雪ん子ウサギは、冬君の夢を見るか
「宝船を書いた絵を、枕の下に入れたら、縁起の良い夢が見れるんだってさ」
「兄ちゃん、ムリだって。姉ちゃん、メチャクチャ絵が下手だもん。保育園児の方が上手いからね」
弟がひどいことを言う。でも、本当のことなので、反論ができな――。
「絵は、描ける人が描いたら良いよ」
さらっと、描いて。それから私に手渡すのだ。本当に、この人は当たり前のようにしてくれる。それでいて、自己評価が低いんだから、どうしたものかって思う。
「……いや兄ちゃん、普通に上手いよ?」
「下手の横好きだよ」
そう冬君は笑う。料理も上手だし、音楽の才能もある。文章の校正も的確で。こうやってデザインだってできちゃう。それでいて、「器用貧乏なだけ」って片付けるのだから、本当に困った人だ。
そんな冬君だから。
私が一番、冬君を褒めて。
徹底的に甘やかしてあげたい。
いつだって、どこだって。誰よりも、夢のなかだって。
そんなことを思っていた。
■■■
これは、初夢なんだろうな、って思う。
手を繋いで、一緒に寝た。
何回目だろう。
何度、だろう。
こうやって、隣で。冬君の温度や息遣いを感じて。もっと、触れたい。もっと近付きたい、って思ってしまう。
冬君が、寝返りをうつ。
吐息が漏れて。
ゾクリとする。
指先が、髪に触れて。
それから耳を優しく撫でられて。上から、下――へ?
意識すると、耳がぴょんと動く。
冬君を起こさないように、自分の耳に触れて。
(ウサギの耳?)
と、冬君が、私に軽くキスをする。
それだけ。
最近は、日常的にそんな触れ合いが多い。もっと触れたい、もっと近付きたい。もっと冬君を私だけの人にしたい。そう思うのは、いつものこと。でも、今は――。
(足りない、全然、足りない)
冬君が私に触れる。その度に足りないって思ってしまう。じくじく疼く。体の芯が火照る。なんで、って思ってしまう。もっと、冬君と距離を埋めたいのに。足りない。まるで、足りないのだ。
――ゆっき、これは雑学なんだけどさ。ウサギってさ、年中発情期らしいよ?
彩ちゃん、今、そんな情報いらないから!
夢の中で八つ当たりしても、意味もない。半ば冷静に、半ば錯乱しながら。足りない、全然足りない。もっと触れて欲しいのに。本当に触れて欲しいのは、そこだけじゃないのに。満たしたい。足りない。もっと満たしたい。
■■■
目が覚めて。
暖房の風で、カーテンが揺れた。
隙間から、陽光が差し込む。どうやら、初日の出には間に合わなかったらしい。
でも、そんなことはどうでも良いくらい、私は冬君を見る。
飽きない。
全然、飽きない。
好きが足りない。
全然、足りない。
好きだなぁって思う。思えば、思うほど、そんな言葉じゃ足りないって思ってしまう。あんな夢を見てしまったから、なおさら、って思う。
頬が熱くなる。ふと、自分の頭頂部に触れて。当たり前だけれど、ウサギの耳がないことに、安堵――半分。寂しさ、半分。ウサギの耳を言い訳に、もっと冬君に触れたいのに。そんなことを思ってしまう私も対外だって、思ってしまう。
と、目を開けた冬君と視線が絡んだ。お互い、笑みが零れる。
「あけまして、おめでとうございます」
「あけまして、おめでとうございます」
二人のそんな声が重なって。やっぱり、笑みが零れる。
と――。
冬君の頭に、ウサギの耳があるのを見て、目を丸くした。
唇を奪われて。
ほんの少し、触れて。
それじゃ、足りないって思ってしまって。
「ちょ、ちょっと待って、冬君――」
「待てない。雪姫が可愛すぎるのが悪い」
「や、ふ、冬君………」
微睡みながら。
夢のなかで溺れるような感覚で。
吐息を満たして。
足りない。
まだ、まだ足りない。
全然――足りない。
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