。
「何かご用ですか?」
アイザックに声を掛けられるのを待っていたのだろう。
その場に立ち止まり、アイザックの方に向き直る。
「殿下があのように楽しそうにしておられる姿を初めて見させていただきました。ありがとうございます」
女官の言葉はアイザックにとって不思議な内容だった。
ジェイソンには友達がいる。
楽しい姿くらいはいくらでも見る機会があったはずだ。
「フレッド達と遊んでいる時はどうだったの?」
「もちろん、楽しそうにしておられました。ですが、腹を抱えて笑うというのは初めてです」
「なるほど」
一緒に遊んで笑うという事はあっても、笑い転げるという事がなかったのだろう。
だが、そんな珍しい姿を見られたお礼だけというわけではないはずだ。
アイザックは女官の目を見て、続きを促す。
「不躾なお願いで恐縮ですが、また遊びに来ていただけませんか?」
女官は頭を深く下げる。
今の言葉で、アイザックは彼女が何を言いたかったのかわかったような気がした。
(そうか、この人はジェイソンにとって乳母みたいな存在なんだろう。だから「息子をよろしくお願いいたします」みたいなノリで一言だけでも言いたかったんだな)
「もちろん、また遊びに来ます。そろそろウェルロッドに帰る時期なので、また冬頃になるかもしれませんけど。その代わり、また面白そうな話を仕入れてきますよ」
「ありがとうございます」
女官がニコリと笑ったので、アイザックも笑顔で返した。
そして、また歩き始める。
(そうか、そうだよな。ジェイソンだって家族だけじゃない。親身になって仕えてくれる奴らがいるんだ)
今更ではあるが、アイザックはその事に気付いた。
今までは王位を簒奪したあと、大臣や官僚達はそのままにしておくつもりだった。
しかし、アイザックがそう思っていても王家への忠誠から反発する者もいるはずだ。
(困ったな……。リード王家だけじゃあ済まなくなる)
目の前を歩く女官もそうだ。
リード王家に強い忠誠心を持つ者は、政情を安定させるために排除しなくてはいけない。
――政治的に、時には物理的に。
ジェイソンが思ったよりも良い奴だった事といい、アイザックの進む道は思っていた以上に険しい道となりそうだった。
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