第11話 事案の発生?
ちひの声はもう少し低い。
だから奴ではないのは明らかだ。
しかし僕は振り向いてしまう。
いたのは中学生くらいの女の子だ。
幼稚園年長くらいの女の子を連れている。
とりあえず振り向いてしまったので仕方ない。
「そうだけれど何かな」
オース共通語で聞いてみる。
「すみません。その言葉はわからないんです。だから日本語でお願いします」
どういう事だろう。
基本的に移住者はオース共通語を話せる筈なのだけれども。
最低限の会話ができなければ生活が困難だ。
あのWebページでも初級の言語試験に合格しなければ移住手続きを進められなかった筈。
「日本語、わからないですか?」
焦っている、もしくは困っているのが見てわかる。
だからつい返答してしまう。
「大丈夫。わかる」
「よかった……」
明らかにほっとした表情。
そしてそれを意を決したような表情に変化させ彼女は口を開く。
「お願いです。住み込みで雇ってください。給料はいりません。住む場所と食事だけでいいです。何でもしますから」
えっ、いきなり何だそれは。
ちょっと待ってくれ。
僕自身は思わぬ台詞にどう対応していいか戸惑っている。
しかしそんな僕の思考は別人格のように活動をはじめ、この状況を理解できる仮説を模索し始める。
オース共通語がわからないなら確かに普通の場所では働けない。
そして他の外国語も自由にならないなら日本人を探すしかない訳だ。
そして干物やさつまあげは日本人の目を惹くだろう。
だから此処を見張り、足を止めた人に声をかけるという手段は有効だし正しい。
しかしそういう事態が起きるのはどういった状況だろう。
あのWebサイト経由で来たなら共通語が使える筈だ。
いや、そうならない可能性も無い訳では無いか。
この状況を説明できそうな仮説を思いついた。
2人がこの年齢なら親がいるだろう。
それが鍵だ。
親が子供に言わずに移住計画を立て、言語試験に合格して、そして子供とともに移住する。
そうすればオース共通語がわからない子供も移住できる訳だ。
随分と無責任な親だけれども。
そんな親が蒸発した。
もしくは死んだ。
そのような状況ならこうなる可能性もあるし理解できる。
仮説が正しいかはまだわからない。
しかしここで立ち話では済まなそうだ。
別の場所に移動するべきだろう。
そしてそんな話が出るという事は、きっと。
とりあえず最優先で何か食べさせた方がいい。
そこで更に詳しい話を聞くべきだ。
思考の方はそういう結論に達した。
更に適切な店を探し、偵察魔法の視点を動かし始める。
「とりあえず外に出ようか。ここでは市場の邪魔になるから。座ってゆっくり話を聞いた方がいいしさ」
「わかりました」
2人とならんで歩き出す。
ふとちひの声と口調で脳裏に台詞が流れた。
『先輩は気をつけて下さいよ。人が良くて押しに弱いですから』
それは自分でもわかっている。
だからこそ実家をすぐには捨てられなかった。
しかしこれまで押し売り等の被害に遭った事はない。
危ない所には行かない、キャッチが寄ってきても話をしない、押し売りが来ても玄関ドアを開けない。
この辺の原則をきっちり守っていたから。
しかしついに面倒な事案に関わってしまったかもしれない。
仕方ないか、本当に困っていそうだから。
『それだから先輩は危ないんですよ』
また脳裏にちひの声で台詞が流れた。
その通りだ、全く。
公設市場を出口に向かって歩く。
手ごろな店は既に偵察魔法で確認済。
場所は公設市場からすぐ。
軽食の店で値段もそれほど高くなく、中も空いている。
なおかつ開放的でこの子達と話していても問題になりそうにない。
ヒラリアも日本のようにその辺気にする必要があるかは不明だけれども。
「昼食を食べながら話を聞こう。それでいい?」
「でも私達、お金を持っていません」
「それくらいは出すから」
3人で目一杯食べても
偵察魔法で店内に貼ってある値段を再度確認。
問題はなさそうだ。
◇◇◇
彼女たちが遠慮してなかなか注文が決まらなかった。
だから適当にこっちで注文して、そして本題にうつる。
「ところで雇ってくれってどういう事かな。オース共通語が話せないという事も含めて、事情を聞いていいか?」
「父が失踪してしまったもので……」
彼女の話は概ね仮説通りだった。
元々日本に住んでいた時は父子家庭。
母親はとっくに家を出て行っている。
父親はほとんど仕事らしい仕事をせず福祉暮らし。
ちなみにこの福祉とは生活保護の事らしい。
1月くらい前、父親が突然、
『異世界に行って一山当てる』
と宣言し、彼女達はわけがわからないうちにヒラリアに。
実際は借金取りから逃げる為だったのだろうと彼女は推測。
この世界に来た後、最初のうちは父親も働きに出ていた。
しかし1週間もするうちに働かなくなった。
そして7日前、『狩人になる』と家を出て以降帰ってきていない。
パンやカップラーメン等は日本で買ったものがある程度あった。
しかしパン等そのまま食べられるものは全部食べたし、カップラーメンを作る為のお湯をわかす事が出来ない。
水を川から汲んできてカップラーメンをふやかして食べていたがそれも限界。
何とかしようと思ったけれど此処では言葉が通じない。
集落中を歩き回ったところ、市場の中で日本っぽい物を売っている場所を発見。
ここなら日本語が通じる人がくるかもしれない。
そう思って建物の隅のベンチに座って、あのコーナーを見ながら待っていたそうだ。
「だからお願いです。何でもします。住み込みで雇ってください」
彼女はそう言って、そして妹と一緒に頭を下げた。
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