第86話 アイザックの領主適性テスト

 会議室には大勢の人間が集まっていた。

 そして、その中の一人にかつて屋敷の警備隊長であったバーナードの姿があった。


 バーナードの実家であるキンケイド男爵家は、長男がメリンダに加担した罪で処罰された。

 次男も協力していたため連座した。

 そのせいで、三男であるバーナードに当主の座が回ってきたのだ。

 彼はアイザックが「罪に問わない」と言ったため、連座して処罰されなかったからだ。


 とはいえ「キンケイド男爵家の当主を継ぐため」という名目ではあったが、実質的には左遷である。

 モーガンが「バーナードは警護隊長としては不適格だ」と判断したからだ。

 これは当然の判断といえる。


 ――実家に強要されたとはいえ、メリンダに協力してアイザックを排除しようとした。

 ――と思ったら、アイザックの手駒になっていて、裏でメリンダとネイサンを排除する協力をしていた。

 ――当主への報告もなしに。


 こんな人物に屋敷の警護は任せられるはずがない。

 だが、罪に問わないと約束している以上処罰する事ができない。

 やむなくモーガンが、実家を継がせるという名目で警護隊長の任を解いたのだった。

 男爵家とはいえ、当主になれるので表向きは栄転である。


 不祥事を起こしたが、社長と関係があって簡単に首にできない役員を「〇〇支店に役職付きで出向させる」といって、本社から遠ざけるようなものだ。


 バーナード本人も当主になれた事を喜んで良いのか、モーガンの信頼を失った事を嘆けば良いのかわからない状態だった。

 そのうちにフォローをしておかねばいけないなと、アイザックは思っていた。




「皆の衆、今日はよく集まってくれた。ランドルフは体調が優れず、このままでは領主代理を務められるかわからない。だが、安心してくれ。代わりにアイザックを領主代理とするので、領主不在という事態には陥らない」


 モーガンの言葉を聞き、多くの者が「安心できない」という表情を浮かべる。

 出席者の大半がアイザックの説得・・を経験している。

 むしろ、領主不在のままでいてくれた方が仕事に専念できて安心だった。

 だが、誰一人としてそんな事を口に出したりはしない。

 よけいな事を言って、アイザックの反感を買いたくなかったからだ。


「中にはアイザックの事を不安だと思う者もいるだろう」


(はい、思います)という声無き声が聞こえてきそうだ。


「今回は非常時ゆえに私の弟のハンスを一時的に呼び戻した。ハンスに関しては、皆に出した呼び出しの手紙に書いた通りだ」


 呼び出しの手紙には、アイザックに説明したのと同じ事が書かれていた。

 特に、還俗せずに後見人となる事はベラベラ話さないようにと注意書きがされていた。


「ハンスを後見人とし、アイザックに付ける。通常業務は官僚達の手助けで何とかなるだろう。今日は会議で上手くいくかのテストをしたいと思っている。領地に戻ったという想定で進めてほしいから、私は口出ししない。ハンス、やってくれ」


 モーガンは言葉通り、ハンスに任せると壁際に用意された椅子に座り、腕組みをして様子を見る態勢に入った。

 軽い説明は前もってされていたが、アイザックはどうしても不安になってしまう。


(貴族派って面倒だから、王党派にでもなりたいくらいだ……)


