7-3 ビーチサイドの子犬
ビーチチェアに陣取った岸田は、ビールをガブ飲みした。
「ぷはあーっ。うまい」
脇のテーブルに、ボトルを置く。
「朝から飲むビールは最高だ。そうだろ、木戸」
「そうだな」
ホテル前のビーチ。俺と岸田は海パンにシャツの軽装。ビーチチェアに陣取って、朝日に輝く西伊豆の海を眺めている。
水着姿の結菜は、波打ち際でひとり遊んでいる。遊んでるというより「暴れている」という描写がぴったりの感じで。寄せては返す波を追いかけたり、流れ藻を持ち上げて不思議そうに覗き込んだり。浜に出てからずっとだ。
普通女子高生って、日焼けがどうとか言ってパラソルから出ないんじゃないのか。初めて海見た子犬くらいの大騒ぎだし。
パラソルの陰でサングラスを通していても、海の反射が眩しい。まだ朝10時だがすでに気温は三十度を越している。潮の香りを含んだ海風がパラソルを揺らしている。
気持ちのいい日だ。
「とはいえ、なんで男とビール飲まんとならんのだ。せっかく休み取ったのに」
岸田の奴、やっと気づいたか。
「岸田。遠慮なく、いなくなってくれ」
「とはいえ、来るはずだった彼女が消えたからなー。今さら独りであっちこっち行っても虚しいだけだし」
いっぱしの口を利くが、彼女じゃない。岸田がどこで知り合ったのか知らんが、彼女にしたいと思ってたくらいの奴を誘ってあっさり断られただけだし。
「それに木戸。お前と結菜ちゃんをふたりっきりにしたら危険だろ。俺は監視役だ」
「そんなことあるかよ。同居してるんだぞ、俺と結菜。それで毎日なんも起きてないのに。だから安心して消えていいぞ」
「そう言うな、木戸」
サングラスを外すと、フロントで借りてきた双眼鏡を目に当てる。
「こうしてJKのビキニ姿を見るのもなかなか……」
まなじりを下げてニヤけてやがる。よせばいいのにガン見かよ。
「おう。結菜ちゃん、揺れる揺れる。こいつはいい眺めだ」
「岸田お前、それ痴漢寸前……てか覗きだぞ」
「いいだろ見るくらい。減るもんじゃなし」
双眼鏡を外しもしない。
「俺が気分悪いし」
双眼鏡をひっつかむと、結菜が持ち込んだトートバッグに放り込んでやった。
「はあ? お前のもんじゃないんだろ、結菜ちゃん」
呆れたような顔で見られたわ。
「それはそうだが……」
「それよりお前、昨日の晩、童貞卒業したんか」
めげない野郎だ。てか……。
「……童貞なんて話したことないが」
「見てりゃわかるし。なあなあ」
「卒業もクソも……」
昨晩を思い返した。ホテルのダブルベッドの端と端。アパートと同じく、手だけ繋いで寝ただけだ。
……ただ朝、目が覚めたら例によって抱き着かれてただけで。それだって温泉のときのように服がはだけてほぼ裸ってわけじゃなかったし。まだマシなほうだろ。
なんていうか温かくて気持ちいいんだよな。ネコ抱いて寝てるみたいに。正直、毎日抱き合って眠りたいくらい。……とはいえ寝る前に抱き合ったら、多分俺のストッパーが外れちゃうわ。仙人じゃないし。今だって全力で我慢しているから、なんとかなってるだけで。割と毎晩綱渡りだわ。
「なに黙り込んでるんだよ。思い出に浸ってるってか」
「いや、ちょっと考え事」
「怪しい……」
「なんもなかったわ。安心しろ」
安心しろってのも変だが。
「マジか……」
ドン引き気味の瞳で俺を見る。
「木戸お前、やっぱりそっち方面か。……俺には迫ってくるなよ。ヘテロだからな」
いや俺だってホモじゃねえし。
「それにしてもかわいいなー。結菜ちゃん」
また結菜観察に戻った。まあ双眼鏡使ってないし、ホモ疑惑を追求されるよりはマシだろ。放置安定だ。
「そうか。たしかに平均より上だとは思うが」
「いやお前。あれはトップクラスだ。しかも体が……」
瞳を細め額に手を当てて、遠くの結菜を見つめている。
「あれは八十三のCカップと見た」
それだけ言うと、サングラスを掛ける。
「わかるのかよ」
「任せろ。俺はひよこ鑑定士みたいなもんだ。バスト鑑定士、一級」
「はあ……」
飢えに飢えた男子高校生かよ。アホらし。でもたしか結菜も最初の晩、八十三のごにょごにょって言ってた。岸田の奴、割とプロかも。
「ならついでに聞くが、ウエストとヒップはどうよ」
「そうさな……」
またサングラスを外し、結菜を見つめる。それから俺を見て、とんでもないことを言い放った。
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