第141話 ウェルロッドに戻っての会議

 アイザック達はウェルロッドの屋敷に帰った。

 一泊したあと、モーガン達は報告のために王都へ向かう予定だ。


「それで、どうでした?」


 留守番をしていたランドルフが興味深そうに尋ねる。

 もちろん、興味本位だけではなく、ウェルロッド侯爵領の安全のためにも聞いておきたかった。

 皆の様子を見る限り喧嘩別れをしたようには見えないので念のためだ。


「大丈夫だ。争いになる事はない。ブランデーよりも、洗濯バサミとかいうのを気に入ったのは納得いかんが……」

「へー、あれがですか。ドワーフの考える事もわかりませんね」

「知っていたのか?」

「ええ、だって我が家でも使ってますから。使用人が『便利だから、ウチにも欲しい』と言っていましたよ」


 ランドルフは洗濯バサミの事を知っていたと、平然と答えた。


「知っていたなら……。いや、聞いていても信じられんかっただろうし、ドワーフがあそこまで反応を示すとは思わなかったから同じか」


 モーガンは深い溜息を吐く。

 さすがに当主という事もあって、洗濯物の干し方など全く知らない。

 実際に使用している者の意見を聞いても、その価値がわからなかっただろう。

 ランドルフを責めるのは酷というものだという事を理解しているので、何も言わなかった。


「ところで、ジークハルトにもらったあのナイフ。よければ見せてもらえないか?」

「ああ、それは私も気になっていた。子供が作った物とはいえ、今のドワーフがどんな物を作っているのか……」


 クエンティンとウォーレンが、ナイフを見たいと言いだした。

 今の技術で作った物が気になるのだろう。


「いいですよ」


(子供が作った割りには切れそうなナイフってだけだしなぁ)


 別に隠すような物ではないので、アイザックはあっさりと見せる。

 受け取ったクエンティンの顔色が少し変わり、ナイフを抜いて刀身を見た時に大きく変わった。


「まさか、この光沢にこの軽さ……」

「なんです?」

「オリハルコンでは?」

「えぇっ!」


 アイザックが驚いた。

 こんなところで魔法以外のファンタジーっぽい要素と出くわすとは思わなかったからだ。

 見た目は、ちょっと光沢が変わった鉄にしか見えない。

 しかし、反応を示したのはアイザックだけ。

 モーガン、ランドルフ、ウォーレンは無反応だった。


「知っているのか? アイザック」

「えっ」


 むしろ、なんで反応を示したのか不思議そうにランドルフに尋ねられた。


「いや、だって珍しい鉱物……、なんですよね?」


 困ったアイザックはクエンティンに助けを求めた。

 彼はしっかりと頷き、アイザックの言葉を肯定した。


「そうだ。オリハルコンは鉱脈に時々混じっている物だ。量が少ないという事もあるが、溶かす事もできないし、削ったりするのも非常に困難な鉱物で出回っていない。私もウォリック侯爵家の人間でなければ知らなかっただろう。……お前はよく知っていたな」


 クエンティンは不思議そうにアイザックを見る。

 鉱山による収入が大きいウォリック侯爵家とは違い、ウェルロッド侯爵家のアイザックが知っているのが不思議だったからだ。

「前世のRPGとかで」などとは言えない。

 アイザックは慌てて、それっぽく聞こえる言い訳を考えた。


「ほ、本で読んだんですよ。ものすごく硬いオリハルコンっていう鉱石があるって」


 ――困った時の本頼み。


「そうか。勉強家だな」


 とりあえず、それで周囲の大人達は納得してくれたようだ。

 アイザックは一先ず胸を撫で下ろす。


「加工の難しい鉱石をナイフにしている。という事は、やはりドワーフの技術力は優れているのだな」

「人間には溶かす事もできない鉱石ですからねぇ」


 モーガンやウォーレンもオリハルコンの事を理解すると、ナイフに感心を持ったようだ。

 とはいえ、ナイフその物よりも、オリハルコンを加工できる技術力にではあったが。


「……あれ? もしかして、とんでもない物を貰っちゃいましたか?」

「希少鉱物を使った物かどうかは置いておくとしても、かなり思い入れのある品物だからな。お返しは相応の物を用意しないといけないぞ」

「やっぱり……」


 人間には加工できない貴重品。

 しかも、職人の道を諦めて商人になる時に最後に作った物。

 そのお返しも相応の物を用意しなくてはならないかもしれない。

 今のアイザックにとって、それは非常に困った問題となる。


(何にも思いつかないんだよなぁ……)


