エピローグ2 下見に必要な事項

 1階が風呂とトイレ、そして作業場。

 2階がリビングと個室5部屋。


「広くて明るくて住みやすそうだよね。窓があるだけで大分雰囲気が違うし」


 確かに窓があると人間の住宅という感じがする。

 床も作業場以外は木の板で、裸足で生活しても快適そうだ。

 ヒラリアでは靴のまま上がるのが普通らしいから今回はそうしたけれども。

 それに。

 

「作業場も広くて使いやすそうだったな」


「これなら3人それぞれ別の作業をしても大丈夫ですね」


 ちひも概ね好感触のようだ。

 なお美愛は最小限しか口を開かず、何かを考えている様子のまま。


 ひととおり中を見た後、庭に出てみる。

 庭はそれほど広くないし緑もない。

 地面もほとんどが焼き土で草が生えないように処理済みだ。

 庭というより屋外作業場という雰囲気。


 運河に面している部分は潮位が変わっても問題無いよう、階段状になっている。

 この部分は水に強い石畳だ。

 更に北側に小さい水路が面していたりもする。

 たも網を入れるのにちょうど良さそうだ。

 念の為知識魔法で確認しておく。


『網を入れたり釣りをしたりする事を禁止する法律や協定はない』


 問題はないようだ。


「調べる。網!」


 はいはい。

 予想範囲内なので網とバケツを取り出す。


「私も調べますよ。底は平らに浚渫した砂泥底ですし、今の深さは2mだから多分大丈夫」


 ちひの奴め、たも網、バケツ、投網を取り出した。

 流石に投網は大きい方では無く比較的小さい方だけれども。


「同じ次元だな」


「ここがいい場所か判断するためには必要です」


 何だかな。

 そう思いつつ僕と美愛は2人の調査を見守る。

 

「網、投げる?」


「まずはガサガサからかな」


「やる!」


 結愛、何度も水路でやっているからそこそこ慣れている。

 狭い方の水路の壁際を何度かやって、小エビを数匹捕まえた。


「少ない」


「向こうのお家の水路と比べたら仕方ないかな。でも家を出てすぐ捕れるのはいいよね」


「うん!」


「それじゃ大きい網を投げてみようか」


「うん!!」


 何だかなあ。

 そう思ったら美愛が口を開いた。


「何かいいですね、こういうのも」


 うーん、そうだろうか。


「そう思うならいいけれどさ。何か大きい結愛と小さい結愛に見えてきた」


 あ、美愛、笑った。

 声まで出ている。


 なお普通に投げた1投目。

 どうやら結愛もちひも結果が不本意だったようだ。

 ちひ、何やら団子状の物を取り出す。

 シプリンの身を乾燥させて粉状にし、砂と混ぜた撒き餌だ。


 撒き餌の団子を結愛が少し離れた処に投げる。

 魚が集まるのを待った後、ちひが網を投げる。

 網をあげて2人で確認。

 今度はそこそこ成果があったらしい。

 2人で頷きながら網から何かを捕ってはバケツに入れていく。

  

「考えすぎていたかもしれないです」


 美愛がそんな事を言った。


「何を?」


「不安だったんです。街へ引っ越して大丈夫か。商売がずっとうまく行くか。学校で問題が起きないか。


 海辺のあの家での生活が楽しすぎたのかもしれません。正直いままであまりいい事無くて、結愛と何とか生きていくのがやっとという状態でしたから。

 だから街に引っ越すという時点でどうしても心配になったんです。あの海辺の家のままでいいのにって。


 役場のあのおばさんも嫌な感じでしたしね。実際騙そうとしていたみたいですし。それもあって余計に不安になって。あの海のところの家のままでいいのになって。


 でもあれを見ていたら、何か何処でも何とかなりそうだなと思えて。理由なんて無いんですけれどね」


 確かにどうにでもなるような気がするかもしれない。

 何と言うか趣味のまま脳天気というか。

 ちなみに3投目にも挑戦するようだ。

 網をたぐって右手にセットしている。


「引っ越そうと思ったのは、結愛が学校に通えるようにですよね」


 一瞬どう返答しようか考える。

 美愛や結愛への今までの説明ではあくまで仕事の為としていたから。

 しかし……


「ああ。通うなら最初からの方がいいだろう。今回言い出したのはちひで僕に言ったのもここへ来てからで、それまで相談はしていない。でも来週になったら僕も言い出すつもりだった」


「ありがとうございます。そうですね。その方がいいと思います。私自身は学校にいい思い出はなかったので、どうしても否定的に思ってしまうんですけれど」


 その辺の気持ちはわからないでもない。


「僕も小中学校は好きではなかったな。高校からだ」


 ふと思い出し、さらに付け加える。


「ちひもそうだったらしい。だから引っ越し先をイロン村ではなくヘラスにしたと言っていた。田舎の閉鎖的な学校で嫌な思いをしたから」


「その辺まで考えてくれたんですね」


「もう妹みたいなものだしな」


 ちひ達の方、3投目もまずまずだったらしい。

 そこそこ大きめの魚も捕れたようだ。

 網をアイテムボックスに収納した後、バケツを持った2人がこちらへやってくる。


「悪くないですよ、この場所も」


「いた。捕った!」


「どれ」


 バケツの中を見てみる。

 そこそこいっぱい捕れている。

 中で一番大きいのは口の部分がワニっぽいやや茶色の特徴的な魚体。

 アリゲーターガーに似た感じだ。


「いつもと少し違う魚がいるな」

 

「ノータスです。調理が少し面倒ですけれど美味しい魚ですよ」


「食べたい!」


「ここでは調理出来ないから帰ってからでいい?」


「わかった」


 今までに何度も見たやりとりをした後、全部をアイテムボックスに収納する。


「それでこの家についてはどうだ?」


「いい!」


 結愛はOKな模様だ。


「いいと思いますよ。各部屋とも広いですし、作業場も広いし床が石畳で使いやすそうですし。あと窓があるのがちゃんとした家という感じでいいですよね。街中だから大型爬虫類の心配をしなくていいおかげですけれど」


 確かに窓があるのはいいなと僕も思った。

 向こうの拠点は基本的に窓が無い。

 爬虫類の心配の他、建築技術と予算のせいだけれども。


「あと船で出入りできるのはやっぱりいいですよね。ところで美愛ちゃんはどう思いますか。もし問題点とかあったら」


「いいと思います。部屋が明るくて快適そうです。場所も便利ですし周囲も落ち着いた感じです」


「なら明日、契約するか。その後一度帰って、荷物運びだな」


 とりあえずこれで家は決まった。

 手続きは結構あるだろうし、イロン村の公設市場に挨拶をしておく必要もある。

 数日はそこそこばたばたするかもしれない。

 それに蓄えがそれほど無いのにそこそこ家賃の高い家を借りてしまった。

 今の商売がこのまま順調にいくかもまだ決まっていないのに。


 それでもまあ、いいかなとは思っている。

 これはこれで楽しいから。

 少なくとも灰色の役場勤め時代から比べると、ずっと。


「じゃあ鍵を返しに行って、その後、宿探しして夕食ですね」


「ああ」


「パフェある?」


「結愛、今日はもう2回食べたでしょ」


 そんな会話をしながら家の廊下を通って通りに戻り、扉を閉めて役所へ向かって歩き出した。

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