第24話 ティリーヒルの鉄鉱石

(そうか、そうだったのか)


 ウェルロッド領に戻ったアイザックは、モーガンの執務室に向かう途中で思索にふけり、一人で納得していた。


 アイザックは「曾祖父のジュードも転生者ではないか?」と疑問に思った事がある。

「ウェルロッド家の優秀な代は全員転生者で、前世の知識があるから優秀なのだ」と。

 しかし、それは違うとわかった。

 アイザックがそう確信したのには理由がある。


 ――あまりにも野心が無さすぎる。


 誰もが恐れる謀略の神。

 なのに、王国内部で内乱の種を蒔いて混乱させ、それに乗じて乗っ取るという事をしなかった。

 あくまでも王国貴族として生き、最後まで裏切る素振りを見せなかった。


 アイザックのように才能を持ち合わせてなくとも、下剋上を狙う者がいるくらいだ。

 ジュードのような知謀を持っていれば、誰だって間違いなく国を乗っ取っているはず。


 ――才能があっても、王位の簒奪を狙わない。


 つまり、曾祖父ジュードは王国貴族としての枠組みを越えない、常識の範疇の人間だった。

 裏切るという事など考えなかったのだろう。

 転生者であれば、権力を手にする機会を前に我慢できないはずだ。

 自分が優秀な代の跡取りになったので、必死に学んで努力してきただけの「この世界の人間」なのだと考えれば納得がいく。


(まぁ、そっちの方が凄いけどな)


 前世の記憶による知力の底上げ無し。

 にもかかわらず、この世界で学んだ事だけで近代王国史に名を残す化け物。

 きっと顔を会わせていれば、畏怖のあまりにションベンを漏らして泣き叫んでいる事だろう。

 亡くなってくれていて良かったと、アイザックはホッとする。

 同時に申し訳ないという気持ちもあった。


(ご先祖様が守ってきたリード王国。……俺がもらう事になる。許してくれよ。どうせ混乱するんだし、いいよな)


