第40話 個別面談

 ちひの奴、裏切りやがった。


 今回は奴がいるから走るペースも遅いだろうと思っていたのだ。

 そうすれば僕も少しは楽が出来る。


 しかし奴め。

 食事して本も買って、他の買い物もひととおり終わった後。

 あとは帰るだけという時にぬかしやがった。


「私は結愛ちゃんと先に帰っていますから。美愛ちゃん、先輩を宜しくお願いします」


 奴はそう宣言して自転車を出す。

 この自転車、元はアメリカンでグランツーリスモなメーカーのそこそこいいトレイル用MTB。

 そして50kg位なら余裕で載る頑丈な荷台が後付けしてある。

 そこに結愛を乗せて先に行ってしまった訳だ。

  

 そんな訳で僕はいつもと同様、美愛と一緒にトレイルランニングスタイルだ。


「次回は自転車を借りて1人で往復しようかな。毎週毎回これはきつい」


「でも今回は片道だけですから少し楽ですよね」


 確かにそれはそうなのだけれども。


「ところで本当にいいんですか。私と結愛も一緒で」


 おっと、ここでもその話が出てきたか。

 しかしそれは解決済みの筈だ。


「ちひに聞いた。協定の話も」


「ええ。試験の後、市場へ行く途中で聞きました。その辺は全部和樹さんと話したからって」


 そういえばあの時間は2人だけだったんだな。

 今更ながら気づく。


「ああ。なら当座はそれでいいと思う。ちひがいるとうるさいかもしれないけれどさ」


「そんな事はないです!」


 美愛は妙に勢いよくそう言って、そしてはっと何かに気づいたかのような表情をする。


「ただ和樹さんとちひさんに申し訳なくて。何か2人の間に私と結愛という邪魔者が入ってしまった感じで」


「そうでもないかな。実際僕とちひは大学時代、そういう関係にならなかったんだし」


「今思うとあの頃に手をつけておくべきだったかなとも思ったりもする。でもそうしたらそうしたできっと気づけない事も多かったんだろう。ちひさん、そう言ってました」


 何だあいつ、そんな事を言っていたのか。

 でも言いたい事は何となくわかる。

 それでも気になる事はあるわけで、つい美愛に聞いてしまう。


「ちひの奴、一体どういう事を話したんだ?」


 美愛は少し間を置いて、そして口を開いた。


「主に和樹さんの話です。DHMOディハイドロジェンモノオキサイドの水割りの話とか、親に奨学金を使い込まれて1週間食パン1袋で過ごした話とか、塩とサラダ油をパンに塗ってもマーガリンの味にならなかった話とか、お粥ライスはやっぱり美味しくないとか。あの自転車も元は和樹さんのだって聞きました」


「自転車以外は貧乏話ばっかりのような気がするな」


 DHMOディハイドロジェンモノオキサイドは水の事、つまり水の水割り。

 貧乏人宴会で飲み物が無くなった時に咄嗟に作ったネタだ。

 

「後は実家関係で苦労していたようだという話も聞きました。だからその辺含めた苦労を私や結愛にさせたくないんじゃないかって。今までも苦労してきたように見えるから余計に」


 そうまとめてきたか。


「あとは……もう美愛ちゃんが逃げても出会わなかった事には出来ない。そんな事も言っていました。和樹さんはああ見えて天才レベルに頭がいいから絶対本気で探し出すぞって。多分和樹さん本人が納得しない限り逃がさないだろうって」


 ちょっと待ってくれ。

 それではまるで……


「その言い方だとストーカーよりたち悪くないか」


 思わずそう言ってしまう。


「ちひさん、まさにそう言っていました。ストーカーより有能な分、数段始末に負えないって。実際ヒラリアの西というだけでほとんど手間をかけずに私を探し出した位だからって」


 その件についてはこっちだって言い分がある。


「あれはちひが自分からやってきただけだろ」


「和樹さんはそう言うだろうと思う。でもその条件でも1ヶ月程度でそうなるように仕掛けるのは普通は無理だよね。そう言っていました。私もそう思います」


 こっちの反論も読まれていたか。

 これだからちひ相手はやりにくい。

 実質たった3年の付き合いなのに手の内をほぼ知られている。

 それだけ遠慮無くやりあえた相手だった訳だけれども。


「だから私や結愛は一緒に住んで、これからどうするかゆっくり考えればいい。和樹さんもその方が安心出来るだろうと思う。生活費も2人増える程度は大した事はない。むしろ仕事を手伝ってくれる人がいる事の方が助かる。