 貴族派は、情報伝達手段が発展していない世界に合わせた政治体制を主張している。

 地方領主の権限を拡大し、何かあった場合に現場で対応できるようにするべきだという意見を主張している派閥だ。

 面倒な事に、それは侯爵家・・・伯爵家・・・といった地方領主だけが所属する派閥ではない。

 地方領主の下で代官として働く下級貴族達も所属している。


 ここで問題になるのが、代官達の意見を完全に無視する事ができないという事だった。

「現場の意見を重要視する」というのが貴族派の核となる部分だからだ。

 下から上がってくる意見を無視して、ただ命令を下すだけでは中央集権を目指す王党派と変わらない。

 今回のように代官の集まる会議では、議題によっては多数決を採る場合もあるらしい。

 完全に決まるわけではないが、統治の事を考えると現場の意見を完全に無視するのは難しいそうだ。


 メリンダが多数派工作をしていたのは、ウェルロッド侯爵家が貴族派だという側面もある。

 彼女は王党派のウィルメンテ侯爵家出身ながら、貴族派のやり方に合わせてネイサンを後継者にしようとしていたのだ。

 嫁入りした家のやり方に合わせられる適応能力があったのだろう。

 その能力を別の事に使えば、違う結末もあったかもしれない。


 アイザックの貴族像は「上意下達」というイメージだった。

 想像とは違って面倒そうな支配体制に、貴族派という派閥に疑問を抱く。


(まぁ、今はそんな事よりも、領主代理としてやっていけるかどうかだな)


 形式だけとはいえ、こんな重要な役割を任されるのは初めてだ。

 上手くやれるかどうか、不安で胸の内が一杯だった。

 そんな思いを抱いているアイザックの隣でハンスが立ち上がった。


「みんな、久し振りだな。覚えのある顔がいて嬉しい限りだ」


 ハンスは一同を見回す。

 三十年前に二十歳で修道士になったという事は、ハンスと顔見知りだった者達はそれぞれの家の当主になっていてもおかしくない年齢だという事だ。

 実際、当時ハンスの友達だった者もところどころにいる。

 ハンスは彼らと視線を交わし、一度うなずいた。


「早速だが提案がある。アイザックはまだ幼い。形だけとはいえ、領主代理という職務をこなすのは難しいはずだ。そこで、私が後見人ではなく領主代理になるのはどうだろう」

「はぁっ!?」


 突然ハンスが言い出した事に驚き、アイザックは驚きの声を上げた時のままポカンと口を開けてハンスを見つめる。


「それはいいですな」

「ハンス様は教会で事務局副長まで出世されているお方。重責を担うにふさわしい」

「なっ、ちょっと!」


 アイザック達の近くに座っていた貴族もハンスの言葉に同意し始める。

 いくらなんでも、この流れは想定外だ。


(もしかして、恐怖が足りなかったか?)


 今まで色々とやってきたが「ひょっとすると周囲への畏怖が足りなかったのではないか?」とアイザックは考えた。

 表向きはアイザックに楯突かないようになったが、実はそれほど怖くなかったのかもしれない。

 だから、こうして舐められる事になったのだと思ってしまった。


「どうだろうか? 私が領主代理になれるように決を取らないか?」

「賛成!」

「賛成!」


 この段階でハンスに賛同する者は、よく見れば少数だ。

 だが、黙って見ている者達全てがアイザックを支持するとは限らない。


「反対だ! アイザック様を領主代理にすると決めたのはウェルロッド侯だ。さすがにそれを覆すような採決はするべきではない!」


 ハリファックス子爵が反対意見を言う。

 人前なので、祖父としてではなく主家の子として様付けでアイザックを呼んでいる。

 

「私も反対です。領主代理の人事に口出しするような真似はしない方が良いと思います」


 これはキンケイド男爵となったバーナードだ。

 彼はアイザックの本性を知っている。

 彼の周囲にいる者達も同意しているようだ。


 だが「だからこそ危険だ」とアイザックは不安を覚えた。

 中途半端に恐怖を与えたせいで、反感を買っている可能性がある。

 将来的にはアイザックが当主となるのは避けられない。

 しかし、ここにいる者達はアイザックより三十~四十歳は年上の者ばかり。


 ――自分達が現役の間はアイザックに領主代理になってほしくない。


 そう思われて、邪魔されるかもしれないと焦った。

 あと十年もすれば、リード王国を二分する内戦となる。

 それまでに侯爵家内部の掌握を済ませておかねばならないのだ。

 ランドルフが復帰するまでの間、ハンスに居座られたら領内の掌握などできない。


(こいつも排除しないと……)


