第148話 家族集結

 馬車が屋敷の玄関前に止まると、外から急にドアを開けられる。


「アイザック! 無事だったのね!」


 ルシアが馬車に飛び乗り、アイザックを抱き締めた。

 彼女の両目からは涙が溢れている。


「大丈夫ですよ。少し行き違いがあっただけです」


 アイザックは、母を安心させようとする。

 しかし、それは逆効果だった。


「少しの行き違い? 何言ってるのよ! 近衛騎士にまるで……、まるで罪人のように連れられていったじゃない! 大丈夫なわけないでしょう!」


 ルシアが、ワッと泣き出した。

 アイザックはどう対応していいのかわからず、戸惑ってしまう。


「……お母様、心配をかけてごめんなさい」


 そう返事をして、抱き締め返す。


(こうなるのも当然か。ただの呼び出しじゃなく、連行されていったんだもんな……)


 ブリストル伯爵家にどれだけのダメージを与えられるかはわからなかったが、アイザックは「自分の身は大丈夫だ」という事がわかっていた。

 身の安全は最優先で確保していたからだ。

 だが、ルシアはそんな事を知らない。

 アイザックがどうなるのか心配で、居ても立っても居られなかったのだろう。


「ルシア、大丈夫だよ。ブリストル伯の誤解だったんだ。もう安心していい」

「でも……」


 彼も妻の気持ちはよくわかる。

 王宮で話を聞くまでは、彼女と同じようにアイザックがどんな処分を言い渡されるのか心配だった。

 エリアスの口から「疑惑は晴れた」と聞いて安心できているだけだ。

 ちゃんと、エリアスに無実を認めてもらったという事を、皆にも伝えなければならない。


「本当に大丈夫なんだ。陛下がアイザックへの訴えは事実無根だと判断を下された。皆にもちゃんと説明するよ。さぁ、行こう」


 まずはランドルフがルシアの手を取って馬車を降りる。

 そのあとをアイザックが続いて降りた。


「あれ? みんなも来てくれてたんだ」


 そこには、ハリファックス子爵一家とバートン男爵一家の姿があった。

 ルシアかマーガレットが、彼らに連絡したのかもしれない。


「当然じゃない」

「心配したんだよ」


 リサとティファニーが、ホッとした顔で話しかけてくる。

 最近会っていなかったティファニーは、伸びた髪を三つ編みにしていた。


「心配かけてごめん。けど、僕は何もしてないから、もう安心してくれていいよ」


 こうして自分を心配してくれる人がいるという事が、アイザックには素直に嬉しかった。

 アイザックは次に、母方の祖父母であるフィルディナンドとジョアンヌを見る。


「お久し振りです。こんな再会の仕方はしたくなかったのですが……」

「まったくだ。心配ばかり掛けよって」

「でも、無事に帰ってこられて良かったわ」


 二人の顔色は真っ青だった。

 ネイサンを排除した時といい、アイザックと会う時はいつも大問題が起きたあとばかり。

 大人しいティファニーと違って、心にとてつもなく大きな負担を強いられる。

 どうせなら、もっとまともな用件でアイザックと会いに来たかったはずだ。

 余計な心配を掛けてしまったようだ。


「お帰りなさい。まずは皆さんに中に入ってもらいましょう」


 最後にマーガレットが声を掛ける。

 何も問題がなかったのなら、腰を据えてゆっくりと話し合えばいいと屋敷の中に入ってもらおうと提案してくる。


「お婆様にもご心配をお掛けしてすみませんでした」

「心配? そんなものしていないわよ」


 マーガレットは平然とした顔をしていた。


「何もしていなければ、何事もなく帰ってくる。何かをしていても、あなたは尻尾を掴まれないように上手くやっているはずです。必ず帰ってくると信じていました」

「そ、そうですか」


 嫌な信頼である。

 だが、家族に大人しい者が多いせいだろう。

 ここまで肝が据わっている祖母がとても頼もしく見える。


(親父に男の貴族としての教育ができなくても、その度胸を教えてくれているだけでも大違いだったのに……)


