第56話 ちょっとした洗礼?

 ヘラスは大きな川が海に流れ込む場所に位置する三角州に出来た街。

 地図を見ると市街地は川によって大きく3つにわかれている。 

 

 今いる役場があるのは川の東部分。

 この地区は海側から見ると港、公設市場、役場、学校が並んでいる。

 

 一方、先程食べた軽食店は川と川の間、中州状になっている地区。

 この中州は河口部で東西約2km、川沿いの南北方向に5km程の広さがある。

 北側は港の増設部分、あとは住宅で所々に民間の市場街という感じで続いている。


 そして川の西側の地区。

 こちらは比較的新しい住宅街。

 こちらにも民間の市場街が所々にある。


 この西側の地区に特徴的なのは住宅でも市場でもない大きな建物が街道沿いに数軒ある事だ。


『労働集約型の生産施設。紡績関連、金属素材、量産型の木工製品等、安価な大量生産品を主に製造している。50~100人程度の労働者に単純かつ簡単なオリジナル魔法を覚えさせ、流れ作業的に作業させる事によって安価で大量に生産する事を可能としている』


 つまり工場という訳か。 


 そこまで確認したところで担当さんがやってきた。

 先程受付してくれた人と異なり、アラフォーくらいのおばさんだ。


「不動産の相談と仲介という事で宜しいでしょうか」


「ええ、それでお願いします」


「それではどのようなご希望でしょうか。広さ、間取り、場所、賃料など、希望をどうぞ」


「間取りは寝室4部屋とリビング、その他作業場として最低20m²以上の作業場が必要です。このとおり女性が多く1人は子供なので治安がいいところが希望です」


 おばさんは顔をしかめる。


「その条件ですと難しいですね。少しお待ち下さい」


 疑問を感じる。

 知識魔法ではこの条件に沿った空き家は結構存在すると出るのだ。

 東側、学校と役場の間にも数件存在する。


「こちらはどうですか」


 彼女は持ってきた書類の中から1枚の紙を取り出す。

 うん、駄目だ。

 寝室が3部屋しか無い。

 作業場も狭い。

 場所も西門に近い、ちひが問題視した連中が多いあたり。

 つまり条件に全く当てはまっていない。


「条件にあいませんね。寝室が4部屋で、作業場が20m²以上と言った筈ですが」


「それではこちらは」


 また別の紙を出してきた。

 今度は部屋数と作業場の広さがあっている。

 しかしやはり場所が良くない。


「女性が多く1人は子供なので、治安がいいところと言った筈ですが」


「移民ですから問題ありませんよね」


 駄目だな、このおばさん。

 僕はそう判断する。

 知識魔法でこういった場合、相談員を変えられるか確認。


『通常は相談員が不適切と判断した時点で、相談員変更のリクエストが魔法的に入る。この場合、相談を行っている部局は会話内容等を知識魔法で確認し、相談員が適切であるかを判断ししなければならないと規則で定められている。


 また相談員の変更を明示的に相談員に対して申し出た場合、その事案は該当部局だけでなく監査担当部局にも魔法的に通知される。その上で相談員の対応が不適切であったと認める場合、監査担当部局は局長に報告するとともに該当部局に対し是正措置を命じる事が出来る』


 問題無いようだ。

 勿論一般には相談者の方がクレイジーな場合も多い。

 だからすぐに相談者に迎合するようになっていないのは正しい。


 さて、もう一度だけ確認の為相談してみて判断しよう。


「もう一度希望条件を言います。間取りは寝室4部屋とリビング、その他作業場として最低20m²以上の作業場が必要です。治安がいいところが希望。それにあてはまる物件はありますか」


「ですからそのような条件の物件は難しいという事です。移民なんですからこの2件のどちらかで妥協して頂かないと」


 駄目、決定だ。


「それでは相談員の変更をお願いします。貴方では話にならないようですので」


「そのような希望は受けておりません。相談にいらしたのですからどちらかに決めて頂く必要があります」


 明らかにおかしい。

 これで不適正と判断されない筈が無い。

 なら何か知られないような魔法措置でもあるのだろうか。

 探知してみるとこの部屋を弱い魔力が覆っているようだ。

 これだな。


「ちょっと失礼」

 

 立ち上がって扉を開ける。

 おばさんの顔色が変わった。


「もう一度、開発局規則第132条第3項にあるよう、明示的に言わせて頂きます。私はあなたを不適正な相談員と認めます。交代して下さい」


 おっと、何人か飛んできた。

 部局ごと腐っている訳ではなかったようだ。


「申し訳ありませんでした」


「いえ、魔法で隠蔽している以上、部局自体が悪いわけではないでしょう。ただ相談員は変更していただけますか」


「もちろんです」


 知識魔法に慣れていない移民相手ならあれで騙せると思ったのだろう。

 こちらが若いから甘くみられていたのかもしれない。

 既に何件か被害に遭っている可能性もある。


 まあそこは法律や規則に則って措置されるだろう。

 何せこの世界、魔法で事実確認が出来る。

 開発局全体がグルになっても事案を隠す事は出来ない。

 勿論利益が無いからそんな事はしないだろうけれど。


「失礼しました。もし宜しければ私が代わって相談を受けさせていただきます」


「お願いします」


 さて、今度の人はまともに話が出来るかな。


 それにしてもヒラリアの役所にもこんな馬鹿はいるようだ。

 しかもこいつ、移民差別に近いような台詞も吐いていた。

 街に住むなら今後も十分注意する必要があるだろう。

 そう心にメモをしておく。

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