第7話
「これはまた、美形の陰陽師が来たもんだ」
派遣されて来た年若い陰陽師は、人目を引く派手さを持っていた。老若男女、十人が十人とも振り返るような端正な顔立ちで、飄々と歩いている。
武士たちは関心するように遠くから眺めていたが、それを押しのけるようにするのは若い武士である。若い武士は、興味深々でそれを眺め、「私とまた種類の違う美形ですねえ」と言う。近くにいる武士たちがそれを否定しないのは、まさしくその通りだと思っているからだろう。
「陰陽師とは、あんなに派手なものなんでしょうか?」
陰陽師の姿が消えたところで、武士たちは閑談する。
「たまたまだろう」
「正直、胡散臭い奴らだからな」
「でも、物の怪を退治してくれるならいいじゃないか」
「あんな派手な陰陽師、見たことないぞ」
「どうやら、けっこうすごい人らしいと聞きましたよ」
若い武士が会話に割り込むと、武士たちの視線が注がれる。
「すごいって、何がだ?」
若い武士は、返答に困ったように言葉を詰まらせた。
「具体的には知りませんよ。ちょっと話を聞き齧っただけですから」
「何だ、それだけか」
「そう言いますけどね、すごい人だって噂が立つくらいなんですから、あんまり馬鹿には出来ないんじゃないですか?」
「しかし――」
返した武士の言葉はそこで途切れた。否、聞こえなくなったというのが正しいだろう。
「そうそう、見た目だけではありませんよ」
武士たちに聞きなじみのない、若い男の声が、武士の声をかき消したのである。ぎょっとして、武士たちは一歩後ずさった。
背後に、音もなく噂の陰陽師が立っていたのだ。
「こんにちは。胡散臭い陰陽師です」
陰陽師は武士たちの話を聞いていたらしい。ばつが悪そうな顔をする武士を、にやにやとした表情で見つめている。
「どうしてここに?」
驚いた若い武士が言う。
「あちらから、ぐるっと回ってこちらへ来ただけです。少し、見回りたくて。気配を消していたわけではないのですが、とうとう気付かれないまま話しかけてしまいました。驚かせて申し訳ない」
「なるほど、そうでしたか」
若い武士は一人納得したように言い、すぐに表情を引き締めると、続けて「それで、どうです?」と言う。
「どう、とは?」
「もちろん、見回りをされたのでしょう? 何か、気付くことなどは……?」
「ははあ、例の鬼について、気になるということですかねえ。隠すことではありませんので、何だって答えますけど」
陰陽師がのほほんと話す間、武士たちは真剣な表情で待っていた。陰陽師は、それを面白そうに見回してから、口を開いた。
「まあ、そうですね。私、こう見えても、なかなか凄腕なんです。今こちらへ来てみて、少し感じたことなんですが……」
陰陽師は言葉を切ると、もったいぶるようにしてから言った。
「気配が、ない」
「気配?」
若い武士が眉間に皺を寄せる。
「気配っていうのは、つまり」
「物の怪の、気配」
陰陽師は若い武士の言葉を遮り、にやりと口角を上げた。
「物の怪の気配……」
武士たちの間に緊張感が走る。互いに顔を見合わせる。
「ないとはどういうことだ?」
「鬼などいないということか?」
「やはり、人間の仕業か」
「いや、しかし」
武士たちが口々に話し出すのを、陰陽師が手で制する。
「一応儀式はしますけど、もしかしたらあんまり意味がなかったりして」
「意味がないって、それ、詳しく話してもらえませんか? 実のところ、私も、鬼の仕業とは考えていないのです。気配がないっていうのは、つまり?」
若い武士は陰陽師に詰め寄る。陰陽師は困ったように頬をかくと、言った。
「詳しくも何も、鬼がいそうな気配がないというだけのことですよ? 女房を鬼が殺したから、退治してくれと言われてここへ来たものの、肝心の鬼の気配がない。鬼がいたであろう気配もない。これでは退治の仕様がありません。鬼なんて一匹も入り込んでいないような、この穏やかな空気を見るに、その女房を殺したのは、おっしゃる通り鬼じゃないのかもしれませんねえ」
「本当ですか?」
陰陽師はもったいぶるようにして頷いた。
「私、凄腕なので。分かるんですよねえ、そういうのが。とは言え、派遣された以上、しっかり仕事はやらせていただきます。これから、物の怪に悩まされることがないように」
陰陽師は、呼び止める間もなくするりと武士たちの間を抜け、歩いて行ってしまう。若い武士は考え込む様子で呟いた。
「やはり、鬼の仕業ではない、男を見つけるのが最優先、か」
すると、それを聞いた武士の一人が、若い武士を小突く。
「陰陽師の言葉を信用するのか?」
「しないんですか? 信用して、ここへ来てもらっているんだとばかり思ってましたよ」
若い武士はにっこり笑うと、一人歩き出した。
「近くを見回ってきます。人間相手なら、負ける気がしませんよ」
武士たちは後ろ姿を見送る。
「確かにあいつは、細腕のくせに、鬼のように強いからなあ」
誰かが呟くと、「確かに」とあちこちから賛同の声が上がる。少しばかり和やかな空気になっていたが、その中で固い表情を崩さなかったのは、例の足を受け取った武士であった。
「俺も、見回って来る」
そう言って、若い武士の後を追うように消えた。
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