 その上でもし本気で和樹さんの事が好きなら本人にはっきりそう伝えた方がいい。そういった方面は鈍感力の塊だから言葉で言わないと通じないって。


 一応ちひさんは和樹さんに告白してOKは貰った。でも此処は日本でも地球でもなく惑星オース。だから複数相手の恋愛も問題はない。告白されてどうするか決めるのは和樹さんだ。だからもし本当にその気があるならちゃんと言葉にして伝えるべきだって」


 何気にちひめ、言いたい事言っていやがる。

 しかも大体において正しいというか僕が思っている通りだから始末に負えない。

 しかし最後のはハーレム容認かよ。

 また夜に気になってしまいそうだ。


「ただそう言われると確かに私もわからないんです。本当にこれが恋愛なのかって。元々そういった事は自分であまり感じた事がなかったですから。


 実際、最初のうち色仕掛けっぽい事をしたのは恋愛とは違います。結愛と生活する場を確実にしたかったからです。


 ただこの1ヶ月、和樹さんと結愛と3人で過ごして、いいなと思ってしまったんです。こうやって3人で暮らしていけたらいいなって。ずっとこうしていければいいなって。


 だからちひさんの話が出て不安になったんです。私がちひさんと和樹さんからそんな幸せな未来予想図を取り上げてしまったんじゃないかって。私が描いたのと同じような感じで未来予想図を描いていたのに、それを壊してしまったんじゃないかって」


 そんな事はない、とは言わない。

 確かにそんな事を夢想していなかったとは言えないから。

 そして少なくとも今後は美愛に対して嘘は言わないようにしたい。

 騙されている方ではない僕の方で答えたい。

 だから僕はこう返答する。


「そうかもしれない。確かにそんな未来予想図を描いていなかったとは言えない。前はその辺嘘を言ってしまったけれどさ。

 ただ今の状態がそれに比べて悪い訳じゃない。そのくらいには今のこの状態を気に入っている。だからその心配はしなくていい。

 あと美愛に対しては謝らなければいけない事がある」


 そう、こうやって話してみて感じた事がある。

 それを言っておくべきだろう。


「何でしょうか。私が謝る事はあっても和樹さんには無いと思うのですけれど」


「いままで僕は美愛に対して保護者という意識でいたんだ。父親代行くらいのつもりでさ。それだから結構誤魔化してしまった事もあるんだ。ちひについての説明とかさ。


 でも話してみてよくわかった。美愛も大人なんだなって。この世界で大人としての年齢に達しているというだけじゃない。大人として僕と対等の思考力があって、対等の立場で接するべきなんだろうって。


 その事に気づかなかった。もしくは気づこうとしなかった。そして正直に話すべき所を誤魔化した。それは間違いなく僕の誤りだ。悪かったと思う」


「それは謝ることじゃないと思います。実際私は結愛と保護してくれと頼み込んだようなものなんですから」


「最初はそうかもしれない。ただすぐに気づけた筈だ。仕事関係だって自分で考えて工夫してくれているし。おやつや漬物なんて僕なら考えつかなかっただろうしね。

 そんな事をしながら結愛の面倒をみていたりもする。元々以前から結愛を抱えてこうして一人で戦ってきたんだな。そう思った時点で気づいても良さそうなものなんだ。

 そこを気づかなかった。気づかないふりをしていた。悪かったと思っている」


「そんな……でも、わかりました」


 もう一言、言いたい事がある。


「あと、美愛はもう少し自分の我が儘を出してもいいと思うな。もう結愛は僕ら3人の妹分なんだ。だからもう美愛だけで抱え込むことは無い。

 というか美愛も結愛ももっと我が儘になっていいと思う。さっき言った事と矛盾するかもしれないけれどさ。僕もちひも美愛より10年以上先に生まれているんだ。対等な関係ではあるけれど、その分くらい甘えてくれても構わないと思う」


 美愛の足が止まった。

 何だ、どうしたのだろう。


「どうした。何かあったか」


「そうじゃ、ないんです」


 何だろう。


「ずるいです、和樹さん、そしてちひさんも。そんな事言われたら私が何も言えなくなるじゃないですか。

 ずるいです。私より先に生まれた事が。私ももっと早く生まれていたら……」


 また僕は何か間違っただろうか。


「そんな自分が悪かったなみたいな顔をしないで下さい。違うんです。嬉しいんです。でもだからこそずるいんです。嬉しいと思ってしまうからずるいんです……」


 弱った。

 こういう事態に対処する方法は残念ながら僕の辞書にはない。

 僕は美愛の涙が止まるまで、ただ待つしかない。

 嬉しいとも言っているから問題無いんだよな。

 そう信じたいと思いながら…… 

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