第13話 カレンの勘
パトリックの部屋の前。
庭に三人と一匹の姿があった。
「アイザック、似合う?」
ティファニーがアイザックから貰った花で、アデラに花冠を作ってもらっていた。
その花冠を被り、アイザックに見せる。
「うん、似合ってるよ」
アイザックは素直に褒めた。
自分の花を飾りにして喜んでくれているのだ。
褒めない理由がない。
パトリックも興味深そうに、ティファニーの肩に前足を乗せて花冠の匂いを嗅いでいる。
犬の成長は早い。
一歳くらいになったパトリックは、アイザック達よりもずっと大きく重くなっていた。
ティファニーも少し重そうにしている。
だが、嫌そうにはしていない。
パトリックも今では良い友達であり、家族だからだ。
「お母様達にも見せに行こうか」
「うん!」
アイザックは、ルシア達に花冠を見せようと提案する。
少し離れたところで、ルシアとカレンがティータイムを楽しんでいる。
この提案にティファニーも乗った。
アイザックはティファニーの手を取って歩き出す。
その背後からパトリックとアデラが付いていく。
パトリックはまだ一歳だが、体は成犬となっている。
アデラを真似してか、アイザック達を見守るような気配の時がある。
犬は早熟らしいので、保護者気取りなのだろうか。
二人と一匹の姿を、アデラは微笑ましく見守っていた。
本来ならリサも居れば良かったのだが、彼女は自宅で勉強中だ。
まもなく十歳。
今年の冬には社交界デビューもある。
アイザックが手のかからない子なので、友達兼お姉さん役はしばし休止。
これからは自分のために使う時間が増えるだろう。
アイザック達が近づいてくるのを見て、ルシア達は話をやめてティファニーを見る。
「あら、綺麗な花冠じゃない。似合ってるわよ」
「うん、アデラに作ってもらったの」
カレンに褒められて、ティファニーは嬉しそうに答えた。
「ありがとうね、アデラ」
「久し振りだったので、上手くできるか不安でしたけど……。なんとかできました」
アデラはホッとした表情を見せる。
それとは対照的に、カレンが少し険しい目でアイザックを見る。
「……ルシア、あなたの息子は大変な事を将来しでかすわよ」
「えっ」
アイザックはドキリとした。
カレンが相手の心を見抜く力の持ち主だなんて聞いていない。
まさか、こんなところで未来の構想を見抜かれるとは思いもしていなかった。
バラされる恐怖で足が震えそうになる。
「それって、どういう事?」
ルシアが問い掛ける。
自分の息子の将来がかかっているので、心配そうな表情だ。
カレンも心配するなとは言わなかった。
「この年なら、お菓子とかおもちゃの方を喜ぶと思うはずよ。なのに、わざわざ花を選んでプレゼントするなんて……。きっと、生粋の女たらしとして生まれてきたのね」
アイザックはカレンの言葉にホッとし――なかった。
(その発想は無かった)
友情の印にティファニーにもプレゼントしたが、異性への求愛のプレゼントとしてではない。
純粋に権力を欲して導き出した答えが、まさかそのように受け取られるなんて考えた事も無かった。
「あら。もしかしたら、ランドルフに似たのかしら。あの人、色んな人に優しいから無自覚で勘違いさせている事が多かったもの」
アイザックが意図的に花をプレゼントしているとは、ルシアは思いもしなかった。
そして、結婚前のランドルフの事を思い出したのだろう。
ルシアがクスクスと笑う。
「なに笑ってるのよ。やっかみが酷いって、手紙で愚痴をこぼしてたくせに」
アイザックはカレンの言った「やっかみが酷い」の部分に同意した。
ラブコメの主人公のように、誰かとくっついても他のヒロインが祝福してくれるような事はまずない。
「なんであいつが選ばれるんだ」と恨まれるはずだ。
しかし、ルシアは辛かった素振りなど見せなかった。
「あの人が選んでくれたのは私だもの。それだけで、嫌だった事は全部忘れられたわ」
「あー、もう。苦味のあるハーブティーが甘ったるくなるじゃない」
カレンが笑いながら言った。
アイザックも同感だった。
特に、実の両親の出会いや甘ったるい恋愛中の話などは聞いていられない。
ティファニーも女の子だから、そういう話に興味があるのかと思ったが、まだ幼いので興味が無いようだ。
芝生の上で腹這いになっているパトリックの背中を枕代わりに横になっている。
頭で潰さないよう、ちゃんと花冠は外しているようだ。
(いつの間に!?)