 愚かな王子によってパメラが殺される。

 もしかしたら、ウィンザー侯爵家も取り潰されるかもしれない。

 なら、その混乱を利用してパメラを助け、王位を乗っ取る。

 祖先が守ってきた王家を潰してしまう事に、アイザックは心の中で先祖に合掌して許しを請う。




 そんな事を考えているうちに、祖父の執務室の前までたどり着いた。

 周囲に面会待ちの人影はない。

 他の貴族達も留守中の書類を処理する事を優先している。

 まずは仕事を片付けねば「仕事をしろ」と言われて、ご機嫌伺いも逆効果になるからだ。


 アイザックも人がいない時を狙っていたのでちょうど良い。

 さすがに面会待ちに割り込むのは気が引ける。

 とはいえ、順番待ちをして周囲に気を使わせるのも嫌だ。

 仕事が終わった後に話せばいいのではないかとも思ったが、これからやろうという事はルシアやマーガレットには反対される事が予想できた。

 反対されても押し切れるよう、先に当主であるモーガンと領主代理のランドルフから許可を得ようと考えた。


 アイザックはドアをノックする。

 中から返事が聞こえ、ドアが開かれた。


「あれ? アイザック様、どうかされましたか?」

「フランシス、今回は留守番お疲れ様」


 ドアを開けているフランシスと呼ばれた秘書官に、アイザックは花束を渡す。

 こういった事は継続的に行うのが重要だ。

「あいつはもらったのに、なんで俺にはないんだ?」と不満を持たれても困る。


「わざわざ、ありがとうございます。もしかして、このために来られたのですか?」


 質問するフランシスに、アイザックは首を振って答える。


「これもあるけど、お爺様とお父様に大切なお話があるんだ」

「そうですか」


 フランシスは部屋の中を振り返った。

 今はランドルフが領主代理としての引継ぎを行なっている。

 以前、アイザックがこの部屋を訪れた時のように二人が机を並べていた。

 前回と違うところは、ランドルフが領主の椅子に座り、モーガンが横から教えてやっている事だ。

 領主の椅子に座らせる事で、代理とはいえ領主としての意識を持たせるつもりなのだろう。

 だが、今は二人の視線がこちらに向いており、手が止まっている。


「構わない。入りなさい」


 モーガンが入室を促す。

 わざわざアイザックがこの部屋に来たのだ。

 ここで「ダメだ、忙しい」と追い返した場合、何を話しに来たのか気になって仕事がはかどらなくなる。

 先に聞いておいた方が、ランドルフにとって領主としての良い経験になるかもしれない。

 そう思うと、追い返すという選択肢はモーガンの中から無くなっていた。

 アイザックは部屋に入り、ランドルフの前に立つ。


「お仕事中、お邪魔します。お願いがあって参りました。話を聞いていただけますでしょうか?」


 アイザックはランドルフとモーガンと視線を合わし、最後に隣の部屋へ続くドアに視線を動かした。

 執務室の隣にある談話室。

 そこは分厚い扉で、中の話が外に漏れ聞こえないようになっている。

 アイザックは談話室で話したいと、視線で語った。


 これは自分のためではない。

 ランドルフのためだ。

 五歳の子供に「お父様を支えるための実績作りです」などと、書記官達のいる前で言ってしまっては、ランドルフの面目は丸潰れだ。

 人前で恥をかかせるのはよろしくない。

 本人のプライドが大いに傷付く。


 アイザックも、前世で経験している。

 居酒屋で働いていた時の店長が特に酷かった。

 失敗をすれば、人前だろうが怒鳴り散らす。

 そして、人前で叱りつけられる社員は、学生バイトにも軽んじられていく。

 そんな思いを父にさせたくはなかったので、書記官達のいない場所で話をしたかった。


「やましい事ではないなら、ここで話しなさい」


 だが、ランドルフにその思いは通じなかった。

 人目をはばかるような内容であれば、公の場である執務室まで来て話す必要はない。

 プライベートな時間ではなく、職務中に来たという事は人前で話しても良い内容だろうと受け取ったのだろう。


「やましくはないんですが……」


 アイザックは自分の配慮が無駄になってしまい困った。

 こう言われてしまっては、別室で話をする事ができなくなったからだ。

 ここで別室での話を求めれば、書記官達に「やましい事があったんだな」と思われかねない。

 そのような評価は後々に響いてくる。

 ある程度言葉は選ぶが”父を多少は傷付けてしまうかもしれない”と覚悟をした。


「ティリーヒルの鉄鉱石を毎月100kg、現地で自由に売買させてください。それにともない、外出許可も欲しいです」

「はぁ?」


 ランドルフが驚く。

 いや、この場に居る者全てだった。

 モーガンは絶句している。


「なんでそんな事を考えたのか気になるが……。ティリーヒルの鉄鉱石は良くないぞ?」

「はい、わかっています」


 ウェルロッド領、東部の鉱山都市ティリーヒル。

 小高い丘陵地帯が広がるこの都市は、領都から馬車でおよそ四日の距離にある。

 ここは都市と呼ぶには小さく、村と呼ぶには大きい半端な街だった。

 鉱山があるのに、微妙な大きさだという事には理由がある。


 リード王国の鉱石産出量は、九割以上がウォリック侯爵領で採掘された物が占める。

 埋蔵量、鉄の含有量などが優れているからだ。


 ティリーヒルで産出される鉄鉱石は鉄の含有量がやや低く、労力に見合った物を得られない。

 無理に採掘するよりは、ウォリック侯爵領から製鉄された物を仕入れた方が人件費などの経費を考えると安い。

 それでも鉱山が維持されているのは、非常時に備えてだ。

 災害があって、ウォリック侯爵領から仕入れられなくなった時のための保険でしかない。


 ――坑道を掘る事のできる者を雇い、採掘技術を維持する。


 それ以上の価値のないティリーヒルの鉄鉱石。

 なぜアイザックが自由にさせてくれと言うのか。

 誰一人としてわからなかった。


「ブラーク商会の件でお父様に、自分で金を稼いだ事もない子供が知ったふうな口を利くなと言われました。ですから、まずは実績を作ろうと思ったのです」


 アイザックの言葉にランドルフは顔をしかめる。

 幼い子供が自分で金を稼ごうと考えるとは思わなかった。

 まるで、自分への当てつけのように思えて、少し不愉快になる。


「だからといってなぁ……。そういう事はもっと大きくなってからで良いんじゃないか?」


 せめて、あと五歳は年を取っていれば考えても良かった。

 まだ母親に甘えていてもおかしくない子供が言い出す事ではない。

 だが、アイザックには待てない理由がある。


「いいえ、待てません。ブラーク商会のデニスはお父様を騙そうとした! お父様の人柄に付け込んで、すでに1億リードをせしめているではありませんか。今後もお父様を騙し続けるでしょう」


