第35話 爆弾発言

 食事の後、風呂に入って、そしてだらだら過ごした後に就寝。

 アルミコンテナに4人というのは人口密度が高い。

 そして今日は横で寝ているちひも寝袋ではなく布団。

 煩悩への刺激が強い。


 暗い中、横になった状態で考える。

 僕の精神の為にも出来るだけ早く部屋を増やそう。

 しかし予算の都合があるので、資材にそこまでお金を割けない。

 扉だけは枠付き出来合いのものを買ってくるとして、他は此処にある資材で何とか出来ないだろうか。


 外壁は今まで同様、厚みのある土壁でもいいだろう。

 しかし部屋と部屋を仕切る壁があれでは場所をとり過ぎるし土も沢山必要だ。

 別の方法で作る方が望ましい。


 ヘイゴやトルデアは芯部分が柔らかいので板が作れない。

 これらを使うなら丸太状態のままか、竹ひごのように幾つかに裂いて使うかだ。


 屋根を作ったのと同じように草や枝葉を挟む形で板の代わりを作って壁にすればいいだろうか。

 それともヘイゴのひごで垣根状のものを作った上に土を塗る形がいいだろうか。

 

 なんて煩悩を少しでも追い払うべく考えていた時だった。


「先輩、まだ起きていますか」

 

 ちひのささやくような台詞が聞こえた。


「ああ、何だ」


「少し外で話をしないですか。結愛ちゃんも美愛ちゃんもしっかり寝ているようですから」


「わかった」


 実はそんな話があるのではないかと期待はしていた。

 勿論エロい方向ではない。

 ちひがここに一緒に住むことを決めた理由、それについての説明なり何なりの話があるだろうと思っていたのだ。


 ゆっくり身を起こす。

 最低限程度の灯火魔法で周囲を確認して、扉をゆっくり開けて外へ。


 外は昼ほどではないけれどそれなりの気温。

 コンテナ内は寝る前に魔法で冷房状態にしたので少し暑く感じる。


 アルミコンテナの扉を閉め、ベクトル操作魔法で内側のゲートラッチ金具をうごかして施錠。

 元作業場、現在はリビングのテーブルに向かい合って座る。


「それで話って何だ。一緒に住む事にした理由か」


「まあそうですね。まずは先輩にひとつ質問です」


 ちひは人差し指で1と作って、そして僕の方を見る。


「先輩は美愛ちゃんの事をどう思ってますか?」


 どう思っているか、か。


「要素を絞り切れていない質問だな。それだけにどうとでも答えられそうだ。でもまあ普通に答えるとしよう。


 苦労しているなと感じる。相当ひどい親だったんだろう。出来ればもう関わりたくありません、なんて言っていたしさ。此処へ来たのも美愛や結愛に相談なし。2人は共通語すらわからない状態だった。


 僕も此処へ来てまだ1月ちょっとだから大した事は出来ない。でもせめて2人には今までの苦労分、落ち着いて過不足ない生活が出来るようにしたいと思っている。そんなところかな」


 ちひがにいっと悪そうな顔をする。


「つまり先輩は2人の保護者のつもりでいる。それでいいですね」


「当然だろ」


 他にどういうつもりでいればいいんだ。

 その部分は実際には言わないけれど。

 ちひはわざとらしいため息をついて、そして口を開く。


「やっぱり先輩ですよね、鈍感なところが。いえ、こう言った方がいいですか、がと。

 本当はわかっていますよね。美愛ちゃん、本気で先輩の事が好きになっている事を。でも先輩は気づかないふりをしているんですよね、立場上」


 動揺を出さないよう動きを意識して止める。

 ゆっくりと、そしてあくまでいつもの調子を心がけて口を開く。


「僕はあくまで美愛と結愛の保護者なんだけれどな。美愛はフルタイムで雇ってもらうというつもりだったみたいだし」


 それがお約束だ。

 それ以上余分かつ怪しい事を考えない為の防衛線。


「美愛ちゃんも最初はそのつもりだったそうですけれどね。結愛と一緒に生きる為にそうしたって。

 何なら色仕掛けでも身体の関係でもいいから結愛の生活の為にひきつけておこうと思った、なんて事まで言っていましたよ。

 お風呂に一緒に入ったりなんて事までやったんですけれど、和樹さんには通用しなかったようです。そんな事を言っていましたから」


 なんだと、あれは意識的だったのか。

 確かに破壊力があった、なんて本音は勿論言わない。


「美愛ちゃん、私に対して弁解したんですよ。『和樹さんが私達と一緒にいるのは和樹さんがそう望んだからじゃない。私が無理矢理お願いしたから。だから和樹さんのせいじゃない』って。 

 どう思います、当事者の先輩としては」


 そう言われても僕のあるべき立場は明確だ。

 崩すわけにはいかない。


「悪いも何もない。単に僕が美愛達を雇うと決めた。戸籍を一緒にしたのも役所がそうした方がいいと勧めてきて、この国としてはそれが一般的だった。それ以上の意味は特にない」


