第112話 十歳式当日

 一月十日。

 この日は十歳式が行われる。

 アイザックはなんとなく「そのうち、十歳式は第二月曜に開催とかに変わりそうだな」と思っていた。


 そんな事を考えているのも現実逃避のためだ。

 この日のために作られた服は、宝石入りの金無垢のボタンが付けられている。

「どこかに引っ掛けて、ボタンが千切れたらどうしよう」と気が気でない。

 家が豊かなのはわかっている。

 アイザック個人の財産もボタンの一つや二つで動じるようなものではない。

 それでも、どこかに落としてしまえば嘆き悲しむ自信があった。


(けど、男で良かった……)


 男の服は飾るとしても前面だけ。

 それに対し、女の服は全体的に派手になる。

 もし、女に生まれ変わっていたらと思うとゾッとする。


 今は馬車の中。

 両親と共に王宮へ向かっている最中である。

 気を紛らわせるために、一つ気になった事を聞く事にした。


「開催時間直前に到着するより、もう少し余裕があった方が良かったのではありませんか?」


 開店三十分前出勤に慣らされたアイザックにとって、直前に到着という状況は落ち着かない。

 もっと早く家を出れば良いのにという思いが強かった。

 そんなアイザックとは対照的に、ランドルフは余裕を持った態度で答えた。


「侯爵家の者が早めに到着していると、あとから到着した他の家の者が萎縮するんだ。だから、我々は遅めに行く事になっている」

「なるほど、そういう事ですか」


 これはアイザックにも納得のできる答えだった。

 出勤した時にエリアマネージャーなどが先に店に来ていた時など、自分が遅刻したような気分になって気まずかった。


 ――立場のある者は、ゆっくりとして行動してほしい。


 その思いが、この世界でも同様であったとアイザックは知った。


「それよりも、やる事は覚えてる?」


 ルシアがアイザックに話しかける。

 その内容は、十歳式でのアイザックの行動だ。


「最前列に並んで、陛下が現れたらひざまずくだけですよね。それくらいは大丈夫ですよ」


 基本的に侯爵家の子供は壇上前に集まる事になっている。

 そして、その後ろに伯爵家、子爵家、男爵家と並ぶ。

 ここでアイザックが侯爵家の子供だという事が幸いした。

 子爵家や男爵家の子供だったら、友達の少ないアイザックはどの辺りに並べばいいか迷っていただろう。

「とりあえず前に行けばいい」というのは、非常にわかりやすかった。


「内容自体は難しい事はない。陛下のお言葉を聞いて、あとは子供達で交流をするだけだ。わからない事があれば周囲に合わせればいい」

「はい」


 教育を受けた子供とはいえ、子供は子供。

 あまり難しい内容ではなく、軽いものなのだろう。

 祝う事が主目的であり、厳かな儀典ではないらしい。

 その事が、あまり式典の空気が好きではないアイザックにとって救いであった。



 ----------



 王宮に到着し、アイザック達は王宮の広間へと向かう。

 そこには息苦しさを感じそうなほど大勢の人が集まっていた。

 これは家族以外の貴族も出席しているせいだ。


 ――子供の家族だけではなく、関係のない貴族も出席して祝いの言葉をかける。


 というのは名目で、こういったパーティーで顔繋ぎをしたり、何らかの話をしたりをするためだ。

 人が集まっている場所ほど大きな話も動く。

 そのため、王都にいるほぼ全ての貴族が集まっていた。


「さぁ、行こう」


 ランドルフがアイザックを先導し、人々の間を通っていく。

 アイザック達が通れるように、人々が道を空けてくれた。

 こういう時、侯爵家の威光を感じられる。


「ランドルフ様、お元気になられて良かった」

「ご心配をおかけしました」


 そんなやりとりを途中でしていく。

 ランドルフが心の病だった事は一部の者しか知らない。

 表向きは病気で静養中だったので、皆が心配していた。


 最前列まで進んだところで、アイザックは見知った顔を見つけた。


(あっ、パメラの母ちゃんだ)


