第52話 新しい協定記念日

 王国暦489年12月25日。

 協定記念日に新たな意味が加わる。

 かつて休戦協定が調印された日というだけではなく、エルフとの新たな関係が始まった日として歴史に刻まれる。


 第三十七代国王エリアスとエルフの代表であるアロイスが、屋根の無い豪華な馬車に乗り、大通りでパレードを行っている。

 あらかじめ周知されているので、沿道には大勢の人々が集まっていた。

 他のエルフ達が乗る馬車もエリアス達の乗る馬車に続き、沿道に集まっている人々に手を振っている。


 テレビもラジオもネットもない。

 そんな世界に生きる人々にとって、パレードはちょっとした娯楽であった。

 王宮から大通りを通って街の外に出て、そこからUターンしてまた王宮へ戻る。

 ただそれだけの事でも「めでたい事だ」という事で楽しそうな雰囲気で見物していた。


 その様子を、アイザックは王宮の塔から眺めていた。

 別に何かをやらかして幽閉されているわけではない。

 アイザックも王宮でのパーティに呼ばれているので、よく見える塔から見物させてもらっているだけだ。

 さすがにパレードにまでは参加させてくれなかった。


「さぁ、アイザック様。下で出迎えましょう。意外と早く戻ってきますよ」


 アデラが見物の時間は終わったと告げる。

 アイザックも礼儀作法も教わっているが、王宮で通じるかは怪しい。

 その補佐をするために、アイザックの子守り兼お目付け役として付けられていた。


「行って戻ってくるだけだしね」


 エレクトリカルなパレードのようにゆっくりでもなければ、行列が長いわけでもない。

 道も兵士が交通規制しているのでスムーズに往復できる。

 街の外まで距離があるようでも、意外と早く戻ってくるのだろう。

 そして何より「国王の帰りを待つ」という事が大事なのだ。

 王宮に入る前に並んでおく必要がある。

 ダラダラと出迎える事など許されない。


「そういえばジェイソン殿下に会ったりできるかな?」


 ちょっと興味本位でメイン攻略キャラの事を聞いてみる。

 アデラは少し悩んで答える。


「難しいでしょう。公式の場に子供が出るのは基本的に十歳以上になってから。協定記念日のパーティーに出られるのは十五歳以上の者のみ。アイザック様が特例ですので、殿下とは会えないと思いますよ」

「なんだ、残念」


 口では一応残念と言うが、声色は残念そうではなかった。

 ダメもとで言ってみただけで、本当に会えるとは思っていない。


「では、参りましょう」

「うん」



 ----------



 パレードに出ていた者達を出迎えると、今度は王宮内の広間で舞踏会が開かれる。

 会場の隅には食事も並べられているが、酒類は置かれていない。

 ブリジットの事件があったので、問題が起きないように今日はジュースやお茶といったノンアルコール飲料だけ用意されていた。

 もう少し人間とエルフの関係が深まり「酒の席での事」で済むような信頼関係になれば、酒も出るようになるのだろうと思われる。


(それにしても長ぇな)


 国王エリアスの話が終わり、エルフ代表のアロイスの話が始まる。

 アロイスの話が終わったと思えば、宰相であるジェロームの話が始まった。

 交流再開の記念という事で王国側も気合が入っているのだろうが話が長い。

 しかし、話を聞かずに場を離れるわけにはいかない。

 他の貴族の目もあるし、この後にはモーガンの出番もある。

 必要な事なのだろうが、アイザックには始業式の校長の話くらいダルイものだった。


 アイザックは周囲を見回す事もできない。

 ウェルロッド侯爵家の者として、ランドルフ、ルシア、メリンダと並んで最前列にいる。

 キョロキョロしては、壇上の者から丸見えだ。

 神妙に聞いているフリをするしかない。

 その間は妄想にふけることにした。


(俺が国王になったら、あそこで話をするのか……。面倒だな)