 アイザックは拳を握りしめて語る。

 それに対し、ランドルフは困惑気味だ。


「しかし、謝罪と共に賠償をしようとした。ちゃんと誠意を見せてきたから、あれは何かの手違いだったはずだ。人は過ちを犯すものだ。過ちをいつまでも責め続けるのは良くない事だぞ」


 ランドルフは正論でアイザックを諭す。

 あの時の様子だけを切り取れば、この考えは間違ってはいない。


「いいえ。デニスは明確に悪意がありました。お父様が、返金は無用だと答えると読んだうえで、返金するという申し出を行ったのです」


 アイザックの脳裏には、アル・カポネを騙した詐欺師の事が思い出されていた。


 ――投資をするといって金を借り、投資に失敗したが失った元金は金をかき集めて返しに来た。


 そうする事で「儲けられなかったが、金をちゃんと返しに来た正直な奴だ」と気に入られ、褒美を貰った。

 実際は金を借りて投資はせず、そのまま金を返しただけだったというのに。


 デニスも同じ事。

 二束三文のクズ宝石を売り付けて、一億リードを受け取る。

 そして、一ヵ月後にランドルフに金を返そうかと持ち掛けた。

 これだけで、ランドルフはデニスを信用できる男だと信じてしまった。

 アル・カポネと違うところは、これからも騙され続ける可能性が高い事だ。

 そんな事を見過ごすわけにはいかない。


 世の中には騙される方が悪いと言う者もいる。

 だが、アイザックは騙す方が悪いと思っている。

 いつ人に騙されるのかを疑ってギスギスとした人間関係しかない社会よりも、ランドルフのような人間が騙される事のない社会の方が良いに決まっている。

 その第一歩として「父を助けてみせる」と、アイザックは決意を固めていた。


「僕はお父様の事が大好きです。ですから、デニスにコケにされるのがたまらなく嫌なんです。お父様に僕の言葉を信じてデニスに対して警戒してもらえるよう、実績を作る機会をください」


 アイザックは深く頭を下げる。

 真剣な思いが伝わるように。

 そして、ほんの少しの謝罪として。

 本当はランドルフを助けるだけではなく”これを機会に活動資金も得よう”と、一石二鳥を狙っている。

 その事が少しだけ心苦しかった。


「アイザック……」


 ランドルフは驚きのあまり、それ以上の言葉が口から出てこなかった。

 幼い我が子に、ここまで心配させていたとは思いもしなかったのだ。

 代わりに、モーガンが横から口を出す。


「アイザック、鉄鉱石でどう利益を出すつもりだ? 鉄鉱石という事は製鉄前。そんな物が100kgあっても、10万リードいくかどうかだろう。お前のお小遣い程度だぞ」


 そんな少額では物足りない。

 実績というからには、もっと大きな金額を稼ぐ事が求められる。


「それはですね――」


 アイザックは机の向こう側に回り込む。

 そして、ランドルフとモーガンに耳を貸せと手招きして、二人に耳打ちする。 


「――という事を考えています」

「なんだと!」

「どこでそんな事を覚えた!」


 二人の驚く声に、仕事をしているフリをしていた書記官達が注目する。

 何を耳打ちしていたのか気になって仕方がないのだ。


「王都でのお爺様のお姿を見て覚えました。これも合法の範囲内ですよね?」


 アイザックはニッと笑って答える。


「確かに悪い事ではない。だが、子供が考えるような事でもない……」


 モーガンは頭を抱える。

 知らず知らずのうちに、可愛い孫にいらぬ事を覚えさせてしまった事を反省する。


 我が子の成長は可愛いというが、駆け足で成長するどころかワープしてしまっている。

 ランドルフは、めまいを感じているのか目の辺りを押さえていた。


「それに、これはブラーク商会にお灸を据えるという効果もあると考えています。許可していただけませんか?」

「むぅ」


 モーガンは唸る。

 やらせてやりたい気持ちはある。

 だが、それ以上にやらせるべきではないという気持ちが強い。

 これはアイザックが、まだ幼いからだ。

 片道四日の距離を往復させるのは心配だった。


「ここでの取引ではダメなのか?」


 なので、安全策を提案する。

 わざわざ現地で取引をする必要などないと思うのは普通の事だ。

 問題があるとすれば、アイザックが普通ではない事だ。


「ダメです。現地で行うからこそ、仕掛けも役立つのです」


 そうは言ったが、モーガンがまだ許してくれそうにない気配を感じていた。


(あんまりこの手は使いたくなかったが、仕方ないか……)


