3-3.コミュ強最大の弱点、そしてスーリの看病

「うちは施療院であって、隔離施設じゃないのよ」

 スーリは憤慨した。「女ひとり暮らしに、よく大の男を連れてこれたわね。しかも、こんなさわがしいのを」

「そういわずにさぁ」


「いや……帰るよ。急にきてごめん」

 寝台のなかでごほごほと咳きこみながら、ジェイデンが弱々しく謝った。「きみにうつしたら大変だ」


「俺らにうつすのはいいのかよ」 

 オスカーが迷惑な顔を向けた。「ちょっと良くなってきたと思ったら退屈をもてあまして、部屋でスクワットをはじめたり、朝の鍛錬にこっそり混ざろうとしたりしただろ」

「おろかねぇ」それを聞いたスーリは嘆息した。


「なにもせず、だれにも会わないなんて……耐えられないよ」

 ジェイデンは寝台からぐずぐずと訴えた。「ほんとにつらい」


 スーリとオスカーは応接セットで顔を見合わせた。


「おとなしく寝台ベッドに寝て、本でも読めばいいじゃないの」

 スーリが言った。「じゃなかったら、問答クイズ本を読むとか。編み物をするとか、香の調合とか」


「やってみたけど、さみしくて続かない。なにが楽しいのかわからない」

「おまえはほんとにな、インドア趣味に理解がないよな」オスカーがあきれたように言った。


「つらい……つらい……」

 まだめそめそしている王子に、スーリは冷たく声をかけた。

「家のなかに数日、いなさいというだけよ。いったいなにがつらいの?」

 療養を命じられなくても、客が来ない日にはよろこんで寝台の友となっているスーリだ。ほぼ毎日をひきこもって楽しく過ごしている彼女には、王子の苦悩がまったく理解ができないのである。


「きみだって……毎日パーティに出ろと言われたら……苦痛だろ?」

 まだ息苦しいのか言葉を切りながら、王子はそう訴えた。「その逆だと思ってくれれば」

「毎日パーティに……そんなにも……」

 その苦行を想像し、スーリは絶句した。「それはたしかに、想像を絶する苦痛だわ」


「コミュ強の意外な弱点だよな」

 オスカーはひとごとのような感想を述べた。「他人としゃべらないと死ぬ病と、ソーシャルディスタンスの食い合わせの悪さ」


「うーん……たしかに、思わぬ事態ではあるわね」

 他人と接触できないために弱りきっているジェイデンを見ると、ふだんの腹立たしい気持ちがやわらぐのも事実である。患者といえば、いえなくもないし……。いまはとくに、急ぎの患者もいないし。


「な? ちょっとかわいそうになってきたろ?」

 スーリの心のゆらぎが見えるかのごとく、オスカーがたたみかけた。

「こんなに弱ってたらあんたに構う余裕もないから、たまに様子だけ見てやってくれたらいいからさ」

「うーん」

「食料も城から届けさせるし、もちろん二人分。ワインとデザートもつける」

「うーんんん……」


 そういわれ、スーリはしぶしぶながら引き受けざるを得なかった。あいかわらず、チョロいところがあるわれらが主人公ヒロインなのである。


  ♢♦♢


 さて、みなさんはスーリに看病ができるとお思いになっただろうか、それとも?


 「性格的には向いていなさそうだけど、まあ医者だからなんとかなるのでは?」と思ったかた、半分は正解である。前半が正解で、後半がまちがっている。この時代においても、医者は看病のプロではない。


 一日目の夕食、スーリはオスカーが持ってきた冷食をそのまま出した。冷えたウズラのローストとパンとワインを前に、ジェイデンはひかえめに要望を述べた。

「押しかけておいてなんだけど、できればもうすこし、消化にいい食べ物がいいかな……」


「そ、そういえばそうね」

 スーリはあわてて皿を下げた。「かごのなかにパンとミルクがあったわ。パン粥にするわね」


 そそくさとつるし鍋を準備するスーリの背中に、寝台から不安げな声がかけられた。

「その……大丈夫?」

「もちろんよ」

 スーリは力強くけあった。べつに、やろうとしなかっただけで、できないわけではない。そこは、王子にもわかってもらわないと。


「料理は化学よ。その点で薬草術と似ているわ。新鮮な食材をもちい、調味料をきちんと計量し、適切な火加減で熱を加えれば、だれでも失敗なく完成させることができる」

「そういう視点は……なかったな……」

 律儀な答が返ってきた。


 調理に集中しているあいだ、ジェイデンの静かな視線を感じた。不快なものではないが、どことなく落ち着かない気分になる。こんなに弱っているのに、他人がいる場所にいたいとは、スーリには理解できない不思議な習性だ。


 完成したパン粥をよそって、寝台まで運んでいく。ほかほかと湯気をあげる木皿をのぞきこみ、王子はぱくりと匙をくわえた。


「……おいしい?」

「うん」

 ジェイデンは生返事をした。「うーん、うん、まあ」

 うん、まあ、ではなにもわからない。

「どうなの?」

「えと、素材の味が生きてるよ」


「素材の味? そんな味つけにしたおぼえはないけど」

 スーリは自分でも椀によそい、パン粥を食べてみた。べちゃっとしたパンと牛乳と、もそもそした牛乳の膜の味がした。なるほど。素材の味。


 こほんと咳ばらいをして、ふたたび差しいれのカゴから蜂蜜を取ってきた。これでまあ、なんとか食べられるだろう。


 椀のなかに蜂蜜を流しいれながら、ジェイデンが尋ねた。 

「パン粥を作ったことは……?」

「はじめてよ」

 スーリは白状した。「レシピは、この本を参考にしたわ」

 頼もしげに抱えられた本には、『ヘイミル王行軍記⑥ ビリング王国冬の陣』とあった。

 ジェイデンにうながされ、内容を参照してみる。

――『粥を作りたるときは、兜を返して火にかけ、そこに牛の乳注ぎいるる。火強きは不宜哉よろしからざる。日を置き固くなった麺麭パンをばちぎりいれ』……。


「……」

「……」

 ふたりは文中のレシピを前に、しばし押し黙った。


「……ヘイミル王の御代は、ざっと三百年は前になるね」

 ジェイデンが言い、スーリもうなずく。

「その戦術は後世に名高く、兵法にたずさわる者にはいまも教典とされているわ」

「戦術はそうだね。でも、レシピはどうかな……」

 ジェイデンは必殺の笑顔のうち、『あいまいな不賛成をしめす笑み』を浮かべた。ふーむ。

 しかし、結局は食料を無駄にしないことにしたらしく、もそもそと匙を口に運んでいる。

 スーリもまた、美味とはいいがたい粥を食べはじめた。ヘイミル王もこんな味気ないものを食べたのかしら。膜がとくにまずいわね。


 歴史に思いをせていると、ジェイデンと目があった。どうやら、じっとこちらに視線をそそいでいたらしい。

「……なに?」 

「スーリ、へんなことを聞くけど……そもそも、他人に料理を作ったことは……?」


 たしかに、へんな問いだ。スーリは首をかしげて考えこんだ。

「ないわね。考えてみると、これがはじめてだわ」


「そうか……」

 答えを聞いたジェイデンはなぜか、妙にうれしそうな顔になった。散歩に出る前の犬のように希望に満ちている。

 それから、パン粥が急に天上の美味にでも変わったかのように、せっせと食べはじめたのだった。へんなの。

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