　少女のまぶたが微かに震え、ゆっくりと開いた。

　紅玉（ルビー）の如き朱い瞳がしばらく揺れ、辺りを目だけで見ていたが、こちらに気付いたのだろう、驚きに目を見開き、横たえていた体を起こした。

「ええと……あなたは？」

　鈴が鳴るような心地良い声だった。声量は小さかったが、静寂が広がる神社の境内ではよく響いた。

「俺の名前は湍禰（たんね）。君が路地裏で倒れてたから神社まで運ばせてもらった」

「路地裏……」

　何かを考え込む少女。だが、ゆっくりと状況を説明する時間はなさそうだった。

「ところで、君の名前は？」

「あ！　すみません。私は茨戸明理（ばらとあかり）です」

「早速で悪いんだが、この状況をどうにかする方法はあるか？　呪術師か何かなんだろう？」

　そう言って境内の外を指さす。蠢く闇。怪異は明らかに先ほどよりも近づいていた。神社の結界をゆっくりとだが、着実に侵食しているようだった。神社の神気も弱まっているように感じる。

「呪術師というより陰陽師ですけど。なぜ私の素性に気付いたんですか？　あなたは呪術師ですか？」

「あんなのに狙われるのは、霊力やら霊媒やらがある奴ぐらいだからな。あたりを付けただけだ。そして、俺はちょっとそっち関連の知識を仕込み始めた一般人」

　呪術師も陰陽師も大差ないだろう、と思ったが、何かこだわりがありそうだったので、そこには触れない。この時代に大正浪漫溢れる矢絣柄の袴を着て、しかも謎の大怪我を負っている。堅気ではないはずだ。

　彼女は巻き込まれただけの一般人ではなく、事情を知っている当事者に違いない。

「そんなことは良いから、アレは何なんだ？　悪霊か？」

「いえ。もっと質（たち）が悪いモノです」

　茨戸の雰囲気が変わった。先ほどの困惑していた年相応な少女から、歴戦の戦士のような研ぎ澄まされた空気に。

　意外と凄腕の陰陽師なのかもしれない。

「アレは鬼です」

「鬼？」

「恐ろしいものという意味ではありませんよ。正真正銘、おとぎ話に出る妖怪の人喰い鬼です」

　恐ろしいもの、正体不明のもの、それらを総称として鬼ということがある。だが、今回、俺たちの前に現れたのは桃太郎みたいな昔話なんかに出てくる鬼だそうだ。

　山をも揺らす怪力、人を嬲り殺しにする残虐性、欲しいがままに振る舞う存在。

「そんなの、どうすりゃいいんだ」

「手はあります。ぶしつけですが、力を貸してくれませんか？」

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