 そんな事を思いつつ、アイザックは屋敷の中へ入っていった。



 ----------



 家族への説明は、ランドルフが行った。

 アイザック本人よりも、第三者の視点から見て感じた事を話した方がわかりやすいだろうと思ったからだ。

 この話は、アイザックを心配していたクロードとブリジットも聞いていた。


「なるほど。それってつまり、日頃のおこ――」


 空気を読まない発言をしようとしたブリジットの口を、クロードが手で塞ぐ。

 しかし、そこまで口にしてしまっては、すでに手遅れだった。

 周囲の者達には、何を言おうとしていたのかわかってしまった。

 もちろん、アイザックもだ。

 苦笑いを浮かべながら、口を開く。


「確かにちょっとだけ誤解を招くような行動をしていたかもしれないけどね」


「いや、ちょっとじゃないだろう」というのは、この場にいた者全員が持つ共通の認識だった。

 兄のネイサンを殺した時に手際の良さを見せたので、どこかで暗躍していそうなイメージが定着してしまっている。

 普通の関係ならともかく、ドワーフ関係で利益を奪い合う仲となっている時に、アイザックに訪問されたら「何かされた」と思うのも無理はない。

 アンディーなどは、ブリストル伯爵の取った行動に「彼の行動も少しは理解できるかも」と思ったくらいだ。

 少なくとも、ちょっと・・・・で済むレベルではない。


「でも、ドワーフの事を抜きにしても、一回コンラッドさんとは話してみたかったんです。腹違いの兄弟でも、仲良くできる方法があったのかどうかを知るために。こんな事になって……、本当に残念です……」


