第6章 生計を立てる為に

第21話 商品の開発

 治癒は自然回復力を強化する事で正常に戻す魔法。

 人間だけでなく植物を含む生物全般に有効だ。


 なら同じような作用で成長を促進したりする魔法はないだろうか。

 そう思って印字した一般的な魔法一覧を見直してみる。


 成長魔法というものがあった。

 一般的な魔法だが使用機会が少ないという事でWebでの勉強過程には入っていなかった魔法だ。


 この魔法、最大で1時間につき1ヶ月経過分の生物的成長をさせる。

 足りない栄養素や水分等は魔法で自動的に補うそうだ。

 この魔法なら上手く行くかもしれない。


 8月6日に僕達はイロン村へ行く予定。

 その時に公設市場に商品として味噌を出したい。

 普通に考えれば期間が足りない。

 しかしこの魔法を使えば出来る可能性がある。


 行くのが8月6日というのには理由がある。


 ちひと思われる人物が委託した干物等が公設市場に出たのは僕が訪れる一昨日から。

 ならばその人物が公設市場を訪れたのは7月7日だ。

 公設市場は委託した翌日から商品を出すそうだから。


 そしてちひは割と几帳面。

 だから8月も7日にあの市場に来る可能性が高い。


 ただ同じ日に行っても会える可能性は低いだろう。

 時間帯が同じとは限らないし村の中で行き違う可能性だってある。


 しかし、もしちひが公設市場の中で味噌を発見したら。

 手に取るだろうと僕は思うのだ。

 その時に味噌に制作者と製作場所が書いてあったならば。

 ちひに僕がいる場所が伝わるだろう。


 公設市場は委託した翌日からショーケースに品物が並ぶ。

 だから7日にちひが行くなら6日までに委託が必要。

 今日は7月25日で、惑星オースでは7月は30日まで。


 つまり間に合わせる為には味噌を10日で作らなければならない。

 自然発酵ではどう考えても無理。

 よって成長魔法が必要になる訳だ。 


 なおちひの事は美愛達には言っていない。

 どうにもちひとの関係を上手く説明しにくいのだ。

 結果、話さないまま今に至ってしまっている。


 ◇◇◇


 午前中の勉強&おやつが終わった後、僕は麹作業用の部屋へ。


 この部屋は拠点から見て作業場の反対側にあたる。

 広さは作業場とほぼ同じ。

 麹菌を扱うから他の作業とは違う専用の場所の方がいいだろう。

 そう思って作った場所だ。


 この部屋を作った後、ここと拠点、作業場、それらを結ぶ廊下全てにかかる大きな屋根をつけ、全てを1つの大きな小屋状態にした。

 これで雨が降っても問題なく生活や作業が出来る。

 前に作業場に作ったのと同じタイプの簡素な屋根だが数年程度は大丈夫だろう。


 なおこの屋根、他の目的もある。

 騒音対策だ。

 何せ拠点は防音材のないコンテナ。

 少し強い雨に降られると音が響いてしまう。

 夜に降られると快眠できない。

 この屋根はそんな事に対する防音対策でもあったりする。


 なお外でした方がいい作業用に、草地に新たな屋外作業場も作った。

 こっちは壁無しで下の土を平らに均した後、焼いて固めただけの場所。

 今は作業場と言うより伐採したヘイゴやトルデア等の丸太置き場となっている。


 さて、麹作業用の部屋だ。

 ここには大きな棚を作った。

 麹を育成する為の棚で、細いヘイゴの幹や枝部分、ヘイゴを割って作ったヒゴ等で作ったものだ。

 今は試作第一世代の乾燥麹種完成品と、育成中の第二世代麹種がそれぞれ広げられた状態で置かれている。

 

 麹種生産方法の鍵は灰だった。

 培養時に上から振りかける、木灰の代用となる灰。


 11種類もの灰を作って同時並行的に使用し、麹菌が単離出来るかを調べた。

 試したのはこの辺で採取可能な植物であるヘイゴやビアルネイパ、トルデア、オーラム、クァバシン、テジャネ、セテリム、アルカイカ。

 そしてイーダとナクバとセモエアという3種の海藻。

 