 アリスは非常に目立つ。

 それは服装ではなく、主に髪型によるものだった。

 大きなドリル二つは一目でわかりやすい。

 アイザックの視線は自然と「パメラはいないか」とアリスの顔から下がる。

 当然、彼女の傍らにパメラがいた。

 アイザックはこみ上げる感情を抑え、パメラの両親に視線を向ける。


「お久し振りです」

「元気そうね。セオドアとは会った事があったかしら?」

「三年前にお会いしました」

「エルフと協定を結んだ時のパーティーでだね」


 セオドアが声を掛けてくる。

 彼とは三年前に会っただけだったが、パメラの父親という事で覚えていた。

「仕事のできる男」といった、シャキッとした雰囲気を纏っている。


「はい、ご無沙汰しております」

「子供だから大人と会う事が少ないからね」


 セオドアの言う通り、十歳未満の子供が他家の大人と会う機会は少ない。

 ご無沙汰になるのも当たり前の事だった。

 二人に挨拶をしてから、パメラへ向き直る。


「久し振り、パメラさん」

「お久し振りでございますわ。アイザック」


 どこか違和感を覚える挨拶だった。


(そうか、余所行きの言葉遣いか)


 それに、以前話した時よりも声に感情が籠っていない。

 彼女も感情を抑えているのだ。

 同じ思いのアイザックは、それ以上話しかける事を諦めた。

 お互いの努力を無駄にしないよう、人前で見つめ合うような事は避けないといけない。

 あらかじめ会っておいて良かったと、アイザックは思った。


(それにしても、やっぱり女の子は凄い恰好だな……)


 パメラは赤のドレスに、フリルのレースがたくさん付いている。

 そして、ところどころにキラキラと光る物が付けられていた。

 もしかすると、アイザックのボタンのように、宝石が服に取り付けられているのかもしれない。

 アイザックは上着だけだが、パメラはドレス全体からキラキラした光が見える。

 親の気合の入り方が一目でわかってしまった。


(パメラは卒業式までに助ける準備をしておかないといけない。将来の義理の両親のためにも頑張らないとな)


『この世界の果てまでを君に』というゲームのエンディングは大きく分けて四つある。


・逆ハーレムエンド。

 「ゴメンズ」と呼ばれる攻略キャラを全員落として、ニコルがみんなと仲良く暮らす。


・トゥルーエンド。

 攻略キャラと親密になり、ニコルと結婚する。

 そのキャラの婚約者が二度と攻略キャラに近づかないように酷い目に遭わされる。


・ノーマルエンド。

 攻略キャラと親密になり、ニコルと結婚する。


・バッドエンド。

 サブキャラを含めて、誰一人落とす事ができなかった。


 このうち、バッドエンド以外はパメラが殺される。

 ノーマルエンドですら、なぜかパメラは処刑を言い渡されてしまうのだ。

 理不尽な扱いだが、原作のシナリオライターに嫌われているのだろうか。

 ニコルがジェイソンを攻略したら、パメラは確実に死んでしまう。

 卒業式までに、王国内部を切り崩さなくてはならない。


(そうだ。俺は今日ここにパメラに会いに来たんじゃない。きっかけを探しに来たんだ)


 パメラから視線を外すのは名残惜しいが、歯を食いしばってアイザックは周囲を見回す。

 そこで一人の少年に気付いた。


(ん? なんだあいつ。なんでこっちを睨んで……。あぁ、フレッドか)


 同じく最前列にまで来ているウィルメンテ侯爵家一家から、フレッドだけがアイザックを見て睨み付けている。

 その理由は大体わかる。

 友人で従兄弟のネイサンをアイザックが殺したからだ。

 ついでに、フレッドの祖父であるディーンも死んだ。

 それは、フレッドの父のフィリップがやった事だが、彼は「アイザックのせいだ」と思い込んでいるのだろう。


(厄介だな。……いや、これは使えるか)