ティファニーはアイザックと違い、年相応にマイペースだ。
つまらない事はつまらないと言うし、眠い時はさっさと寝る。
しかし、それでも行動が早すぎるのではないかと、アイザックは思った。
とはいえ、アイザックもティファニーの行動が少しは理解できる。
それはパトリックの存在だ。
半年ほど前は動くぬいぐるみのような可愛さだった子犬が、今では立派に成長している。
今も可愛いが、大きくなったら頼りがいというものも感じられるようになった。
子供が安心して母親に身を任せるように、パトリックも信頼して身を任せられる存在になっているのだ。
親がお話ししている最中に、枕代わりにして寝るにはちょうど良いのだろう。
(俺だってやった事ないのに)
アイザックは少し嫉妬した。
そして、やるなら今だという思いも湧き上がる。
大きくなれば、それだけ頭も重くなる。
犬を枕にするなど、子供のうちにしかできない。
そう思うと、自分もやってみたくなる。
「アデラも一緒にお話ししていてもいいよ」
アイザックはそう言うと、パトリックの背中に頭を載せる。
「んんっ? お前もか」といった風に、パトリックは首をアイザックの方に向ける。
さすがに、幼児とはいえ二人分は重かったのだろう。
だが、少し考えた後に「しょうがねぇなぁ」と言いたげな顔をしながら諦めた。
普段はアイザックを困らせるほど元気だが、面倒見の良い一面もあるようだ。
「あら、お昼寝するの? ならベッドに――」
「良いんじゃない? たまにはこういうのもね」
カレンの言葉に、ルシアもそうかと思った。
太陽の下、お昼寝する子供達を見守りながらのティータイムも悪くはない。
「アデラも一緒にお話ししましょう」
「そうよ。私も娘がもう少し大きくなったら、どんな感じになるのかとか聞きたいわ」
「そうですね……。では、少しだけ」
子供達は寝るようだ。
それに、目の前にいる。
少しくらいは話をしてもいいかと、アデラもガールズトークに合流する。
子育てよりも、ランドルフとの話に花を咲かせているようだ。
甘ったるい話がアイザックにも聞こえてくる。
アイザックは目を瞑りながら、どこか既視感を覚えていた。
(そうだ。昌美がゲームしてる時に寝ようとした時だ。まぁ、あの時は甘いイケメンボイスだったから、こっちの方がマシだな)
男性声優の甘いささやき声を子守歌にするより、やはり女性の声を子守歌にする方が良い。
アイザックはそう思いながら、先ほどのカレンの言葉を考える。
(花は女性には勘違いされる……。まぁ、ちゃんと誕生日とか理由があればいいんだろうけど……。今日みたいに、ただプレゼントしたいからプレゼントするってのはダメなのかな?)
