第46話 海上遊戯?

 公設市場で買い物をしながら、つい欲しくなった物を見てしまう。

 自転車だ。

 書いてある説明によるとヒラリアの首都ヘイムートで作られているらしい。


 形そのものはMTBだ。

 タイヤも一昔前のMTBと同じ26インチ程度。

 しかし変速機がなく、ブレーキもママチャリ式だ。

 サスペンションも当然ついていない。

 そのくせ値段は小金貨1枚10万円もする。


「日本で買ってくれば良かったな。そうすれば大分楽できたのに」


「まさか異世界で自転車が便利だとは思いませんからね」


 走って帰るかと思うと憂鬱だ。

 しかしこの値段でこの仕様では買う気になれない。


「何なら帰りも船使いますか。操縦を先輩が代わってくれるならいいですよ」


 おっと、それはいいかもしれない。

 いくら潮流があると言っても普通に船を走らせる分には問題無いだろう。

 行き程の速度はでないだろうけれど、それでも走るよりは楽に帰れるに違いない。


「よし、なら船で行くか」


「その代わり後ろでちょっと作業していいですか」


 何をする気だろう。

 でもまあ、それほど問題がある事はしないだろう。


「わかった」


「それじゃ帰りは船にしましょう。でもとりあえずは昼食ですね。結愛ちゃん今日は何が食べたい?」


「うーんと、パフェ!」


「そっか、ならこの前とおなじお店でいい?」


「うん!」


 ◇◇◇


 食事をして、その後本屋に行って本や参考書を何冊か購入。

 予定通り結愛には絵本を数冊。

 それと写真のようなイラスト入りの百科事典風のもの10冊セット。


「すみません、そんな高いものを」


「どうせその百科事典、先輩が読みたいだけですよね」


「それもある」


 実際ちひの言う通りだ。

 僕は此処ヒラリア、そして惑星オースについてよく知らない。

 その辺を一通り知るにはこういった本が一番わかりやすいだろう。

 

 美愛には勉強用の参考書とヒラリアの料理レシピ本と小説。


 この国の教育で教えている主要教科は、

  共通語、数学、自然科学、地理歴史、魔法

の5教科。


 だから参考書は第7学年からのものをとりあえず5教科分購入。

 内容は僕とちひも見て、わかりやすく内容がしっかりしてそうな物を選択した。


 他に僕とちひが小説などを購入し、支払いは計正銀貨15枚15万円

 なお今回はちひが払ってくれた。


「あとでしっかり先輩に稼いで貰いますからね。今回は貸しという事で」


 いや同じ戸籍だから生計同じだし。

 まあこの辺はちひなりの照れなり何なりなのだろうけれども。


 さて、本屋で今日の買い出しは全て終了だ。

 時計塔を見ると時間は午後2時。

 概ねいつも帰る時刻と同じくらいだ。


「それじゃ今日は船で帰るとするか」


 これから走らないでいいというだけでほっとする。

 たとえ魔力を使いまくるとしても。


 港の空いている桟橋で船を出して乗り込む。


「それじゃ行くぞ」


「どーぞ」


 とりあえず、まずは船だけに対し運動エネルギー魔法を少しずつ使用して動かしはじめる。

 結構波が立つし揺れるのですぐ船の前方2m程度の海水を含む形に変更。

 だがこうすると魔力の消費が激しい。


 どうやらこの辺は反対向きに結構な速さの潮流がある模様。

 これで効率よく動くにはどうするべきか。

 頭の中で流体の流れを考える。


 船の周り全体を動かすのは効率が悪い。

 より少ない範囲を指定して、かつうまく動かすには……


 船の前方方向に少し大きく動かす層を設定し、そこに船が引っ張られるような形で進めないだろうか。


 魔法の方法論も変更。

 海水に魔素から運動エネルギーを与えるのは同じ。

 だが与える対象を海水の塊ではなく、面に対してのみ行ってみる。


 式はとりあえず(x、y、z)=(k、|k|、t)という感じでいいかな。

 船の幅が2m近いから、kはその倍でー2<k<+2、tは船の深さの倍程度という事でー1<t<1という感じで。


 原点は海面上、船の2m位前方としてベクトル操作魔法を起動。

 おっと失敗、縦波が起きて船が前方に上がりすぎた。

 とっさに位置エネルギー魔法で状態を安定させる。

 下で巻き起こった波をやり過ごした後、ゆっくり着水。


「何これ、いきなり酷いんですけれど」


 ちひから文句が来た。

 とりあえず3人ともしっかり船縁をつかんでいて無事。

 何か落としたりした物も無さそうだ。


「悪い。流体力学は専門じゃないんだ」


「何をやっているんですか」


「省力化で船を動かす方法」


 ここはtを更に下から設定してみよう。

 

 今度はふっと船が前に進んだ。

 多少前が下を向いているが問題無さそうだ。

 後部も安定している模様。


 よし、それではこれで加速させよう。

 数式でイメージした面への力を更に強くする。

 うん、問題ない。

 後方で波が巻いたりしているけれど船体のバランスを崩す事は無さそうだ。


 陸地基準で50km/h程度まで出す。

 これで1時間少しあれば家に着くだろう。


「安定したようなのでこのままでお願いしますよ。ちょっとばかり、やりたい事を試しますから」


 何だろう。

 偵察魔法で後方を確認する。

 ちひは短いが太い竿を取り出し、何か細工をはじめた。

 どうやら仕掛けに餌をつけているようだ。

 餌はそこそこの大きさのシプリン丸ごとの模様。


 餌をつけた後、ちひは仕掛けを後方へ投げ入れた。

 もう何をしようとしているかは明らかだ。


「トローリングか」


「何か大物がかかると面白いんですけれどね」


「海竜なんてかかったらしゃれにならないぞ」


「この辺はあまりいないと思いますよ。深さも浅いところは10m程度ですから」


 偵察魔法で確認してみる。

 一応そこそこ魚はいるようだ。

 魚種はわからないが結構大物もいる。

 ただ餌が速すぎるのか今のところ追ってくる魚はいない。


「ちょっと速すぎますよね。もう少し速度を落としませんか」


「そうしたら家に着くのが遅くなるだろ」


「結愛、大きい魚が釣りたい」


 結愛の要望が入ってしまった。

 ならば仕方ない。

 減速させ、陸に対する速度を15km/h位まで落としてやる。


 この速度ならそこまで波をかぶらない。

 だから動かし方も船を直接運動エネルギー操作で動かしてやった方がいいだろう。

 

 更に偵察魔法で大きめの魚が居る場所を捜索する。

 ちょうどいい群れが前方やや左側にいた。

 その群れにあわせるように進路を被せてやる。


 群れの横方向から少し群れより速めに接近。

 おし、追いかけてきた。


「ヒーット!」


 さて、どんな魚がついているのだろう。

 大きさは間違いないけれど、魚体はよく見えていないからわからない。

 美味しいものであればいいのだけれど……

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