 ブランデーよりも洗濯バサミに驚かれた時点で、ドワーフに何が喜ばれるのかわからなくなってしまっていた。

 頭を悩ませるばかりで、いい答えが出てこない。

「お返しなどどうすればいいのか?」と困るばかりだ。


「何か心のこもった物を贈るといい。来年まで時間があるからゆっくり考えるといい」

「はい、そうします」


 幸い、協定の調印は来年に行う事になった。

 お陰で考える時間はある。

 なんで来年になったかというと、まだまだ決めなければならない事があるからだ。


 その中で一番重要なのが為替レートだ。

 ドワーフはゴートという通貨を使っている。

 先日の話し合いだけで「100リード=100ゴート」と単純に決めるわけにはいかなかった。

 調印式までに人間側の商人がザルツシュタットで物価を調べ、ドワーフ側の商人がアルスターで物価を調べる。

 そのうえで、為替レートを決めるという事になっていた。


 金貨一枚でも、国によって大きさが違えば金の含有量が違う。

 しかも相手は二百年振りに交流を持つドワーフだ。

「為替レートで揉めないよう、時間を掛けて慎重に調べたい」と、同行していた財務官僚が主張した。

 今後のトラブルを避けるためにも、これはもっともな提案であると受け入れられた。

 それに、エルフよりも大きな規模の取引になるので、準備をする必要もある。

 来年の春に調印式を設定したのは正しい考えだった。


 当然、交易が先延ばしになるとウォルフガング達が困る。

 それまでの間、ザルツシュタットでエルフ向けの商売を行っていた工房は、ルドルフ工房が支援してくれる事になっている。


(こんな立派な物のお返しとかどうすればいいんだ。俺もオリハルコンをウォリック侯爵家から買い取って……。でもそれじゃあ面白味ないしなぁ。……あっ)


 そこでアイザックは一つの考えが思い浮かんだ。

 しかし、それはジークハルトへのお返しではない。

 クエンティンのためになる事だ。


(まるで宿題をやらないといけないのに、部屋の掃除をし始めた時の気分だ)


 クエンティンに恩を売る事ができれば、一応は将来的に自分のためになる。

 だが、考えていた問題の答えとは違う事を思いついてしまったので、どこか釈然としない。


「そういえば、ウォリック侯の領地でもオリハルコンは採れるんですか?」

「オリハルコンは金や鉄の鉱脈から脈絡もなく稀に採れる。だから、使い道もないのに昔から無駄に貯められている物がそれなりあるな。……プレゼントに使うのか?」


 クエンティンは「必要ならタダでやるから、アマンダと婚約してくれ」と言いたそうな顔をしている。

 しかし、アイザックが話そうとしているのはおねだりではない。

 ウォリック侯爵家のための提案だ。


「プレゼントには使います。でも、ジークハルトさんのためではありません。国王陛下のためです」


 この提案にクエンティンはすぐに納得した。

 オリハルコン製品ならば、エリアスに献上するのには十分な品質だ。

 ウォリック侯爵領で採れた物を使って、エリアスに献上する物を作ろうと提案したのだろうと思った。


「ザルツシュタットに商人を送る時に、一緒に持っていってもらえばいいんです。そして、何か記念の品になりそうな物を作ってもらえばいいと思います。ウォリック侯が材料を持ち込んで頼んだといえば、陛下の心証も良くなるのではありませんか?」

「陛下の? ……あぁ、なるほど」


 こちらの意味も、すぐにクエンティンは理解した。

 ウォリック侯爵領では重い税を課していた。

 もちろん、理由があっての事だったが、その事がエリアスの逆鱗に触れてしまった。


 ――オリハルコンをドワーフに提供し、それで何かを作ってもらうといい。


 アイザックがそう提案したのも、ウォリック侯爵領産のオリハルコンを使ってご機嫌を取れという意味でだった。

 素材を持ち込めば、その分安く作ってくれるかもしれない。

 いや、どうせ人間には扱えないのだ。

 余っているならドワーフに売り払って、制作費用にしてもいい。

 オリハルコン製の物を作ってもらい、エリアスのご機嫌を取る。

 そうする事で、ウォリック侯爵家の印象を良くしたらいいという提案だった。


 これはアイザックに利益がない提案のように思えるが、ちゃんと利益はある。

「ウォリック侯爵家のために頭を使った」という事実だ。

 この場にはウォーレンもいる。

 アイザックがエリアスとクエンティンのために動いたという事実は、広く知られれば知られるほど都合がいい。

 自分の本当の目的を表向きは実行する日まで隠し通せるからだ。

 しかし、提案されたクエンティンは内心乗り気ではなかった。


 ――御恩と奉公。


 それはこの世界においても基本的な考えである。

 見返りがあるから忠誠を誓う。

 見返りを求めず、無償の忠誠を誓う者もいるが、そのような者は稀だった。


 クエンティンはエリアスのせいで父が憤死した。

 それだけではなく、減税を強制してウォリック侯爵領を混乱させ、アマンダが婚約者を失うハメにもなった。

 エリアスから恩を受けた覚えなどない。

 周囲とのしがらみがあるので、貴族や王党派の一員として忠誠を誓っているだけ。

 むしろ「なんて事をしてくれたんだ」と思うところがあるくらいだ。

 積極的に媚びを売ろうという気にはなれなかった。


「……そうだな。ドワーフに希少金属も売れるという事をアピールできるし、ザルツシュタットに商人を送る時に頼もうかな。ウォリック産の鉱物に興味を持ってくれるかもしれない」


 とはいえ、人前でこの申し出を断るほど叛意があるわけではない。

 それに、ウォリック侯爵家の今後の事を考えると、国王であるエリアスの心証を良くしておく事は悪い事ではない。

 クエンティンはアイザックの提案を受け入れた。


「我が家の事を気にかけてもらってすまないな」

「いえ、お気になさらないでください。同じ王国貴族として当然の事です」


 アイザックは笑顔で気にするなと答える。

 その笑顔は、アイザックの狙い通り「国家転覆を狙う不忠者」という本当の姿を周囲から隠す事に成功していた。

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