 アイザックは唇を噛み締める。

 その姿を見て、思わずランドルフとルシアがアイザックを抱き締めた。

 同席している者達も目を潤ませる。


 ――家督争いの件では、アイザックも被害者だった。


 その事を理解したからだ。

 本人なりに和解できる方法を模索していたが、情勢がそれを許さず、直接的な解決方法を取るしかなかったのだと。

 まだ子供なのに、多くの重荷を背負っているアイザックに同情が集まった。

 そこでアイザックは一つ気になった事をランドルフに質問する。


「お父様。一つ気になったんですが、家の外に僕の兄弟がいるっていう事はないですよね?」


 アイザックが気になったのは、妾の存在だ。

 コンラッドも妾の子供だった。

 ランドルフも第三夫人ではなく、愛人を外で囲っている可能性があるかもしれないとアイザックは考えた。

 これは「自分が父の立場だったら?」と考えた事が大きい。


 家には愛する妻が二人もいるが、二人の仲は良くない。

 心が落ち着く暇がなかったかもしれない。

 だったら、安らぎを求めて外に愛人を作っていてもおかしくない。

 侯爵家の跡取りなので、妾を囲う余裕もある。

 またお家騒動なんていうハメになるのは嫌だったので、この機会に確認しておきたかった。


「いるはずないだろう! 今まで抱いた事があるのはルシアとメリンダだけだ!」


 当然、ランドルフは声を荒らげて否定する。


「あなた、そんな言い方をしてはいけません!」


 しかし、とんでもない質問をされて驚いたのか、直接的な表現過ぎた。

 ルシアがランドルフに、顔を真っ赤にして注意する。

 だが、それは怒りによって赤くしているのではない。

「抱く」という表現を使われたので、恥ずかしさで紅潮していた。

 ここには子供だけではなく、両親までいるのだ。

 表現には気を付けてほしいと思ったので、言葉を荒らげてしまった。


「あ、いや……。申し訳ない。だが、浮気なんてしていないし、しようと思った事もない」


 ランドルフは、素直に皆に謝った。

 それでも否定するべきところは、しっかりと否定する。

 メリンダとの結婚は浮気に入りそうだが、この世界ではちゃんと結婚していれば浮気にならない。

 結婚せずに肉体関係を持った場合に、浮気をしたと思われる。

 だから、妾を作る事は浮気の範疇になる。


 大人達は特に気にしていないようだが、行為を想像してしまったのか、ブリジットやリサといった年頃の娘が顔を赤く染めて、気まずそうに視線を動かしている。

 当然、アイザックは大人側であり、平然としていた。

 もっとも、親の行為を想像させられるという、何とも言えない複雑な感情はあったが自分の質問がきっかけなので抗議しようがない。


「その答えを聞けただけで十分です。あのような思いは一度で十分ですから」

「アイザック……」


 この言葉は嘘ではない。

 ただし「誰も殺したくない」という意味ではなく「もう二度と家族との仲が崩壊する恐怖を味わいたくない」という意味合いが強かった。

 だが、周囲の者達には「身内を殺す辛さを味わいたくない」という意味で受け取られた。

 それ以外に受け取りようがないからだ。


「普段は来ないお爺様やお婆様がせっかく来てくださったんですし、ケンドラも呼んでみんなで少しお話ししませんか?」


 すでにブリストル伯爵家の話題は終わった。

 いつまでも暗い雰囲気でいるよりも、皆が集まっているのだから明るい雰囲気の方でいる方がいい。

 そう思ったアイザックが、話題を変えようとする。


 これには他の者達も賛同した。

 何も問題がなかったのなら、深刻な表情で顔を突き合わせる必要はない。

 お喋りをして、足取り軽く帰られる事を素直に喜ぶべきだと感じていた。


 アイザックの提案通り、ケンドラを呼び、彼女を中心にして和やかな時間を過ごした。



 ----------



 ハリファックス子爵家やバートン男爵家の面々は、昼食を取ると帰っていった。

 アイザックが連行されたと聞いて来てくれていただけだ。

 彼らにも予定があるので、来てくれただけでも感謝するべきだろう。


「いやー、それにしても『ついにやっちゃったか』と思ってたけど、何もやってなかったのね」

「やってませんよ!」


 ブリジットの失礼な物言いに、アイザックは強い言葉で否定する。

 今回は本当に何もやっていない。

 ただ、お話にいって、ゴミを捨ててもらっただけだ。

 裏切れなどという交渉は一切やっていないのだから、非難されるいわれはない。

 全て一人で踊って、勝手にこけたブリストル伯爵の責任だ。


「まぁ、何事もなくてよかった。お前はエルフだけではなく、ドワーフとも関わりがある重要人物だ。今後は身の振り方を考えて、余計な疑いを持たれないように気を付けてくれ」

「そうですね。気を付けます」


 口では仲介役を失う事を心配している素振りだが、彼の視線がアイザックの事を心配していると語っている。

 クロードにも心配を掛けたようだ。

 それもそうかと、アイザックは考える。

 目の前で連行されていったのだ。

 よほど嫌われている者でもない限り、誰だって心配をする。

 アイザックは呆れられる事はあっても、彼らに嫌われてはいない。

 だから、心配してくれているのだ。

 その事がわかるだけに、注意されて嫌な気はしなかった。


「ぱぱ、あそぼ」


 ケンドラがランドルフの足に抱き着く。

 しかし、ランドルフは悲しそうな顔をした。


「私はもう一度王宮に行ってくる。父上からあのあとどうなったか早めに聞いておきたい。アイザック、ケンドラと遊んでやってくれるか?」


 本当は娘と遊びたいが、ブリストル伯爵の件が心残りだった。

 モーガンが帰ってくるまで待ってはいられなかった。


「いいですよ。ケンドラ、パトリックと一緒に遊ぼうか」

「あそぶー」


 ケンドラはトテトテと歩いて、アイザックのもとへ行く。

 ただ歩いているだけなのに、とても可愛らしい。

 大人達の頬が自然と緩む。

 アイザックの騒動があったあとだけに、ケンドラは癒しの存在となっていた。


「お姉ちゃんとも遊ぼうね」


 ブリジットもケンドラを気に入っているようだ。

 一緒に遊ぼうとして名乗り出た。

 ケンドラはなかなかの人気者だ。

 クロードも時々相手をしてくれている。


 ケンドラは、アイザックとブリジットの二人に手を繋がれて、パトリックの部屋に向かって歩く。

 その途中、アイザックの顔に笑みが浮かんだ。

 もちろん、ケンドラが可愛いからというものも含まれているが、一連の騒動が上手くいったという達成感によるものでもある。


(俺って、実は才能あるんじゃないの? まぁ、そんなわけないか。そういうやり方があるっていう事を知っていただけだもんな)


 アイザックは自分の力ではなく、先人の知恵のお陰で成功を収めたと思っていた。

 だが、知識があるからといって、誰でも成功するわけではない。

 どのような類の知識も、使いこなすという事が重要だった。

 その点、知識を組み合わせる事のできるアイザックは、人を陥れる才能がある方だと言える。

 陰謀や策略といった行為は、前世では活用できる機会がなかった。

 だから、そういった方面の才能があると気付けなかった。

 気付く必要がなかったとも言える。


 だが、この世界に生まれ変わってからは違う。

 ウェルロッド侯爵家の当たり年に生まれ、多くの知識を使いこなせるだけのスペックを持つ体も手に入れた。

 そして何よりも、才能を生かす機会にも恵まれた。

 様々な要因が重なった結果、今のアイザックがある。

 良くも悪くも、これから先も成長を続けていくはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る