 アイザックは脳をフル回転させる。

 出た答えはいつも通りシンプルだった。


「ちょっと待ってください。その提案は非常に重要な内容です。いきなり採決を取るのは賛同できません。こちらにも反論を考える時間をください」


 何をするにも時間が必要だ。

 アイザックは対応策を実行する時間を求めた。

 ハンスはしばしの間考え、モーガンの方をチラリと見てから答える。


「今回は本物の会議ではなく練習だ。さすがに翌日に持ち越すような事はできないので、少しだけ休憩時間を与える。その間に何か考えるんだな」

「ありがとうございます」


 アイザックは席を立ち、会議室から外へ飛び出した。

 目的は部屋の外で待っているノーマンに会う事だ。


 部屋の外ではノーマンを含め、代官の秘書官達が話をしていた。

 会議が始まってさほど時間が経っていないのに、一人で部屋から出てきたアイザックに視線が集まる。


「ノーマン、仕事だ」

「はい!」


 ノーマンがアイザックに駆け寄る。

 アイザックはこれからやってほしい事をノーマンに耳打ちする。


「えっ、今は会議中ですよね?」


 アイザックが要求した物にノーマンは眉をひそめる。


「うん、会議に必要になったんだ」

「えぇ、まぁ必要だと言われるのでしたらすぐに用意致します」

「頼むよ」


 ノーマンが出された命令通りに必要な物を用意しに向かう。

 アイザックは代官の秘書官達に会釈をしてから会議室に戻った。



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 五分ほどしてから会議室のドアがノックされる。


「アイザック様のご命令通り集めて参りました」


 ドアの向こうからノーマンの声が聞こえる。


「待ってたよ。入ってもらって」


 ――アイザックが何を用意させたのか?


 誰もが興味を持ち、ドアに視線が集まる。

 ドアが開かれると、そこには何も手に持っていないノーマンが立っていた。

 その姿を見た者が首を捻る。

 頭の上に「?」マークが浮かんでいるようだ。


 しかし、その疑問はすぐに解けた。

 ノーマンがドアの前から立ち退くと、武装した騎士が会議室に入ってきたからだ。


「反逆者を捕らえよ! 首謀者はハンス、共犯者はそこの二人だ!」

「なにっ!」


 アイザックに指された者達がギョッとする。

 あまりにも突然の出来事に驚くばかりで対応ができなかった。

 彼らが動き出す前に、騎士の手によって両腕を掴まれ拘束される。


「待て、いくらなんでもこれは酷過ぎる!」


 ハンスがアイザックに抗議する。


「いえいえ、突然領主代理に成り代わろうとする方が酷いですよ。子供だからといってやられるがままだと思わないでいただきたい。野心の報いは受けていただきます! さぁ、採決を取ろう。この反逆者共に死を! 反対の者は挙手! 手を挙げなければ賛成したものと見なす!」


 アイザックは一気に畳みかけた。

 ここで「反対する者は手を挙げろ」と言ったのが重要だ。

「賛成する者は手を挙げろ」では、処刑に反対する者が手を挙げないかもしれない。

 アイザックを恐れていてもだ。

 あとで問い詰めても「賛成するかどうか迷っていた」と言い訳をされるだけ。

 だから、賛成する者ではなく、反対する者に手を挙げさせようとした。


 この状況で反対すれば、それはアイザックへの明確な反抗と受け取られる。

 ハンス達と一緒に処分される覚悟がなければ、そう簡単に手を挙げる事などできない。


(これで誰も俺に逆らおうなんて思わなくなるだろう)


