第30話 モスグリーンのMTB

 わずか1時間程度の間だが結構釣れた。

 ほとんどの時間どっちかの竿にかかっていたり、釣り上げて収納したりしている位に忙しい状態。

 ただし2組の釣果には歴然たる差が出来てしまっている。

 

 だいたい美愛&結愛組と僕が勝負すると僕が負ける。

 潮干狩りは毎回そうだし今回の釣りもそうだ。

 知識量では負けていない筈なのに何故だろう。

 隠しパラメーターで運なんて数値があるのだろうか。

 ここはRPGではない筈なのだけれども。


 具体的な釣果は、捕って嬉しい魚種順にすると

  〇 美愛・結愛組

    トリアキス 50cm級1匹

    スコンバ 40cm級1匹

         30cm級1匹

    サイパ  15cm級10匹

    シプリン 30cm級1匹

    

  〇 僕

    サイパ  15cm級5匹

    シプリン 30cm級2匹


 なおトリアキスは地球のドチザメによく似た魚だ。

 知識魔法で確認すると結構美味しいらしい。


 サイパは太くして頭を少し大きくしたドジョウという感じだろうか。

 軟骨魚で煮物にすると美味しいとあった。


 スコンバはまあどう食べても美味しい魚。


 シプリンはまあ、次の魚釣りの餌用という事で。


「悔しいけれど完敗だな」


「和樹さんが全部セットしてくれたおかげですから」


「こんな大きい魚も釣れた! 結愛も釣った!」


 結果は惨敗だが結愛がご機嫌だからいいとしよう。

 結愛が楽しいなら皆が楽しいから。


「今日は久しぶりにお刺身ですね」


「楽しみ!」


「ものすごく久しぶりだよな」


 そんな話をしながら5分もない道のりを帰る途中だった。

 僕の警戒魔法が何かを捉えた。

 とんでもない速度で急接近してくる何かがいる。


「何、わかりますか」


 美愛も気づいたようだ。

 僕もいつでも攻撃魔法を出せるようにしつつ詳細確認。

 ただすぐにそれが何か気づく。


「心配いらない。ちひだ」


 ただ予想外の手段で登場してきやがった。

 

「自転車ですか、あれ?」


 美愛も確認出来たようだ。

 ビアルネイパの草地に作った道を激走してくるモスグリーンのMTBマウンテンバイクを。


 元は僕の自転車だ。

 大学卒業で実家に帰るのを機にちひに進呈したもの。

 僕の田舎は車社会だから必要ないし、ちひが前々から自転車欲しいアピールしていたから。


 元は一応そこそこいいMTB。

 まだ26インチ規格の頃の中古だから安かったのだけれども。

 それをオートバイ以上の速度で吹っ飛ばしてきている。


 モスグリーンのMTBは交通事故必須というような速度でかっ飛んできた後、僕らの3m前で慣性というものを一切無視してぴたっと止まった。


「やっぱり坂入先輩だ。おひさ」


 間違いなくちひだ。

 しかしなんだかなあ……


「まさかその自転車、ここで使っているとは思わなかったな」


 言うべき台詞は他に山ほどあるような気がする。

 しかし今はそんな台詞しか出ない。


「速くて楽で便利ですよ。魔法を使えば物理法則超越して使えますしね。もう私のだから返しませんけれど」


 そう言いながらちひは自転車を降り、アイテムボックスにしまう。

 そのまま美愛達に向き直り、頭をさげた。


「はじめまして。坂入先輩の大学時代の後輩で、湊川みなとがわ千裕ちひろと申します。よろしくお願いいたします」


「はじめまして。皆川みながわ美愛みあと申します。こちらは妹の結愛ゆあです。お世話になっています」


 結愛を含めて3人で相互に頭を下げる。


「恋人?」

 

 こら結愛、変な事を聞くな!


「ううん、サークルの後輩。遊び仲間というか友達というのが一番正しいかな。

 結愛ちゃんは坂入先輩のお友達かな?」


「うーん……」


 結愛、何を悩んでいるのだろう。

 危険な答えを出さないよな。


「和樹さんにはお世話になっています。言葉がわからずどうしようも無いところを拾っていただいたので」


 美愛がさっと救いの手を入れてくれた。

 しかし拾ってという部分に微妙な危なっかさを感じる。

 そこに反応するなよ、ちひ。


「実際は坂入先輩がお世話になっている方だと思いますけれどね。公設市場に出ていたあのタクワン、どう考えても坂入先輩の発想じゃないと思いますし」


 その通りだ。

 相変わらず鋭いなこいつは。


「ところで美愛さんと結愛ちゃん。突然で申し訳ないですけれどお願いです。明日、ちょっとお話をしにお邪魔していいでしょうか。時間は都合のいい時間を教えてくれればそれにあわせます」


 ちひめ、僕と美愛に対する態度が明らかに違う。

 知り合いとそうでないのは事実であるけれど。

 美愛までそれにつられているような気もするし。


「そんな気にする事ないだろ」


「先輩1人なら遠慮しません。でも今は美愛さん達も一緒に住んでいるんですよね。そして美愛さん達も日本出身。ならある程度日本的な常識にあわせて行動するのが礼儀です、違いますか」


 何だかなあ。

 変わっていないというか何というか。


「そんな気にする事は無いです。私と結愛が和樹さんにお世話になっているだけですから」


「先輩は美愛さん達がいてくれて助かっていると思いますよ。先輩は自分一人だと興味がない事には最小限の資源しか割かないですから。

 美愛さん達に会ったのがここへ来て何日目かはわからないですけれど、それまではご飯なんかも絶対手抜きだった筈です。魔法で熱を加えただけとかそれに塩をかけたとか」


 それは偏見だ。

 確かにサバイバル合宿でそういう飯を食べていた時もあった。

 日常生活でも格安食パンをまとめて冷凍していた。

 朝食も夕食もそれを取り出し、マヨネーズをつけてオーブントースターで解凍しつつ焼いて食べるというスタイルだった。

 でも今の僕は違う。


「一応揚げ物も作ったし、肉もサラダチキン風に加工したぞ」


「作る事自体に興味があっただけですよね。もしくはまずくてそうしないと食べられない物があったんですか、シプリンとか。

 それにそういうのを作ったといっても単品か、同じような調理法でまとめて作れる物だけですよねどうせ。栄養バランスとかは一週間くらいの期間でみればいいや程度の認識で」


 ぐぬぬ、その通りだ。

 当たっているだけに始末に負えない。


「よく知っているんですね」


「合宿で何回か一緒に生活しましたし。あ、他にもサークルの連中が一緒だから同棲とかそういうんじゃないから安心していいですよ」


 おいちひ、その通りだけれどもそこまで言う必要はないだろう。

 やっと再会したのにため息が出てしまう。

 もちろん感動の再会! なんて事にはならないだろうとは思っていた。

 しかしまさかこんな感じだとは……


「でも、本当に用意するとかそういう事は無いので、今すぐでも大丈夫ですけれど」


「それじゃお邪魔させていただこうかな。一応マットも寝袋も持ってきてますから帰れなくなっても問題無いですし」


 用意周到というか何だかな。

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