第51話 カカオの人工林とエルフの仕事
「よし、できた」
王都では基本的に暇だという事を活かして、アイザックは将来への一手を打っていた。
その内の一つが”大使への手紙”だ。
『お爺様がいつもお世話になっております。○○大使は手強い奴だと言っていました。外交という戦いをしているそうですが、お爺様は年寄りですので仲良くしてください』
文字は綺麗に書けるが子供らしく少し崩し、ひらがなで大体このような内容を相手に合わせて書いていた。
そして、アイザックが育てた花と菓子を贈る。
「ウェルロッド侯爵家の贈り物」ではなく「アイザックの贈り物」というところが大事なところだ。
「外交交渉で手加減してくれ」と賄賂を贈るのでは侮られるが、孫が祖父の心配をして「仲良くしてほしい」と贈り物をする分には問題ない。
冷血漢でもない限り、少し頬を緩ませるだけだ。
何よりも、アイザックが
そのために、単身赴任の者は国元の家族に、家族ごと赴任している者は国元の親族に根付きの花を贈った。
『協定記念日の朝、その花を見つめてください。住むところは違えども、同じ花を見つめる事で心を通わせる事ができます』
というメッセージを添えて。
正直なところ恥ずかしかったが、これは全て未来のために必要な投資。
――アイザックが国外に使者を送る不自然さのカモフラージュ。
そのために祖父であるモーガンを理由にして手紙を送り始めたのだ。
将来的にアイザックは王家と事を構える事になる。
その際に問題になるのは国外勢力だ。
国内は均衡状態に持っていけたとしても、周辺国の軍が参戦すると負ける可能性も出てくる。
周辺国の軍を抑えるためには、あらかじめ動きを鈍らせる裏工作をする必要があった。
だが、いきなり有力者に接触したら怪しまれる。
その怪しさをカモフラージュするため「大使の家族に花を贈る」という行為を定期化していく予定だった。
年に何回か使者が外国に出ていっても「また花か」と思うだけで怪しまなくなる。
そうなった時に、本命の裏工作を行なう。
金で転ぶような奴は信用できない。
だが「王家への忠誠」という抽象的なものに命をかける者よりかは理解ができる。
行動原理がわかりやすい分、裏工作を仕掛けるには最適な相手だ。
幸いな事に、外務大臣であるモーガンのお陰で要人の情報は手に入る。
モーガンも、まさか身内に情報を悪用する者がいるとは思わなかったのだろう。
王都の屋敷の書斎に「重要ではない」と判断された書類がいくらでも転がっている。
しかし「重要な書類」という物は、今進めている外交政策に関する物だけではないのだ。
この世界の情報管理の甘さが、アイザックに大きなプラスとなっていた。
「ちょっと休憩するか」
アイザックは自室を出て、リビングへ向かう。
12月25日の協定記念日に向けて忙しいはずだが、休憩を取る者が誰かしらリビングに居る。
部屋で何かを飲んだり食べたりするよりは、雑談でもしながら過ごす方を選んだ。
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リビングにはクロード達、大人のエルフが四人居た。
「あれ? みなさんはもう準備終わったんですか?」
「あぁ、そうだ。細かい事は残っているがな」
そう言って、クロードはホットチョコレートをすする。
これは「生産が始まったばかりのチョコレートを、そのまま食べるとすぐに無くなってしまう」という状況を打破するために、クロードが考え付いた。
――温めたミルクにチョコレートと砂糖を好みの量混ぜる。
これでチョコレートの消費量を減らし、少しでも長く味と香りを楽しもうというのだ。
涙ぐましい節制を自主的に行っていた。
アイザックも好きなだけ食べさせてやりたいが、今は原料の入手量に限度があるので仕方が無い。
販売するとしても、高級品として扱われる事になるはずだ。
(それにしても、アフリカとかに生えているはずのカカオがなんであるんだか……)
リード王国は温暖な気候の地域にあり、熱帯気候ではない。
おそらく、主人公であるニコルがチョコレートを思いつくために用意された設定なのだろう。
「メチャクチャだ」と言うのは簡単だが”ゲームの世界に生まれ変わった”という時点で、「植生がマトモじゃない」といっても仕方がない。
「そういうものだ」と受け入れるのが楽で良かった。
(マトモじゃないと言えば……)
「そういえば、エルフって魔法で種から木を育てるとかできますか?」
