第123話 エピローグ

「ふぅ……疲れた」


 イベント終了から5日後の金曜日の18時。哀川圭は自身のオフィスでため息をついた。

 丸一週間仕事を休んでいた分の勘を取り戻すのに苦労し、ここ数日残業続きだったが、なんとか定時で上がれそうである。


「あ、哀川先輩。帰るんですかー?」


 時計を眺めていると、隣の席の後輩が声をかけてきた。どうやらまだ仕事が終わっていないらしい。


「あら、まだ終わってないの? 手伝おうか?」

「いえ、嬉しいですけど……自分で頑張ってみます~」

「そ、そう。それじゃ、頑張ってね」

「お疲れさまですー。哀川先輩も、良い休日を」


 圭は帰り支度をしながら、一体部長はどんな魔法を使ったのだろうかと驚く。

 だが確かなことがある。


「あの子も少しだけ変われたのね。良かったわ」


 後輩の成長を自分のことのように喜ぶと、圭は自宅に向かう。


「今日は、久々にログインできそうね」


***


***


***


 イベント以来、久々にGOOに足を踏み入れたヨハンは、自らの本拠地である闇の城へとワープした。闇の城へ入ると、つい数日前のイベント後の打ち上げのことを思い出す。


 竜の雛メンバーはもちろん、頑張ってくれた召喚獣たち。オウガの友人たちやギルティア、そしてロランドも加えての大騒ぎだった。

 大人としては少しみっともないくらいの、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎだった。


「楽しかったな……」


 そう呟きながら階段を上る。外が何やら騒がしい気がしたが、いつも雷鳴が轟いている場所なので、無視することにした。


「あ、ヨハンさん来た!」

「……仕事終わり? お疲れ様だね、お姉ちゃん」

「久しぶりやねー」

「疲れたでしょ? ポテトがあるわよ☆」

「お疲れ様です」

「うっす。お疲れっす」

「わっ、わっ。全員揃うのはイベント以来ですね。嬉しいな」


「みんな、久しぶり。お疲れ様」


 ヨハンがたまり場、もといミーティングルームに入ると、既に他のメンバーが揃っていた。


 ヨハンが席に腰掛けると、すっとポテトが盛られた皿が目の前に置かれる。食べようかどうか迷っていると、何やら興奮した様子のゼッカが、前のめりで、もう少しでキスしてしまいそうな距離で話しかけてきた。


