第14話 王都へ
FAQ:よくあるご質問
Q 人の上に立つのに、何か良い方法はありますか?
A 信頼関係が大切です。日頃から地道に信頼関係を築きましょう。
(まさに
アイザックは王都行きの馬車に揺られながら、そんな事を考えていた。
書斎にあった領主の手引書のような物には「地道にやれ」としか書いていなかった。
自分のやりたい事に関して、まったく役に立たなかった。
失意のまま、冬を迎えてしまう。
結局、四歳は地味な年となってしまった。
健康のためにパトリックと遊び、よく動く。
育ち切っていない体に負担をかけないよう、踏み台昇降運動で心肺機能を高める。
ティファニーやリサ達と仲良くし、女の子がどんな物を喜ぶのかをメイドに自然に聞けるようにする。
そのついでに、実家の人がどんな物を好み、どんな事を好むのかという地道な情報集めをしていた。
この国や、ウェルロッド領を取り巻く状況。
そういったものを調べる事にも時間を費やした。
これらは決して無駄ではない。
全て地味だが必要な事だ。
だが、アイザックは満足していなかった。
(肝心の傘下の貴族を従わせる方法がわからない……。どうすんだよ、これ)
「やってやる」と意気込んだのはいいが、その先がわからない。
もちろん、人に聞くわけにはいかないので、自力で答えを導き出すしかない。
(これはあれか。最初は強く当たって、あとは流れに任せるってやつか)
そんな事ができるはずないのに、どうしても投げやりになってしまう。
居酒屋チェーン店で働いていた時も、アルバイトのシフトを決めるくらいしかやった事がない。
働く事に精一杯で、人をまとめた経験がないのだ。
せめて、あと五年は生きていれば別だったはずだ。
とはいえ、経験があったとしても、居酒屋のノリで貴族を従えるわけにはいかない。
ぶっつけ本番で学んでいく事を覚悟する。
馬車がガタンと大きく跳ねる。
街中は石畳で整地されているが、長年の使用でへこんでいたりして馬車が跳ねてしまう。
街道は整備されてはいるが、ときおり石を踏んで跳ねる。
こうなるのも、前世のようにサスペンションが付いていないせいだ。
何かバネのような物もあったが、気休め程度の効果しかない。
アイザックが考え事にふけっているのも、喋ると舌を噛みそうになるせいだ。
隣に座るルシアも馬車に乗っている間は話そうとしない。
この馬車とメリンダの馬車を、一日置きで交互に乗るランドルフがいても同じ。
馬車が動き始めると沈黙が訪れた。
(そうか、車のサスペンションを……。どうするんだ……)
アイザックは車に乗っていたが“時速60kmで走らせると、風がおっぱいの感触になる”と聞いてオープンカーを買っただけだ。
仕組みに詳しいわけではない。
バネを使ってどうすればいいかわからない。
車のサスペンションの部分など、わざわざ見たりはしないからだ。
(せっかく金儲けになりそうな事思いついたのに……)
馬車のサスペンションを開発したとなれば、多少の名声と多大な富を得る事ができたはず。
主に馬車を使う貴族連中に顔を売ることができたはずだったのだ。
王都の職人に伝えても、きっとわかってもらえないだろう。
アイザックは肩を落とす。
(いや、待てよ。これは悪くないかもしれない)
馬車ではない。
交通――道路――の方に目を付ける。
(これだけ道が悪いんだ。道の整備っていうのも悪くないな)
陸路は国家の基本。
いくら飛行機や船が物を運んでも、トラックが各都市に物資を運ばねば、家庭まで荷物が届かない。
それはこの世界でも同じ事。
内陸国であるリード王国なら、日本以上に陸路は重要だ。
ならば、道路を整備するという事をエサにすれば、貴族を味方に付ける事ができるのではないか?
アイザックは、そう考えた。
この世界では、平民に税金を取るだけではなく労役を課す。
とはいえ、いくらなんでも税金の二重取りで私腹を肥やすためではない。
道路整備や河川の護岸工事など、平民の生活にも影響のある公共事業である。
しかし、日本の道路公団のように専門家が行うわけではないので、大雨などが続けば道路はぬかるんでダメになってしまう。
道路を舗装できれば、この労役が無くなる。
もしくは、大幅に作業時間が減れば、農業により多くの時間を割く事ができる。
開墾作業にも時間を使えるので、将来的な収入が増えるという事だ。
これは立派な利益。
貴族を味方に付けるために提示しても恥ずかしくないレベルだ。
アイザックは、この発想に満足気にうなずいた。
(よし、いける。これはいけるぞ!)
貴族を味方に付けるだけではない。
道路を拡張し、軍を移動しやすくすれば、王都へ攻め上がる侵攻路にもなる。
もちろん、王都から討伐軍が攻めて来る可能性もあるので、その対策は必要だ。
だが、多くのメリットがある。
ウェルロッド侯爵家は、リード王国の南東部にある。
そして、領地の南端には岩塩の鉱山がある。
塩は王家の専売になってはいるが、その取引のために商人がウェルロッド家の領内を通る。
その商人達にも、道が整備されているとアピールする事ができるのは大きい。
道が荒れていれば、振動で馬車の車軸が壊れやすい。
車軸の交換のために、荷物を降ろすのも一苦労だ。
「ウェルロッド領は道が整備されている」と聞けば、少人数の旅商人などは拠点をウェルロッド領に移して活発な活動をしてくれるはず。
商人の活動が増えれば、自然とウェルロッド領は富む。
富めば人が集まり、さらなる富を生む。
そして、富は力を産む。
アイザックは「完璧な計算だ」と自画自賛した。
(よし。ミキサー車がないから人力で混ぜてもらうことになるけど、それくらいは我慢してもらおう。あとはコンクリートやアスファルトの材料……。……ってなんだ?)