この世界にメチャクチャなところがあるのなら、それを利用すればいい。
アイザックは、かなりの無茶振りをする。
「できるよ」
「あぁ、やっぱり……。えっ? 今なんて」
思わずクロードに聞き返す。
「できるって言ったんだ。だが、そういう自然に反する事はやりたくない」
「あ、あぁ……。確かエルフの木に関する考えってやつですね……」
アイザックからすれば、必要な木を生やしてくれれば非常に楽だ。
だが、エルフは「木も生きている」という意識が強い。
そのせいで、不必要に干渉する事を嫌う。
種から実を付けるくらい立派な木に成長させるというのは、人間の赤子を大人に急成長させるようなもの。
エルフの倫理観が、それを許さなかった。
「クローン技術で人間を作ってはいけない」という前世でもあった倫理観と似たようなものなのかもしれないと、アイザックは考えていた。
「では、育つまでの成長をサポートというのはどうでしょう? ティリーヒルの東側は森との間に平原があります。そこでカカオの植林をして、枯れたりしないように魔法で補助する……。これなら問題ないんじゃないでしょうか?」
アイザックの提案にクロード達は顔を見合わせる。
そして、クロードよりも年を取っていそうなオバサンエルフが口を開いた。
オバサンと言っても、見た目は綺麗なのででっぷりと太ったオバサン系ではない。
「私はいいと思うわよ。そのカカオの木を見守るのも仕事になるんでしょう?」
「もちろんです」
「なら、村から遠く離れて人間社会で働くのが嫌だっていう人にも仕事ができるじゃない。育ったらついでに収獲とかもやってもらえばいいと思うわ。ほら、これだけでお互いの問題が解決ね」
彼女はアイザックの「カカオの木が欲しい」という願望から、エルフの仕事を生みだしてしまっていた。
しかも、長期的に需要のある仕事をだ。
これでカカオの人工林と、遠出したくないエルフの仕事という二つの問題が解決した。
こういう時、年長者の知恵と経験は侮れない。
他のエルフ達も彼女に賛同する。
「まぁ、種から育てるっていうのならいいか」
「人工林なら長老が詳しかったよな」
「ああ。年寄りのように遠出できない者に任せるのもいいかもしれんな」
どうやらカカオの木よりも、新しい仕事の方に意識が行っているようだ。
しかし、それはそれでいい。
人間社会と関わる事が増えれば増えるほど、エルフは人間との関係を切りにくくなる。
それはアイザックとの関係を断ち切る事ができなくなるという事だ。
戦争に使うつもりはないが、エルフという切り札は持っているだけで効果がある。
予期せぬ形であっても、関係が深まるというのは素直に良い事だった。
「それじゃあ、お爺様やオルグレン男爵と話してみますね。種がどれだけ必要になるのかわからないので、チョコレートの生産量も減らしますね」
「えっ、なんでだ?」
「なんでもなにも、カカオ豆……。チョコレートは種の部分を使っているからですよ。植えるのなら、芽が出ないものもある分多めに植えないといけませんしね」
クロードは処刑宣告でもされたかのような表情をする。
どれだけ気に入っているのだろうと、アイザックは思ってしまう。
「カカオの木が何年で成長するのかわかりませんが、五年後、十年後に大量収穫するために今年は我慢してくださいね」
「も、もちろんわかっているさ」
普段通りの表情に戻ったクロードだったが、マグカップを持つ手が微かに震えている。
チョコレートが手に入りにくくなるという思いと、
ギリギリ、大人として見栄を張る心が勝っていた。
「他にも何かこんな仕事がしたいとかありますか?」
普段はクロードとブリジットくらいしかエルフと話す機会がない。
良い機会だと想い、普段話さない相手に意見を求めた。
「俺は牧場でもやりたいなー。広い場所でゆったりとさ」
「それいいね。森の中じゃできない事をやりたい」
「私は見渡す限り野菜だらけの畑かな。一人じゃこんなに収穫できないっていうくらい広い畑でね」
「あー、それもわかる」
森にも開けた場所はあるのだろうが、本物の広い平原には敵わない。
広い場所で色々やりたいという希望があるのだろう。
だが、一つ疑問がある。
「前もって会談で意見を聞いていたはずですが、そういう意見は無かったような……」
モーガンやランドルフがアイザック抜きでアロイス達と話し合った時に、他のエルフからも意見を聞いている。
その際に仕事に関しても話し合っていたはずだ。
だが、畑をやりたいという意見があったとは書類には記録されていない。