 式典を廃止したいとも思うが、形式上であっても必要だという事はわかっている。


 例えば勲章だ。

 ただ勲章を与えるのでは意味がない。

 立派な式典を行い、大勢の前で褒め称えて勲章を与えなければダメだ。

 勲章をもらうという事に価値を与えなければならない。

 そうでなければ、勲章はただの飾りに成り下がる。


 勲章に価値があれば、貰う方は嬉しい。

 なければ、嬉しくない。

 勲章に価値を与えるため、式典を開いて授与される者を持ち上げる。

 価値は作るものだ。

 価値を作り出すために、式典は簡単に廃止できない。


 面倒でも、いつかはアイザックも壇上で話をせねばならない時が来る。

 こういう式典を「大事なものだ」と思えるようにならなければいけない。

 いつまでも前世の気分を引きずっていてはいけないのだ。


「孫のアイザックが偶然エルフのブリジット殿と出会った事がきっかけで――」


 気が付けば祖父のモーガンの出番となっていた。

 エルフとの交流再開のきっかけを話している。

 前もって聞いていた話だと、この後もう一度エリアスが軽く話して演説は終わるはずだった。

 あくびが出そうなところを「もう少しだ」と歯を食いしばって我慢する。


(あいつもよく我慢してるな)


 なんとなく壇上にいるブリジットを見る。

 いつもの調子なら大あくびをしていてもおかしくない。

 だが、さすがに空気を読んだのか、あくびをするような様子はなかった。

 ただ、まばたきが不自然なので「眠い」とか「ダルイ」といった感情を押し殺していそうだった。

 同じ思いをしている仲間がいる事がわかり「自分だけではない」とホッとする。


 モーガンの話が終わる。

 そして、エリアスに代わり、彼が最後に軽く話をする。


「我々が人間代表、モラーヌ村がエルフ代表というわけではない。だが、新たな時代を切り拓く第一歩となる事は確か。後世に醜聞を残すような事はせぬようにしてほしい」


(あっ、これギルモア子爵とかいう人への当てつけかな)


 アイザックがそう思うという事は、この場にいる他の貴族も同じ事を思ったはずだ。

 よほど「エルフとの交流を再開した時代の王」という名声が欲しかったのだろう。

 話をぶち壊しかねなかったギルモア子爵にチクリと嫌味を言ってしまっている。


(でも、国王が言っていいのか?)


 ふと、そんな事を考えてしまう。

 すでに審議官を解任されており、貴族としても死んだようなものだという。

 痴漢行為の処罰は十分に受けたはずだ。

 死体蹴りのような真似を国王がするのは、あまり良い印象を得られない。

 こうしてアイザックが疑問を持つくらいだ。

 他の貴族も同じような事を感じているかもしれない。

 自分は将来やらないでおこうと、頭の片隅に刻み込んだ。


「では、皆の者。新たな協定記念日を大いに祝ってほしい」


 その言葉に合わせて拍手が沸き起こった。

 アイザックもワンテンポ遅れて拍手を送る。


(これに関しては慣れだな)


