第113話 ジェイソン
アイザックが「誰か知っている奴はいないかな」と周囲を見回していると、広間に祖父が姿を現した。
他にもウィンザー侯爵達がいる。
「間もなく式を始めます。子供達の整列をお願い致します」
文官達が人の間を縫って、開催の準備を始めるよう声を掛け始めた。
「そろそろ始まるみたいだな。アイザック。お前はここに立つんだ。この場所が代々ウェルロッド侯爵家の人間が立つ場所だ。お前もよく覚えておけ」
ランドルフがアイザックを案内する。
そこは王が立つ壇上の正面から少し離れた場所だった。
同じように、パメラ達も少し距離を置いて立っていた。
後ろを見れば、伯爵家と思われる子供達が並んでいる。
彼らの背後では、おそらく子爵家、男爵家の順に並んでいるのだろう。
アイザックからは人が邪魔になってよく見えなかったが、なんとなくそのように感じた。
「陛下が入ってくる時に典礼官が知らせるから、あとは言った通りにやるのよ。わからない時は周囲に合わせればいいわ」
「はい、お母様」
返事をしたがアイザックは不安を覚えた。
最前列はどうしても目立ってしまう。
しかも、人の動きがわかり辛い。
伯爵家以下であれば、前に並んでいる者の動きに合わせられる。
アイザックもいつかは人の上に立つ。
だが、今はまだ子供だ。
――失敗しても許される時に失敗しておいて損はない。
そう思う事で、アイザックは不安を抑え込んだ。
アイザックの左右に両親が立った。
普段ならランドルフが中央に立つところだが、今回は子供が主役なのでアイザックが真ん中だった。
壇上には大臣達が居並ぶ。
アイザックは彼らを眺めていると祖父母と目が合った。
彼らは子供達を国家の重鎮とその妻として出迎える側だ。
アイザックが頷くと、二人も頷き返してきた。
近くにはマチアスやアロイスの姿も見える。
クロード達、付き添いの若いエルフもいる。
長老衆は堂々としているが、若いエルフ達は珍しいのか、周囲に視線を動かしていて落ち着きがない。
(周囲が落ち着いているのに、一部だけ落ち着きないと目立つなぁ。……あっ、俺もか!?)
クロード達を見て、アイザックは自分もキョロキョロとしていた事に気付く。
周囲から見られた時に「落ち着きの無い奴だ」と思われてしまう。
それではダメだと、正面の演壇の方に集中する。
だが、これはアイザックの心配し過ぎだった。
普段から王宮に訪れているパメラとフレッド以外は、多かれ少なかれ物珍しそうに周囲を見回していただからだ。
「慣れていない子供の態度が初々しい」と、温かい目で見られているだけだった。
初めて王宮に来た子供を厳しい目で見る者は、そう多くはない。
「国王陛下、ご入来ー」
(来たっ)
アイザックは両親の動きに合わせて片膝をつく。
キョロキョロするのをやめていたお陰で、すぐに行動に移す事ができた。
首を垂れて、国王のエリアスが話し出すまでジッと待つ。
(この仕草もなー。本当の事を知らなけりゃ、敬意を払っているとか思ってたのに)
これはマチアスが言っていた事を、クロードから又聞きした話だ。
大昔は国王が入ってくるのをみんなが見ていた。
しかし、ある時国王がつまずいて、それを笑われたらしい。
それ以来「俺が入ってくるのを見るな」と、頭を下げて待つ事が義務付けられたのが始まりらしい。
「世の中、何でもかんでも知ってしまえばいい」という訳ではないという好例だった。
「皆の者、面を上げよ」
エリアスの言葉。
それに合わせて、出席者達が一斉に顔を上げる。
アイザックが見たのは演壇にいるエリアス。
そして、隣に立っている白い服を着たジェイソンだった。
ジェイソンの着ているのは、宮廷服というよりも軍服のような印象を受ける形のものだった。
(あれがジェイソン……。クソッ、オーラがあるな)
生まれついての王族という事もあってか、まだ子供なのに人の上に立つのにふさわしいオーラを感じられる。
それは、彼の本性を知っているアイザックですら認めざるを得ないものだった。
(知識で知るのと、実際に見るのとの違いか)
原作ではニコルにとって最高の攻略キャラであり、最悪のお邪魔キャラだった。
一定以上ジェイソンと仲良くなると、他のキャラの好感度を下げるランダムイベントを引き起こすからだ。
他の好感度の高いキャラに無理難題を押し付け、失敗したらニコルの前で叱責する。
――そして、許す。
ニコルに「失敗した者を許す」という行為を見せる事で、自分の器を大きく見せてアピールしてくるのだ。
そして、そのイベントがあった場合、なぜか叱責されたキャラのニコルへの好感度が下がる。
逆ハーレムエンドを目指すユーザーにとって、パメラよりもジェイソン自身が最大の壁となっていた。
だが、アイザックの目の前にいるジェイソンからは、そのような小物の空気は感じられない。
王者としての風格を若くから身に着けた、立派な少年がいるだけだった。
一人の人として、人の上に立つ者として、現段階では負けを認めざるを得ない。
「今日は一年でもっとも早いめでたい日。健やかに育った諸君らの姿を見る事ができて、私も嬉しく思う。今年は我が子ジェイソンも出席する事ができた。今この場にいる者達には特に期待している。同年代の者として、将来ジェイソンと共に国を治めていく事になるだろう」
