第四章 継承権争い -後始末編-
第75話 そばにいてくれる存在
メリンダとネイサンを殺して二日が経った。
家庭内では、ギクシャクとした空気が漂っている。
さすがに刃傷沙汰が起きるとは思っていなかったところに、大事件が起きたので当然の反応だろう。
アイザック本人がネイサンを殺した事も大きく影響していた。
(失敗したなぁ……)
アイザックは伏せているパトリックに抱き付きながら、今回の失敗を思い返していた。
(十年後の事を考え過ぎて足元が見えてなかったなぁ……。二手先、三手先を考えても、一手目でミスってたら意味ねぇよなぁ……)
――インパクトの強いやり方で継承権争いに勝利する。
これはアイザックにとって必要な事だった。
この世界の平均年齢は前世よりも短いようだが、まだ十年後くらいならモーガンは元気でいるだろう。
当主の交代が起きたとしても、ランドルフがいる。
アイザックが十年後、ウェルロッド侯爵家傘下の貴族に直接命令を出せる機会などない。
卒業式をきっかけに王家に反旗を翻すにしても、モーガンやランドルフが「王家に反旗を翻したくない」と言い出すかもしれない。
そうならないよう、傘下の貴族にモーガンの頭越しに命令を聞かせる方法を用意しておかなくてはならなかった。
そのために――
インパクトの強い方法で、アイザックにウェルロッド侯爵家の正統性がある事を記憶に焼き付けさせる。
そのうえで逆らってはいけない、命令を聞かなくてはならないという恐怖を植え付ける。
――という事を同時にこなす必要があった。
会場の反応を見る限り、それは成功していたように見えた。
主要な目的は達成された。
それはいい。
問題は家族の反応だ。
なんとなく「メリンダやネイサンなら殺してもいいだろう」と思い込んでいた。
しかし、家族から予想以上の反感を買ってしまった。
これなら、さっさと毒殺でもしておけば良かった。
恐怖を植え付ける方法は、また別途考える事もできただろう。
(今まで成功ばっかりしてきたように見えても、自分だけで考えて成功したのってデニスをハメた時だけだったもんなぁ)
アイザックは入札でデニスをハメた時の事を思い出す。
あの時も、デニスが正々堂々と大金を使って落札していれば罠など意味が無かった。
偶然上手くいっただけだ。
エルフに関係する事で街道整備など案は出したが、実行に移せるようにしたのは官僚達だ。
一般的な大型の荷馬車が余裕を持ってすれ違える事ができ、歩行者も通れる道幅。
全ての道が必要とされている幅を持っているわけではないので、必要に応じて土地の接収をする。
そういった計画を策定し、実現可能な形に落とし込んでくれたから成功しているだけだ。
アイザック一人の功績ではない。
(今までやってきた事が成功していた。でも、そのせいでなんでも上手くやれるって調子に乗り過ぎたんだ。自分が特別優れているわけでもないってわかっていたのに……)
国を奪うまで油断してはいけなかったのに、いつの間にか気を抜いてしまっていたらしい。
それが計画の詰めの甘さとなり、メリンダ達を排除した場合に影響を与える範囲を見誤らせた。
(ウォリックの時にわかっていたはずなのにな……)
自分では考えられなかった範囲にまで影響が飛び火するという事は、すでに経験していた。
だが、その事に驚くばかりで経験として活かす事ができなかった。
本来ならば、その経験を活かしてメリンダ達を排除した場合に及ぼす影響を考えるべきだったのに。
アイザックは自分の馬鹿さ加減が嫌になった。
目にジワリと涙が浮かび上がる。
「うわっ」
涙を浮かべたアイザックの顔をパトリックが舐める。
「くすぐったいよ」
口で言っても、相手は犬なので言葉が通じない。
ペロペロと遠慮なく舐めてくる。
正直なところ「犬に舐められるのはちょっと汚い」という思いはあるが、今は嫌ではなかった。
パトリックはアイザックの大事な友達の一人だ。
最初は「遊ぼう」とボールを持ってきたりしたが、アイザックの様子を見て慰める事を優先してくれている。
言葉が通じないし、アイザックが何をしたかわかっていないからこそかもしれない。
(友達も増やすどころか減ったしなぁ……)
アイザックはネイサンさえ居なくなれば全てが上手く回ると思っていた。
だが、実際はその逆だった。
パーティーにはティファニーやリサも出席していたらしい。
傘下の貴族として、ウェルロッド侯爵家の息子であるネイサンの祝うためにだ。
ルシアの様子を見に来たカレンによって「ティファニーがアイザックを怖がっている」という事を伝えられた。
殺人を目の当たりにした九歳の女の子が怯えるのは仕方が無い。
これも出席の可能性を考えておらず、行動に出てしまったアイザックの自業自得だ。
しばらくは顔を会わせることもできないだろう。
日を改めて謝罪の手紙と花束を贈るくらいはしておいた方が良いと考えていた。
その他にも、たまに遊びに来ていた他の女の子達も怯えてしまったはずだ。
彼女らにも詫びておかねばならない。
これは、ブリジットも同様だ。
自分を慕っていてくれた相手が死んでしまった事にショックを受けていた。
何らかのフォローが必要なはずだ。