 この中で成功したのは1種類、イーダという海藻の灰を使ったものだけだった。

 他は別の黴が生えたり、黴が全滅したりして失敗。

 偶然でもちょうどいい素材があって良かったと思う。


 イーダはこの辺ではよくある海藻だ。

 浜のそこここに打ち上げられている。

 水路へ魚捕りに行った帰りにでも収納してくれば充分間に合う。

 資源的に足りないという事は多分無いだろう。


 そしてこの小屋には麹種以外にも必要な物を揃えた。


  ○ 以前購入して結局まだ食事に使っていないアローカ全部

  ○ 毒抜きが済んだ木豆

  ○ グネタムの実(粉にしていない方)

  ○ 此処の海水で作った塩。

  ○ 寸胴鍋サイズ違いが3つ

  ○ タッパー各種、大鍋2つ

  ○ 自作の七輪もどき


 これらで今日からいよいよ自家製味噌の試作にとりかかる。

 うまく出来たら次は醤油にも挑戦する予定。

 レシピは日本でWebページを印刷してきたものを使用する。


 まず作ってみるのはアローカ味噌とグネタム&木豆味噌。


 グネタムを圧力鍋にたっぷりの水と一緒に入れる。

 そして魔法で熱と圧力をしっかりとかける。

 これで30分程度熱と圧力を維持すれば柔らかくなる筈だ。


 次にアローカ味噌の準備もする。

 圧力鍋その2でアローカを蒸す。

 この辺はアローカ麹を作るのと同じだから慣れた作業だ。


 両方が柔らかくなる前にグネタム&木豆味噌用の塩きり麹を作っておこう。


 乾燥した木豆を魔法で粉々にして、荒い粉状にする。

 コーヒーの粗挽き程度が目安だ。


 次に塩、乾燥アローカ麹、粉砕した木豆を混ぜまくる。

 なお混ぜる作業は手では無くベクトル操作魔法。

 しっかり混ざるよう念を入れて混ぜ混ぜ。

 これで塩きり麹の完成だ。


 偵察魔法で圧力鍋内部のグネタムの柔らかさを確認。

 指で潰せるくらいなのを確認し魔法で冷やす。

 35℃くらいになったら蓋をあけ、中の水を魔法で蒸発させ、魔法でしっかり押しつぶす。


 これに先程作った塩きり麹を入れ、これでもかという位魔法でかき混ぜる。


 最後に厚めのビニル袋に入れ、しっかり空気を抜いて密閉すればグネタム&木豆味噌の仕込みは完了だ。


 さて、次はアローカ味噌。

 造り方は基本的にグネタム&木豆味噌と同じ。

 材料がアローカとアローカ麹、塩になるだけだ。

 これもしっかり混ぜてビニール袋へ入れる。


 地球産の一般的な材料ならこれで半年程度様子をみながら置いておけば味噌が完成。

 しかし10日間でやるにはここで時短をしなければならない。

 ここで成長魔法の出番となる訳だ。


 仕込んだ味噌の元2種類を自分の前に置いて、警戒魔法で温度や様子を監視しながら成長魔法を起動。

 中の酵素よ細菌よ頑張れ、そう念を込める。


 麹菌はこの状態で酵素を出すらしい。

 この酵素でデンプンやたんぱく質などが分解され、ブドウ糖やアミノ酸、脂肪酸が生まれる。

 このうちブドウ糖を乳酸菌等が分解する。

 更にアミノ酸が酵母で分解されアルコール分が生まれる。


 この仕組みは参考にしたWebページに載っていた。 

 なお乳酸菌や酵母は材料に少量含まれているらしい。

 だからあえて足す必要はない模様。


 成長魔法を1時間おきに6回かけ、様子を見る。

 上手く行ったらこのレシピで量産。

 失敗したら材料を変えてもう一度だ。


 不安はある。

 本来、味噌の材料には大豆を使う。

 そして大豆は植物由来としてはタンパク質が多い。

 このタンパク質が分解されてアミノ酸となり、旨みを産む。

 

 しかしヒラリアに大豆はない。

 そんな進化した種子植物は此処には存在しないのだ。


 今回は木豆やアローカ、グネタムを使った。

 だがどれもタンパク質は大豆ほど含まれていない気がする。

 これが結果的にどうなるのか。

 残念ながら出来てみないとわからない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る