 内心ほくそ笑みながら、新たな踏み台となってくれたハンスに感謝する。


 ――だが、それは間違いだった。


「だから、この会議は練習だと言っただろう。兄上! 説明してやってください!」


 ハンスがモーガンに助けを求める。

 アイザックが祖父の方を振り向くと、両手で頭を抱えていた。


「アイザック、驚かせてすまない。だが、これは最初から練習のための会議だと言っていただろう? ハンス達の行動も私が命じた事だ」

「えっ、お爺様が……」

「そうだ。不測の事態に陥った場合、どういう対応をするのか見てみようと思って話を通していたのだ。だが……」


 ――アイザックの行動が予想の斜め上をいった。


 モーガンは、そう言いたそうな表情をしている。

 上手くこの場を切り抜けるならよし。

 ダメだったとしても、対応に困ったアイザックがモーガンに助けを求め、適切な対応方法を教えるという流れになるはずだった。

 まさか、会議の場を力技でねじ伏せるとは思いもしなかった。


「ハリファックス子爵やキンケイド男爵といった者達はお前の味方になっていた。彼らの助けを得て、会議の流れを変えてほしかったが……。やはり、まだお前には早かったようだな」


 問題が起きた時に解決する事はできるが、その解決方法の選択肢が少ない。

 モーガンは九歳の子供に多くを求め過ぎていた事に気付いた。

 知識などがあっても、それを使いこなす経験が少ない。

 アイザックが子供とは思えない利口さを見せたせいで、その事を考慮し忘れていたのだろう。


「お前は父上のようになると言っていた。だが、上辺だけ真似をしていてはいかん。父上ならば『後見人ならばともかく、還俗していないハンスが領主代理になる正当な資格はない』と一言で切って捨てていたぞ。血を流す事しかできない人間が外務大臣になどなれるはずがないだろう」

「それは……、その通りです……」


 アイザックは自分のミスに気付いた。

 突然の状況にパニックを起こし、ハンス達を力でねじ伏せる事しか頭になかった。

 策謀も硬軟自在に使いこなさなければ、いつか必ず行き詰まるだろう。

 今まで成功していた武力を使った手法に、アイザックは頼り過ぎていた事に気付く。

 短絡的な考えをしていた事に反省し始めていた。


「アイザック、お前を領主代理の座から引きずり下ろそうとする者などいない。その事については心配しなくてもいい。ハンスもお前を支えてくれる。少しずつ経験を積んでいこう。それと、まずは穏便な解決方法を模索するようにしなさい」

「……はい」


 アイザックも「確かに爺ちゃんの言う通りだ」と思った。

 今回の会議は練習だと聞いていた。

 ハンスも「練習だ」と言っていたのに、それに気付かないほど一人で勝手に熱くなってしまっていた。

 今になってウィンザー侯爵にも「穏便な方法を使え」と叱られていた事を思い出す。


(ヤバイ……。今まではあんまり気にしなかったけど、貴族社会で俺はやっていけるのか?)


 ――暴力的な解決手段しか持たない狂犬。


 このような肩書きは誰にも手出しをさせないという点では良いが、あまりにも行き過ぎると日常生活にも影響が出そうだ。

 アイザックは安易な手段に頼ってしまった自分の事を恥じる。


「もう放してくれてもいいのでは?」


 ハンスが呟く。


「あっ、すみませんでした。もう放してもいいよ。皆は下がってくれていい、ありがとう。お疲れ様」


 アイザックが騎士達に指示を出す。

 彼らは状況についていけず困惑しつつも、命令通り大人しく部屋を出ていった。


「兄上、私が家を出た理由をお忘れですか?」

「さて、どうだったかな?」


 とぼけるモーガンをハンスが睨む。

 彼はジュードが恐ろしくなって修道士となった。

 ハンスにしてみれば、父であるジュードとは違った方向であるアイザックの考え方がそれはそれで怖かった。

 とんでもない役目を引き受けてしまった、と後悔し始めている。


「まぁまぁ、今のは少し刺激的過ぎた。次はちゃんとした議題で話し合おう」


 モーガンは誤魔化すように会議を進めるように促した。

 この後は過去の議題などを例題にして、穏やかな会議の流れの作り方などを学ぶ事となった。

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