 ちひ、またまたわざとらしくため息をつく。

 

「先輩のとしてはそうなんでしょうけれどね。美愛ちゃんは私の事を知って考えたらしいですよ。本当は先輩はこっちへ来て私と一緒になるつもりだったんじゃないかって。それを美愛ちゃん達が邪魔してしまったんじゃないかって」


 ちょっと待って欲しい。


「その件については説明した筈だ。確かに此処のことを知ったのはちひのメールからだし、結果的に追いかけてきた形にはなった。でもこっちに来たのは僕が日本で行き詰まっていたからでそれ以上の理由じゃ無いって。

 それにちひはあくまで後輩、それ以上じゃないって事も説明した筈だけれど」


「確かにそう聞いたって言ってましたよ。でもそれは和樹さんが優しいからそう言っただけなんじゃないかって。本当は今も和樹さんが本来望んでいた生活をする上で私達は邪魔なんじゃないかって。

 だから私は此処を出て別の場所に行くからって。ただ結愛だけは心配だから出来れば預かって欲しい。私はもう言葉もおぼえたし大丈夫だって」


 僕はちひの事を話した日、美愛の様子がずっとおかしかったのを思い出す。

 美愛、そこまで思い詰めていたのか。

 そして僕はちひの意図を何となく理解した。


「つまりそのままにしておくと美愛が暴走しかねない。だから全員で暮らして誤解を解こうって事か」


 ちひ、ここで大きな大きなため息をついた。

 これはわざとというより本気っぽい。


「どういう事だ?」


「先輩は本当にわかっていないんですか。それともわかっていないふりなんですか。わかっていないと自分を騙しているんですか。

 多分そうなんでしょうね。自分を騙せる程頭が良くて、自分に騙される程頭が悪い先輩の事ですから」


 狼狽えてはいけない。

 この世界に来る時、そして美愛達と会うまで心の隅に確かにあったある希望というか未来予想図。

 美愛にちひの事が知られたあの夜、寝床で美愛とした会話とその時思っていた事。

 それらを表に出してはいけない。


「ならあえてぶっちゃけますよ。私は先輩みたいに嘘つきじゃないので。


 美愛ちゃんが思っていた事、少なくとも私自身については全部間違っている訳じゃないです。


 私、公設市場であのチラシを貰って、間違いなく先輩が此処に来ているってわかって。

 その時思っちゃったんですよ。先輩が来てくれた、ここで一緒に暮らしていけるんだって。そのままその後の全ての用事を後回しにして此処に自転車で直行しちゃうくらいに嬉しかったんですよ。


 その時美愛ちゃんと結愛ちゃんが一緒にいるのを見て、とっさに出そうになった言葉や表情を出来るだけ自然に隠したんです。

 ただ美愛ちゃんには隠したつもりの私の醜い表情かお、見られちゃったんでしょうね、きっと」


 ちょっと待てどういう事だ。

 思考回路の表面をそんな台詞が乱れ飛ぶ。

 それより少し深い部分では僕が僕自身に言っている。

 わかっているんだろう、いい加減認めろと。


「先に私の事から話しますね。ぶっちゃけオースへ来る2ヶ月前から私、病休で休んでいたんです。病名はうつ病及びパニック障害。どうやら職場があわなかったようで倒れちゃいまして」


 何だって!


「大丈夫なのか、今は」


 素でそう聞いてしまう。

 そんな事があったのか。

 全然知らなかった。


「今は何とか。それでも思考クロックが学生時代の6割程度って感じですけれどね。

 本も読めないのが増えましたね。長過ぎたり構成がまともじゃなかったりするような文章とかが特に。小林秀雄の『様々なる意匠』とか大江健三郎の『われらの時代』とか。もう全然だめです。

 現代物なら大丈夫かと思って山田悠介の『リアル鬼ごっこ』、文章がオリジナルに近い文芸社版の方を読んでも駄目でした」


 いやちょっと待ってくれ。

 病んでいなくても読みにくい本だ、どれも。

 わざと悪文の沼に沈没しに行っていないか。

 そうツッコミたいけれど我慢する。


「特に病休の最初の頃はとにかく気力が足りなくて、布団から出るのも大変でしたね。トイレ行くだけで大仕事って感じで。

 食べ物や飲み物は倒れる寸前に通販で箱買いして、ベッド横すぐ手に取れる場所に置いておいたから何とかなったんですけれど」


 悪文シリーズはとにかくとしてだ。

 そんな大変な事になっていたのか。


 もしそれを知ったら当時の僕はどうしただろう。

 僕に騙された状態ではない僕が考える。


 多分どうしても気になって、次の休日か、何なら翌日にでも有給とって家に直行しただろう。

 ちひにメールやSNSで連絡して返答がなかった時のように。

 行ってどうなるとかその辺全て抜きにして。

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