「乾杯!」などであれば合わせられるが、それ以外の言葉で締められると拍手のタイミングが難しい。

 高校生の時、上級生の卒業式で吹奏楽部の演奏が終わったと思い拍手をしたら、演奏の合間に静かになっただけでまだ演奏が続いていた。

 まるで「もういいからさっさと終われ」と言っているかのような嫌味な拍手になってしまった。

 そんな事があったせいで、拍手のタイミングがわかるまではしない事が癖になっていた。

 拍手のタイミングを読むというのも、学んでいかねばならなかった。


「アイザック。私達は挨拶があるから、アデラと一緒にいなさい」

「はい、お母様」


 アイザックとルシアのやりとりを、メリンダが苦々しい顔で一瞥した。

 ネイサンも出席したがったが、ウィルメンテ侯爵家の伝手を使っても出席を許されなかった。

「なんでこいつアイザックだけ」という思いがあるのだろう。

 しかし、一瞥をくれるだけで、ランドルフと共に王のもとへ向かう。

 ルシアもそれに付いていった。


「では、アイザック様。少し脇に寄っておきましょう」


 ルシアの後ろに立っていたアデラがホッとするような表情でアイザックに声をかける。

 基本的に前列は高位の者が居並ぶ。

 男爵家の妻であるアデラには、二列目はなかなかのプレッシャーがあったようだ。

 夫のオリバーなど、遥か後方にいた。


「僕は挨拶しなくてもいいの?」


 単純な疑問だ。

 王に呼ばれたのだから、両親と一緒に挨拶に行くべきだというのがアイザックの考えだった。


「アイザック様はまだ子供。呼ばれたので式典やパーティーには礼儀として出席しますが、挨拶するのはまだ早いです。三年後には一緒に挨拶できるようになりますので、我慢するようにとウェルロッド侯がおっしゃっておられました」


 アデラの言うウェルロッド侯とはモーガンの事だ。

 公式の場では「モーガン様」とは呼ばない。

 爵位を持つ者は爵位で呼ぶのが常識となっていた。


「うん、わかった」


 アイザックも何が何でも挨拶をしたいという気持ちがあるわけではない。

 アデラに手を引かれ、邪魔にならぬよう壁際へ向かう。

 そんな二人を、挨拶の順番を待つ貴族達が興味深そうに見つめる。


 ――唯一の子供の参加者。

 ――それもエルフとの交流に深く関係しているアイザック・ウェルロッド。

 

 誰もが声をかけたいところだが、まずはエリアスとアロイスへの挨拶が先だ。

 その優先度だけは揺らぐ事がない。


 ちなみに、順番待ちといっても王の前に整列しているわけではない。

 ほとんどの場合で爵位順に呼ばれる。

 同じ爵位内だと王家への貢献順だ。

 特別良い事も悪い事もしていなければ例年通り。

「○○家が呼ばれたから、そろそろだな」とわかる。

 順番が近くなれば、王のいる方へ少しずつ近づいていくだけだ。


 しばらくすると、アイザックの方へルシアが近づいてきた。

 