「大変です。大変なんですヨハンさん!」

「お、落ち着いてゼッカちゃん。顔が近いわ」


 興奮するゼッカを宥めようとするヨハン。


「魔王はん。そうやのうて、もっとムツゴロウさんみたいにやらんと」

「誰が動物ですか! いやそうではなくて、ヨハンさん。大変なんです」

「最初に戻ったわね」

「良いニュースと悪いニュース。どちらから聞きたいですか?」


 もったいぶって面倒な聞き方をしてくるゼッカ。だがヨハンは苛つくこともせず、少し「う~ん」と考えてから答えを出す。


「こういうのはどうせガッカリすると相場が決まっているから、良いニュースから聞きましょうか」

「はい、では良いニュースです。なんと【バーチャルモンスターズコラボイベント】の復刻が決定しました!」

「マジで!?」


 嬉しみのあまり、思わず口調が変わるヨハン。


「マジです!」

「何故だかわからないケド、『復刻して欲しいイベントアンケート』で一位になったらしいわよ☆」


 ドナルドの言葉に、ヨハンは嬉しそうに頷く。


「なるほど。みんなにバチモンの魅力が伝わったのね!」


「違うと思います」

「……それは違うよお姉ちゃん」

「そうやあらへん」

「ありえないわね☆」

「ないない」

「普通に考えて」

「ヨハンさんのせいだよね」


「ええ!?」


 皆に否定され涙目になるヨハン。


「まぁコラボ復刻は、第二弾のフラグとも言われてるくらいだし、楽しんだらいいんじゃない☆」

「そうね。えっとそれで、悪いニュースというのは?」


 ヨハンが訪ねる。するとゼッカが答える。


「ええ。それが、復刻イベントでは、ユニーク装備も再入手可能なんです」

「え? ……ということは」

「ええ。二つ目のカオスアポカリプスを狙って、ヨハンさんから入手条件を聞き出そうと考えた不届き者が大勢、今城の外に集まっています」


 ヨハンはそれを聞いて、耳を澄ませてみる。すると、さっきまで雑音だと思っていたそれは、人間の声だった。


「教えろ~」

「教えろ~」


「怖いわね」


「アホやな~召喚師以外が手に入れても、意味あらへんやろ」


 コンが呆れたように言う。


「……でも、今後他の職業でも召喚獣を扱えるようになる可能性もあるよ」

「なるほど。そんな可能性もある以上、狙ってみる価値はあるということですね」

「まぁ、先のことは、誰にもわからないですからねぇ」


 そう。


 未来のことは誰にもわからない。


 数ヶ月前まで、こんな風に仲間に囲まれて笑っているなんて、想像もしていたかったように。


「まぁ、独り占めするつもりはないし。教えてあげてもいいんだけれど」


 ヨハンのその呟きに、皆が「えっ?」と固まる。


「なぁ魔王はん。ウチにだけ、特別に入手条件教えてくれへん?」

「ああーズルいですよコンさん! 私だって欲しいのに」


 メイが叫ぶ。


「ふふ、じゃあ私に勝てたら教えてあげる……というのはどうかしら?」

「上等やない。そろそろどっちが強いか決着つけようか」

「あわわ……コンさん落ち着いて」

「コンちゃんと決着をつけるのもいいけれど」


 言って、ヨハンはだんだん音量が上がってきた、外を睨む。そしてテラス口へと近づくと、勢いよく扉を開いた。騒音の方を見てみると、門の外に多くのプレイヤーが集まっていた。


 ヨハンは大きく息を吸い込むと、大声で叫ぶ。


「この私に勝てたら、カオスアポカリプスの入手条件を教えてあげるわ!」


「「「「「うおおおおおおおお!!!」」」」


 門が開かれ、100人以上のプレイヤーが一斉に押し寄せてくる。それに反応し、防衛用の召喚獣たちがつぎつぎと出現。


 戦争が始まった。


 あっという間に庭は、殺し合い祭の再演となった。そして、突発的な祭り開催を聞きつけた馬鹿(プレイヤー)たちが、続々と集まってきた。


「カオスアポカリプス……是非私のコレクションに加えたいわ!」


 黄金の鎧を来た少女、ゼッカの友人ギルティア。


「ほう……カオスアポカリプスの入手条件……それはどうでもいいですが。ヨハンさんと戦える数少ない機会。活かさせて頂く」


 最強のプレイヤーロランド。


「はっ。ロランドよ。貴様より先に、この私がヨハンを倒す!」


 永久二位のカイ。


「天才の頭脳を以てしても、カオスアポカリプスの入手条件はわからない。是非教えてもらいたいものだが……ここは君に加勢をするぞオウガ」


 天才少年クロス。


「おーいオウガ、狩りしようぜー」

「なんか人が大勢居るんですけどー!?」

「よくわからんが祭りだろ? 殺せ殺せーい!」


 オウガのクラスメイトたち。


「同士たちよ。もし聖女がカオスアポカリプスを入手し、【増殖】を使ったらどうなると思う?」

「て、天才か!?」

「聖女が増殖だとぉおお!?」

「あああ考えただけで……あああああああいい」

「一家に一人聖女おおおおお!!」

「全員本気装備を調えろ。今より聖戦を開始する」


 神聖エリュシオン教団の団員(へんたい)たち。


「お前らやめろおおおおお」(泣


 聖女くん。


「ホビーで遊ぼうと立ち寄ってみれば」

「何やら面白そうなことになっているな」

「フッ。飲み会を断った甲斐があるというもの」

「行くぞ同士たち。遊ぼうではないか」

「「「おう!」」」


 殺殺ホビー部のみなさん。


「おいおいおい」

「何度も言わせるなよ」

「「「ヨハンを倒すのは俺たちだ!!」」」


 そして打倒ヨハンの会メンバーたちも交えて。


 一瞬で闇の城は殺し合い祭の二次会会場と化した。


***


***


***


「――グランドクロス!!」

「ヘラクレスオオカブトの構え・報恩謝徳(ほうおんしゃとく)!!」


 迫り来る敵を蹴散らしながら、ヨハンとゼッカは背中合わせになる。


「うふふ」

「どうしたんですかヨハンさん。こんな時に……」


「楽しいなって思ったの。変かしら?」


「いえ、変じゃありません。私も、ヨハンさんと一緒にいられて、凄く楽しいです」


「ふふ、ありがとうゼッカちゃん。私も楽しいわ」


「本当ですか! あの……あの。私、ヨハンさんと出会えて、本当に良かった! ずっと、これからも……」

「ええ。これからもずっと一緒に、楽しく遊びましょうね」

「もっ!!」


 すると、頭上のヒナドラが短く鳴いた。自分も居るぞ! というアピールだろうか。


「あはは、ヒナドラが嫉妬してますよー」

「あらあら。ヒナドラも、ずっと一緒よ」


 ヨハンはゼッカとヒナドラの両方を抱きしめる。

 二人と出会えたから始まった。出会ってから始まった、全てに感謝するように。


「居たぞ、ヨハンだ!」

「囲め囲めー!」


 その時、新たな敵が現れる。


「くっ。よくも私のお楽しみを邪魔してくれましたね……ぶっ殺してやる」

「ええ、戦いはまだまだこれからよ。行きましょうゼッカちゃん、ヒナドラ」

「もっきゅー!」


 倒しても倒しても、次々と闇の城にやってくるプレイヤーたち。当然だ。イベントと違い、終わりはないのだから。彼らの気力が続く限り、何度でも現れる。


 どうやら、ヨハンとその仲間たちの楽しい戦いは、もうしばらく終わることはなさそうだった。

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