アイザックはカレンが冗談で言ったという事に気付いていない。
真に受けて真剣に悩んでしまっていた。
(あぁ、それにしても金が欲しい。金があれば花なんか配らなくても、将来に備えられるのに)
もちろん
金さえあれば、花を人にプレゼントして誤解されるような事も無くなる。
アイザックはそう思っていた。
アイザックの考えている案では、ネイサンの排除を十歳になった時に行う予定だった。
元旦に行われる新年会。
そこでは、十歳になる子供のお披露目会も兼ねて行われる。
――十歳まで無事に成長しました。もう社交の場に出しても大丈夫です。
そう発表するためだ。
人も大勢集まる。
だからこそ、そこで追い落とし、誰が本当の後継者かを広く知らしめる。
プランもいくつか考えてある。
メリンダとネイサンを排除するという目的だけならば、今の段階でも目算が立つ。
だが、問題もあった。
今のところネイサンを排除できる口実は、アイザックの継承権の正統性のみ。
排除した後の事を考えれば、正統性のみで傘下の貴族を納得させるのはマズイ。
――アイザックは「下剋上」などという、正統性も正当性もない事をやろうとしているからだ。
正しさを前面に押し出してネイサンを排除すれば、反逆を企てた時に「正当性がない」と見切られる可能性が高い。
そうならないように従わせるためには、利益と恐怖が必要だ。
恐怖に関しては、今はまだ子供なので何もできない。
ならば、利益――金――だ。
――自分に従う者には、利益をもたらす事ができると証明する。
それができれば、下剋上する時にも付いてきてくれるはずだ。
「今の王家よりも、アイザックに付いた方が受けられる利益が大きい」
そう思えば、味方も増えてくれる。
今はまだ貴族として、何してもらえば喜ぶのかがわからない。
しかも、それに答えられるかどうかもわからない。
どんな状況でも。
そして、誰にでも有効な金の力が欲しいと思っていた。
(あぁ……。こんな時に佐藤がいれば、なんかいい方法思いつきそうなのに……)
アイザックは前世の学生時代の友人を思い出す。
第一印象は「何を考えているのかわからない不気味な奴」だったが、友達になってからは「意外と親切な奴」だった。
「車が欲しいから良いバイト知らない?」と聞いた時、佐藤は親の伝手で高額のバイトを紹介してくれた。
ある時は「外国から入港する貨物船が捨てる箱を回収する」というバイトを紹介してくれた。
夜の海で灯りをつけない漁船で、貨物船が甲板から捨てる箱を回収する。
ただそれだけだったが、暗い海に飛び込むので危険手当として高額のバイト代が貰えた。
海の汚染を防げて金になる。
とても良い仕事だった。
ある時は「コインロッカーに荷物を忘れたけど、取りに行く時間が無い人の代わりに取りに行く」というバイトもあった。
荷物の中身は小麦粉や片栗粉の袋が入っていただけだったが、届けたら非常に喜んでもらえて、荷物運びとは思えないほどのバイト代が貰えた。
届け先にはヤクザみたいに怖い人が居たが、とてもキップの良い人だった。
(人との繋がりがあって、それを上手く使える奴は良いよなぁ)
前世の自分は、友達に「良いバイトがない?」と聞かれても「何も無い」としか答えられなかった。
親の伝手とはいえ、良い仕事を引っ張ってこられるのはある種の才能だ。
金の匂いに鼻が利く佐藤がここにいれば、きっと頼りになったと思う。
だが、いつまでも無い物ねだりはしていられない。
心中を人に明かせない以上、自分でなんとかするしかない。
(お小遣いは貯めてるけど、子供のお小遣い程度じゃあ話にならない。自分で金を稼ぐ方法か、貴族に利益を与えられる何らかの方法を考えないと)
侯爵家の金を使うだけでは、いつか破綻を迎えてしまう。
先人が貯め込んだ物を吐き出すだけではダメだ。
――どこか金のあるところから引っ張るか。
――それとも、何か別の形で利益を与えられるのか。
クーデターを起こすのならば、これは逃れられない問題だ。
自分一人では国を奪う事はできない。
大勢の力がいる。
その大勢を味方に付けるために、何か良い方法はないのか探さなくてはならない。
(いいさ、前世とは違う人生を選んだんだ。やってやる)
アイザックは決意を胸に秘めながら、陽射しの心地良さに誘われて眠りについた。
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