3-4.〈ヒーラーズ・ネットワーク〉
家に他人がいる生活というのは、スーリにとっては落ち着かないものだった。患者とはいえジェイデンは体力のある健康な男性で、彼女に好意をいだいているのだから、なおさらだ。しかも家の周囲には、ジェイデンの護衛である兵士たちが交代で付き従っていた。それに対してスーリの側はといえば、身を守れる武器は灰かきスコップとダンスタンのくちばししかないのである。もちろんジェイデンは礼儀正しく、一定の距離をたもって療養してくれてはいたが……。
やはり女ひとりの施療院など無理があっただろうか。自身の
そんななか、ジェイデンの快復が順調なので、そろそろ出かけることにした。スーリの口から「出かける」という言葉を聞いたときの、ジェイデンの驚きたるや。
「ご近所に同業者の人が越してきたのよ。本を貸してくれるっていうから、見に行こうかと思って」
ジェイデンの顔にはあきらかに「おれも行きたい」と書いてあったが、しおらしく「気をつけて行っておいで」と送りだされた。自分がいない家に、だれかが留守番するのは好ましいことではなかったが、これも一時のことで、しかたがない。
山の東側は、村からの生活路がつながっていて酪農者たちの小さな集落もあり、便利な場所だ。じつはフィリップから最初に居住を提案されたのも、このあたりの集落だった。人ぎらいのスーリは断ったが、やってきてみると、なかなかすてきな場所だと思った。たしか、ふだん買い物を頼んでいる少年の家も酪農をやっていて、ここに住んでいるはずだ。
ここよりさらに高い場所に山の牧場があり、集落は酪農者や牧夫、彼らの家畜でにぎわう。夏はチーズ作りにいそしみ、秋冬はそれを売って生活する。スーリが村で買っているのもそういったものだろう。
さて、ロザムンデの家は集落のややはずれに位置しており、古びた小さな一軒家だった。来訪を歓迎され、すぐになかへと通される。
入ってみて驚いたのは、ロザムンデ以外にも女性たちがいたことだった。
だが、スーリがその意向をつたえるよりも早く、ロザムンデが彼女を場に紹介してしまった。
「みなさん、スーリさんがいらっしゃったわ」
「まあ、あなたが」
「ロザムンデから聞いているわ」
さまざまな髪色肌色の女たちがこちらをふりむき、くちぐちに声をあげた。なかでも、卓の一番奥に座っていた女性が立ち上がり、みなを代表するようにあいさつした。
「ようこそ、『知性ある女たち』の家へ。歓迎するわ、スーリさん」
「……」
スーリはあいさつを返すでもなく、押し黙ったまま相手を観察した。三十代から四十代のどこかだと思われる、雰囲気のある美女である。まっすぐに伸びた黒髪と、それにマッチしたマルベリー色のドレス。たくさんの首飾りやバングルで身を飾っており、手をあげるとそれらが触れあって音を鳴らした。もっともスーリは女性の容姿に興味がないため、この印象は窓の隙間からそっと内部をのぞいていたダンスタンが日記にしるしたものである。
「オルフェア先生は、すばらしい
ロザムンデがへつらうような調子で言った。「ぜひあなたにも会ってほしくて」
「そうなの?」
スーリは気のない返事をした。「でも、とくに交流を広げようとは思っていないわ。よければ、書架に案内してくれる?」
「ええ、ええ、もちろんよ。……でも、お食事もしていってくれるでしょう? 料理がとても上手な姉妹がいるの。羊肉のシェパーズ・パイもあるし……」
あまり気乗りはしなかったが……ぜひにと乞われ、スーリはしかたなく食事の席についた。同業者たちと思っていたせいで、断りづらかったのもある。
女たちはみな、本や呪術具を前に熱心におしゃべりを続けていた。
「このあいだ勧めてくれた器具、すごくよかったわ……」
「そうでしょう?! やっぱり、品質がちがうのよ、品質が……」
「私もはやくレシピを手に入れて、器具を作れるようになりたいわ……」
「あら、それなら、レシピの権利を買わなくちゃ。大丈夫、〈ヒーラーズ・ネットワーク〉なら会員割引があるわよ……」
ありふれた主婦たちの会話のようではあるが、妙にテンションが高い。その内容も……どことなく奇妙だった。ほんとうに同業者なのだろうか?
「ロザムンデから、あなたも私たちの仲間だと聞いて。ぜひお会いしたいと思ったのよ」
「じゃあ、ここにいるのは全員医者なの?」
「そうね……」
オルフェアとなのる女性は、返答にいくばくかのふくみを持たせた。「私たち自身は、自分たちのことを『知性ある女たち』と呼んでいるの」
「ふーん」
そんな呼び方では患者が来ないのではないかとスーリは思ったが、めんどくさかったので、言わずにおいた。
「知性におとる者たちは、私たちのことを『魔女』と呼ぶこともあるけれど……。男たちは、知性と力のある女を
「そうかしら?」
スーリは疑わしく思った。「力をふりかざせば、男たちはそれを欲しくなる。目立たずひっそり生きるほうが賢明では?」
「昔は、そういう生き方しかできなかったのよね、女たちは」
オルフェアは首をふりふり嘆いた。「でも、これからは新しい時代だもの。女たちも主導権をとっていくべきだと思わない?」
スーリは眉を寄せて考えてみた。オルフェアの言うことにも一理ないわけではない。が、これまでの経験をふまえると、あまり賢明なこととは思えなかった。
女性は演技がかった口調で話し続ける。
「たがいの知識を共有して、発見はみなで使えるようにする。もちろん、コストはかかるけれど、それに見合う、いえそれ以上の価値があるのよ。たとえば、いまあなたが味わっているパイ。これを手軽に焼ける調理具なんかも、そのひとつね」
「ふーん……」
「コストといっても、支払うのは最初だけなのよ。そしたら、あとはお友だちを紹介していくのね。お友だちがレシピを購入すれば、なんと! 売り上げの20パーセントがあなたのものになるの!」
「……」
「こんな簡単な方法で、会員たちは
「……」
スーリはもう、ほとんど話も聞いていなかった。ただ無言でフォークを動かし、パイを口に運んでいる。
「こほん」
会話に乗り気でない雰囲気を察したのだろう、オルフェアは咳ばらいして話題を変えてきた(あるいは、変えていなかった)。
「スーリさん。あなた、いまの生活に満足してる?」
「ええ」スーリは即答した。
「もっとお金を稼げたらなーとか」
「ないわ」
「でも将来や老後のために貯えておきたいって思うでしょ?」
「とくに」
オルフェアの仮面のようなほほえみが、微妙に固さをました。周囲の女たちも心配そうに見守っている。
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