そういう意見があれば、前もって用意されていたはずだった。
「そりゃあ……」
「ねぇ……」
クロード以外の三人が顔を見合わせ、男のエルフが口を開いた。
「人間側は「魔法による道の整備」「魔法による治水工事」「魔法による土砂崩れが起きそうな場所の補強」っていう感じで、魔法への期待が大きかったからなぁ……。魔法に期待して目を輝かせているところで「のんびり牧場がやりたい」なんて言えないよ」
「あっ……、それは配慮不足でした。申し訳ございません」
アイザックは素直に謝る。
確かにエルフの魔法に期待をかけていた。
だが、期待をかけられていた側の気持ちを考えていなかった。
言われてみれば、仕事に関してはこちらの希望を述べるばかりだった。
エルフ側が自分達の望みを言い辛い状況だったのは想像に難くない。
「気にしなくていいんだよ。坊やは悪くないんだし」
「いや、こいつが責任者だぞ」
「えっ?」
三人の視線がクロードに集まる。
「交流再開のきっかけも、街道整備の仕事も、このアイザックが決めた事らしいぞ。細かい決め事は大人がやっているが、責任者はアイザックに任されている」
「嘘だろ」
今度は全員の視線がアイザックに向けられる。
「だって、人間の子供って……。まだ十歳にもなってないんじゃないの?」
「ウチのガキなんて百歳になるのに、まだ悪戯小僧のままだぞ」
「人間は成長が早いつっても、限度があるだろ……」
「前世の記憶持ちだから」とは言えず、ズルをしているように感じているアイザックは少し気まずい思いをする。
「この間、七歳になりました」
絶句。
エルフ達はそれ以外に例えようのない反応をしていた。
「エルフと比べても無駄だろうけど、子供じゃない……。どうなってるのよ、この子……。交流再開とか街道整備なんかどうやって思いついたの?」
オバサンエルフの言葉に、他の者も同意した。
七歳といえば知識を身に付ける事ができても、その知識を生かす事まではたどり着けない。
アイザックの異常さが際立つ事となった。
その状況を「なんだかあまり良くない流れだ」と思ったアイザックは、なんとか誤魔化そうとする。
「交流再開を思いついたのは簡単な事です」
アイザックはオバサンエルフに右手を差し伸べる。
それを「握手しよう」という行動だと受け取ったオバサンエルフが右手で握り返す。
「手は人を叩いたり傷付けたりできるけど、こうして握手もできますよね? だから、エルフとも手を繋ぐ事を選んだんです。皆仲良しの方が楽しいですもんね」
「……その発想になるのは良い事だけれど、その年で実行しようと思うのが凄いわ」
手を放しながら、アイザックに感心する。
「街道整備に関しては……。王都に来るまでの間に皆さんも馬車でわかってもらえたと思います」
「あぁ、それは確かに」
テーラーからウェルロッドまでの街道は整備されているが、ウェルロッドから王都までの街道は整備されていない。
塩の鉱山があるアルスターまでの街道整備が優先されたからだ。
そのせいで、エルフの中にはガタガタの道で舌を噛んだ者もいる。
あの道を通れば、平坦な道を欲するのも自然の流れというものだ。
「それに、責任者と言っても名目上の事。実際はお父様達がやってくれているので気にしないでください。それに、皆さんは圧倒的な年長者ですしね。子供に対する接し方でお願いします」
アイザックは実際の責任者ではないと主張する。
今回の話も「子供だから」と気軽に話している最中に聞けた事だ。
「責任者だ」と身構えられてしまっては、良い話が聞けなくなるかもしれない。
見栄を張るよりは、実利を選んだ。
「これからは責任者として扱えと言われるよりは受け入れやすいわね」
七歳の子供を一人前の大人扱いするのはなかなか難しい。
子供扱いしてもいいというのなら、それに甘えようとエルフ達は考えた。
「農家や牧場をやりたいという意見はとても参考になりました。今後も忌憚のない意見を聞かせていただければありがたいです。ありがとうございました。ごゆっくりどうぞ」
アイザックは挨拶をしてから、まずは厨房へ向かう。
種を全て潰す前に、植える分を確保しておかねばならない。
リビングで一休みしようと思っていた事など、とっくの昔に頭から消え去っていた。
前世の社会人時代に魂にまで刻み込まれた、ワーカホリックの精神は簡単には抜けそうにない。
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