5-3.ルラシュク、コミュ強の説得に押し負ける
ロサヴェレのいち商家の応接間には、場ちがいなほどの重要人物がならんだ。サロワの筆頭宮廷魔導士に、領主に、国の第三王子。それから、なぜか、例のガチョウ。
「筋肉鎧とゆかいなご一行はどうなさったんです?」
「伯爵の家で待機してもらってるよ」
ルルーの質問に、王子はひょうひょうと答えた。「もともと、ヘクトルのところへ行く予定だったんだ。スーリを連れて」
例のプロポーズにかかわる話なのだが、もちろんルルーの知ったことではない。(知ってはいたが)
「あなたの相手をしているヒマはないんですよ、殿下」
家主にも、なんたら伯爵とやらにもまったく配慮することなく、青年はジェイデン王子に向かって言い捨てた。ふだんは商家の三男坊みたいな気楽なふぜいで姉の家をうろうろしているくせに、ここぞというときにだけ権力を使おうとするのが腹が立つ。
「ルラシュク閣下……お、お言葉にお気をつけいただいて……」家主がおろおろと腕を上下させている。
「僕はアムセンの人間じゃないし、どこの王にも従属していない。相手にどんな態度をとるかは自分で決める」ルルーは王子をにらみつけながらそう告げた。
「スーリが大事なのはおれもおなじだ。きみだけじゃない」
ジェイデンは先ほどの話をくり返したいようだった。「きみたちの助けになりたいんだ」
「べつにあなたの協力なんか
「魔法で解決する見とおしが、まだ立ってないんだろう? ……もしそうなら、きみはそんなにイライラしていないだろうから」
ルルーは心底イヤそうな顔になった。
「……〈
「ノクス……、ザカリーもそう言ってたよ」
ジェイデンはさらりと返した。なんども言うが、ルルーの不機嫌で
「きみたちには共通項がある。おれがほんとうにスーリの味方なのかどうか、信用したくて試している」
「そんなわけないでしょ。どうしてそんなにお気楽なんだ」
「そうじゃないなら、協力をこばむ理由はないんじゃないかな」
「ちがうって言ってるでしょ。あなたの、その距離の詰めかたがイヤなんですよ」
「それもたまに言われる」
「そうでしょうとも。姉さんだって、ぜったい、迷惑に思ってたにちがいないんだから」
「いや、スーリはちがう。彼女は警戒心が強いだけだよ」
「姉さんのガバガバな警戒心にくらべたら、穴あきチーズのほうがなんぼかマシなくらいですよ!」
「だから、きみがそれほどに警戒している。彼女のかわりに、彼女を守ろうとして」
「だれに過保護と言われても、ここは
「わかっている。……その必要があったんだろう。これまでは」
王子は一拍の間をあける。「それだけのことが過去にあった」
そこそこに長い沈黙があった。ルルーが目をそらし、ジェイデンはそこに彼の心のゆらぎを見た。その隙をつくことなく、じっと応答を待つ。ダンスタンがぺたぺたと青年のそばに歩いて行き、足もとに首をすりよせて連帯をしめした。
「白く輝く石だけで建てた家には、僕と姉さんは住めないんですよ」
青年は苦い顔で、不思議な言い回しをした。「僕には、あなたの誠実さは生ぬるく見える。夜と闇とを知らないように見える」
ジェイデンにはそのセリフが理解しがたかったが、それでもルルーの本音だということがわかった。
「やっぱり、きみはおれを試してるんだと思うよ」優しくそう言った。
ルルーはほとほと疲れたという顔でぐるりと目を回してみせた。しゃがみこんで足もとのガチョウを撫でてから、こう言った。
「ときどき、自分が姉さん以上の甘ちゃんじゃないかと思うことがありますよ。あなたの、その謎の自信に押し切られるようじゃね」
「……」
「じゃあ、話すだけは話しますから。無理だとわかったら帰ってくださいよね」
「そうしよう。……たのむ、ルラシュク」
そういうわけで、ようやく、スーリに起きたできごとをジェイデンも知ることになったのである。
♢♦♢
ふたりは鏡の前に立っていた。
ルルーは要点だけを説明した。家主の依頼で、いわくのある「魔法の鏡」を調査していたこと。彼がこちらを離れたあいだにスーリが鏡に近づき、なぜか気絶してしまったこと。そのあとに鏡が真っ黒に変容したことから、おそらくスーリの異変と鏡とはなんらかの魔術的なかかわりがあるだろうこと。最初に異変を目撃した使用人たちに話を聞き、おそらくは鏡自体が悪魔であるという可能性に考えが向きかけていること。
「かりに鏡の正体が悪魔だとして、なにかコンタクトを取る方法があるのか?」
ジェイデンは鏡のほうを見ながらたずねた。
「悪魔が相手だというなら……方法はないこともないんですが」
ルルーもおなじ方向を見た。「悪魔を
「きみにとって?」
「あなたにとって」
ルルーは目をつぶって嘆息した。「いいですか、悪魔と取引することができるのは、魔女ではないふつうの人間だけです。僕たち魔女は、すでにそのカードを使ってしまっていますからね」
「ふーむ」
ジェイデンはあごに手を当てて考える様子だった。「鏡の悪魔を
「やっぱり、この案は無理がありますね」
ルルーは薄目をひらいた。「あなたはもちろん、ほかの一般人を犠牲にするわけにもいかないし。だいたい、悪魔と交渉なんて、どだい無理な話だし」
「そうなのか?」
「そうですよ。取引なんて、あいつらの好む言葉あそびでしかない。あっちにはこちらの目的も、手持ちのカードもぜんぶ知られてるんだから、公平なゲームになりようがないんだ」
「ふーん……」
ジェイデンはゆっくりと首をかしげた。夜の屋敷内ではほとんど黒く見えるブロンドが、目の上に房をつくって落ちた。
「でも、まあ、やってみようか?」
「えっ?!」
ルルーは目を見開いた。「僕の話ちゃんと聞いてました?! 交渉なんて無理って言ったつもりですけど?」
「……」ジェイデンはすぐには答えなかった。
ふたりは踊り場からはなれ、ふたたび、スーリが眠る居室へともどった。
指をくみあわせてすやすやと眠るスーリを見て、ルルーはまた不安におそわれた。穴のあいたボートで
(僕しか、姉さんを助けられる者はいないんだ)
そう思って唇をかみしめていると、ジェイデンが寝台のわきに身をかがめるのが見えた。額にかかる髪をさらりと払い、じっと彼女を見つめている。
ルルーは――どうにも気持ちが混乱していて、こののんきな王子が姉を救うのを見たくないような、期待しているような、おかしな気分だった。
「ルラシュク」
王子は落ちついた声で呼びかけた。「不公平な取引になるっていう話はわかった。でも、彼女を助けるのにほかに方法が見当たらないなら、やってみるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます