第三話 ひきこもり薬草医は魔女集会に勧誘され、コミュ強王子は風邪をひく(「チーズ祭、流行風邪、集会」)

3-1.肩書が長いカタカナの同業者

 近所に同業者がいると聞いたのは、つい三日ほど前のことだった。


 市場で買った食料を家に配達してもらったときに、「そういえば山の東側にも、ご同業のかたが住んでますよ」と教えてもらったのだ。こんな田舎でも開業する場所がことはあるのねぇと、話を聞いたスーリは驚いたものだった。


「そのうちごあいさつにでも行くかしら、でないとバーバヤガみたいにあっちから来るわよね」

 そう思いながらも外出するのがめんどくさく、うだうだだらだらと過ごしていた。ほかでもない家にいるのが心地よかったせいである。

 理由ならある。

 ここ数日、ジェイデンが家にやってこない。最後に会ったときには「明日、村のチーズころがし祭に出るんだ。ぜひ応援に来てほしい」などと言ってスーリをげんなりさせたが、それ以降音沙汰おとさたがない。おかげでスーリの日常は平和そのものだ。


「チーズを転がして脚でも折ったのかしら」

 いちおうは医者として心配もしていたが、そのひとりごとはすぐに打ち消した。あの男なら、松葉杖をつきながらでもいきいきと遊びに来るにちがいない。だとすると、スーリを消耗させるより楽しいことがついに見つかったのだろう。チーズ転がしでできた新しい交友関係をはぐくんでいるのかもしれない。


「……そもそも、チーズ転がしってなに? なんで転がすの??」


「男とはおろかな生きものなのだよ、友よ」

 隣でひとりごとを聞いていたダンスタンが、深くよくとおる声でつぶやいた。「巨大な車輪状チーズがあれば坂から転がしてみたい、それを走っていって追いかけたい、という欲望をおさえることができないのだ」

「おろかねぇ」スーリは賛同のうなずきを送った。

「また祭は男女別にわかれており、女性は年一回、男性は年三回、チーズを転がして追いかけることができるのだが」

「へえー」

「その理由は、『男は女の三倍バカだから』と言われている」

「おろかねぇ」スーリはもう一度うなずいた。ダンスタンもガチョウの白い尾をふって思慮深い賛同を送った。


 うわさの同業者が訪ねてきたのは、そんな会話のすぐあとのことだった。


 ♢♦♢


「先月こっちに越して来たの。同業のひとがいるって知らなくて……迷惑だったら、ごめんなさいね」


 家に入ってすぐの場所、応接セットの手前という中途半端な場所で、女性はそう切りだした。赤みがかった茶髪をざっと結わえた化粧けのない姿で、会った翌日には忘れてしまいそうな印象の顔だちである。服はやや奇抜で、まだらに染まった胴着に、青や黄色の布をはいだワンピース、それによくわからない羽根のついた頭飾りを身につけていた。スーリは他人のファッションにはなんの関心もないので、ここに述べた外見描写はダンスタンの日記からの抜粋である。


「私はロザムンデ。あ、これ名刺、よかったら……」

 女性は小さな紙きれを手渡した。こういうの、わたしも作らなきゃいけないのかしら、とスーリは自営業者らしい疑問をいだいたものの、すぐに答えを出した。べつにいいや。


 名刺には『ロザムンデ@高次元へのアセンションを手助けする大地ガイア治療師ヒーラー』と書かれていた。彼女が自分の同業者なのかどうか、スーリは急に確信がもてなくなった。まあ、この時代の医師というのは学派や指導者によってずいぶん違いが大きいので、それくらいの差異なのかもしれない……? 首をひねってみる。


「スーリよ。近所だということなら、べつにかまわないわ。わたしもよく調べないで開業したし」

「気にしないでくれるのなら、嬉しいわ」

 女性は安心させるようなほほえみを浮かべた。「ご近所に同業のかたがいて、心強いし。……ほら、女が田舎で開業すると、魔女だのなんだのってうわさになるから……」


「そうなのよねぇ」

 同業者に無関心だったスーリだが、自分とおなじ悩みを打ちあけられて、がぜん親近感がわいた。

「わたしも迷惑しているわ。村人たちには『森の白魔女』って呼ばれるし」

「わかるわ。私も子どもたちに『カラフルみのむしの迷彩魔女』って呼ばれて」

「薬草医なのに、依頼ときたら媚薬やら失せもの探しやらばっかりだし」

「そうなのよね。私なんかこのあいだ、薬の材料にってヒキガエルを50匹も売りつけられたの」

「最悪ね」スーリは顔をしかめた。「最悪といえば。こんなへんぴな場所なのに、王子やその友人たちに押しかけられたりするの。このあいだなんか、城に連行されて外堀を埋められかかったわ」

 あれはかなり危なかった。思いだしたスーリはひやりとする。フィリップ伯はジェイデンに甘そうだし、やつの蛮行をとめてくれそうな人間はあの城にいなさそうだ。

「それはうらやまし……いえ、女にとっては、生きづらい世の中よね」

 ロザムンデも賛同する。「でも、男に頼らず生きている女性がほかにもいると知って、励まされるわ」

「そうかしら」

「やっぱり女性どうしって、いいと思うの。隠すことなくいろんな相談ができるのも、女どうしならではだもの」

「そうかもしれないわね」


 奇抜な服装に反して彼女はとても礼儀ただしく知的で、ふたりの会話はおおいにはずんだ。スーリにしてはめずらしく、応接セットの椅子をすすめて茶を出したくらいに打ちとけてしまった。


 ロザムンデはほどよいところで会話を切り上げ、「よければ次はうちにもいらして」とスーリを誘った。

「うーん、でも、外に出るのはイヤ」

 スーリはいつもどおり正直に答えた。

「わかるわ」

 女はいかにも理解者であるという顔になった。「女は忙しいもの。家でゆっくりしたいときもあるわよね」

「べつに忙しくないけど、家にいたいの。読みかけの本もあるし」

「本」

 話のとっかかりができたとばかりに、女性は顔を輝かせた。

「うちにも小さな図書室があるわ。お友だちがたくさん本を入れてくれているの。本を借りに来るだけでも、歓迎するわ。どう?」


 本か……。たしかにそれは魅力的だ。イドニ城の図書室には医学関係の本がすくないので、スーリとしては少々ものたりなく感じていたところだった。貸してくれるというなら、お邪魔するのも悪くはないかも。


「考えてみるわ」


「よかった! あなたともっとお話ができたらすてきだなって思ったの」

 ロザムンデは顔を輝かせた。

「家の場所は名刺の裏にあるから。ぜひ来てね」

 そう念を押して、新たな同業者は帰っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る