第11話 やってくれたな、この馬鹿弟子!

 話は少し前に遡る。

 魔石の嵌ったネックレスを媒介にしたクレアは絶好調だった。

 何せ普段使っている魔術の威力が数倍の強さになるのだ。魔力の節約になるし、攻撃のセオリーも増える。


「あーはっはっはっは!」


 笑いながら風の魔術をどんどんと放つクレア。緑色に輝く魔術陣が周囲に展開しては魔力を吸い込み形を変える。風の刃が乱舞して、毒竜の鱗をまるで紙切れか何かのように切り裂いて行った。

 毒竜は突如パワーアップしたクレアにたじろぎ防戦とならざるを得ない。

 しかし魔術師相手に距離を取るのは悪手である。離れればもれなく高火力の特大魔術がぶっ放されるため、魔術師を相手取るには近接戦闘が基本だ。

 だがしかし、クレアは規格外の魔術師だ。


 近づけば多重に展開している魔術陣結界が攻撃を阻み、さらに近距離用の魔術をノータイムで放ってくる。

 とはいえ、離れればもっと厄介な魔術を放つのもまた事実。


 先ほどのように尾で結界を無理やりつきやぶろうと突きを繰り出してくるも、魔石によって結界の強度が増しているために途中で阻むことができた。

 そしてわずかに動作が止まった瞬間を狙い、クレアが的確に魔術陣を放つ。


「そぉれ!」


 右手を振った先から風刃が鋭く飛び出して、毒竜の首を切りとばす。


「一つ、二つ!!」


 クレアの楽しそうな声とともに乱舞する刃が毒竜の首を屠っていく。

 一つ、二つ。


「三つ、四つ!!」


 息をもつかせぬ猛攻撃にさしもの毒竜もなすすべがなく、面白いほど簡単に首が飛んで行く。粘土細工みたいだった。


「す、凄い……誰もが恐れる毒竜をまるで子供のように扱っている……」


 後ろで見ている甲冑姿の女が半ば畏怖を込めてそう言っているのも、クレアの耳にはまるで届いていなかった。今や毒竜の動きは完全に止まっておりクレアのなすがままになっている。何十倍もの体格差を物ともせず、小さなネックレスを持った右腕一本ふるっただけで展開する殺傷能力の高い魔術陣。

 そして風の刃が舞ったと思えば、クレアの全身ほどもある巨大な頭が吹っ飛んでいく。

 小さな人間が凶悪な竜を一方的に蹂躙している様は冗談みたいな光景で、目の前で起こっている出来事なのにまるで夢を見ているかのようだった。


「ヒッ」


 現実を現実と受け取れずにいると、クレアが吹き飛ばした頭の一つが飛んできて間近に落ちる。

 血飛沫とともにごとりと落ちてきた頭部は赤い双眸が驚きと憎しみに塗れ、虚ろに虚空を見上げていた。

 これ一つ討ち取るのにどれほどの雑兵と魔術師が必要になるのか、おそらくクレアはわかっていないだろう。普通近づくことすら難しいのに、この娘はいとも簡単に接近し、攻撃し、そして首を吹き飛ばす。


「五つ、六つ!」


 クレアのテンション高い声と毒竜の苦悶の叫びがこの地獄のような沼地に響き渡っている。クレアの攻撃は苛烈で一切の容赦がなく、続けざまに繰り出されるその風の刃により反撃する隙を全く与えない。

 六つもの首を切り落とされた毒竜は、その青い血を首から大量に吹き出しながら翼を広げる。

 逃げるつもりか。

 しかしあれほどまでに恐れられ、御伽噺に『厄災の竜』とまで呼ばれるような存在がたかが少女一人にここまで追い詰められるものなのか、些かの疑問もある。この少女が規格外なのは見ていて理解できるが、それにしたって都合が良すぎだ。

 何か奥の手を隠しているのか?

 もしそうであれば、不測の事態には助力できるようにしておかなければ。

 元はと言えば自分が討ち取るつもりでやってきて、助けてもらっている状況だ。

 そう考えて剣を構えたその先で、クレアが声高に叫んだ。


「七つ、八つ!!」


 ボンボンっと音がして首がまたしても飛んでいく。


「ーーこれで残るのは、中央の首一つね!!」


 今やクレアのボルテージは最高潮に達していた。

 魔石を使った魔術陣展開が、こんなにも威力を伴うものだなんて!

 どうしてお師匠様は私に教えてくれなかったのだろう、これなら厄災の竜だろうがなんだろうが、簡単に勝つことができる。 

 というか少し強化しただけでこんなに圧倒できるだなんて、毒竜は噂よりずっと弱い存在なんじゃないかな? という気すらしてきた。こんなんならば師匠一人で討伐できるはずなのに、どうしてあれほど拒否していたのかクレアには全く理解できない。

 何せ師匠はクレアの十倍は強い。毒竜など秒殺できるだろう。


 兎にも角にも王手だ。

 中央の首は周囲の八つに比べて硬いらしく、先ほどから傷はついているものの致命打には至っていない。

 右手に意識を集中させ、脳裏に必要な魔術陣を思い浮かべる。

 古代語が脳内を駆け巡り、鮮明な魔術陣の図案が記憶の底から浮かび上がった。

 正確に。一言一句違わず、端々までも欠けないように。

 爛々と輝く金の瞳で毒竜を見据え、トドメの一撃を展開した。


 一際大きく複雑な魔術陣が現れて、輝く緑の風となった。

 この瘴気に満ちた沼地に駆け抜ける一陣の風はまるで全てを吹き飛ばすかのような力に満ち溢れ、クレアを中心として暴風が吹き荒れる。

 暴風はクレアの右手に集結し、塊となり、そしてーー放たれる。 


「これでーー九つ!!」


 凄まじい風圧を伴った風はクレアの勝利宣言とともに一本の矢のように解き放たれ、弾丸のような速度で毒竜へと迫った。

 毒竜の反応速度をはるかに上回るそれは、一直線に竜へと向かい残る一つの首を屠るべく突き進む。

 

 あと少し!


 竜の首へと肉薄したその時、異変が起こった。

 毒竜にクレアの生み出した矢が当たる直前、空間が歪んだ。

 突如展開された魔術陣、そしてそこから現れた人物。

 毒竜の前へと立ちはだかったその人物は目にも見えない速さでクレアの放った矢に対応した。多重に展開した防御結界で矢を弾き飛ばすと、クレアと目を合わせる。

 細身の長身に、黒いシャツにズボン。右手には何の変哲も無い枝が握られている。

 藍色の髪から覗いているのは怒りに満ち満ちた同色の瞳。


「えっ……お師匠様!?」


 よく見ると後ろにもう一人誰かを連れているようだが、そんな事はどうでもいい。

 どうしてここにお師匠様が、とか、何で毒竜を庇うのか、とかを問えるような状況ではなかった。イシルビュートの表情が恐ろしく歪んでいる。

 これはあれだ。

 かつて師匠の留守中に、クレアがうっかり家の中で炎の高位魔術陣を使ってしまい家屋が半壊した時に見せたのと同じ表情をしている。

 額に青筋を浮かべた師匠は空中で仁王立ちをしたままにクレアを一喝した。


「やってくれたな、こんの……馬鹿弟子が!!」


 普段は温厚な師匠の怒声を前に反射的にクレアは謝罪の言葉を口にする。


「ご、ごめんなさい、お師匠様!」

 

 毒竜よりも何よりも、クレアにとってはイシルビュートの怒りこそがこの世で最も怖いものだった。

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