 今はまだ具体的な方法が思いつかないが「わかりやすい敵意は利用しやすい」といった事を前世の本で読んだ気がしていた。

 実際に利用できるかはともかくとして、一つのきっかけとして脳裏に刻み込んだ。

 フレッドはニコルと剣の模擬戦でいい勝負をして「女なのにやるじゃないか」と評価する事から関係が始まる。

 脳みそまで筋肉と言って過言ではないほどわかりやすい男だ。

 何か罠を仕掛けるには最適な獲物だった。


 とりあえず、目が合ってしまったので、笑顔で小さく手を振ってやった。

 フレッドの視線がより厳しいものになり、顔が怒りで赤くなっていく。


 アイザックはフレッドをスルーして、その向こう側にいる一団を見る。

 王子も十歳になるという事で、みんな子供の服装には力を入れている。

 そんな中、その一団は少し地味に見えた。


「あれはウォリック侯爵家と、その傘下の貴族達よ」


 アイザックの視線に気付いたルシアが彼らの正体を教えてやる。


「あそこはまだ大変そうですね……」


 ウォリック侯爵家の混乱は大体静まっていた。

 商人達が一通り稼いだからか、食料の価格が元通りに戻ったおかげだ。

 そして何よりも、平民達も不満を言っている場合ではなくなったからだ。

 ブランダー伯爵領の採掘場が本格的に稼働し始め、採掘された資源が市場に出回り始めた。

 このライバルの登場により、平民達も危機感を覚えたからだ。


 今までは市場を独占していたウォリック侯爵領産の鉄だったが、ブランダー伯爵領で採れる鉄鉱石は、ウォリック侯爵領のものよりも品質が良い。

 ウォリック侯爵領の混乱によって市場に隙が生まれ、そこにブランダー伯爵領産の鉄鉱石が入り込んでしまった。

 今はまだ生産量が少ないので市場を完全に奪われていないが、さすがに平民達も将来に危機感を持ち始めた。

 最近では「貴族はもっと俺達の鉄を売り込め」と突き上げを食らっているそうだ。


(いやぁ、本当にごめんなさい)


 アイザックは心の中で手を合わせて土下座する。

 ここまで酷い事態になるなんて考えてもみなかった。

 特に、婚約者まで失ったアマンダには申し訳ない気持ちで一杯だった。


 アマンダは「低身長、貧乳、僕っ子」と、その手のキャラが好きな人にストライクなキャラ設定だった。

 だが、女性人気が無いわけではない。

 ニコルがフレッドとトゥルーエンドを迎えた時、アマンダは森の奥に連れていかれて捨てられる。


 その時――


「僕は負けない。絶対に生き延びてやる。そして、幸せになってやるんだ。幸せになってフレッドを見返してやる。それが僕の復讐だ」


 ――と、蛇に齧りつくスチルを背景に、幸せになるという決意を呟く。


 そのたくましい姿は『この世界の果てまでを君に』の公式サイトのアンケートで「もっとも男らしいキャラ」で第一位を取るほどの人気だった。

 男キャラが情けないというのも、彼女の後押しをしていたのかもしれない。


 アイザックは「どうか、今もたくましいままでいてください。そして、十年早いフレッドとの婚約破棄に耐えてください」と願うばかりだった。

 こんな事を願ってしまうアイザックも、アマンダに男らしさで負けるかもしれない。


(ウォリック侯爵家は……。鉄とか買ってやれば感謝してくれそうだけど、買っても使い道ないしなぁ……)


 彼らを懐柔する方法は簡単だ。

 救いの手を差し伸べてやればいい。

 しかし、問題はどう救うかだ。

 不要な鉄を買い込んで、こっちも破産して共倒れなどというのは避けなければならない。

 何か良い方法が見つかるまで、とりあえずは保留とするしかなかった。


(こうしてみると、他の侯爵家も付け入る隙が結構あるな。まぁ、スッカスカなのは我が家だけどな!)


 経済的に考えると、ウォリック侯爵家が一番悲惨だ。

 しかし、家族の問題としてはウェルロッド侯爵家も負けてはいない。

 今日、こうしてランドルフが付き添ってくれているのが不思議なくらいボロボロだったのだから。


(今日はどうしよう。ティファニーの婚約者のチャールズとは会うはずだ。多分、ランカスター伯爵の孫娘のジュディスともきっと会うだろう。他の奴とは顔を合わせる事になるのかな?)


 まだ会場に到着したばかり。


 ――これから原作キャラに次々と出会う事になるかもしれない。


 そう思うと、原作に影響を及ぼすのではないかという不安と共に楽しみを感じていた。

************************************************

レビューを書いてくださってありがとうございました。

これからも前向きの姿勢で取り組んでいきたいと思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る