「お待たせ。アデラもオリバーさんのところへ行っていいわよ」

「かしこまりました。では、また後程」


 アデラも王国貴族の一員。

 夫と共に挨拶をしなければならない。

 ルシアがアイザックの子守りを受け継いで、アデラは夫のもとへと向かった。


「お父様はどうされたのですか?」


 アイザックは姿の無い父の事を聞いた。


「今はウィルメンテ侯爵家の方に挨拶に行ってるわ」


 少し寂しそうにルシアは答えた。

 メリンダの要望強制によって、彼女はウィルメンテ侯爵家に挨拶すらさせてもらえない。

 ウィルメンテ侯爵家に取り入るつもりはないが、のけ者にされるのは辛いのだろう。


「そうですか。そういえば、このパーティー会場ならお母様の方のお爺様とお婆様にも会えますよね。楽しみです」


 ルシアの両親は「嫁に出したのだから、ルシアはウェルロッド家の女になった」と会いに来ない。

 母方の祖父母なのに、カレンと違って会う事が無かった。

 街を任されている代官なので領都に住んでいないという事も気軽に会えない理由である。

 だが、同じパーティー会場にいるのだから、会う事は可能なはずだ。


「……あら? 生まれた時に会ったはずだけど……」

「いくらなんでも、生まれた時の事なんてわかりませんよ」

「それもそうね。私ったら」


 ルシアは口元を手で隠して笑う。

 いくら賢い子でも限度はあるのだから。


 だが、本当は当時の事を覚えていた。

 誰が訪ねてきたのかまでは覚えていないが、結構な人数が祝いに来ていた。

 その中に祖父母がいたのだろう。

 しかし、それを口にする事は無かった。


「楽しそうですわね」


 一人の美女が声をかけてきた。

 金髪で二本の大きな巻き髪ロールが前に垂れ下がっている。

 その目立つ髪型で、どこの家の者かは一目でわかった。

 きっとパメラの母親だ。


「アリス様。ご無沙汰しております」

「ルシアさんもお元気そうで何よりですわ」


 同じ侯爵家の妻のはずだが「様」と「さん」という言葉遣いで力関係がわかってしまう。

 やはり、実家の差は大きいのだろう。

 子爵家出身のルシアは各侯爵家の中でも、最も身分が低いと思われる。

 これはアイザックが力を付けていけば、アイザックを産んだ母として多少は改善されるだろう。


「アイザック。アリス様はウィンザー侯爵家の方よ」

「はじめまして。ウェルロッド侯爵家、ランドルフの息子アイザックです」


 アイザックは挨拶をする。


「ウィンザー侯爵家、ジェロームの娘アリスよ。パメラの母でもあるわ。よろしくね」


 やはりパメラの母だったようだ。

 そして、ジェロームの娘という事は旦那は入り婿なのだろう。

 侯爵家のようなところに入り婿など気を使いそうで、少し可哀想になる。


「その年でエルフとの交流再開の立役者とか凄いわね。パメラも頭の良い子だけれど、さすがにそこまで凄くないわよ」


 アリスはアイザックとパメラを比べる。

 そして「パメラ」という言葉にアイザックは反応してしまった。


「パメラさんはお元気ですか?」


 口にしてしまってから「しまった」と思ったが後の祭りだ。

 将来どうなるのかはアイザックだけが知っている。

 すでに王子との婚約が決まっている娘の事を聞かれれば、アリスも良い気はしないだろう。

 だが、アリスは嫌な顔をせずに答える。


今は・・元気よ。二年ほど前にふさぎ込む事があって大変だったけれどね」


 アリスはアイザックにだけ見えるようにウィンクをする。

 それでアイザックは、アリスが声をかけてきた理由を察した。


(そうか、元気だって教えに来てくれたのか……)


 あの時の事はパメラの母親であるアリスも知っていて当然だ。

 わざわざ教えに来てくれたのだとわかり、それだけでアイザックは「アリスさんは良い人だ」と思い込んでしまった。

 チョロイ男である。


「それは何よりです。パメラさんには、今は目の前にある問題を解決するために頑張っているとお伝えください」

「ええ、わかったわ」


 パメラと会った日以来、モーガンはウィンザー家に連れていってくれない。

 こうしてアリスから元気だと聞けただけでも今は・・十分だ。

 将来の事を考えるには、目の前にある問題ネイサンを解決しなければならない。

 もっとも、ルシアとアリスはエルフに関する事だと受け取っただろうが、そこまで詳しく説明してやる必要はない。


「今日のところは軽い挨拶だけにしておくわね。この後は子供には大変だろうから」

「この後?」


 アリスの意味深長な言葉を聞き、アイザックはルシアの顔を見る。


「陛下に挨拶し終わったら、その後は他の人と話をしたりするのよ。少なくとも、エルフ関連に興味のある人達はあなたに挨拶しに来るでしょうね」

「えぇ……」


 アイザックは会場を埋めつくすほどいる貴族に視線を移す。

 半分が挨拶しに来るにしても、かなりの人数になる。

 普段数人の貴族と話すのにも、言葉尻を捉えられないように神経をすり減らして話をしている。

 いや、それ以前に挨拶だけでも疲れそうだ。


「大勢の顔と名前を一致させないと失礼な人だと思われるわよ。頑張ってね」


 アリスは最後にクスリと笑うと去っていった。


(訂正、やっぱりちょっと意地悪な人だ)


 その姿に、アイザックはアリスを評価し直す。

「わざわざプレッシャーをかけて行かなくてもいいのに」と思ったのだ。


(爺ちゃん、助けて)


 ハッキリと「アイザックが疲れているから挨拶はここまで」と言える人物が傍にいてほしかった。

 モーガンは侯爵家の当主。

 他の家の挨拶を代わりに受けてもらえるし、場合によっては断れる。

 その点では、傍にいるのがルシアだけでは心許ない。

 アリスが挨拶し終わるのを見て、次の人影がアイザックに近寄ってきていた。

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