クロードは「お前も人間だから、こういう事もあるとは思っていた。とはいえ、さすがにその年で人を殺すのは早すぎるとは思うが」と言うだけだった。
過去に人間とどんな事があったのかわからないが、この事態を冷静に受け止めていた。
(よく考えると、ネイサンの友達が俺の友達になるはずがなかった……。目の前で殺しちゃったんだもんなぁ)
こちらに関してもアイザックは悔やむ。
ほとんどの子供達が三歳~五歳くらいからネイサンと付き合いがある。
今十歳の者なら、人生の半分以上をネイサンと過ごしたのだ。
ネイサンを殺したアイザックに良い感情を持つはずがない。
アイザックは「ウェルロッド侯爵家内における影響力」を得る事はできた。
だが、計画に穴がありすぎたせいで、それ以外の物を得る事はできなかった。
差し引きして考えると、今回の件は微妙な成功と言える。
(今回は迂闊だった。反省しないとな。反省で済めばいいけど……)
家族とのこれからを考えると憂鬱な気分になる。
「反省しました、すみません」で済めばいい。
アイザックの感覚と家族の感覚とで大きなズレを感じる。
「妹がプレイしていたゲームの世界」という事で、心のどこかでこの世界を舐めていたのかもしれない。
そのツケが今ここで表面に現れたのだろう。
(さすがに時間が解決してくれるわけじゃない。何か方法を考えないと。でも、今は……)
アイザックは顔を袖で拭きながら、パトリックの体を枕にして横になる。
今は何かを考える気分になれなかった。
アイザックも予想外の事態になってしまい、まだまだ混乱している。
心を落ち着かせる時間を必要としていた。
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「――ック、アイザック。起きて」
体を揺さぶられ、アイザックは自分がいつの間にか眠っていた事に気付く。
「ん……、リサお姉ちゃん。どうしたの?」
「どうしたじゃないわよ。アイザックの様子を見に来たのよ」
リサが深い溜息を吐く。
ティファニー達がネイサンを祝いに出席していたのなら、リサ達も出席していたはずだ。
彼女もアイザックの行動に呆れているのだろう。
アイザックは体を起こす。
重しが無くなったパトリックはリサに「お前に任せた」と言わんばかりに一瞥し、少し離れたところで伸びをしてから横になる。
アイザックも日に日に大きくなっている。
そろそろ頭が重く感じるくらいに重くなっているのだろう。
「色々言いたい事はあるけれど、まずは……」
リサはペチンとアイザックの額にデコピンをする。
「痛っ、いきなり何するの?」
アイザックは額を反射的に押さえる。
「それはこっちのセリフよ。お祝いのパーティーだと思ってたら、公開処刑見せられるとかどんなドッキリよ! 普通は捕まえて、あとで処刑するとかでしょう! ものすっごくビックリしたわよ!」
リサの言い分はもっともだ。
だが、生かしておけば不都合が出ていたはずなので、生かしたまま捕らえるという考えはアイザックの頭に無かった。
そんなアイザックの心中を知らないリサは文句の一つも言いたかったのだろう。
「ごめんね、色々とあってさ……」
「そりゃあ、あるでしょ。あの時、メリンダ夫人やネイサンがなんであんな事を言いだしたのか。さっぱりわからなかったわよ」
「それは――」
「ストップ!」
アイザックが説明しようとするのをリサが止めた。
「私はアイザックの乳兄弟だけど、男爵家の娘。不思議に思うけれど、侯爵家内の深い事情は聞きたくないわ。下手に知ってゴタゴタに巻き込まれたら私じゃどうしようもないしね」
リサは両手を使って「言ってくれるな」と意思表示をしている。
もう終わった事とはいえ「知ったな?」と、誰かに口封じをされてはたまらない。
リサも、もう十四歳。
疑問に思った事を何でもかんでも知れば良いものではないとわかっている。
世の中には「知らないままでいた方が良い事がある」という事を知り始めている年頃だ。
身近な事だけに、一度触れれば面倒事から抜け出せない事を恐れ、知らないままでいたいのだろう。
「それじゃあ、なんで来たの?」
「あんたの様子を見に来たって言ったでしょ」
リサはもう一度デコピンをする。
今度はさっきよりも力が入っていて痛い。
「色々と理由があったんだろうけど、いくらなんでも人前であんな事するなんて馬鹿よ。頭の良い馬鹿って本当にいたのね!」
リサが動きを見せた。
「またデコピンか」と思ったアイザックはとっさに頭を庇う。
しかし、今度は違った。
リサはアイザックを強く抱きしめる。
「心配かけさせるんじゃないわよ! 馬鹿ぁ……」
リサが涙声になっている事にアイザックは気付いた。
「ごめんね……」
感極まったアイザックも涙声になる。
――辛い時に傍にいてくれる友人がいる。
その事実だけでアイザックは泣き出してしまった。
釣られてリサも泣き出した。
アイザックもリサを抱きしめる。
年が経つにつれてリサの胸に付き始めた脂肪の感触も今は気にならない。
今はただ純粋に、人の温もりを感じていたかった。
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