(それはどうだろうな)
話の最中に、アイザックはそんな事を思った。
まさかエリアスも、すぐ目の前に反旗を翻そうと考えている者がいるとは思うまい。
メリンダとネイサンを排除した時と同じだ。
――相手に立ち直らせる暇を与えず、一撃で仕留める。
今はまだ忠臣のフリをして油断をさせる時。
神妙な面持ちでエリアスの話を聞きながら、アイザックは腹の中では正反対の事を考えていた。
不穏な事を考えているとエリアスの話が終わり、マチアスと交代する。
そこで全員がひざまずくのをやめた。
貴族がひざまずく相手は国王一人。
マチアスは客人なので、姿勢を正すだけだ。
アイザックは彼がどんな話をするのか、話す前から不安になってしまう。
「私の事を知らない者もいるので、まずは挨拶から。私はマチアス。初代ウェルロッド侯の要請によって、五百年前のリード王国建国の時期から、二百年前の戦争が起きるまでこの国に住み、共に戦っていた者だ」
普段とは違い、今は真剣な表情をして、渋みのある声で話し出した。
「時代は変われど、いつの時代も変わらぬものがある。それは子供の成長が喜ばしいという事だ。諸君らを祝う席に私達が呼ばれた事を嬉しく思う。これからも健やかに育っていってほしい」
マチアスの挨拶はそれだけで終わった。
話が長すぎるという問題があったので、あらかじめ周囲と相談していたのだろう。
さっぱりし過ぎているとアイザックは感じたが、話の内容よりも「エルフの長老が祝ってくれた」という事実が重要なのだ。
内容自体につっこむつもりは無かった。
それに、他の村の長老達も祝いの言葉を述べている。
一人で長々と話す時間が無かっただけかもしれない。
最後にアロイスが話をすると、今度は大臣達が話をし始める。
そのほとんどを、アイザックは聞き流していた。
面白みのない祝辞や、これからも貴族の一員として恥ずかしくない行動を心掛けるようにという内容だったからだ。
モーガンの話も普通の事を喋っているだけだった。
しかし、一言気になるところがあった。
「仲良くするだけではなく、時にはぶつかる事もあるだろう。そんな時は、まずは話し合いで解決を図るように」
アイザックは、その言葉が自分に向けられているような気がした。
実際はアイザックにだけに向けられた言葉ではなかったが、身に覚えがある事なので、どうしてもそう受け取ってしまった。
モーガンの話が終わり、他の大臣達の話も終わった。
“これで終わりか”とアイザックは安心する。
緊張状態だと、立っているだけでもかなり体力を消耗してしまう。
皆の視線を受ける場所に立っていながら、何もなかったかのように平然としているジェイソンの堂々とした姿は立派なものだと感心させられる。
「子供達には別室に食べ物と飲み物を用意している。そこで親交を深めてほしい。せっかくの機会なので、普段話さないような相手と交流したりすると良いだろう」
エリアスが最後に締める。
十歳式が終わり、大人達が一斉に拍手をする。
おそらく、十歳式ではその交流がメインなのだろうと、アイザックは思った。
今までの事情が事情とはいえ、アイザックが他の派閥の子供と出会ったのはフレッドやダミアンくらいだ。
同じ貴族派であるウィンザー侯爵家傘下の貴族の子供達とすら会っていない。
子供達の交流範囲を広げさせるためにも、十歳式というのは重要な行事なのかもしれない。
「アイザック、このあとの事はわかっているな?」
「もちろんです。別室に移動したあと、最初は殿下に挨拶するんですよね」
「そうだ」
この事は前もって聞いていた。
いつもは完全に自由行動だが、今年は王子のジェイソンがいる。
男爵家の子供なら、挨拶し忘れても「挨拶したかどうか覚えていない」という状況もあるだろうが、アイザックは侯爵家の子供。
四人しかいないので、挨拶したかどうかは覚えられてしまう。
「挨拶もしない無礼な奴だ」と思われたら、今後に悪影響を与えてしまう恐れがあった。
だが、その心配は無用だった。
「僕も殿下とお話ししてみたかったので忘れたりはしません。ランカスター伯爵のジュディスさんともお話ししてきます」
「そうだな。その方が良いだろう」
ランカスター伯爵とは当主同士の仲が良い事や領地が隣り合っている事もあり、孫同士も親交を深めておいて損はなかった。
アイザックの判断に、ランドルフは満足していた。
「色んな子とお話ししてきなさい。今は仲良くならなくても、学院に入った時に友達になったりする事が多いのよ」
「はい、お母様」
母の言葉に素直に返事をする。
ダミアンの母であるキャサリンとルシアのように、派閥が違えど親しくなる事もある。
それは良い事だとアイザックも考えていた。
問題があるとすれば、それが打算による考えだったという事だろう。
――他の派閥の情報が手に入れやすくなるかもしれない。
そのような考えをしていたからだ。
「では、ジェイソン殿下の後を付いていくんだ。頑張るんだ」
「はい」
式が終わり、これから子供の社交界が始まる。
緊張し過ぎてデビューに失敗しないよう、アイザックは何度も深呼吸をしながら広間を出ていった。
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