根本的なところで躓いてしまった。
道路整備に目を付けたところまでは良かったのだが、整備するための素材として何が必要なのかわからなかった。
雑学に詳しい友人が「アスファルトはガソリンを作る時の残りカスみたいなもの」と言っていた事くらいしか思い出せない。
ガソリンの原料となる原油も、どこで手に入るのかわからない。
セメントは知っているが、そのセメントの作り方もわからない。
(ネット……、ネット環境をくれ)
「○○の作り方」と検索すれば、すぐに求めた答えを探し出せる。
前世ではセメントの作り方を調べる事などなかったが、今世では興味のなかったそういう技術を調べたい。
普段、身近にあるからこそ、おろそかにしてしまう。
失って初めて、その価値を再認識させられた。
アイザックはいい案が浮かんで笑顔になっていたが一転、悲しそうな顔になる。
何か良い案を思いついても、それを実行する事ができない。
(あぁ、そうか。だから、俺はダメだったんだ……)
――普通の学生の自分が、なぜ就職できなかったのか。
この時になってようやく気付いた。
特別、何かに秀でていたわけではない。
就職してから覚えれば良いと思っていたが、その分野を専攻してきた者には当然敵わない。
就職活動で後れを取るのも当然の事だった。
この世界で役に立ちそうな知識といえば、戦争に関してだ。
だが、それも歴史小説や漫画などで読んだだけ。
しかも、今の自分に役立ちそうな政争部分は“なんだかわかりにくい”と適当に読み飛ばしていた。
何かを学びたいというのではなく、卒業するために勉強を頑張った。
勉学に励むだけではなく、友達と遊び、趣味に興じる。
それが普通だと思っていた。
しかし、ここでは何の役にも立たない。
こんな事になるくらいなら、何か手に職を身に付けておくべきだった。
――後悔先に立たず。
その言葉がアイザックの頭の中の大半を占めていた。
(いや、まだだ! まだ諦めてたまるか!)
泣きそうになるほど落ち込んでいたが、その顔に気力が戻る。
(解決方法が思いつかないだけで、貴族に利益をもたらす方法自体は思いついている。今すぐには無理でも、色んな人と出会っていくうちに解決方法が見つかるかもしれない。王都にすら着いていないじゃないか。諦めるにはまだ早い)
アイザックは諦めなかった。
まだこの世界の事を詳しく知っているわけではない。
ならば、嘆くのは世界の事を知ってからでいい。
他にも良い方法はないか模索しつつ、思いついた方法の解決方法がないか探していけばいいのだ。
アイザックは前向きに考え始めた。
(確かに俺は凡人で、王になる器じゃないのかもしれない。だが、この世界で自分は万能ではなく、凡人だと気付けた。なら、凡人なりにここから始めていけばいい)
アイザックは何度目かの決意をした。
挫けそうな時も、大きな夢がアイザックを支えてくれる。
考えがある程度まとまったところで、馬車が止まった。
どうやら、考え事をしているうちに今晩泊まる場所に着いたようだ。
(今までの経験からすると、この街の貴族の家だな)
侯爵家や伯爵家の者はホテルではなく、基本的にそれぞれの街を任されている貴族の家に泊まる。
「泊まる」という行為も、貴族同士の交流の機会だ。
アイザックが望んだ交流の機会だが、馬車で移動した後はゆっくりと休みたい。
思わず溜息が出る。
「お母様、馬車での移動は疲れますね」
「そうね。いつまでも慣れないわ」
ルシアもフゥと長い溜息を吐く。
彼女も馬車の移動で疲れているのだろう。
「ねぇ、アイザック。表情がコロコロと変わっていたけど、何を考えていたの?」
「えっ……」
ルシアの言葉に、アイザックは絶句する。
(やべぇ、顔に出ていたか!)
言われてみれば、喜んだりガッカリしたりしていた気もする。
それが表情に出ていたのだろう。
だが、それを見られているとまでは思っていなかった。
「あの、その……。王都で新しい友達はできるかなって……」
アイザックはしどろもどろになりながらも、適当にそれっぽい事を答えた。
しかし、その態度が真実味を増す。
「そうだったの。ごめんなさいね」
ルシアが悲しそうな顔をして、アイザックを抱きしめる。
彼女はアイザックに男友達が居ない事を気にしていた。
王都での新しい友達というのも「男友達ができるのか心配しているのだろう」と思ったのだ。
男友達ができるのか楽しみにして嬉しそうな顔をしたり、やはりできないんじゃないかと悲しそうな顔をしていたのだと勘違いしてしまった。
これは全て、自分がメリンダに嫌われているせい。
そのせいで息子を悲しませていると思い、ルシアは沈痛な面持ちをしていた。
「大丈夫ですよ。王都にはたくさん人がいるんですよね? 友達くらい作ってみせます」
「頑張ってね。応援しているわ」
ルシアはそう答えながら、自分の友人関係で良い年頃の子供はいないかと考えを巡らせる。
(そうだわ。確か彼女も同じ年頃の男の子がいたはず。王都に着いたら連絡してみようかしら)
彼女は王立学院時代の同級生を思い出した。
同年代の男友達ができれば、きっとアイザックも喜んでくれる。
そう思うと、少しルシアの表情が和らいだ。
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