 強制的に提案を飲ませるやり方に抵抗はあったが、アイザックは一度唾を飲み込み、意を決して口を開いた。


「お爺様は王都で、叶えられる望みなら叶えてやると言ってくださいました。これは叶えられる望みなのではありませんか?」

「むっ、それはそうだが……」


 モーガンは「やはり覚えていたか」と目を泳がせる。

 パメラと会った日、アイザックにパメラを諦めさせるために色々と言葉をかけていた。

 その時に「叶えられる望みなら叶えてやる。だが、パメラはダメだ」と言っていた。

 その部分を持ち出されては、ダメだと言い辛い。


「わかった。その代わり、護衛や身の回りを世話する者も十分に付けるからな。それと、体調の悪い時は諦めて休むようにな」

「ありがとうございます!」


 モーガンが折れた。


「良いのですか、父上?」

「かまわん。ただし、こんな無茶はこれっきりだぞ」

「はい!」


 ランドルフからすれば断りたい。

 しかし、現当主であるモーガンが許可を出してしまった以上、それを覆すのはよほどの理由がいる。

 ただ“父親として不安だから”では、認められないだろう。


「……アイザック。これだけは聞いておく」


 モーガンは苦悩に満ちた表情から、真剣な面持ちへと変わる。

 そして、ジッとアイザックの目を見つめる。

 まるで心の奥を見透かそうとするかのように。


「私の父であるジュードや、他のご先祖様の生まれ変わりだったりするのか?」


 アイザックからすれば、あまりにも馬鹿げた質問。

 だが、この世界ではそういう霊的な事もあると信じられていた。


「いいえ、違います。僕は僕ですよ。お爺様」


 アイザックには前世がある。 

 しかし、ジュードではなく、ご先祖様でもない。

 本当の事を言っている、嘘偽りのない言葉であった。

 それを感じ取ってか、モーガンは深い溜息を吐き、アイザックの頭を撫でてやった。


「そうか。すまなかったな。紹介状や売買許可証は、できるだけ早く用意しておこう」

「ありがとうございます」


 アイザックはお辞儀をする。

 そして、ランドルフ達に「お仕事頑張ってね」と言い残して退室していった。

 モーガンがランドルフを慰める。


「ランドルフ、お前は辛いな。私は父に頭を抑えつけられたが、お前は下から突き上げられる立場だ」


 モーガンは優秀な父を持ち、その息子として父と比較された。

 それに対し、ランドルフは優秀な息子を持ち、父親として息子と比較される事になる。

 どちらが辛いかは明白だった。


「……私だってまだまだ負けませんよ」


 ランドルフは言い返したが、ブラーク商会の件を考えれば、すでにアイザックにフォローされる立場になってしまったと感じていた。

 まだ五歳の息子にだ。

 だが、焦ってはいない。

 領主としては、まだ負けていないからだ。


 知謀に関しては負けていそうだが、人生経験が違う。

 長く生きていれば、積み重ねてきたものの高さが違うのだ。

 その積み重ねて来たものが領主として重要だった。

 才能だけで物事を推し進められるほど、行政は甘くない。

 政策を提案するだけではなく、調整役としての役割も果たさなければならないのだ。

 そういった経験が無ければ、スムーズに統治などできない。


(……今のうちに差をつけておこう)


 ランドルフだって子供ではない。

 才能の差というものが、どれだけ残酷に違いを見せつけるのかを知っている。

 そう遠くないうちに追い越される日が来るとわかっていた。

 それまでの間に、モーガンから領主として必要な物をしっかりと学び、少しでもリードを広げるつもりだった。

 いつかアイザックに追い越される日を一日でも遅らせて、父としての威厳を保つために。

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